ゆううつ部部長のOB訪問 東藤泰宏 イラスト:ヨシムラマリ

第4回前編 24歳就活期女子大学生

今回はちかごろ話題の“就職活動によるうつ病”から回復された方です。
就職活動はその年の経済状況しだいで、
「不合格ばかり=自分を否定されつづける」という体験をするので、
多くの学生がとてもつらい状況になるのではないかとおもいます。
それに加えて木本さんの場合は、「自己分析」に代表される、
「自分はどんな人間で、どの業界を選んで何をやるべきか」
をひたすら考え続けなくてはならないという、
日本の就職活動の特徴も影響していたようです。

木本さん
木本さん
・年齢:24歳
・職業:当時大学生(就職して1年)
・うつ歴:約1年
・身長:160cmちょっと
・人と関わるのが好き
・「細身のダンサー」風

※本連載ではプライバシーを守るため、名前はすべて仮名とさせていただいております。

どうやってうつ病になったか

東藤:
お話を聞いた範囲だと、就活でうつ病になってしまったと。
それは2度目の就活のときですよね?
木本さん:
そうですね、1年目で結果が出なかったので、
あえて留年して2年目にやり直すようにしました。
1年目は、内定は出たのですが、
満足のいく結果じゃなかったというか、
真剣に考え尽くしていなかったので。
東藤:
なるほどですね。
では、真剣に考え尽くしたはずの2回目の就活のときは
どのように臨んだのでしょうか?
木本さん:
1回目のときの反省として、
情報量が足りないなと思っていました。
なので2回目はセミナーにたくさん行ったり、
いろんな専門家の話を聞いたりしたんですよ。
その結果、あちこちで色々言われすぎて、こんがらがりすぎました。
東藤:
なるほど。
みんなから相反することを言われるわけですね。
木本さん:
そうなんですよ。
自信なくてグラついているときに、
こっち行ったらああ言われたと思ったら、
あっち行ったら逆のことを言われて……
東藤:
たとえばどんなことを言われました?
木本さん:
よく言われる、大企業に行くかベンチャーに行くかみたいな話でも、
いろいろな価値観があるわけです。
「ハードワークして社内で自己実現をすべきだ」とか
「独立を前提にすべきだ」とか。
東藤:
そうですね。あとは業種とか?
木本さん:
業種とかもそうですね。
「いま、これから先の日本の経済を見据えた上で選びなさい」
「いま輝いているだけで選ぶな」
みたいなことを言われたりしました。
たしかにわたしもそう思うけど、ではどうしたらいいのか、
全然わかりませんでした……
東藤:
みなさんがアドバイスをくれる。
それでいて、具体的な将来を見据える指標を
教えてくれるわけではないんですよね?
木本さん:
ですね。たとえばメディア周りだったら
「広告はもう無理でしょ」
「テレビは厳しい」
「日本だけでやってる企業もダメでしょ」
とか、そういうことを言われて。
教えてくれることは理解できるけど、
ではどこが有望か、自分に合っているのかはわからない。
誰かに何か言われて、そっかそっかみたいな、
学びながら修正したいけど、どうしたらいいのかはわからない、
みたいな繰り返しで。
東藤:
なるほど、ひとつひとつは正論のように感じます。
そう言う人もいるでしょうね。
お話をうかがっていると、木本さん自身も
自分の方向性もつかめていなかった感じがします。
木本さん:
いまだったら「そうだよな」と思えることばっかり言われてたと思うんですけど、
当時は自分の中に軸が全然なかったので、
言われるままにグラグラしていましたね。
アドバイスをもらったら、全部にすっごい影響受けて(苦笑)。
それまでと全然違う意見を言われても、また影響を受けて、
っていう感じだったんですよね。
東藤:
なるほど……
全部の意見を採用しようとすると、
どうしていいか身動きできなくなっちゃいますね。
木本さん:
なります。
そのときは自分の中で絶対の答えを出さなきゃ、
みたいなのがすごく強くて。
これがしたいからこうする、みたいなところで、
1年目でちゃんと答えが出なかった分、
2度目ではきちんと答えを出さなきゃいけないっていうことを
強く意識していました。
そういう義務感にすごいとらわれていたんですよね。
東藤:
なるほど、それは精神的にきつそうです。
自分を追い込みそうですね。
木本さん:
とっても追い込みました(笑)。
いろんな人に言われて、自分の中でどんどん
いろんなものが溜まってくるじゃないですか。
就活に関する質問はたくさんしていたのに、
そのもやもやに対しては誰にも相談もできずに、
自分との対話だけでやっていたので。
東藤:
ちなみにどれくらいの会社を受けましたか?
木本さん:
全部合わせると80社くらいです。
東藤:
なかなか多いですね。
では、いまだったら誰に相談します?
木本さん:
友達でもいいし親でもいいんだと思います。
普通に周りの人にちょろっというだけで全然変わったのに、
それが、その当時はできなかったんですよね。
東藤:
「就職に関しての相談」という改まった相談ばかりしていて……
木本さん:
うーん、それも、自分と近い人とは話を全然できなかったんですね。
留年しているぶん、身近な友達も少なくなっていましたし。
説明会で、全然見ず知らずの専門家の話を聞いたりだとか、
学校の授業で、いろんな業界で活躍している人たちの話を聞いたりだとか。
いろんなジャンルの話を聞くことはしていたけど、
自分の身近な人と軽い気持ちで相談したりとかが、多分足りなかった。
ちょっとはしていたとは思うけど、そんなに出来ていなくて。
東藤:
なるほど、そうすると溜め込んじゃいそうです。
木本さん:
溜めていましたね、とても。やり直し始めたころから、
「今度こそ決めなきゃ、決めなきゃ」みたいな思いばっかり強くて、
本当に全然笑わないような生活をしていましたし。
東藤:
ああ、毎日笑っていなかったんだ、その当時は。
木本さん:
笑ってなかったですね。
東藤:
一日中真剣な思い詰めた顔して……
どれぐらいの期間笑っていなかったですか?
木本さん:
多分、やり直した夏からその次の就活時期を超え、
6月ぐらいまで、ほんと1年弱ぐらいだったんじゃないですか?(笑)
東藤:
それはやばいですね(笑)。
木本さん:
やばいですよね。
東藤:
うん、周りも「最近つらそうだけど大丈夫?」と、
声をかけようにもかけづらかったかもしれないですね。

うつがひどかったときはどうだったか

東藤:
具体的に、自分がうつ病になったってどうやって知りましたか?
木本さん:
2度目の就活シーズン、4・5・6月とかのときに……
わたしが就活でぐちゃぐちゃなっているときに、
うちのおじいちゃんが、ホスピスに入りはじめたんですよ。
その後結局おじいちゃんが亡くなってしまって、
母親に「お葬式に呼ぶ人のリストをワードで作って」って言われたんです。
手書きの下書きを渡されて。そうしたら、その作業がすごくつらい。
東藤:
ワードの入力が。
木本さん:
ただワード1枚で、書く内容も決まっていて、
名前と連絡先を入力するだけの簡単なことのはずなのに、
全然できなくて。

東藤:
うんうん。頭ではこれやってこれやってハイ終わり、
っていうふうに分かってるのに。
木本さん:
なんか、パソコンの前にいることもすごいつらいし、
全然その作業ができなくて。
簡単なことがどうしてもできなかったんですよね。
東藤:
それで「自分がなんだかおかしい」って気がついたんですね。
そのリストって結局、木本さんが作ったんですか?
それとも誰か別の人が?
木本さん:
苦しみながらも作った気がします。
東藤:
ぬあーっとなりながらも、なんとか、って感じですね。
ぼくも同じような体験をしています。
いつものように日曜の朝に出社して、
簡単な仕事から始めようと思ったら全くできなくなりました。
パソコンの前に座ったら指が動かなくて。
クリックは出来るんですけど、キーボードに指を置いて入力することができなくて。
何時間かずーっとパソコンの前に座ってました。
「なぜできない、苦しい」って思いながら。
木本さん:
いままでふつうにこなしていた簡単なことができないって、
すごい衝撃的ですよね。
東藤:
はい、衝撃的です。「なんでできないんだろう?」って。
うつ病の経験がない人にはどう伝えたらいいんだろう。
できないんですよね(笑)。
木本さん:
そうなんですよ、すごい伝えにくい。
なんでできないんですかね、あれって。
東藤:
自分でも、違和感があるんですよね。なんじゃこりゃ、みたいな。
自分で自分がおかしい、みたいに感じます。
木本さん:
自分の中で、パソコンがひゅーんって落ちたみたいなイメージを感じたんですよ。
突然落ちることあるじゃないですか。ひゅーんって。
それが、自分の身に起きたのを感じて(笑)。
東藤:
パソコンがひゅーんて。
うん、わかります。
木本さん:
これ本当にやばいなと思って。
東藤:
フリーズして固まったんじゃなくて、
電源自体が落ちたっていうことですよね?
木本さん:
そうです。そして起動しなくなりました(笑)。
東藤:
そこから病院へはどういう流れだったのでしょうか?
木本さん:
その当時わたしには駆け込む場所というか、
助けを求める場所がなかったんです。
で、つらい状況だったけど、ずっと片隅には進路のことがあったので、
結局大学のキャリアセンターに行こうって決めたんですよ。
誰にも話を聞いてもらっていなかったから、
キャリアカウンセラーさんにちょっと話を聞いてもらうだけでもいいかな、
みたいな感じで。

そうしたら、キャリアカウンセラーさんは少し話を聞いただけで
「この子は本当にメンタルがやばいな」
っていうのを感じたっぽいです。

「進路云々よりもまず、心療内科に行ってちゃんと診てもらって」
「ちゃんと心のバランスを保たないと、いま何かを選ぶことは出来ないでしょ」

と言われました。 それで大学提携の心療内科を紹介してもらって。
東藤:
お医者さんは最初に受診したときはなんて言ってました?
木本さん:
そのときは、わたしの話をずっと聞いてくれて、
わたしは大号泣しながら色々話して、
「最終的に薬飲むの嫌じゃない?」って言われて、
「嫌じゃないです」っていう話をして、「じゃあ飲もっか」という感じで、
別に病名も言わなかったし。
東藤:
そうなんだ。
木本さん:
でも、わたしが聞いちゃった。
「なんの病気ですか?」って聞いて、「あなたはうつ病ですよ」って言われました。
東藤:
なるほど。 その時の気分はどうでしたか?
「進路のことを決めるよりも、まず心のバランスを保ちましょうね」
って言われたとき。
それまでは、自分で訳がわからないながら、
とにかく進路を決めるんだって思っていたわけじゃないですか。
でも「それより前の段階だよ」って言われたときに、何かショックとかありましたか?
木本さん:
いや、ショックというよりかは、
やっぱり本当に追い込まれていたから、
「ああそうだよな」っていう気持ちが強かったですね。
東藤:
自分で納得した?
木本さん:
はい。
とりあえずいまのままじゃ何もできないなっていう思いが強かったから、
とにかく楽になりたいというか。
そういう気持ちが強かったですね。
東藤:
なるほど。いままでこのインタビューで話を聞いていると、
それまで緊張感を保っていて、病院に行ってあなたはうつ病ですね、
と診断されると、それまでたまっていた疲労がぜんぶ解放されて、
寝込んじゃう人が多いんです。木本さんはどうでしたか?
木本さん:
そんな感じですね、まさに寝込んでいました。

パソコンと携帯がコワい

東藤:
一番うつでひどかった時期ってどういう生活をしていましたか?
木本さん:
寝てるだけ。本当に朝から晩まで寝ているだけですね。
東藤:
ご飯は食べられましたか?
木本さん:
食欲はなかったですが、最低限は食べていたと思います。
実家だったので。
東藤:
それはよかったですね。
そうじゃないと、食べ物を調達する行動自体が大変だと思うので。
学校の誰かと携帯で連絡取り合ってたりとかしました?
木本さん:
とっていなかったですね。パソコンと携帯が怖すぎました。

東藤:
パソコンと携帯が。はい、うつ病だと、とても怖いですね。
木本さん:
外部からの情報と刺激が怖い。
なので、極力離れていましたね。パソコンとか開きたくない。
東藤:
なるほど。もちろんリクナビとかは見ない?
木本さん:
リクナビなんて無理(笑)。
外界からの刺激全般的に怖いのに、リクナビなんてとても。
携帯が鳴るだけでも怖いし。
東藤:
そうだよね、そうなりますよね。
ぼくもメンタルが弱くなっている時は、
未だにメールボックス開けないです。
すごい悪いニュースが来るわけではないんですけど、
でもなんか怖いので、未読メールがたまっていって、
200件とかになったり(笑)。
そのうちfacebookのメッセージもたまってきたりして(笑)。


(続きの気になる回復編は2週間後に更新予定です)

プロフィール

東藤泰宏(とうどう・やすひろ)
1981年生まれ。
IT業界で働くうち、過労のためにうつ病となる。
1年半のうつ病ニート時代を経て「ゆううつ部」(ブログ)を開設。
2011年にスカイライト社主催の「起業チャレンジ2011」で最優秀賞を獲得。
その賞金300万円で起業。仲間を集め、2012年1月にU2plusを公開。
新たな資金調達にも成功したが、まだ絶賛うつ病中。

「みんなでうつの予防&回復をする認知行動療法サイト」U2plus
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・ とうどうTwitterアカウント @toudou_U2plus
・ イラストレーター:ヨシムラマリ Twitter @coromegane
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