9月13日 安堂って女が来た。
「おめエらブルってんじゃねえよ、みっともねエ」
オレは言ってやった。
「たかがポッと出の学生女優ごときによ! オレらと同い年だろ? ケッ、なんぼのもんじゃっつの」
だけど、オレがなにを言おうがムダだった。みんな卑屈に笑って、安堂とかいうヤツを大歓迎。オマエらアホだろ。たかが客演女優一人迎えんのに浮き足立ちすぎだってどう考えても。
読み合わせんときはまあでも、ちょっとビビッたけど。
「だれがそんなこと言ったの? あたしが運命の女だなんて。バカみたい!」
「あんた何さま? 能ナシのゴクつぶしのクセして!」
「何度も殺されかけたわ。だけどあたしは生き延びる。だってまだ本物の男に出会ってないんだもの。弱い男は死ねばいい。あたしを所有する資格のある男なら、どんなことも乗り越えてあたしの隣にいるはずよ」
どれも、初めて言ったセリフに聞こえなかった。だけど、実生活でこんなこと言ってる女がいるとしたら……どんな女だ。
「もうよして下さい。ぼっ、ぼくにはとても耐えられません、あなたのようなは……は初めてです」
「コゾー、てめェなに緊張してんだよォ」
オレは突っ込んでやった。コゾーは完全にアワ喰ってた。ケツの青いコイツには荷が重すぎだろ。
「坊や、あたしが怖いの? バカね。今晩部屋においで……怖くなんかないのよ」
安堂とかいうヤツに、サービス精神があるのはわかった。コゾー相手になに色気全開にしてんだよと思ったけど、まあ、相当実力があるってことは認めるしかねェなと思った。踏んでる場数が違う。でも鼻持ちならないヤツじゃなさそうだ。由美といっしょになってまかないメシを準備してくれたんだけど、甲斐甲斐しかった。エプロンの似合う女に悪い女はいない、というのがオレの持論だ。
「あのさ、すごく素朴な疑問なんだけどさ。どうして、その――オレたちなんかと組んでくれるの?」
ドッヒーがアホ丸出しで訊いた。
「それは、みなさんが好きだからです。みなさんの作るものが」
安堂って女は、えらく素直な口ぶりで答えた。
「今年の初めにファンになって、そうです『バクダン横丁に日は暮れる』すごい良かったですよ! で、前の作品もビデオで見せていただいてますます好きになって。だけどすごい高度な笑いをやってるし独特なみなさんの空気感があって、あたしじゃ力不足だしカラーが合わないかなって、出られるなんてぜんぜん考えてなくて。ただのファンでいたんです。だけど鳥井さんからお話いただいて」
鳥井の笑顔がいやらしすぎる。
「これは願ってもない機会だと思って。怖いけど頑張ってみよう、って思ったんです」
ふん……まあモリブデッツのこともホントに好きみてエだしな。
「足引っぱるかもしれませんけど、せいいっぱい頑張ります。よかったらみなさん、仲間に入れてください。よろしくお願いします!」
女はそう言って深々と頭を下げた。みんな拍手。オレはニヤつくだけ。わかったよ。ま、よろしく頼むぜ。
気に喰わないのは舞い上がってるみんなのほうなんだ。
ちやほやしてるバヤイじゃねっつの。野郎ども、もっと自分に誇りをもてよ、誇りを。情けねエ。
9月18日 ヨイチと安堂ができちまった。
オレが稽古場でマンガ読んでたら、
「モリさん、最近なんかおとなしいすね」
コゾーがクソ生意気なことを言ってきやがった。
「なにがだよ」オレが凄むと、
「だって、ふだんもっとへらず口じゃないすか。腹でも壊してるんすか?」
とか、嬉しそうにしゃべりかけてくる。オレが睨みつけても平気なツラだ。
コイツ、ヒマなんだ。
「さすがにあれですか、今回は規模もでかいし。内容もかなりレベル高いすもんね。さすがにビビりますわね」
「ビビってんのはおめェだろコゾー」
「ええビビってます。モリさんとは違って繊細なんで」
「んだとコノヤロー。おまえがチキンハートすぎるだけだろが」
「だってホラ、ドッヒーさんだってオドオドしてますよ」
「ありゃいつもだ」
くだらねエ漫才。ただのヒマつぶしだ。鳥井が来ねエからだ、なんで来ねエんだクソ。
ヨイチと安堂が稽古場に来た。一回ふたりで出て行って、またふたりで戻ってきた。なにやってんだコイツらと思ったけど、オレは気にしない。『砂時計』に夢中になってたからだ。杏と藤くんが大変なことになってるんだ。やっぱり鳥井は来なくていい。一気に読んじまおうと思って激しい勢いでページをめくってたら、ヨイチが寄ってきた。えらい目ェ泳がして、上擦った声でオレに耳打ちしたんだ。最初はなに言ってんのかわかんなかった。
「夏姫さんとつきあうことになったから」
そう聞こえて、オレはおかしくて笑っちまった。ボケにキレがない。ダメ出ししようと思ったんだけど、ヨイチの顔を見ると干物みたいに強張ってる。
コイツ――本気だ。
オレは思わずあの女のほうを見た。
そしたらあの女、オレに目であいさつしやがった。
よろしくどうぞ、ってな感じで。
オレはとっさになにも言えなかった。ブザマな話だが。
機嫌が悪くなった。オメエら、それでもプロか。本番近いってのに乳繰りあってる場合かよ! よっぽどそう言ってやろうかと思ったが、
「きょうは稽古なしです。解散」
と由美が言った。鳥井のヤツは来ない。それがわかったら、安堂はすかさず、
「じゃすいませんお先に失礼します」
って帰っちまった。バカバカしくなって、オレもすぐ帰ることにした。『砂時計』を五冊ばかりリュックに入れて背負う。ウチで読もう。邪魔してくれやがってコノヤロー。
しかしヨイチもヨイチだが、あの女……とんでもねェタマだな。来て間もないクセに男くわえ込みやがって。
七面倒くせエことになりそうな予感がするぜ。
9月19日 ちょっと対決してやった。
「きょうはみんなにエチュードをやってもらうから、よろしく」
鳥井が言い出して、みんなえ〜とか言った。
オレはケッとしか言わない。
「女子二人、前に出て。男は、どっちか選んで口説いてください。はい、はじめ」
面倒くせエ要求だったけど、逃げも隠れもしねエ。オレは迷わず、あの女の前に立ったんだ。オマエなんか苦手でもなんでもねエ。それを見せたくてな。
気合い負けしねエようにオレは、
「オマエがオレに気があるなんてこたあとっくに知ってた」
って、いきなりカマしてやった。
「だけどオレもいろいろあってな。オマエになびくわけにゃいかなかったんだ。すっかり待たせちまったな……安心しろよ。オレはオマエを、愛することに決めた」
オレは安堂の眼を見て言った。
「もう、強がる必要はねエよ。オレは、オマエから逃げたりしねエからよ」
「なに寝言言ってんの?」
安堂の眼は楽しそうに光ってやがった。
手強いのはわかってたけど、思ってた以上。つくづく喰えねエ女だ。
「あんたのその自信はどこからくるのよ、まったく。何回ふられたら懲りるの?」
だがオレも負けちゃいねェ。
「ヘソ曲げてんのか。悪かったよ、かんべんしてくれよ……モテる男はつらいんだよ。わかってくれよ」
「可哀想に。あたしを思うあまり頭がどうかしちゃったのね。あたしも罪深い女よね」
安堂もオレの目をずっと見つめてて、なんだか底抜けに楽しそうだった。
アンタが楽しいならオレも楽しいよ。ホントだ。こんなガチンコなかなかねエからな。モリブデッツ同士だとお互い知りすぎてっから、こんな決闘みたいになんねェんだ。楽しいわ、たしかに。
「はい、そこまで」
だけど鳥井はあっさりやめさせた。オマエ空気読めてねエよ。ま、ホッとしたのもたしかだけど。正直な。真剣勝負はしんどい。どっと疲れた。
だけど本気出すのは面白かった。ナンパなんかアホらしくてやったことはねェけど、やりゃあやったでいい線いくんじゃねエかと自分で思ったぐらいだ。女なんか、本気になりゃ落とせる。
あの女だって、もう一押しだったんじゃねエか? もうちょっと続けてりゃ、オレになびいた気がすんだけどな。
にしても、コゾーのコゾーぶりにゃ笑ったぜ。安堂に向かって、
「一度でいいからデートしてください」
だと。チュー坊かオマエは。
「どっか連れてってくれるの?」
「えっと……どこへでも。遊園地でも、水族館でも、海でも山でも。あなたの行きたいところへ」
「草原がいいな」
なんだよ安堂。オレにはつれないクセにコゾーにはあからさまに手加減しやがって。
「じゃ、行こ?」
とか言ってコゾーの腕を取りやがった。扱いがちがいすぎるだろ。
……羨ましいんじゃねェぞもちろん。
「夏姫ちゃん、手加減しすぎ!」
鳥井もさすがに注意した。
「松野を甘やかさないで。いくら頼りないからって」
「ごめんなさい」
安堂がペロッと舌を出した。
「なんか、見捨てられなくなっちゃって……」
みんなウハハと笑った。
「コゾーはしょせんコゾーだったな」
オレは言ってやる。哀れみぐらい情けねェもんはねエ。男扱いされてねエってことだからな。
だけど安堂のヤツ、コゾーと腕組んで歩きながら――オレを見やがった。間違いねエ。
あの眼……発光ダイオードでも仕込んでやがんのかと思った。キラキラ星かてめェコノヤロー。
オレはとっさに目逸らしちまった。
負けたみたいで気分わりいぜ、クソ。
9月23日 ヨイチ、捨てられてやんの(笑)
しなびたキュウリみたいな顔で稽古場に入って来たヨイチは、稽古場の真ん中で仁王立ちになると、
「別れた」
と言った。
オレはそんとき、機動戦士ガンダム THE ORIGINのオデッサ編に夢中になってたので反応してやるのが邪魔くさかったが、無視すんのも可哀想なんで「ケッ」と言ってやった。
ヨイチは捨てられた。あの女に。
見りゃ一発でわかったし、いずれこうなるなんてことオレにはわかってた。あんな女と長続きするわけがねェだろうが。アホらしくて突っ込む気にもなれねエ。勝手に落ち込んでろ、そんなことよりマ・クベが最高なんだ。アニメを超えたね。さすが安彦良和。心地よい興奮とともにガンダムエースを閉じてから、オレはゆっくり稽古場を見回した。
意外なのは、稽古場にあの女が来ないことだ。こんなことぐらいで休むなんて、案外ヤワなヤツ。プロなら私情持ち込むなっつの。性悪なら性悪らしく、平気な顔して演技してみろっての。
9月24日 お次はドッヒー。ってなんじゃそりゃ!
ドッヒーとあの女がくっついた。
稽古場行ってそれを知ったときオレは、大爆笑と大激怒の発作に同時に襲われた。ドッヒーの顔はまるでソープ帰りのオヤジみたいに火照ってやがった。こんなサルじじいが色気づくとこなんか見たくねエ。気色悪いんだよマッタク。
だけどなにより気に喰わなかったのはあの女の眼だ。オレを見るのはやめろクソッタレ。なんだか、オレを見てるような気がしてしょうがねェんだ。自慢してんのか? 自分がどんなにモテっか鼻にかけてエのか?
遅れてきたコゾーが、いかにも納得いかないって顔でキョロキョロしてるもんだから、オレは話しかけてやった。
「おもしれエよまったく。あいつらの気が知れねエ。おちょくられてんのが分かんねエのか? 鳥井も鳥井だ。あんな女引き込んで、野放しにしとくたあ無責任にも程があんだろ」
コゾーを裏につれてって、もう言いたい放題だ。
「あの女はとんだ喰わせもんだ。てめェも気をつけろよコノヤロー」
「ぼくは関係ないですよ。知らないっス」
コゾーがムキになって否定した。バカだな、オレが本気で心配してっとでも思ってんのか。オマエみたいなお子ちゃまが相手にされるわけねェだろ。
「まったく厄介な女抱え込んだもんだ。確かにな、女優としてはすげェと思うよ。だけどプライベートがこれじゃな」
「まあ……そうですね」
「悪気がないってのがタチ悪いよ」
「だけどまあ、そろそろ落ち着くんじゃないですか。もう初日まで二週間ちょっとしかないし。イチャついてる場合じゃないでしょ」
「そうだといいんだけどな」
オレは腕を組んで考え込んだ。
「鳥井と一回、話しとくかな」
コゾーの手前そう言ってカッコつけたけど、オレは実は、別のこと考えてた。そういやそろそろドッキリの準備しなきゃ。コゾーの誕生日がすぐだ。フッフッフ、せいいっぱいのおもてなしをしてやらねエと。ドッキリはこのオレさまが取り仕切るんだからな。
9月25日 ドッキリ進行中。
みんなでコゾーのアパートに乗り込んだ。
最大の難関は大家――通称バームクおばちゃん――だったけど、
「すいません、ぼくら松野くんの友だちなんですけど、あいつの部屋で待ってたいんですけど、鍵開けてくれます?」
ってドッヒーがオドオド言ったらあっさり合い鍵を渡してくれた。何回も来てるオレらの顔を憶えてたみたいで、愛想がよかった。大家は五十前ぐらいのおばちゃん。初めて会ったとき、髪の毛が金髪だか茶髪だかわかんねェバラバラの色してて、それを後ろで縛っててバームクーヘンみたいに見えたからオレがバームクおばちゃんと命名した。
そのおばちゃんに手を振って、オレたちは錆びついた外階段を上がってくとさっそく鍵を開けてコゾーの部屋に入る。
「イエ〜イ侵入成功!」
オレとヨイチははしゃぎながら土足で部屋に上がる。チョッと、それはさすがに……とドッヒーが突っ込んでくれたのでオレたちはチッと言って三和土に戻って靴を脱ぐ。
オレは床に座り込むとドンタコスの袋を開けて喰い始めた。昼飯がまだだったからガマンできなかった。鳥井とヨイチがゲラゲラ笑いながら、「誕生日おめでとう」と一文字ずつ書いた八枚の紙を、窓んとこにわざとバラバラに貼りつけた。これじゃわけがわからん。オレもガッハッハと喰いながら笑う。ホントに祝う気あるんですか? そんな顔になるコゾーを想像するだけで笑けてくる。買ってきた缶ビールをガンガン開けた。たちまち酒盛りだ。
夕方になって、買い物してた由美が到着。大事そうに持ってきた箱を開けた。なかには手頃なデコレーションケーキが入ってる。旨そうだ。だけど……なんか足りない。オレはあんドーナツ喰いながらしばらく考えてて、おッそうか、と思った。
「ヨイチ。さくらんぼ買ってこい」
「ああ?」
由美もドッヒーも「?」って顔してる。
「このケーキにチェリーが足りねエ」
「……なるほど」みんな頷く。
「早く買ってこい」
「なんでオレが!」
ヨイチが目を剥くが、
「オマエのほうが早エだろ。オレだと間に合わねェかも」
「おまえ面倒くさいだけだろ」
「あとどんだけかな、コゾー到着まで? 鳥井」
「ああ。夏姫ちゃんに電話してみるよ」
鳥井が電話すると、あの女はすぐ出たようだ。鳥井はちょっとしゃべって、
「あと二十分かそこらだって」と言った。
「!」
「見ろ。ヨイチ、すぐ行け」
「チッ。しょうがねえな」
ヨイチは出て行こうとして、
「モリ。ケーキ食っちまうなよ」
と捨てゼリフを吐いてから出て行った。その手もあるな、とオレは思った。冗談に命懸けてるオレたちだから、いちばん笑えるオチはなにかとことん考える。いくらなんでもケーキがなくなるとさくらんぼのインパクトがなくなるから、ま、手をつけないでおいてやるとしよう。
十分後、ヨイチは息せき切って戻ってきた。近くのスーパーまでひとっ走りしてきたのだ。
「でかしたぞヨイチ」
すかさず由美が、買ってきたさくらんぼをケーキの上に載せていく。由美だって、気が向いたらいくらでも悪ノリしてくれる。珍しい女と言うしかない。ま、オレたちとつきあったことで常識なくしたんだとしたら気の毒なこったが。
「こんなケーキ見たことねエよ」
鳥井もドッヒーも大笑いだ。
「童貞祝いなんてこの世にねエからな。世界初かもな?」
ウヒャヒャヒャヒャヒャ、とみんな笑う。
あとはひたすら酒盛りだ。主賓の到着を待ってりゃいい。いや主賓は来なくてもいい。さっきから、酒は旨いしさきイカは旨いし、ほかにはなんにも要らねエ気分なんだ。
10月1日 安堂夏姫許すまじ。
稽古場言ったら、ドッヒーが泣いてた。
コゾーが寄りそって慰めてる。
「だれにイジメられた? どうしたんだコゾー」
訊いたら、
「いや、実はドッヒーさんが……」
「なんだと?」
ドッヒーが捨てられたっつーので、オレはプチ切れた。
「こいつあ放っちゃおけねエな」
「えっ、ど、どうすんですかモリさん」
言わなきゃわかんねエのかコゾー。オレがシメなきゃだれがシメるんだよ。
別にドッヒーの仇をとろうってんじゃねエ。好き勝手やられるのがムカつくだけだ。てめエは道場破りか。モリブデッツのいたいけな野郎どもになにをしてくれてんだマッタク。
今日はあの女来ねエっつうから、見てろ! 明日はやってやっぞ。
|