ゆううつ部部長のOB訪問 東藤泰宏 イラスト:ヨシムラマリ

第3回後編 18歳受験期女子高生

受験生期にパニック障害からうつ病を発症したヒカルさん。
先生の勧めもあり、同級生の前で病気のことを告白しました。
周囲の理解を得られ、受験に向けさらに勉強に励むヒカルさんですが……。
高校生でうつ病を発症することで生まれる数々の困難や葛藤と、
それらをいかに乗り越えて回復に向かったのかが語られる後編。
ぜひ、ご一読ください。

ヒカルさん
ヒカルさん
・年齢:20歳
・職業:大学生
    (うつ発症時は高校生)
・うつ歴:約2年
・ストレートヘアの金髪
・勉強のできるパンク女子高生

※本連載ではプライバシーを守るため、名前はすべて仮名とさせていただいております。

受験の前に卒業できない危機

東藤:
かなり学校をお休みしていますが、出席日数は大丈夫でしたか?
ヒカルさん:
ほかの学校のこと聞くと、休んでいても学校側が調整してくれる
っていう話も聞くんですけど、うちの学校は、
決められた時間出ていない人は絶対に卒業を認めない、
というスタンスでした。
卒業以前に、大学受験をさせてもらえませんでしたね。
「受験ができない」と聞いたときはめまいがして、
一番ひどい状況に陥った気がします。
東藤:
卒業させられるかわからない=受験もできないっていうことなんですか?
ヒカルさん:
はい。
受験で願書を出すときに、卒業証明書も提出するじゃないですか。
願書を出す時点で、卒業が未確定だったので証明書をもらえないんです。
学校としては、
「卒業のために、高校3年生の1月に入ってから、
いままで休んだ分を全部補講として行う」って。
その補講が100時間ぐらい。
1月に入って100時間の補講をクリアした時点で、
卒業証明書を出すということでした。
物理的に、ひと月でそんなにコマ数を入れられなかったので、
普通に間に合いませんでしたね、センター試験の願書は。
東藤:
這いつくばって学校行って、
かつ受験に向けて必死に勉強してきたのに。
うーん。大学生のうつ病だと、休学という手段があるんですが、
高校だと難しそうですね。
留年に対しても、大学と高校とでは印象がかなり異なりますし。
ヒカルさん:
はい。
で、補講として学校に行くんですが、
高3なので同級生はみんなほとんど授業がないんですよね。
だから、中学生に混じって1人「おばさん」がいるっていうか……。
そんな感じでやっていました。
1月ひとりで学校に行って、うつ病真っ只中の体を引きずって
持久走やったりとか。そんな感じでしたね。

東藤:
なるほど、中高一貫だから中学生と走ることになるんですね。
ヒカルさん:
そのときは持久走といっても、走れなかったので歩いていたんですけど。
まぁそこは先生も少しは理解があったので、
「しょうがないからいいよ」とは言ってくれましたね。
東藤:
やさしいですけど、もう少し……。
もちろん規定の出席日数が足りないのであれば、
補講で補うというのはルールとしてわかるんです。
ただ、それが病気によって引き起こされていることを
考慮してもらえないかな。
たとえば、補講を1月に詰め込むのではなく、
11月や12月などでも体力的にゆとりがあるときから
はじめさせてくれなかったのか……。
あるいは、専門学校など他の進路の可能性を示唆してあげたり、
色々できるのでは……と思ってしまいます。

ちなみにぼくは出席日数が足りないとか単位が足りないとかで、
受験シーズンで同級生が学校に来ない中、
高校1・2年生と一緒に授業受けてましたよ。
1年生に、「ノートを見せていただけませんでしょうか」とかお願いしながら(笑)。
ヒカルさん:
わかります(笑)。

それがちょうど1月だったので、もうセンター試験なんですよ。
一応センターは受けたんですけど、願書を出せないので、意味がなくて。

校長室に行って泣きながら頼んだんですね。
「どうしても受験させてほしい」って。
「ここまで勉強したんだから」と言ってクタクタの教科書とノートを見せて。
でも「どうしても特例は認められない」って言われたんです。
もともと私立大学の受験を目指していたんですけど、
当初の志望校は全部、願書すら出せずに終わりました。

校長からは「何とかしてあげたいんだけど、
ほかの先生にダメって言われたからダメ」と言われてしまって。
わたしとしては、大学に入る、というのを目標にがんばってきたのに、
校長というトップの立場の人が「他の先生に言われたからダメ」
という理由で「高校に戻ってもう1年やれば?」というのがすごく嫌でした。
必死に勉強してきたことを理解してくれているのであれば、
他の先生とももう少し話し合ってくれてもいいんじゃないかって。
東藤:
そうなんですか。
何の抵抗もなく、「卒業しないで留年すればいいんじゃない?」みたいな。
もちろん正論です。正論ではありますが、ぼくとしては
他の選択肢も提示してほしかったです。
そうやってドロップアウトして人生を見失ってしまった人を、
たくさん知っています。
ヒカルさん:
そうですね。
補講を受け続けて、やっと私大の後期日程に
ギリギリ間に合うっていう感じでした。
東藤:
受けられる学校がかなり限られそうですね。
ヒカルさん:
そうですね。選択肢は、女子大の後期試験だけでした。

いざ、受験へ!!

東藤:
もうここまでくると「絶対に受からないと!」っていう感じですね。
ヒカルさん:
そうですね。
でもそのころには自分も少し諦めモードになってしまって。
もう無理だな、という諦めのような気持ちも少しありました。
東藤:
なるほどですね。
受験生って、ただでさえプレッシャーを感じるじゃないですか。
それに加えてうつ病なので、落ち込みや不安は当然だと思います。
むしろヒカルさんのここまでのがんばりは驚異的です。
まあぼくは受験のプレッシャーは全く感じなかったのでわからないところもありますが。
ヒカルさん:
それはすごく羨ましいですね(笑)。
東藤:
ぼく、センター試験は受けたんですが、
何のために受けるのかを知らなくて。
みんな願書の話してるけど、何なのかわからないし。
ヒカルさん:
へぇ~すごい(苦笑)。
東藤:
のんびりした高校生だったんですが、
その分、いまうつ病で苦労しているので勘弁してください(笑)。
友達からも「なぜあの気楽な東藤がうつ病に?」と驚かれています。
だから「自分はうつ病にならないタイプだから」
という人ほど危ないと思っています。
ヒカルさん:
それで思い出したんですけど、そのころにはだいぶ
自分で色々楽しみを見つけることも出来はじめていました。
もうセンター試験受けても意味がない
っていうのはわかっていたので、センターの前日……
前日は確か補講で持久走をしていたんですけど、
そのあと帰り道で映画のDVDを借りてきて観ました。
東藤:
うん、受験勉強以外にも、楽しい活動が
自分からできるようになったっていうことですよね。
それは回復してきている兆しだ……。
ヒカルさん:
そうですね。
東藤:
9月に教室でカミングアウトして、
12月に通えるようになってきて、
1月に補講で。
着実に回復してきてますね。
受験当日、うつ病やパニック障害の症状は大丈夫でしたか?
ヒカルさん:
薬でその症状は抑えられていたので、
試験中は普通に試験問題も解いていて、
何事もなく、無事に終えることができました。
ただ、それまでほとんど外を歩かなかったので、
筋肉が落ちてしまっていて、人混みの中、
駅から徒歩15分の受験会場に向かうのがとにかく大変で。
学校に着いたころにはものすごい疲れていていました。
で、次の日全身筋肉痛になったのは覚えています。

うつ病的大学デビュー

東藤:
それで、結局受験には成功して、大学に入れたんですよね。
症状は回復したなという感じだったんですか?
ヒカルさん:
そのまま段階を踏んでいったので、
いきなり良くなったということはないです。
受験が終わったあとも引き続き、卒業式の前とかに
たまに学校に行く日とかあるじゃないですか。
だから、「登校日に行けるようにその前の2~3日は
家から出ないようにして休んでおこう」とか、
「出かけなきゃいけない日に向けて体調を整える」、
というふうにやっていきました。そのまま春休みに入り、
だんだん出かける日と出かけない日の幅を
調整できるようになってきました。
東藤:
それはすばらしい。
ヒカルさん:
春休みなので、友達と遊ぶ約束とかもあったんですけど、
入れてみてもどうしても体調がダメでドタキャンしちゃったり
とか、そういうことはありましたね。
東藤:
ぼくも約束してドタキャンってしちゃいますけど、
こっちもつらいんですよね。
症状でつらいのと、自己嫌悪で。
友達も失ってしまうし。
ヒカルさん:
そうですね。
東藤:
いろいろと見習わなきゃいけない面がある(笑)。
外出は控えて出かけなきゃいけない日に備えるとか。
ヒカルさん:
そうですね(笑)。
それがちょうど出来た期間だったので、春休みで。
東藤:
ちょうどいいトレーニング期間だったんですね。
ヒカルさん:
はい、それがよかったですね。

 うつ病になると、回復期になってもどうしても体調に波があります。そのため、会う約束をしても、当日になると体調が悪くて外出することができないことがどうしてもでてきてしまうんです。そして友情にひびが入るという……。

 対処法はこんな感じでしょうか。
(1)「自分はこういう状況だから、もしかしたら行けないかもしれない」と伝えておく。
(2)1対1だとドタキャンしたときに相手の貴重な時間を無駄にさせてしまうので、複数人で会う約束にしておく。
(3)「今日は大丈夫そうだな」と思っても急に体調が悪くなることがあるので、「カフェで何時〜何時までで待ち合わせよう。もし遅れたら読書や勉強、仕事をしていてね」とアバウトな約束にする。
(4)「行けそうなら約束の2時間前に連絡するね。連絡がなかったら寝込んでると思ってください。ごめんなさい」と前もって伝えておく。

……などなど、ご参考までに。

東藤:
大学に入学して、生活の方はどうでしたか?
ヒカルさん:
4月になったときには、週に4日は出かけられるように
なっていたんです。1日家で休みを取る日を入れつつ、
かなりの頻度で出かける、というふうにやっていました。
だから本当に前みたいな楽しみ方をしつつ、
たまにダウンするっていう感じの生活を送っていましたね。
東藤:
大学に入って、パニック障害になる前の生活を
取り戻したんですね。
ヒカルさん:
そうですね。
自分が病気だったっていうことも忘れるぐらいの
楽しみ方をしていたかなっていう。
そのときも薬は飲んでいたんですけどね。
東藤:
いまは3年生ですよね。
どんな生活をされているんですか?
楽しんでますか?
ヒカルさん:
はい、楽しいです。
薬は大学1年生の夏には全部やめられたので、
そのあとは全く薬を飲むこともなく、
いまは病院に行くこともなく生活していますね。
やっぱりどうしても、体力的な部分は
ダメになっているところもあるんですけど、
様子を見て、という感じです。
大学入学後もゆっくり順調に
連続して出かけられる日数を伸ばして、夏ごろ断薬しました。
東藤:
断薬というのは自分の判断で?
お医者さんの指示で?
ヒカルさん:
最初に断薬し始めたのは自分の判断でした。
薬を半分に割って飲んでいましたが、
次の通院のときにきちんと報告して、
そのまま続けて大丈夫と言われました。
そして、いまに至ります!
東藤:
おお、それはよかったですね!
授業以外の活動などはされているんですか?
ヒカルさん:
1年生のときに学生団体に入りました。
授業以外の場所に習いごとのように
定期的に通うことが必要かなと思って。
そこでは週に一度ミーティングがあるんです。
あと、「誰かと一緒になにかをする」という経験を
もっとしたいなと思って。
高校生のときは団体で行動するとか、
あまりしていなかったので。
東藤:
「誰かと一緒に」って、
高校生活の後半は全くできなかったですもんね。
いま取り返してるんだ。
ヒカルさん:
はい。
あとは就職を希望している業界の人が
集まるイベントに行って、有名な人とお話ししたり、
将来に向けていろいろと活動しています!

どんなことがよかったか

東藤:
じゃあ、回復していく上で、
どんな行動、考え方が良かったと思いますか?
ヒカルさん:
やっぱりわたしがやってこれたのは、
「受験」とか「卒業」という目標があったことが大きいです。
ストレスの原因でもあるんですけど。
カウンセラーの方と週1で会って、
作戦会議みたいなことをしていました。
その目標に向けて短期スパンで、
○月はこれをできるようにする、とか。
あとカウンセラーさんがスケジュール表を作ってくれて、
1日分の1~6限までのマスを書いてくれたんです。
そこに勉強の予定とか、補講で受けなきゃいけない授業も
全部書き込んでいって、残り数学は△時間分とか、
国語は◆時間分っていうカウントも、
全部つけてくれたんですね。
東藤:
回復の目標を定量的に見ていたんですね。
ヒカルさん:
春は「週に1日学校にいけるかどうか」
というレベルだったんですが、
10月からは少しずつ行ける日数と時間を増やしていって、
12月ごろにはかなり進歩して、毎日とはいかないですが、
だいぶ行ける日が増えました。
そしてできるとカウンセラーの方がほめてくれるんですよね。
それが嬉しかった。
東藤:
できたことに対して、まっすぐに評価してくれる
存在がいるのはありがたいですね。

 認知行動療法の新しい技法として、「行動活性化」というものがあります。いくつものステップがあるのですが、その中で「うつになると物事が困難に感じられ、圧倒されてしまうので、行動を小さく分解して一つずつやっていこう」「少しでも達成感、幸福感を体験しよう」というものがあります。
 このスクールカウンセラーさんが手伝ってくれたのは、この方法に近いのかもしれません。
参考書籍:「うつを克服するための行動活性化練習帳」

東藤:
それ、すごくいいとは思うんですけど、
逆にうつ病の症状で、
「目標だったことができなかった。つらい」
という日もあるじゃないですか。
体調が悪すぎて動けなかったとか。
そういうときの落ち込みはどうやって対応していましたか?
ヒカルさん:
わたしは特殊かもしれないんですけど、
うつ病って言っても、やる気がなくなるとか、
死にたいと思うことがなかったんですね。
やらなきゃっていう思いが一番強かったので、
自分はやる気があるし学校には行きたいし、
受験もしたいのに、なんで体が動かないんだろう
っていう焦りはすごく感じていたんですが。
東藤:
焦りと、多分強い不安もある状態ですね。
ヒカルさん:
そうですね。
だけど、ある意味受け入れて、
こうなってしまったんだったら
とりあえずなんとかいい方に考えよう、
っていう風に捉えていました。
東藤:
自分の状態を受け入れた上で、目標をクリアしていこうと。
それはすばらしい考え方だと思うんですけど、
それ自体回復してきている兆候だったのかもしれませんね。
ちなみにヒカルさんってもともとそういう考えの人なんですか?
ヒカルさん:
いえ、ポジティブっていうわけではないです。
ただ「こんなひどい症状になって、いま死んでたまるか」
ぐらいに思っていたんですね。
いまここで挫折してたまるかっていう気持ちが
すごくあったので、絶対に乗り越えたいっていう。
東藤:
なるほど。
死にたいとは思わなくても、
どこかで死は意識していたようですね……。
ヒカルさん:
そうなのかもしれません。
東藤:
回復には、カウンセラーさんの存在も大きかったように思います。
ヒカルさん:
そうですね。
「あとこれだけ消化すれば大丈夫だよ」っていうのを
目に見えるようにしてくれたのと、やっぱり
担任の先生とのパイプ役になってくれていたなっていう。
わたしは先生たちとは話せなかったので、
先生たちから信頼されているカウンセラーさんが
話をつけてくれていたのはありがたかったですね。
東藤:
お話を伺っていて、復職に向けてのステップにも、
うまく活用できるケースがあるように感じました。
同じ受験生のうつ病の人も、もちろん参考になるし。
ヒカルさん:
でも、いまでもときどき「本当にうつ病だったのかな」
って疑ってしまうんですよね。
身体的にうつ病の症状が出ていたのは確実だし、
精神状態も、夜とかおかしかったのはわかるんですけど、
なんか、パワフルなうつ病だったなっていうふうに思いますね。
東藤:
でも、体力の部分があるじゃないですか。
体は重すぎて動けないし、力は筋肉痛になるぐらい落ちてるし、
寝れないしでフラフラで。
感情のところは泣き続けたり自分を責めたりで、
あまりコントロールできない。
けど考えのところは、少なくとも受験については
しっかりしている。
ヒカルさん:
そうですね。
東藤:
学校のお医者さんと心療内科の先生がそう言っていて、
抗うつ剤で症状を抑えられたんですから、
それはうつ病と考えていいと思いますよ。
ヒカルさん:
まぁそうなのかな、という感じですね。
親はいまでは、うつ病だったとはちゃんと思っていないですね。
そういう診断が出ちゃっただけで、
基本的にはパニック障害だったって。
親的にも多分、自分の子供がうつ病だったっていう事実を
あんまり受け入れたくないみたいなので
「娘はパニック障害で、それに伴う身体的な症状だった」
っていうことになっています。

いまうつ病に悩んでいる高校生へ

東藤:
うつ病の高校生っていっぱいいると思うんですよ。
彼らにアドバイスはありますか?
状況も症状も人それぞれなので、難しいとは思いますが。
ヒカルさん:
もし、うつ病になった原因が「学校と自分が合わない」
ということであれば、学校に無理に行かなくていいかな
というのがひとつあります。
もし、転校まではしなくても、学校以外でくつろげる場所を
自分で用意するとか、親を頼って探してもらうとかが
大切だと思います。

あと、一番悩んでいるのは、
うつ病のことを周りの人に言えないということだと思うんですよ。
わたしも周りの人に言うまでとても時間がかかりました。
でも、いま思えば高校生って、
まだ大人から守られている立場なんです。
自分がうつ病になったことを伝えたら
「もう人生が終わるんじゃないか」と思ってしまうんですけど、
全然そんなことなくて、ちゃんと伝えて、
理解さえしてもらえれば、
守る体制をつくってもらえるはずです。
診断書でもいいし、病院に学校の先生を
一緒に連れていくとか。
わたしは「サボりじゃない」って伝えるために、
担任の先生に頼んで、お医者さんの診断を
直接聞いてもらいました。
東藤:
たしかに……めちゃくちゃ言いにくそうではありますね。
でも、伝えた方が絶対にいい。
ヒカルさん:
うつ病は大変ですけど、
高校生で発病するメリットは
「学校の大人が誰かしら支えてくれる」
ということだと思います。
逆に、大人になった後にうつ病になるのが
一番大変なのかなと思いますけど。
東藤:
(苦笑)。
しかし、そうはいってもヒカルさんは過酷でしたよね……。
ヒカルさん:
改めて振り返るとすごいですね……。
でも、そのときの経験があるので、
「あのときとてもとても苦労したので、
もう何があっても大丈夫だ!」
とわたしの根っこができた気がします。

プロフィール

東藤泰宏(とうどう・やすひろ)
1981年生まれ。
IT業界で働くうち、過労のためにうつ病となる。
1年半のうつ病ニート時代を経て「ゆううつ部」(ブログ)を開設。
2011年にスカイライト社主催の「起業チャレンジ2011」で最優秀賞を獲得。
その賞金300万円で起業。仲間を集め、2012年1月にU2plusを公開。
新たな資金調達にも成功したが、まだ絶賛うつ病中。

「みんなでうつの予防&回復をする認知行動療法サイト」U2plus
ゆううつブログ
うつペディア - みんなで作るうつ情報wiki辞典
・ とうどうTwitterアカウント @toudou_U2plus
・ イラストレーター:ヨシムラマリ Twitter @coromegane
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