ゆううつ部部長のOB訪問 東藤泰宏 イラスト:ヨシムラマリ

最終回 29歳男性起業家(前編)

大学時代に過ごしたルーマニアで、
うまくコミュニケーションがとれなかったことなどから
徐々に調子を崩し、うつ病になってしまった安田さん。
一度は治って就職したものの、
会社員生活が合わず再発してしまったそうですが、
起業することで自分のスタイルに合った
働き方を見つけたんだとか。

考え込んで動けなくなりそうになったときの対処の仕方や、
うつ病でありながら起業することのメリット、デメリットなど、
興味深いお話を伺いました。

安田さん
安田さん
・年齢:29歳
・職業:特定非営利活動法人キズキ
    理事長
    http://kizuki.or.jp/
・第一印象:ひとなつっこい
・未婚
・うつ歴:1回目→3~4か月
      2回目→1年

※本連載ではプライバシーを守るため、名前はすべて仮名とさせていただいております。

現在のお仕事

東藤:
安田さんは2度うつ病を経験されている、と伺いました。
安田さん:
ええ。治っても、うつ独特の虚無感みたいなものは
しばらく忘れなかったです。
ふとしたときに「ああ、虚しいな」と感じてしまったり、
「うつっぽさのある疲れ」みたいなものが
ふと甦るんですよ。
最近やっと、そういうこともなくなってきました。
東藤:
漠然とした「どうにでもなってしまえ」という感覚ですよね(苦笑)。
安田さん:
そうです。1回うつ病を経験すると、
そういうのを感じやすくなっているからつらいですね。
うつ病の再発率は高いって聞きますけど、
それはとても納得がいきます。
1回あの世界感を味わっちゃうと、
未だに戻りそうになる瞬間があります。
東藤:
ぼくはまだ最中にいて、閉塞感を感じています。
でも、回復したあとで「今はすっきり!」という方にもお会いしたので、
人によってはちがうのかもしれません。
お仕事はどんなことをされているんですか?
安田さん:
今は、会社を自分で経営しています。
東藤:
どういう事業内容なんでしょう?
安田さん:
ひとつは、中退、引きこもりの子が通う大学受験塾の経営。
それと学校法人、おもに専門学校を対象にして、
中退予防のための活動をしています。
学校の中に支援センターを置いて
中退を予防するんです。
東藤:
学校の中に、何かあったときに相談できる窓口をはじめから置くんですね。
安田さん:
ええ。そして、各クラスで勉強についていけない子や
なんらかの問題を抱えている子を担任の先生が
そこに連れて行く。
ある程度能力があって自分の頭で考えて中退を選ぶ人に関しては、
その後も自分なりの生き方を模索していけるのですが、
発達障害や精神疾患が原因で授業についていけず、
挫折して中退してしまうと、社会からどんどん隔離されて
行ってしまうケースが多いんです。
中退して引きこもりになって、親に養ってもらうことができなくなったら
生活保護に頼って、といったふうに。
それをなんとか食い止めて学校に残り、
たとえば介護福祉士などの資格を取ってもらう。
自分でご飯を食べられるようになってもらうんですね。
そもそも、学校って将来生きていけるための支援をする場所じゃないですか。
東藤:
とても重要な視点だと思います。
その事業はどのような経緯ではじめられたんですか?
安田さん:
知人の紹介で、そういう困難を抱えている人の
存在を知ったんです。
それで調べはじめたら、そういう理由で高校を中退している人が
通えるような塾って、ないんですよ。
精神的に落ち込んだことが原因で
専門学校を中退する人もいますし、
そもそも発達障害で小学校から不登校だったりすると
小数点の計算もできない子が当たり前にいるわけです。
そういう子は学習面だけでなく、精神面の2つが
合わさって中退してしまうというのがわかって、
でもその両面のケアをセットでできる機関がなかった。
だから、ぼくがつくろうと思いまして。
最初は恐る恐るスタートしたんですが、そのうち学校から
ケアをお願いされるようになり、意義のあることだなと
思えるようになっていったんです。
東藤:
なるほど。引きこもりの人も結構な割合で精神疾患を
抱えているという記事を読んだことがあります。
安田さん:
そうなんです。うちの生徒でも、
専門学校に通っていても病院に通いつつ来ている子や、
薬を飲みながら通っている子もたくさんいます。
あとは、教職員研修やコンサルみたいなこともしています。

大学時代、ルーマニアでうつ病に

東藤:
安田さんは、そのお仕事をはじめる前にうつになったんですか?
安田さん:
そうです。最初になったのは、大学を休学して海外で働いていたとき。
東藤:
大学を休学して、しかも海外で働くっていうのは、
結構大きな決断なんじゃないかと思うのですが。
安田さん:
それが、そこまでしっかりとは考えていなかったんですよ。
もともと大学に通いながら海外でNGOをやっていて、
本格的に海外で駐在して働きたいと思ってはいましたが、
実際に行ったときは勢いだけでした。
たまたまルーマニアで働かないか、という話が来たので、
「やります!」と。
東藤:
どういう機関からのお誘いだったのですか?
安田さん:
ルーマニアのちっちゃい研究所からです。
紛争国や途上国の平和についての研究や
ワークショップをしていました。
行ったはいいんだけど、その町にアジア人が
2~3人しか住んでいなくて。
東藤:
日本人どころか、アジア人が少ない(苦笑)。
安田さん:
当時は英語があまりうまく使えなかったのですが、
一緒に働いているのがみんなアメリカ人でした。
意見をガンガン言われるんですが、
なんて言い返していいかわからず、
言葉の問題で気持ちが落ち込みはじめました。
東藤:
思っていることはあるのに、うまくコミュニケーションが取れない、
という状況ですね。
安田さん:
ええ。言いたいことがしっかり伝わらない。
それでどんどん孤独になってきて。
なおかつ、仕事もたいしておもしろく感じなかったんです。
やっている内容にも共感ができなくて。
「大学休んでまで何でこんなところに来てしまったんだろう」
と思うようになりました。

ぼく、やりたいことができるととことん努力するタイプなんです。
でも、逆におもしろいと感じられないと、モチベーションが保てなくて。
仕事自体に意義を見出せれば、そのために英語をがんばろう
と思えるのですが……。
「なんで何も考えずにこの場所にきちゃったんだろう」
と自分を責める気持ちや後悔の念が強くなり、つらくなってきました。
東藤:
環境のつらさを感じるとともに、
それを選んだ自分に対して否定的な考えになっていったんですね。
安田さん:
そう。自分で選択したくせになにやってんだって思って。
今考えると、それはそれで人生経験としてとらえて、
大学に復学してから学生生活を楽しめばいいと思えるんですけど、
若いときって……
東藤:
焦燥感がありますよね。
安田さん:
20歳ぐらいのときの半年ってすごく貴重で長かったですよね。
ぼくは、もともと大学に入ったのも人より2年遅れていたし、
大学では時間を大事にしようという気持ちが強くあったんです。
なので「ルーマニアで半年も無駄にしてしまった」という後悔が、
必要以上に大きかったんだと思います。
うちにくる引きこもりの子でも、
「引きこもりで1年も無駄にしちゃって……」と悩んでいるんですよ。
すごく落ち込んでしまっている。
今のぼくから考えると
「1年なんてたいしたことない」と思うんですが、
ぼくもそういう経験があるから、人ごととは思えないんですよね。
でもやっぱり、大丈夫だよ、って言ってやりたいと思うんです。
ぼくもそうだったけど、今こうやってなんとかやってるからって。

不眠生活

東藤:
最初にうつ病を意識したきっかけはなんだったんですか?
安田さん:
なかなか寝つけず、やっと眠りについても1時間で
目が覚めちゃうんです。朝までそのくり返し。
眠いはずなのに眠れない。
でも当時は「うつ病」って、言葉は聞いたことがある程度で
まったく知識がなかったので、「これは何なんだ?」と思うんだけど、
まったく見当がつかなくて。
東藤:
体や頭は重いし疲れてるけど、眠れないんですよね。
症状としての不眠を知らない人からは
「体を疲れさせれば眠れるはずだよ」
「だらだらしてるから眠れないんだよ」
と言われますけど、本当に眠れないときは、
そういう問題じゃないんですよね。
安田さん:
うつでも安定期に入れば、運動して体を疲れさせて、
睡眠導入剤を飲んでしっかり寝るっていうのは
とても効果的だと思うんですけど、
なりたてのときはどうにもならないですね。
やっと眠ったらと思ったらすぐ起きて、まだこんな時間って。
頭が冴えまくってて。
東藤:
その度に時計を見て、まだ時間経ってない、まだ経ってないと(苦笑)。

安田さん:
そんな状態のまま日本に帰ってきたのですが、
やっぱり不調不眠は治らなくて。
自分がなんでこうなっているのか、
全然わからないのも気持ち悪かった。
そんなある日、大学の後輩と話していたら
「それ、うつ病ですよ」って言われて、初めて自覚しました。

日本で受診、バングラデシュで回復

東藤:
不調の原因がわからないまま、帰国してきたんですね。
安田さん:
その環境は明らかにつらかったので、
とにかく落ち着きたいと思って。
病院に行ったらやはりうつ病と診断されて、
薬を処方されました。
で、睡眠が長くなる薬とか導入剤を飲んだら、
すごく体調が良くなってきたんですね。
東藤:
1回目はそれで、数か月モヤモヤがあって、
徐々に眠れるようになっていったんですね。
その後はどのように過ごされたんですか?
安田さん:
そのあと、また海外なんですけど(笑)、
大学の休暇を利用してバングラデシュに通い、
村から売られてきた女の子たちが生活する娼婦街で
ドキュメンタリー映画を作成していました。
今度は楽しかったんですよね。

ぼく、もともと意味とか考えやすいタイプで。
こう見えて真面目なんですよ(笑)。
ふと「オレ何やってるんだろう」とかよく考えるんです。
でも、それって精神的には良くないんですよね。
その場で「とりあえず楽しい!」って思うことを
もっと重視していかないと人生ってきつくなりますよね。
ニーチェが「人生に意味を求めるな」と言っているんです。
「その場の楽しみを純粋に感じろ」っていう意味なんですが、
バングラデシュに行ったときは、それを実践しました。
未知の国で、世界で最貧の、日本と正反対の国で
「この人たちは何を考えてるんだろう」と考えただけで、
ワクワクしてくる。
そうこうしているうちに、うつの症状も気にならなくなっていきました。
東藤:
えっ!? 治る過程で行ったんですか?
安田さん:
もう薬は飲んでいなかったんですけど、
ふとした瞬間にふっと虚しさを感じることはあったんですよ。
それも、バングラデシュではほとんど感じなかったです。
東藤:
ルーマニアのときは、周りにコミュニケーションを取れる人が
いなかったのもつらさの要因でした。
それはバングラデシュでも変わらない気がするのですが、
「ワクワクした」っていうのはなぜでしょう?
安田さん:
その問題も緩和されていたんです。
まず身近に日本人がいました。
それに、ぼく自身もルーマニア生活があったので、
当時よりは英語がうまくなっていまして。
それと、ルーマニアに行ったときは自分の強い意志というよりも、
なんとなく呼ばれたから行っただけだったんです。
「よし、オレも次のキャリアをつかんでやるぜ」みたいに、
調子に乗った感じで(笑)。
そのせいで現実との落差に落ち込んだのですが、
バングラデシュは純粋に、興味だけで行ったんです。
東藤:
既存の組織の中に入っていたのと、
自分でこういう場所いいかもと見つけるのではちがいますよね。
安田さん:
自分で居心地のいい場所を見つけて行ったっていうのはよかったですね。
そんな経験をして、うつ病もだんだんよくなってきたら、
いろんなものが見えてきて、自分の哲学が一歩
深まったように感じたんです。
現地語を覚えたらまた世界が広がって……
その過程が純粋に楽しかったです。
もちろん目の前には貧困などの問題が山積みだし、
自分の力はちっぽけだと感じることもある。
だけど、そんな中でも「純粋に楽しい」っていう瞬間を
作っていくことが、すごく大事だと思うんですよ。
東藤:
それは大事! うつ病にとっていちばん大事だと思います。
ちなみに、バングラデシュにいたときは、
生活費はどうしていたんですか?
安田さん:
日本でインターンをしていたのですが、
そこが給料をくれるところだったので、
働いて得たお金を使って夏休みに2か月行ったんです。
東藤:
あ、世界最貧国のひとつだから、
現地では物価が低いですもんね。
安田さん:
そうなんです。日本では、稼いだお金をあまり使わずに
貯金をしていたので、バングラデシュでの生活には余裕がありました。
お金がかかるのは航空券ぐらいのもので。

就職、そして2度目のうつ病

安田さん:
でもバングラデシュだけの生活にする気はなかったんです。
当時は25歳で、そろそろちゃんと就職なきゃ、
とも思っていたんですね。それで帰国して、
「とりあえず就職しなきゃ」と思って入社したら、
半年で行くのがつらくなった……そこからうつ病になって、
休職したんです。
東藤:
今のお話だと「就職」という選択は、
明確な目的をもった決断ではなかった、
という点でルーマニアのときと似ている気がしますね。
会社はどういう環境だったんですか?
安田さん:
夕方5時半に帰れて、給料も良くて……。
東藤:
入りたいなー(笑)。
安田さん:
条件的には文句ないですよね。
でも、そのときはっきりわかったのは、
ぼくは自由が欲しいんだなと思ったんです。
何かに拘束されたりすると、うつっぽくなってしまうんです。

朝は必ず起きて満員電車に揺られて
革靴はいて行かなきゃいけない。
仕事があまりない日でも9時半から17時半まで
会社にいなきゃいけない。
そうやって、「無意味に時間を拘束されている」と思うだけで
もう耐えられなくて……ランチでちょっと盛り上がったら、
「その分夜遅くまで仕事するからもう少し話したい」
と思ってしまうんですが、「1時間で帰ってきなさい!」ですよ。

東藤:
バングラデシュでの環境との差も大きいですしね。
安田さん:
ええ。さらに、大きな組織だったので、自分の能力に合ったことを
やらせてもらえなかったのもストレスでした。
ぼくが担当していたのが、アフリカの油田の投資で、
毎日石油の埋蔵量の計算をしていたのですが、
隣の課に入った同期が東大の、理系の、院卒の人で。
ぼくは複雑な計算をするような勉強をしてきていないから、
絶対に勝てないわけですよ。
同僚だし、同期だし、争う相手じゃないとは思うんですけど、
ぼくは負けず嫌いなので、明らかに自分が劣っている状況で
穏やかではいられないんです。
そもそも興味のないことで勝負をしたくもなかったし。

「営業だったら勝てるのに!」といつも悔しく思っていました。
たとえば「誰も知らないような国に行って、カメラを売って来い」
という指令が出たら絶対勝てるのに(笑)、
なんでこんなほかに適任者がいるような仕事を
させられているんだろうって。
どうあがいても勝てないことをやってても、
モチベーションが保てなくて。
東藤:
たしかに、それでは意欲がわかないかもしれませんね。
安田さん:
あと3つ目が、先程も言いましたが、ぼくは
「この仕事は正しい」「社会にとって本当に価値がある」
と思えないと、がんばれないんですよ。
その気持ちが、当時の業務に対しては持てませんでした。

1日30錠の服薬と、転院

東藤:
会社に入って、どういうところで再発に気がつきましたか?
安田さん:
だんだん眠れなくなり、昔の症状が出はじめて。
最後は顔が真っ青になって、汗がすごく出る。
冷や汗がガーって出てきたときに「ああ、もう無理だ」と思い、
「病院行きます」と……。
初診で診断書を書いてもらって、休職願いと一緒に会社に出して、
そのまま部屋にはぁーって倒れました。
東藤:
そして、第2のうつ病療養期がはじまるんですね。
安田さん:
はい。でも助かったのは、最大2年間休職手当が出るっていう
就業規則がありまして。
「あれ、2年間ダラダラしてもいいのかなー」って(笑)。
さすがにそんなに使わなかったですけど、
すぐに会社に戻らなくても生活はしていける、と思えたのは、
精神的にとてもよかったと思います。
とはいえ、ぼくが合わなかった部分って
「自由に仕事をしたい」
「自分の長所を活かしたい」
「意義のある仕事がしたい」の3つ。
それがそろうような会社、そううまくは見つからないわけですよ。
「どうやって生きていったらいいんだろう」と悩みました。
東藤:
なるほど。うつの状態ではそれを探そうとするのも大変ですしね。
今回は、不眠や不安以外に、何か身体的な症状はありましたか?
安田さん:
ぼくの場合は、2回目はとくに顕著だったのですが、
食欲がなくなるんです。1週間何も食べられなくて、
その期間に体重が50キロ切ったんですよ。
もともとやせ型だったのですが、どっと7キロ落ちました。
そしてはじめの3~4か月はどんどん薬が増えていって、
最後には1日30錠ぐらい飲んでたかな。
東藤:
30錠は多いですね……本当に必要な薬ならいいのですが。

 最近、多剤多量の処方が、社会問題になっています。あまりに薬が多いと、うつ病の症状でつらいのか、副作用によってつらいのかがわからなくなります。また減薬が完了するまでにとても長い時間がかかることになります。
 一方で、抗うつ剤は効果が発揮されるだけの量を充分に処方するのがスタンダードでもあるので、判断が難しい問題です。

安田さん:
それだけの薬を飲むと、もう動けないんです。
毎日13~14時間はベッドの上で過ごしました。
起きていても、だいたいぼーっとしています。
何かできるとしたらゲームぐらいで、本も読めないんですよ。
東藤:
文字が頭に入ってこない。
安田さん:
ぼく、目が悪いんじゃないかと思って、眼科に行きました(笑)。
東藤:
文章を読めなくなって驚く方は多いですが、それは新しい(笑)。
安田さん:
もちろん異常なしで(笑)。
でも、それをきっかけに別の心療内科で受診してみたんです。
そうしたらすごくいい医者に出会って、
一緒に少しずつ薬を減らしていってくれました。
頭が働くようになって、身体も少しずつ楽になってきて。
東藤:
朦朧とした状態だと探すのも難しかったと思いますが、
どうやって新しい医者を見つけたんですか?
安田さん:
母親が、たまたま知ってる医者を教えてくれて。
東藤:
そこで、今までの処方はちょっとちがうよね、
って話になったんですか。
安田さん:
ええ。まず、診察に15分とってくれるので、じっくり話ができました。
それまでのところは3分でしたから、それだけで全然ちがいます。
ぼく、変な人だから「自由が欲しい」とか、
幼稚園児みたいなことばっかり言ってるじゃないですか(笑)。
だから、はじめの医者にはバカにされていたんですよ。
東藤:
「そんなことを言っていないで、
会社に戻ることを目標にがんばりましょう」みたいな?
安田さん:
そうです。でもそう言われても、
「オレ会社に戻る気ないんだけど」と思っていて。
2人目の医者には、話をしたら「君はそういう人なんだね」って
わかってくれて、すごく楽になりました。
薬が減っていくと同時に、頭と身体の調子がよくなってきたので、
自分に合ったスタイルを求めて、起業に向けて動き出したんです。
それで、ダメ元で応募した創業支援金の審査で、
意外にも一発で通ったんですよね。
もちろん体調の上下があるなりにがんばって準備していたのですが、
まさか本当に通るとは思っていなくて。
病院の先生に
「支援金をもらうことができたので、
会社をやめてしっかりやろうと思います」って言ったら、
「君、意外にできる人なんだね」って言われました(笑)。
東藤:
なぜ「意外に」(笑)。
そんな風にフランクに話せるぐらい、
お医者さんとの信頼関係ができていたんですね。
安田さん:
前の医者のときは病院に行くのが苦痛だったんですけど、
その医者には会うのが楽しみになっていきました。
東藤:
病院に行くのが苦痛っていうのは、どうしてですか?
安田さん:
どうせまた適当にあしらわれるんだろうな、って。
東藤:
3分診療で、薬は増える……と。
安田さん:
そうですね。薬は増えても減っても症状が改善されませんでしたから。
それが、3~4か月続いたので。
安田さん:
医者を変えてから少しずつ減薬していって。
それだけでもだいぶよくなってきて物事を考えられるようになり、
日々のことをノートにまとめたりするようにしたんですね。
そのときは休職していたのですが、
調子のいい日は知り合いに勉強を教えたり、
カフェにこもって勉強をしたりしていました。
といっても、動けるのは1日1時間くらいでしたけど。
それ以上はまだ無理でした。
そういうのをできるようになってきたなーというのが、冬とか春ぐらい。
具体的なことはあまり覚えてないんですよね、その期間って。
たいして何もやってないから。
東藤:
うん、寝てる時間の方が長いですもんね。記憶がすっぽり抜けます。
安田さん:
そこだけが、すごく遠い記憶です。

 一度目のうつから回復して働きはじめたものの、就職先の環境が合わずに再発してしまった安田さん。この後、うつの症状と付き合いながら、どのように今の状態まで回復していったのでしょうか?
 
 この連載はこれで最終回です。気になる回復編は、本日~明日にかけて全国の書店さんで発売される『ゆううつ部!』(http://bit.ly/1190OV5)にてお読みいただけます! さらに、ガングロギャルと50歳のナイスミドルの書き下ろし作品を収録しております。

 それでは、ご愛読ありがとうございました。東藤は、今日も絶賛うつ病中です!

プロフィール

東藤泰宏(とうどう・やすひろ)
1981年生まれ。
IT業界で働くうち、過労のためにうつ病となる。
1年半のうつ病ニート時代を経て「ゆううつ部」(ブログ)を開設。
2011年にスカイライト社主催の「起業チャレンジ2011」で最優秀賞を獲得。
その賞金300万円で起業。仲間を集め、2012年1月にU2plusを公開。
新たな資金調達にも成功したが、まだ絶賛うつ病中。

「みんなでうつの予防&回復をする認知行動療法サイト」U2plus
ゆううつブログ
うつペディア - みんなで作るうつ情報wiki辞典
・ とうどうTwitterアカウント @toudou_U2plus
・ イラストレーター:ヨシムラマリ Twitter @coromegane
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