ゆううつ部部長のOB訪問 東藤泰宏 イラスト:ヨシムラマリ

第3回前編 18歳受験期女子高生

今回は、うつ病発症当時受験生だったヒカルさんにお話を伺います。
進路変更に伴って予備校通いをはじめたそうですが、
「なんとしても受かりたい」という気持ちがプレッシャーとなってしまったようです。
パニック障害からうつ病へと変化し、闘病中重い体を引きずりながらも、
必死に勉強に励む姿は、、"戦い"と表現したくなるくらいです。
「高校生のうつ」の現状を知る意味でも、興味深いお話です。

ヒカルさん
ヒカルさん
・年齢:20歳
・職業:大学生
    (うつ発症時は高校生)
・うつ歴:約2年
・ストレートヘアの金髪
・勉強のできるパンク女子高生

※本連載ではプライバシーを守るため、名前はすべて仮名とさせていただいております。

はじまりはパニック障害

東藤:
うつ病になったのは、具体的には何年生の時ですか?
ヒカルさん:
まず最初にパニック障害になったのですが、
それが高校2年生の冬ですね。
で、そのままそれが悪化して、高校3年生の4月に
うつの身体的な症状が発症したかな、という感じです。
とつぜん春に体が動かなくなりました。
東藤:
なるほど。
ではまずパニック障害について伺いますね。
ヒカルさんの症状はどんな感じだったんですか?
ヒカルさん:
道や駅のホームが突然ぐわんぐわん揺れだして、
地震が起きているんじゃないか、というぐらいの揺れを感じるのと、
動悸がどんどん激しくなっていって、
汗が止まらなくて、
そのまま過呼吸になってしまうんです。
東藤:
初めてパニック障害になったときって、どんな感じだったんですか?
いきなりある日、学校帰り、みたいな?
ヒカルさん:
はじめは、あまり気にしていなかったんですよ。
人間てそういうものなのかな、ぐらいに思っていました(笑)。
だから、初めて、っていうのもいつかよくわからなくて。
普通に考えると、道が揺れるなんておかしいことなのに、
全然おかしいと思わなくて。
なので、病気とも思わなかったですし、戸惑いとかもなくて。
東藤:
高校のときは電車通学でしたか?
ヒカルさん:
はい、電車通学でした。
東藤:
パニック障害だと、電車に乗るのに
とても苦労するんじゃないかと思うんです。
なんとか通学はできていたんですか?
ヒカルさん:
そうですね。
具合が悪くなってしまうこともあったので、
いま考えるとその気があったのかなと思います。
でも、本当に過呼吸がひどくなるっていうのは
外ではそこまでなくて、呼吸が乱れてるな、
ぐらいなんです。
外でエレベーターに乗ったときなど、
発作を起こしそうになることは頻繁にありましたけど、
電車はそれほどでもなかったですね。
一番つらかったのは家の中、
とくに自分の部屋では結構ひどかったです。
東藤:
えっ。家の中で過呼吸は苦しい。
一般的には、外の密閉空間で症状がでるものですよね?
ヒカルさん:
そうみたいですね。苦しかったです……。

 パニック障害は、突然激しい息切れやめまい、窒息しそうな感じ、気が変になるのでは、死ぬのではないかという恐怖感に襲われる病気です。
 ぼくは「逃げ場がなくて閉塞感のある、電車やエレベーターに乗れなくなる」というイメージが強かったのですが、その後調べてみたところ、家で1人過ごすことや、心理的な影響の強い映画を観たりということも引き金になるようです。
 さらに、パニック障害が進むと、多くの場合うつを発生させてしまうそうです。ヒカルさんの場合は部屋にひとりでいることがトリガー(引き金)になっていたみたいですね。

東藤:
ちなみに、うつ病になったのにもかかわらず、
かなりいい大学に一般入試で入っているじゃないですか。
勉強をがんばっているタイプだったんですか?
ヒカルさん:
いや、全く勉強しなくて、学校の中でも勉強できない問題児。
でも授業はきちんと出ていました。
親も厳しくずる休みはほとんどありませんでしたし。
東藤:
ありゃ。ぼくと一緒じゃないですか。
ヒカルさん:
東藤さんも?
ホントですか?(笑)
東藤:
「あまり勉強しない方」とかじゃなくて、
学校に教科書とノート持っていかない人でした。
ヒカルさん:
あ~。
わたしも、勉強自体はがんばらない、
という意味ではそんな感じでしたね。
東藤:
大学名に騙されて、真面目な人だと思っていました……(笑)。
その生活で、どうしてうつ病になってしまったんですか?
ヒカルさん:
ちょうどそのパニック障害が出はじめる直前に、
もともと音大に行こうと思っていたのを、
一般大学の受験に切り替えたんですね。
作曲家に関する本を読んでるうちに
19~20世紀の芸術と政治の関わりに興味が湧いて、
そういうことを勉強したいと思い始めて。

いままで勉強していなかったので、
一念発起して すぐに予備校に通いだしました。
とにかく勉強をがんばろうと思って、
学校が終わってから毎日5~6時間ぐらい
予備校で勉強する生活をしていたんですよ。

そのころは本当に
「受験を頑張らなきゃ」
という気持ちがすごくありましたね。
あと、学校では問題児扱いされていたので、
「ぜったいに見返してやる」って。
そのプレッシャーがうつ病になった
直接的な原因だったのかもしれません。

 受験がうつ病の引き金になることは結構あるようです。合格できるのかどうか、という自分の不安と、家族など周囲からのプレッシャーは当然考えられるでしょう。
 それに加えて、社会の風潮も原因のひとつなのではないかと思います。
「受験は全国のライバルたちとの戦争だ」
「圧倒的な努力でがんばって自己実現する」
というような言葉には、過労でうつ病社員をたくさん生み出している、いわゆるブラック企業に近いイメージを抱いてしまいます。
 ヒカルさんの場合も、プレッシャーだけではなくて、授業後に5~6時間勉強することによって心身が過労状態だったのかもしれません。

東藤:
3年生の4月に体が動かなくなったっていうのは、
どういう経緯で動かなくなったんですか?
ヒカルさん:
予備校の帰り、電車で座っていたら、
突然体がすごく重くなって動けなくなったという記憶があります。
親が手伝ってくれても、お風呂にすら入れなくて。
介護されている老人のような状態でした。
そして次の日は学校を休みました。
その後は1日がんばって学校に行って、
その次の日は体が動かなくて、という状態で、
行って休んでを繰り返す生活になっていきました。

だんだんそれも難しくなって、2週間後ぐらいには
週に3・4日間学校を休んで、
なんとか1日、学校に行くという生活になりました。
東藤:
動けなくなったというのは、鉛のように重いという感じですか?
ヒカルさん:
そうですね。まさに鉛のようでした。
お風呂にも1人では入れないし。
体も心も……動けない理由がわからないので、
親にも理解してもらえなくて……。
東藤:
親から見ても異常がわからないのって、
不登校児的な扱いになってしまいますよね。
ヒカルさん:
そうですね、はじめは毎朝怒られていました。
でも、だんだん母も、
「なんなんだろうね」
「サボるための嘘じゃないみたいだけど、全然理由がわからないよね」
っていう感じになってきて。

わたしと母が一緒に出した結論が、
「幽霊に取り憑かれたんじゃないか」
ということで、真剣に、塩を部屋と玄関に盛って、
除霊みたいなのしたり(苦笑)。
東藤:
ちょっと滑稽ですが、でも、必死だったんですよね。
ヒカルさん:
必死ですね。真剣にやってました。
東藤:
ですよね。
ちなみにぼくは仕事のあとは、家に帰るまで
ゾンビみたいになってます。
疲労でまっすぐ歩けない。1m歩くのに5秒くらいかかったり。
ヒカルさん:
あー、わたしもいまでも疲れるとそんな感じですね。
ゾンビとまでは言いませんけど(笑)。

体が動かない、涙がとまらない

東藤:
「幽霊の仕業かも」から、
「病院に行こう」と思ったきっかけはなんだったんですか?
ヒカルさん:
4月に体が動かなくなってから、
さすがにおかしいなと思って、
パソコンでいろいろ検索してみたんです。
これ、パニック障害なんじゃないかな、
と思って、学校の保健室の先生に相談したんですね。
そしたら、月に1回来ている、学校と提携しているお医者さんが
いるから、その人と話をしてみてくださいって言われました。

ですので病院ではなく、学校でそのお医者さんと話をしてみて、
体が動かないのも含めて、うつ病とパニック障害だと診断されました。
東藤:
なるほど。
パニック障害の症状が始まったのが高校2年生の冬で、
3年生の4月にうつ病の症状が出てきて、
5月になってやっと精神科の先生から診断が出た。
ヒカルさん:
はい。
東藤:
長いですね~。
半年以上理由が分からなかったんですね。
それはつらいな。

その時期は、具体的にはどんな生活をされていました?
ヒカルさん:
精神状態は高2のパニック障害が出る少し前ぐらいから
かなり悪化していたので、引き続きその状態だったんです。
というのも、毎晩とにかく泣いていて……。
具体的に、何が理由とかじゃないんですけど。
東藤:
「理由がないのに泣いてしまう」。
パニック障害の前に、すでに少しうつ病っぽいですね。
ヒカルさん:
いま思うとそうなんですけど、毎日のことだったので、
わたしにとってはそれが普通の状態だったんですよね。
東藤:
誰かが気づいてあげていれば……。
ヒカルさん:
そうですね……とにかく家で毎日泣いていて。
過呼吸っぽい症状は、パニック障害になってからずっと出てましたね。
東藤:
過呼吸と泣くのは連動しているんですか?
それとも、別のときもあるんですか?
ヒカルさん:
夜は一緒でしたね。
泣きながら、呼吸が苦しくなって……という状態で。
悪化してからは、昼間は外出中、
とくにカフェとか電車内とか、そういう場所で、
周りの人から見られているような気がしてきて、
呼吸がおかしくなってしまうんです。
東藤:
ひどい……家でも外でもというのは大変だなぁ。

スーパーハードな高校生活

東藤:
うつがひどかったときって、学校には行かないで、
家で休んでいたんですか?
ヒカルさん:
「なんとかして学校に行きたい。サボってるんじゃないんだ」
っていうのがあったので、朝起き上がれるとか、
朝じゃなくても途中から行ける日はなるべく行って、
ダメなときは休むっていう感じでした。

ヒカルさん:
やっぱり朝が弱くて色々な症状が出て、
夕方になると軽くなってくるんですよ、いつも。
夕方からは予備校があったので、
学校は行かずに夕方から予備校という日が、
どうしても多くなってしまいました。
東藤:
体調がつらすぎて学校に行けなくても、
なんとか予備校には通う……。
ハードな生活をされていますね。
ぼくは勤めていたとき、どうしても体調が悪くて
会社に行けない日でも、夜になって気分が持ち直したら、
夜9時に出社して2時間だけでも仕事をして帰ったりしていました。
申し訳ない気持ちで、誰もいないフロアで必死に仕事をしました。
似たような状況だったのかもしれません。
ヒカルさん:
そうですね。
この間久々に当時のスケジュール帳が見つかって
見てみたんですけど、一番症状が重い時期も
びっちり予備校とか勉強の予定が書いてあって、
我ながらひどいなと思いました。
東藤:
「学校に行けていない分なんとか取り戻すために、
動ける時間は少しでも勉強しないと」っていう焦りがさせていたのでしょうか。
いまから考えると、悪循環になってしまっている気もしますね。
うつ病とパニック障害の診断が出てからは、
それが理由で休んでしまうことについて、
学校の先生たちに理解をしてもらえましたか?
ヒカルさん:
その時点ではまだきちんと先生たちには言えませんでした。
なにしろ先生たちとの溝があったので心を開けずにいて。
学校に来ていただいていたお医者さんに、
家の近くの心療内科を紹介してもらって、
通院を始めたころにやっと先生に言いました。そのあと、
学校の相談室に毎日来ている専属のカウンセラーの方を
紹介してもらいました。
それでやっと他の教科の先生からも、
あの子は病気を持っていて、カウンセラーさんのところに
通っているらしい、と認識されるようになりました。

 スクールカウンセラーは高度な心理の専門職で、学校にいながらも「先生と生徒」ではない形で相談にのってくれる存在です。基本的には、臨床心理士、精神科医、大学教員が担当します。文部科学省主導で全公立学校に配置されてきている状況です。
 私立の学校にも補助金の形で導入が進められているので、ヒカルさんの通っていた私立高校にもスクールカウンセラーさんがいたんですね。
 とても素晴らしい制度なのですが、当のスクールカウンセラーさんたちは非常勤であることでお給料がとても少ないこと、生活が安定しないことなどで苦労されているようです。もっと状況が改善されることを願っています。

周囲の目からガードするための化粧

東藤:
先生たちはそれまで、
パニック障害とかうつ病の生徒さんと
接した経験はあったんでしょうか。
ヒカルさん:
あまり詳しくは聞いていないんですけど、
わたしが通っていた学校って、私立の6年間中高一貫のところだったんです。
それまでに何人か辞めていく子たちがいて、
あとから聞くと、うつ病だったとか、そういう病気だったっていうことが
多かったですね。
だから先生方もうつ病の生徒に接した経験は
一応あるんじゃないかな、と思います。
東藤:
先生との関係が悪かったとおっしゃっていましたね。
ヒカルさん:
世間では派手な外見から「不良の子」っていう感じだったんです。
でもそれも自分の中では、「周りの目が怖い」っていう理由だったんです。
どうしても黒髪とすっぴんで外に出ると、
周りの人から笑われているような気がしてきて……
素のままの自分を晒すのがとても恐ろしく感じます。
東藤:
メイクや髪の毛をいじるのには、そういう理由もあるんですね。
ヒカルさん:
なによりそれがまず第一ですね。
中学のころから茶髪だったんですけど、
素の状態の自分が嫌いすぎて、
人間観察の場になりがちな電車は、当時から苦手でしたね。
東藤:
いまのお話を聞いて、そういうメイクや外見が派手な人たちへの
目線、視線が変わりましたよ、ぼくは。
強さをアピールしているんじゃなくて、
弱さを隠すために鎧を着て身を守っているんだ。
ヒカルさん:
そう、鎧ですね……。
そういう強気な見た目にもかかわらず、
学校の中では先生の視線にも怯えていたというか。
怒られたくない、という感じで。
東藤:
怖いから外見で身を守ってるのに、それが理由で目をつけられる。
泥沼じゃないですか(苦笑)。
ヒカルさん:
余計にそれで、「学校に行ってない=サボり」っていうのを
学校の先生からも、始めのころは親からも、
思われてしまったっていうのはありますね。
東藤:
理解してもらえないのはつらい。
「行けない」のを「行かない」と認識されたんですね。
全然違うのに。

同級生とうつ病と

東藤:
クラスメイトとかは、通学が不規則になったことについて
何か言ってましたか?
ヒカルさん:
直接は言ってこなかったんですけど、
仲のいい友達を通して聞きましたね。
学校来ないし、おまけに予備校だけは行っている状態だったので、
「学校来ないくせに勉強だけしてる」というような目では
見られていたみたいです。
東藤:
「学校を見下してるやつ」みたいな。
ヒカルさん:
そうですね、ただでさえ外見で浮いていたのに、
さらに嫌なヤツって感じになっていましたね。
東藤:
そもそも、うつ病になると、集中するのが難しくなるかと思います。
体の調子がいいとき、予備校では勉強を普通にできていたんですか?
勉強は頭に入りましたか?
もとはあまり勉強しない生徒でしたよね。
ヒカルさん:
勉強は、いま考えるとわからないんですけど、当時の自分の感覚では、
きちんとできている気になっていましたね。
実際、体調的に模試を受けられたのが夏までだったんですが、
夏の時点では成績もかなり伸びていたので、
勉強は結構出来ていたように思います。
もとがすっごく悪かったというのもありますが。

みなさん集中力が途切れるってよく言うじゃないですか、
うつ病の人って。
わたしの場合は、頭が回転しすぎちゃって、とにかく考え込む、
という感じでした。いつでも頭がフル回転していて、
考えなくていいことまで全部考えてしまうっていう。
寝る前に2時間ぐらい、勉強の予定や将来について
考え込んでしまったり、自己嫌悪になって
「なんで自分はこんなにダメなんだろう」と、
泥沼状態になるまでひたすら……。
東藤:
過剰に集中してしまうんですね。
それって、睡眠時間には影響しないんですか?
ヒカルさん:
影響しますね。睡眠時間2時間とか3時間とかでも、
朝、体が重いのさえなければ、普通に学校に行ってました。
体が動かなくなった日は、どうしようもないので
ベッドで寝るっていう感じでしたね。
東藤:
あなたはなんて過酷な高校生活を……(苦笑)。
ヒカルさん:
そうですね。いま考えると信じられないですね(笑)。

同級生にカミングアウト

東藤:
話がもどるようですが、学校にあまりこなくなったことについて、
同級生から直接なにかを言われたことはないんですね。
ヒカルさん:
そうですね。
学校に来たときも、様子がおかしいようには見えていたと思うので、
そこまでは言われなかったんです。

そう言えば、学校の子への説明を9月ごろに教室の前でみんなにしたことがあって……。
東藤:
えーっ?!
ヒカルさん:
それはやらされたっていうのもあるんですけど、先生たちに。
9月に学校の研修旅行(修学旅行のようなもの)があったんです。
それにどうしても行けなくて、それをきっかけにだんだんみんなから
「何?」って感じで見られるようになっていきました。

ヒカルさん:
もともとうちの学校、キリスト教の学校だったので、
朝に礼拝をするんです。その礼拝の時間に、
当番で一人ずつしゃべる時間があるんですね。
担任の先生からどうしても、
「みんなの前で、事情を説明しろ」
と言われたので、その時間を当ててもらって、みんなの前で、
「実は春ごろからこういう症状があって」って。
「そういうわけで学校に行ってませんでした」っていうことを、
みんなの前で言いました。
病名はパニック障害とだけ言って、うつ病とは言いませんでしたけど。
「うつ病」というのは抵抗があったので。
東藤:
なにか変わりましたか?
言ったことで、自分の気持ちがとか、周りの人がとか。
ヒカルさん:
そうですね。
自分の気持ちとしては、みんなからどう思われてるのかっていうのが、
その時点でちょっとは誤解がとけたかなと感じてすっきりしました。
それに、mixiで
「そういうことだったんだね」
「がんばれ」
ってメッセージやコメントをくれた子もいて。
東藤:
ちょっと安心できましたか。
ヒカルさん:
はい、ほっとしました。
ちょうど同じころ、一番仲良かった子に、
うつ病のことも含めて全部話して、
理解を得られたっていうことがあって、
そのことは一番変化が大きかったかなと思います。
東藤:
なるほど。
うつ病について隠したまま社会生活を送ると、
2つの点でデメリットがあると思います。
ひとつは、ヒカルさんが置かれていた状況のように
周囲に理解をされないのでサポートを得られないこと。
ふたつめは、「自分は周囲に隠し事をしている」
という意識をもってしまうこと。
教室でみんなの前で強制的にカミングアウト、というのは
すこし乱暴な気もしますが、いい方向になってよかったですね。


(回復に向かう後編につづきます。次回もお楽しみに。)

プロフィール

東藤泰宏(とうどう・やすひろ)
1981年生まれ。
IT業界で働くうち、過労のためにうつ病となる。
1年半のうつ病ニート時代を経て「ゆううつ部」(ブログ)を開設。
2011年にスカイライト社主催の「起業チャレンジ2011」で最優秀賞を獲得。
その賞金300万円で起業。仲間を集め、2012年1月にU2plusを公開。
新たな資金調達にも成功したが、まだ絶賛うつ病中。

「みんなでうつの予防&回復をする認知行動療法サイト」U2plus
ゆううつブログ
うつペディア - みんなで作るうつ情報wiki辞典
・ とうどうTwitterアカウント @toudou_U2plus
・ イラストレーター:ヨシムラマリ Twitter @coromegane
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