冬季オリンピックが終わって2年、札幌の町はすっかり落ち着きを取り戻していた。オリンピックが開催されたのは1972年、今からすればまるで弥生時代や縄文時代のようだ。そのころ僕は札幌の中学校に通っていて、オリンピック開催時に1年生だった僕らは3年になり高校受験を控えていて、それなりに緊張した日々を過ごしていた。
夏から秋に移り変わろうとしていたころのことだったと思う。札幌に訪れた光溢れる季節は、瞬く間に通り過ぎようとしていた。
その頃、僕は生物部に所属していて、海からいろいろな生き物を拾い集めてきては、部室の水槽の中で飼育するという実験をしていた。最初の頃はミズクラゲが中心だった。海にいって網でクラゲをすくい、それをバケツの中でひっくり返してプラヌラと呼ばれる受精卵を採集する。足元にびっしりと付着しているそれをスポイトで吸い取って集めるのである。それを教室へ持ち帰りプラケースの中で飼育し、観察するのだ。プラヌラからポリプ、ポリプからストロビラそしてエフィラへ。そしてそれはやがてメティフィラと変態していく。
ひとつの卵がプラケースの中で次々と姿を変えていくのを観察するのは、感動的だった。
難しい点もいくつかあった。
生物部顧問の滝川先生は完璧な放任主義で、こちらから質問しない限りは何も教えてくれなかった。だからほとんどのことは生徒たちが文献を調べたりアイディアを出し合って解決していかなくてはならない。行き詰まりそうになった場面で、いつもあれこれと解決策を提示してくれたのがB組の棚田美代だった。
たとえばクラゲは水流に弱い。水槽内で飼育するには何らかのフィルターが必要なのだが、水を回せばクラゲはとたんに給水口に吸い込まれたり、ガラス面のある場所に一斉に張り付いたようになってしまう。棚田はストッキングをはさみで切って全水槽のフィルターの給水口に貼り付けた。たったそれだけのことで、吸い込み事故は激減したが、僕には貼り付けられたストッキングそのもののほうが気になってならなかった。あれは棚田美代が使っていたものなのだろうか。そう思うだけで、ドキドキした。そうだとすれば彼女のどの部分を覆っていたものなのだろう。
棚田は痩せ型ですらっとした美少女だった。清潔にまとめられた長めのポニーテールに紺のブレザーと白いブラウスがとてもよく似合った。ただし病気がちで、よく学校を休んだ。僕も同じB組だったが、教室へ入り1時間目の授業がはじまるまでは何度となく棚田の席に目が向いた。空席のままの日は、自分の心の中にポッカリと穴の開いたような痛みが走るようになっていった。
夏休みの間は、ローテーションを組んで週に2日ずつ水槽の世話をすることになった。クラゲはとても水質に敏感で、夏が近づき水温が上がるにつれていつの間にか水の中に溶けたように死んでしまっていることがあった。教室で使っているちっぽけなフィルターでは、水質管理に限界がある。
「どうしましょうか?」
部員たち管理している20本ほどの水槽のうちの半分以上のクラゲが溶けてしまった頃、滝川先生から意見を聞かれた。順調に育っているクラゲはストロビラにまで変態し、エフィラになる日もそう遠くはなかった。滝川先生の言葉に、教室は静まり返ってしまった。先生の質問へ対する回答が見つけられないのである。
「松井君は?」
滝川先生は僕を指差した。
「海に返したらどうですか」と僕は咄嗟に答えた。
その瞬間「反対!!」という強く甲高い声が教室内に響き渡った。教室の天井を突き抜けるのではないかというほどの金切り声で、それが棚田の発した声であることを認識するまでにしばらくの時間を要さなければならないほどだった。
「海の生物を水槽の中で飼うのだから、難しいのは当然で、だからこそ勉強や工夫が必要なのではないですか。海に戻すのでは意味がありません」
静まり返った教室に棚田の澄み切った声が響き渡った。僕は自分の意見を否定されているような気になれず、ただ理路整然とした彼女の言葉と美しい声に聞きほれていた。
「では、具体的には?」と滝川先生が聞いた。
「海水を汲みにいくんです。みんなで交代で。そして夏の間は大量に水を入れ替える」
僕たちの中学は藻岩山の麓に建っていて、海までは結構遠い。市電と地下鉄に乗って札幌駅に行き、そこで国鉄に乗り換えて約30分で小樽。駅からさらに祝津水族館行きのバスに乗る。その途中の岩場にクラゲの採集場所がある。水を汲んで往復すれば3時間はたっぷりかかる。そこまでいかなくても、国鉄を途中下車して銭箱あたりで降りれば海はある。しかしそこらあたりは遠浅の砂場なので、採集地との水質の違いは気になるところである。
15人の部員で相談して結局、棚田の意見が取り入れられることになった。夏休みの間は3人ずつチームを組んで3日に一度、海水を汲みにいく。夏休みの間に一人あたり二度いけばいい計算で、それで水質が保てるのならそんなに大きな負担ではないという結論に達したのだった。
くじ引きをしてチームを決める。
僕は心の中でガッツポーズをする。棚田と同じチームなったからだ、もう一人は岡さんという小柄で少しぽっちゃりとした女の子だった。その3人で2度目に水を汲みにいった帰りのこと。4人掛けの席に僕と女の子二人は向かい合わせに座っていた。左手には夏の間だけは青く輝く日本海が広がり、海鳥が波間で羽を休めているのが見渡せた。電車はまるで波をかぶりそうなほどの海沿いを走っていく。小樽から銭函までの海沿いの路線は大好きな区間で、僕は列車の窓に額をこすりつけるようにしてその光景を眺めていた。
「ねえ、松井君」と棚田が席を立ったすきに岡が僕に声を掛けた。
「何?」と僕は言った。
「どうして外ばかり見ているの?」
「海が見えるから」
「そんなにそっぽばかり見ていたら、、」と言った岡の頬が赤くなった。そして、こう続けた。
「かわいそうじゃない。棚田さんが」
「なに、それ?」
「なに、じゃないわよ。男の子は鈍いんだからあ」
「うるせーよ、バカ」
僕は動揺を見抜かれないように、叫ぶようにそう言って、席を立った。胸が破裂しそうなほどときめいていた。顔はきっと真っ赤だったろう。僕は小走りでドアを開け、連結部分に入った。そこには乗降用のドアがありステップがある。その小さな階段の上にこちらに背を向けて棚田が座っていた。
「プラヌラ、スキフラ、ストロビラ、エフィラ」
彼女は海を見ながら口の中でゆっくりとそう囁いている。その澄んだ声がまるで悲しい旋律の童謡のように僕の耳に響き渡った。
「スキフラ、、、ストロビラ、、」
声が震えている。
涙に濡れている。
「大丈夫かい?」と僕は言った。
棚田は背中を向けたままこっくりとうなずいた。
「どこ痛いの?」と続けて聞くと、ポニーテールが横に揺れた。それから二人はしばらく何も言わずに、乗降口の小さな窓の向こうに広がる海を見ていた。定規で線を引き、四角く切り取られたような海。
「ねえ、松井君」
しばらくして棚田が口を開いた。
「君は何。エフィラそれともスキフラ?」
「僕はまだ中学生だから。せいぜいポリプかな」と僕が言うと棚田は自分はもうメティフラなんだと言って静かに泣きはじめた。それは変態の最終段階である。そしてこう続けた。
「次には海に離されるの」
「、、、」
「私一人だけ、とてつもなく広い広い海に。誰も付いてなんか来られない、、真っ暗な海に、、」
夏休みの終わりの日。家でゴロゴロしていると電話が鳴った。受話器を取ると棚田の声が聞こえてきた。
「今日、一人で海にきたの」
「へー」
「水槽がちょっと心配になったから。あのさあ、松井君、お願いがあるの」
「何?」
「ポリタンク、ちょっと重いんで、もし暇だったら駅のホームまで迎えにきてくれないかなあ?」
「うん。いいよ」
「本当?」
「うん」
「あのね松井君」
「何?」
「驚かないでね。私、髪を切ったの。男の子みたいにばっさりと。似合わないかもしれないけど、、。笑わないでくれる」
「うん、笑わないよ」
「約束してくれる」
「うん。約束する」
「ありがとう」
「うん。これからすぐに出るからホームで待っていて」
電話を切ると僕はすぐに家を飛び出した。大好きだったビートルズのレット・イット・ビーのアルバムを小脇に抱えて。それが自分なりに考えたこの前の彼女の涙への答えのつもりだった。慰める言葉は持たないけれど、自分の好きな歌を聞かせたり伝えたりすることならできる。
札幌駅から小樽行きの電車に飛び乗った僕は胸を弾ませていた。小樽駅のホームに下り、ポリタンクを抱える少女の姿を探した。
しかし見当たらない。
いくら探しても、見つからない。
全速力でホームの端から端まで何往復しただろう。胸がまるで炎に包まれたように熱かった。走って、走って走りまわっているうちに涙が出てきた。自分が情けなかった。いくら探しても彼女はいない。海に放たれてしまったのか。いや、そうじゃない。走りながら、僕は考えた。そして結論を出した。
棚田は札幌駅のホームにいるのだ。
海の淵を走る列車に乗り、僕たちはすれ違ってしまったのだ。
上野駅を出て札幌へ向かう北斗星から僕は約20年ぶりに小樽の朝の海を見ていた。早朝に北海道に入った北斗星はニセコを経由して小樽周りで札幌を目指している。18歳で大学進学のために東京へ出てそのまま就職し、38歳でやっと結婚が決まり、札幌に住む両親に婚約者とその両親を紹介する食事会を開くことになった。彼女たちは飛行機で、僕は北斗星で別々に札幌に入ることになっていた。
携帯に電話が入った。
彼女からで、千歳に着いた三人はガラス工場見学のために小樽に向かっているという。
「今、そちらはどこ?」
「小樽から札幌へ向かう途中」
「凄い!!」と彼女は叫んだ。
「じゃあ、すれ違うのが見えるわね」
「なるほど」
まったくの別ルートで札幌を目指した人間が、何の計画もなく線路上ですれ違うという偶然も確かに凄い。おそらくあと10分後くらいだろう。
大慌てで戻った札幌駅のホームにも、学校の生物室にも棚田の姿を見つけることはできなかった。部室の水槽の横に、一人で持つには重過ぎるポリタンクが几帳面に収められてあった。
夏休みが終わり学校が始まった。
僕は謝る言葉をいくつも用意して学校へいったけれど、それが役立つことはなかった。棚田はその学期から学校へ来ることはなく、神奈川の海沿いに建つサナトリウムへ入ったという噂が流れてきたが、それ以上詳しいことは誰も知らないし誰も教えてくれなかった。
僕は北斗星の連結車両に立ち、向かい側の線路を走ってくるだろう列車を待った。そのとき、頭の中を少女の澄み切った声がこだましたような気がした。
「プラヌラ、スキフラ、ストロビラ、、」
その声はやがて轟音を上げてすれ違う2台の列車にかき消されてしまった。
一瞬だが彼女が窓から手を振っているのが見えた。それはまるで幻のように通り過ぎていってしまった。僕は20年前にやはりこうして、この線路の上をすれ違った棚田のことを思い出そうとしたが、うまくできなかった。どうしても棚田のショートカットの姿が浮かばないのだ。
海辺でクラゲを探す少女の細い素足を伝っていった水滴は、つかの間の夏を彩る太陽光を反射して、まるで光の結晶のように輝いていた。それはまるで命そのものの輝きのようにまばゆく光り、やがて音もなく海の中へと吸い込まれていく。どんな人でも、それを掬いとることはできなかったろう。