ゆううつ部部長のOB訪問 東藤泰宏 イラスト:ヨシムラマリ

第8回前編 42歳女性エンジニア

今回お話を伺ったのは、うつ歴8年、
女性エンジニアの赤崎さん。

職場でのプレッシャーと新生活の緊張、
お父さんの看病など生活が落ち着かない中で、
心身のバランスを崩してしまったそうです。

職場でのカミングアウトや家庭での気の持ち方、
具体的な症状への対処方法など、
ヒントに詰まったお話を聞かせていただきました。
まずは前編です。

赤崎さん
赤崎さん
・年齢:42歳
・職業:エンジニア
・性格:サバサバはっきり
・既婚
・うつ歴:8年ちょっと

※本連載ではプライバシーを守るため、名前はすべて仮名とさせていただいております。

職場、家庭の環境変化からうつ病へ

東藤:
まずは、どのようにうつ病になったかを教えていただけますか?
赤崎さん:
結婚して13年になるんですが、結婚の2年後、
入社10年目になってやっと昇格しました。
主任という役割です。
仕事内容自体は変わらないんですが、
30歳ちょっと過ぎたぐらいだと、
「仕事の質を変えろ」っていうプレッシャーが結構あって。
言われただけのことをやるんじゃなくて、
上の視点でモノを考えろと。
東藤:
たしかに、「若手」から「中堅」に変わる頃ですもんね。
赤崎さん:
はい。
結婚して家を出て、それまでずっと実家にいたので、
新しい生活になって張り切っていたんですね。
それで、ちょっとして仕事の方もプレッシャーを感じるようになって、
さらにそのタイミングで、父の具合が少し悪くなったんです。
それで公私ともにバタついたことが、
いま振り返ると影響していたのかな、と思います。
私が体調を崩したのは、その夏からなんですね。
東藤:
具体的には、どんな症状だったのですか?
赤崎さん:
まず、朝起きられない。そして眠れない。
眠れないから起きられない。起きても朝動けない。
さらに、胃が痛い。
でも内科にかかって胃カメラを飲んでも
なにも異常が見つからないんです。

上司に相談したら、会社にこういう窓口があるから
行ってみたらどうかと言われて、健康管理センターの
メンタルヘルス相談室へ行きました。
東藤:
メンタルヘルスの相談口に行くことへ抵抗はありませんでしたか?
赤崎さん:
原因がまったくわからなかったので、半ばすがる気持ちで。
世間体を考える余裕もなかったですね。
東藤:
会社に行くのも遅刻とかが出てきたり?
赤崎さん:
当時はフレックス制度が使えたので、
フレックスとか半休を使いながらなんとか通勤はしていましたが、
休みは多くなりがちでした。
5日間続けて行くのがつらいし、行くと土日は動けない。
初めて実家を出たので、家事とか
今までやらなかったものの負担が加わったのも
大きかったかもしれません。
東藤:
一人暮らしは経験されていなかったんですね。
赤崎さん:
はい。それでも「私が全て、ちゃんとやろう」と思っていたんですね。
東藤:
結婚したてですもんね。
赤崎さん:
そうですね。
冷蔵庫の中の物を把握して「何を食べなきゃいけない」とか、
「掃除をしなきゃいけない」、「洗濯をしなきゃいけない」……
そういうプレッシャーが積み重なっていったんだろうと、いまは思います。

東藤:
体調を崩された様子を見て、ご主人は何かおっしゃっていましたか?
赤崎さん:
私が体調不良の原因がわからず病院を巡っているときに、
夫はメンタルの問題だろうと気が付いていたみたいです。
夫の父が、パニック障害を持っている人だったので。
東藤:
産業医のところに行って、どんな診断だったのでしょうか。
赤崎さん:
「内科にも行きましたがわかりません、こういう症状です」
っていう話をしようとしたんですが……
もう、最初の「こんにちは」の声から、
産業医には状態がわかったみたいですね。
挙動とか話し方とか、目線とか。
東藤:
表情筋の動きとか。
赤崎さん:
よっぽど悪かったのか、「すぐに休みなさい」って言われてしまって。

当時、私の会社の産業医は相談室での
診断や薬の処方ができなかったので、
「明日うちの病院に来なさい」と言われました。
翌日は土曜日で予約がいっぱいだったのですが、
無理やり入れてくれました。
「診断書を書くから、来週から休みなさい」って。
東藤:
その診断名はうつ病?
赤崎さん:
いえ、最初は「自律神経失調症」。
医師が、「症状はうつだけど、最初の診断名は
自律神経失調症で書きますね」って。
東藤:
東藤:それを医師が言うんですか?
赤崎さん:
そうでしたね。
最初に病院に行った時には、土曜日だったので
夫も一緒に病院に行ってくれました。
「休めって言われているんだから、休め。休めば治るんだから」
と言ってくれて、休職に入りました。
東藤:
ご主人が最初から理解があって、
一緒に受診してくれたっていうのは、とてもいいことですね。
家族に理解を得られないと大変な……。
赤崎さん:
大変な思いをしている友人もいっぱいいます(苦笑)。
私は恵まれていました。

1度目の休職へ

赤崎さん:
私の会社では、2ヶ月間は病欠扱い、
それ以上の休みは休職、という制度でした。
最初は「病欠期間内で復帰できるんじゃないかな」
ぐらいに考えていました。
東藤:
ぼくは「休職が必要」っていう診断書を会社に出したら、
じゃあまず有給から消化しないと休職できないよと言われ、
あっというまに有給が全部なくなりました(苦笑)。
制度が整っている会社はうらやましいです。
赤崎さん:
休み明けで有給がないのはきついですね……。
東藤:
いざ休職にはいられて、どうでしたか?
赤崎さん:
休職に入る直前も、まだ会社になんとか行けていたくらいの体調だったので、1~2週間は散歩したりとか、買い物に行ったりもしていました。
2週間仕事から解放されて、秋の最中のよい気候だったので、割と元気になってきたんですね。すぐに復帰できるかな、と思ったんですけど、主治医はそこで戻れとは言わずに、「もう少し様子を見ましょう」と。
そのときに、夫から「いいチャンスだからバイクの免許を取りにいってきたらどうか」って言われたんですよ。
東藤:
気分転換にもなるし、勉強で集中力のトレーニングになるし。
赤崎さん:
そうですね。行ってみたら、回復にも効果があって。
達成感が一番よかったと思います。
教習所って、ハンコを押してもらえるじゃないですか。
東藤:
そうですね。ポンって。
赤崎さん:
「今日はこれができました!」って。
その達成感がまずうれしい。
「できなかったことができるようになっていく」
っていう経験の連続がすごくよかったと思うんです。
あと、毎日外に出かける習慣ができたので。
朝早くとかではなくて自分の都合で、無理せず。
それも良かったと思います。
東藤:
ずっと家にいて、2週間そこそこの間元気ですっていうのは、
よくなっているのか、よくなってないのかわからないですよね。
赤崎さん:
そうなんです。「引きこもって元気」なのは、
本当に元に戻っているのかわかりませんね。
やっぱり外に出て、その疲れが
次の日どうかっていうのも含めての体調だと思います。

当時のブログに上げてあるんですよ。
何日に何時間乗ってきた、今日はこれができた、
一本橋で何回もこけたとか(笑)。
東藤:
いまの時代だと新型うつって言われますよ(笑)。
でも、ブログを書くだけなら、うつ病でも書けますよね(苦笑)。
赤崎さん:
書けますよ!
とくに私は、そんなに症状も重くなかったので。
東藤:
あ、でも、抗うつ剤飲んでるときは、運転しちゃだめですよ。

1度目の復職へ

赤崎さん:
そして年明けに復帰しました。
フレックス制度を使いながら、短い勤務で練習を初めました。
月曜日はコアタイムだけ行ってみる。
火曜日はもうちょっと長く行ってみる。
そういう勤務が許されていました。
で、一週間続けて行けたので、上司からも正式に
「戻ってきてください」と要請されました。
東藤:
体調をお薬でコントロールできるようになったんですね。
原因になった外部のいろいろな環境はどうなったのでしょうか。
赤崎さん:
父の病気については、母がまだ元気な時だったので
二人で面倒を見ていました。
東藤:
そこは少し改善というか、安定できたんですね。
赤崎さん:
はい。あとはふたり暮らしも夫と話し合って、過ごし方を変えました。
仕事に行く平日の晩ご飯は気にするな、それぞれ自由にしよう、と。
時間が合えば一緒に食べて帰るし、家で作って食べてもいい。
土日だけ二人で過ごせる時間が長く取れればいいねって。

職場結婚で、当時は夫が同じ職場にいました。
なので、休職中の職場の情報も夫から入ってきたし、
私の状況を伝えることも全部夫に任せられた。
それが最初に復職できたときの、いい条件だったのかもしれません。
東藤:
双方の状況がスムーズに伝わるのは、とてもいいことだと思います。
それで、復職後は問題ありませんでしたか?
最初の症状は治まりましたか?
赤崎さん:
最初は出なかったんですけど、二ヶ月目ぐらいから
どんどんコンディションが落ちてきて。
「体調の浮き沈みがある」というのは、
いろいろな本やネットで情報をあさっていたので
理解は出来ていたのですが、では、実際に
自分でどう対処したらいいか、ということは
まだわかっていませんでした。

うつ病を職場でオープンにする? しない?

東藤:
会社の周りの方には、うつ病だということを伝えていたんですか?
赤崎さん:
本当は、会社のみんなに
「こういう理由で休んでいて今はこういう体調だ」っていうのを
オープンにしたかったんですよ。
「足し算もできない状態だ」っていうのをわかってもらいたかった。

でも、パッと見は元気なので
「ちょっと休んでたけど、もう大丈夫なんだね」って思われてしまう。
だから周りからは以前と同じレベルで要求が来るんです。
東藤:
100%復活してるって思われちゃうんですね。
インフルエンザや風邪だとマスクをすればみんな
「コンディションが悪いんだな」とわかるけど、
うつ病は目に見えない病気ですから。
赤崎さん:
仲のいい人には、言えるんですけど。
大きい会社で、国内数カ所と海外のメンバと仕事をしていたので、
ひと月ぐらい休んでいても、気づかない人もいて。
そういう人にまで、わざわざ説明はしなかったんですね。
よほど親しい同僚ぐらいにしか。
東藤:
仕事で関わる人がいろんなところにいるので、
その全てに説明すること自体ができなかった。
赤崎さん:
そう。あと、本当に全ての人に言う必要があるかといえば、
そうではないかな、と判断したというのもありました。
というのも、復帰後は少し仕事の内容や、
人との関わり方を変えてもらったんです。
同じ仕事で戻ったのではなくて、同じプロジェクトなんですけど、
ちょっと立ち位置を変えてもらいました。
東藤:
それはコミュニケーションが少なめとか?
赤崎さん:
そうですね。
周りの人とかかわらなくてもできるような仕事に
シフトしてもらいました。
とはいえ周りはそうは思っていないので、
思った以上に仕事の要求が来る。
その兼ね合いが、ちょっと難しかったですね。

会社帰り、新宿始発の電車に乗るんですけど、
電車を待ちながら、意味もなく、理由もなく
泣いてたことが何回もあります……。

不調、ふたたび

東藤:
足し算もできないような状態とおっしゃっていたんですけど、
復帰した直後は、朝は出勤できても、集中力とかは
戻ってきていない?
赤崎さん:
はい、やっぱり集中力はなかったですね。
あと、電話にも出たくない。
会社宛の電話対応は若い子がしてくれたんですけど、
自分宛ての電話も当然かかってくるので、
それは対応しないといけない……。
東藤:
ほかに、うつ病で仕事に影響は出ましたか?
赤崎さん:
「やらなきゃいけないな」って思っていることができないんです。
どうでもいい作業は出来るのに、重要なものほど手につかない。
だから、上からは「優先順位が間違ってるだろう」って
指摘をされるんです。
それは自分でもわかってるんですよ。
でも、優先度が高いものほど、心が萎縮していくのでできなくて。
そんな状態だったので、周囲にものすごく大きい迷惑をかける前に、
やっぱりもう一回休み直したほうがいいんじゃないかと思って、
主治医に相談しました。
主治医も様子を見て、「復職がちょっと早かったね」と。
「ここはもっと悪くなる前にもう一回休んで立て直しましょう」
という結論になりました。
復帰から三ヶ月ぐらいで、再び休みに入りました。

2度目の休職へ

東藤:
その時点では症状は?
赤崎さん:
まだそんなに悪くはなかったですね。一回目ほどは。
とりあえず、様子を見ながら生活していました。
それが、休職に入ってから四ヶ月後に、起き上がれなくなりました。
東藤:
初めてのパターンですね。
ぼくの聞いた限りだと、休職すると、ほっと緊張感が抜けて、
頑張ってた分「どん!」って落ちる人が多いようですが……。
赤崎さん:
体調が悪化したきっかけはネットでした。
よくある誹謗中傷というわけではないんだけど、
ちょっとしたきっかけで、やりあっちゃったんですよね。
勧誘っぽいメールを送ってくる人がいて、
「これはスパムみたいだからやめてください」って言ったんですよ。
あなたにその意思はないかもしれないけど、って。
そしたら反論されて、やり取りをするうちに、
お互いに熱くなってしまいました。
東藤:
思いがけず激しいやりとりになってしまった。
なにが悪化のきっかけになるかわかりませんね。
赤崎さん:
それが原因でだんだん滅入ってしまいました。
夫は原因がわからなかったと思います。

一番の底だったのは二週間くらいで、本当に何もできませんでした。
動けないし、食事もできないし、大好きだった活字も頭に入らないし。
夫が本当に心配していたのを覚えています。
刃物を持つことも怖がられて、台所にも立たせてもらえませんでした。
食事は、実家が近かったので、毎日おかずを運んでもらっていました。
東藤:
寝ているだけという状況でしょうか。
赤崎さん:
そうですね。自分のために何かをするってことが
全くできない状態です。
そこから二ヶ月……結局二ヶ月間ぐらいで動けるようにはなりました。

メンタルヘルスのコミュニティ

赤崎さん:
10年ぐらいつきあっている古い女性の友達に連絡をしたら、
私の一年ぐらい前からメンタルを崩していました。
ほかにも同じように体調を崩している知人がいて。
一人は休んでいて、私も休みはじめていて、
もう一人も休むか辞めるかという状況で、情報交換をしはじめました。
東藤:
会社ともプライベートともちょっと違うコミュニティを持っていたという感じですね。
赤崎さん:
はい。さらにもうひとり、今度は男性が加わって、
その四人で、「月に一回、絶対みんなで夜ご飯を食べに行こう」
と約束したんです。
出来事や、愚痴とかを言い合う、月一のお食事会です。
東藤:
それはどんなに体調が悪くてもやるんですか?
赤崎さん:
いえ、本当に悪かったら行けなくてもいい。
四人いれば二人にはなる。
東藤:
二人には(笑)。
赤崎さん:
三人だとちょっとね。
東藤:
一人になっちゃう可能性が。
赤崎さん:
それを楽しみに、それまでのしんどい期間がんばるわけですよ。
あの日はみんなと会って話せるから、今日はがんばろうって。
逆に、前日は休んでおこうとか。
それは一年間くらいずっと続きましたね。

薬の情報を調べる? 調べない?

赤崎さん:
薬とか、症状とかについて色々調べませんでした?
東藤:
ぼくは薬について調べないタイプなんですよ。
調べる方は、薬の系統など全部調べて、
新しい世代の薬はこれで、とか詳しいですよね。
赤崎さん:
薬学部卒の友達がいたので「これはどうなの?」と聞いたりもして(笑)。
そういうところは良くなかったのかもしれません。
東藤:
調べることで医師の処方が変わるなら別ですが、
調べること自体は病状に対してプラスでもマイナスでも
ないような気がするんです。マイナスの部分っていうのは?
赤崎さん:
取り越し苦労をしてしまうんです。
こうなったらどうしようとか、最悪のケースを考えて。
こんなに大変になる人がいるんだ……とか。
東藤:
なるほど。プラスの面はなにかありますか?
赤崎さん:
そうですね……。
「いまの状態は病気の症状で、薬を飲めば治るんだ」とか、
「これは薬の副作用だから、自分がだらしないとか弱いわけではないんだ」って
理解できるという意味では、すごくプラスだと思います。

たとえば気持ちが悪いとか、朝起きられないとか、
夜眠れないとかいうのも全部、その病気が原因で、
薬によって良くなるもので、みんなうまくいくんだと。
胃の不調などもメンタルから来ているとか、
そういうのは知らないとわからないですもんね。
東藤:
それは知っておいた方がいいですね。
なぜだかわからないですけど、症状が出て報告するまで、
精神科の先生って教えてくれないですから。
先生に言うと、「薬の副作用でこういうこともあるんだよねー」って。
赤崎さん:
そうそう。先生早く教えてくださいって(笑)。
でも基本的に、調べた結果悪いことばかり考えてしまうので、
メリットよりデメリットが大きかったかもしれません。

プロフィール

東藤泰宏(とうどう・やすひろ)
1981年生まれ。
IT業界で働くうち、過労のためにうつ病となる。
1年半のうつ病ニート時代を経て「ゆううつ部」(ブログ)を開設。
2011年にスカイライト社主催の「起業チャレンジ2011」で最優秀賞を獲得。
その賞金300万円で起業。仲間を集め、2012年1月にU2plusを公開。
新たな資金調達にも成功したが、まだ絶賛うつ病中。

「みんなでうつの予防&回復をする認知行動療法サイト」U2plus
ゆううつブログ
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・ とうどうTwitterアカウント @toudou_U2plus
・ イラストレーター:ヨシムラマリ Twitter @coromegane
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