この壮絶な現実を前に流れる涙は、あまりにも温かい。

『おもかげ復元師』
笹原留似子著 
定価:本体1,200円(税別)

『おもかげ復元師の震災絵日記』
笹原留似子著 
定価:本体1,200円(税別)

職業は「納棺師」

 笹原さんは納棺師だ。故人を安らかな姿にして棺に納める。
二〇〇八年にアメリカのアカデミー賞も獲得するなど、大きな話題となった映画「おくりびと」で広く知られるようになった職業である。ただ、映画の納棺師と笹原さんが大きく異なるのは、笹原さんが「復元」もする納棺師だということ。事情があって生前のおもかげを失ってしまった故人を、その人らしい、いい顔に戻すことにこだわる。
自ら「復元納棺師」と名乗ることもあるという。

なぜ、復元するのか

 笹原さんはいう。
「死は本当に悲しいものです。どんな言葉をもってしても、その悲しみがやわらぐものではありません。できることは、ただ悲しみに寄り添わせていただくこと。
 残された人が死を受け容れるため、すこしでもお役に立ちたいと思ってやってきたのが復元でした。故人がどんな状態にあったとしても、生前と同じ表情、できるだけ微笑みをたたえたお顔にする。生前と異なるところ、たとえば硬直を解き、顔色や顔つやを変え、においが出ないようにする。交通事故などで身体に損傷を受けた場合にも、あらゆる技術を駆使してお戻しする。
 こうして復元をさせていただいたのちにご家族に対面していただくと、ようやく事実と向き合い、死を受け容れられることが多いのです」

作るのではなく、戻す

 「死化粧というと、化粧で変える、作る、というイメージを持たれる方もいるかもしれません。でもそうではなくて、あくまで”戻す”。だから、復元なのです。そして、とりわけこだわっているのが、微笑みを戻すことです。笑みを浮かべた故人のお顔というのは、本当に美しい。私は研究をくり返すことで、笑いじわをたどりながら処置をして、生前の微笑みに近いお顔に戻すことができるようになりました」

職業は「納棺師」

 笹原さんは、岩手県北上市を拠点に納棺に走る日々を送っている。東日本大震災が起きたその時も、北上の事務所にいた。
 体験したことのない大きな揺れに襲われ、電気や水道、ガスなどライフラインも絶たれて復旧のめども立たないなか、数日間は自分と家族がどう生き延びるかで頭がいっぱいだったという。しかし、沿岸エリアが津波に襲われ深刻な事態になっていることが少しずつ伝わってくる。
「沿岸エリアは私も仕事で頻繁に訪れていました。お世話になっている方もたくさんいます。震災から八日目の三月十九日、なんとかガソリンを調達すると、交流のあるお寺の副住職である太田宣承さんと一緒に、 車に救援物資を積めるだけ積んで陸前高田に向かいました」

 そこで初めて、信じられない惨状を目の当たりにする。そして、何か自分にできることはないかと向かった遺体安置所で、その後の笹原さんの行動を左右する出会いがあった。
「それは、小さな小さな、なきがらでした。おそらく三歳くらいでしょう。女の子でした。納体袋の胸の部分に『身元不明』と書かれていて、死後変化が始まっていました。真っ先にこみ上げてきたのは『戻してあげたい』という思いです。でも、できませんでした。身元不明者のなきがらに触れることは法律で禁じられているのです。技術的にはできたのです。道具もそろっていた。戻すことで、この子のお父さん、お母さんに早く見つけてほしかった。そしてめいっぱい抱きしめてあげてほしかった。つらくて、苦しくて、せつなくて……思わず涙が出てきました。自分はどうしてこれほど無力なのか……」

 笹原さんは自分を責め、やり場のない思いを僧侶の太田宣承さんに訴えた。
「宣承さんはこうおっしゃいました。ご縁には本当にいろいろなものがある。戻してあげられなかったこともまたご縁だから、その子を大切に思い続けながら、一緒に進んでいきましょう、と。わたしのなかで、何かが変わりました。もう、こんな形での後悔はしたくない。だから、いまの自分ができることを精一杯やろう。そのための勇気を、彼女にもらったのです」

 笹原さんはそれから、体力の続く限り、ボランティアでの復元に献身した。昼間は安置所に、夜は故人のご自宅や葬儀ホールに出向いて、一日に十~二十人の復元を行なうこともあった。体重はみるみる減った。
 すべてのご縁を大切にしようと、声がかかれば決して断らず、活動は実に二か月あまりにも及んだ。
 生後十日の赤ちゃん、小さな子どもたち、子どもを残して亡くなった親たち、街の人を救おうと犠牲になった消防団員……。
 老若男女あらゆる人たちのお別れの現場に立ち合い、ご遺族の心に寄り添った。

 復元ボランティアを続けられたのは、最初に訪れた安置所で出会った少女の他にも、多くの人の支えがあってこそと笹原さんは感じている。支援物資を送ってくれた全国の皆さん、現場で共に踏ん張った警察や消防団の方々、大切な人を失ったご家族。今回上梓された本には、そうしたすべての人たちへの恩返しの気持ちがこめられている。
 見送りの場で笹原さんが実際に見て、感じてきた、その誇張も演出もない現実に、ただただ打ちのめされ、涙があふれる。しかし、「死」を見つめることは「生」と向き合うことでもある。流れる涙は、どこまでも温かい。

ポプラビーチトップへ戻る