翌日は土曜日で、弦楽器の朝練があった。またしても僕は学校へ一番乗りだった。教室の窓から校門を見下ろしていると、あっと驚くものが見えた。合田先輩が、手房あやめとにこやかに談笑しながらやって来たのだ。二人は校門の手前で、つないでいた手をさっと放した。
合宿のときからあやしかった先輩と手房は、この二ヶ月であんなことになっていたのか。階段を上がってくる足音がしたので、僕はさっと窓から離れて楽器を取り出すフリをした。入ってきた手房はわざとらしい明るさで、オハヨーゴザイマース! と挨拶した。
「どんな感じ?」二人の関係に若干の気持ち悪さを感じつつ、僕はいった。「俺、みんなに迷惑かけてたんじゃない?」
「そんなことないですよ。大丈夫ですよ」手房はアイドルっぽい明るさで答えた。「でも、今日から先輩がいるから、私も頼っちゃいます。よろしくお願いします」
「アはい。よろしく」
副科チェロの女子たちが来て、最後にぎりぎり遅刻しないで戸田先輩が現れた。その頃にはもう、僕たちはとっくにチューニングも指慣らしも終え、席についていた。すると僕の隣にいた手房がすっと立ち上がって、
「じゃ、お願いしまーす。……せーの」
といって、弓を指揮棒代わりにして、みんなに合図を送り始めた。戸田先輩はようやく楽器を取り出したばかりなのに。僕は慌ててみんなと一緒に、最初のピチカートを鳴らした。
「……で、クレッシェンドで、そのまま弓をぐーっと……そうですそうです。そこはもう、勢いで……はい。いいと思います。先行きます!」
手房は自分も弾きながら、副科のみんなに指示を出していた。オーケストラの練習というより、バーレボール部か何かみたいだった。戸田先輩はみんなの前に置かれた椅子にいつの間にか座って、平然と弾いていた。
切りのいいところで演奏を止めるのも、先輩ではなく手房だった。みんなが弦から弓を離すと、先輩は、うん、とか、OK、とかいう。すると手房がそれを受けて、みんなに先を演奏させた。先輩は時々演奏を止めて、そこはこうして、ここはこんな風に、などといって指示を出しはするけど、そのあいだもみんなは手房のほうを見ていて、彼女が先輩の指示をさらに判りやすく教えてくれるのを待っているのだった。
「……こんな感じなんですけど、どうですか?」
ひと通り弾き終えた後になって、手房は僕に振り返った。
「良くなったんで、びっくりした」と僕はいった。「ダイナミズムもちゃんとできてるし、難しいところも、かなりのところまで来たねえ」
かなりのところまで来た、というのは具体的には、「嵐のアレグロ」のところをごまかすのが巧みになり、フィナーレのマーチが善意に解釈すれば弾けているようにも聞こえる、という意味だった。決して褒められた上達ではなかったけれど、それでもそれは上達であり、夏休み明けのひと月弱でここまで来たというのは、これまでのみんなからは考えられないことだった。
どうも戸田先輩はほぼ完全に実権を手房に奪われ、しかもそれで、先輩も手房も、ほかのみんなも満足しているようだった。僕はというと、その日は少しぼんやりしていた。帰国後初の朝練参加で、勝手が判らなかったということもあるけれど、練習のあいだずっと、少し離れた別の教室から聞こえてくる、ヴァイオリンの練習している音が気にかかっていたのでもあった。その音の中に南の弾いているヴァイオリンの音も混ざっているのは、間違いなかったからだ。
前日の電話での会話があったから、僕はもう南の気持ちを心配したり、怪しんだりはしていなかった。練習は大事だけれど、でもとっとと終われと思いながら弾いていた。
チャイムぎりぎりになって練習が終わり(それも手房が指示して終わった)、僕は急いで楽器をしまって、ヴァイオリンの練習している教室に入っていった。ヴァイオリンの朝練もそのちょっと前に終わっていて、南は背を向けて楽器をケースに入れているところだった。
「南」
昨日の電話ではっきりと、枝里子、と呼びかけたことを、忘れていたわけじゃなかったけれど、人がいっぱいいるところでは、やはり恥ずかしかった。
「おはよう」
南は振り返って微笑んだが、顔色は真っ白だった。
「まだ、あんまり具合良くなさそうだね」
「もう大丈夫。朝だから」南は力弱くそういってから、少し明るい声でいった。「ねえ、サトルのチェロ、すごい音が出てたね。こっちまで聞こえたよ」
「え、そう?」僕は自分の演奏なんか、全然意識していなかった。
「びっくりしたよ。ぶん! ぶん! て。一人で弾いてるのかと思っちゃった」
「そうかなあ」
僕はもっと喋りたかったのに、そこでチャイムが鳴ってしまった。脇から近寄ってきた鮎川にうながされて、南はばたばたとケースを閉じると、C組の教室へ戻っていった。
「じゃ、あとで」
「うん」
僕もA組に戻った。数学の授業中に、隣の伊藤がメモを回してきた。数学の先生は授業中の私語に厳しい人だったのだ。
「練習、いつできる?」
「来週」と僕もメモを返した。
「今日はだめ?」
「忙しい」
すると伊藤はそれを見て、いきなり大きな字で、
「デーーーーーーーーーーーーートか!!!」
と書いてよこした。僕は相手にしなかった。
退屈な普通教科の授業のあと、やっとオーケストラの授業の時間になった。オーケストラの授業を受けたいわけじゃなかったけれど、僕はいそいそと大学校舎の練習室に向かった。
オーケストラは、合宿のときよりは進歩していた。特に管楽器は格段に迫力が増して、「嵐のアレグロ」に進んでも、もう脂汗が出るようなことはなくなった。それでも弦楽器の音はまだまだ弱々しく、腰が引けていた。みんな鏑木先生とカミナリに萎縮して、萎縮することに慣れてしまっているように思えた。そういう僕だって、ハイデルベルクへ行く前にはこんな風にびくびく弾いていたのだろう。みんなからちょっと距離を置くと、見えてくるものがあった。僕は朝練で、何もかも手房のリードに任せてしまったことを反省した。戸田先輩にそういうことを期待するのは、まったく無理な話だとしても、僕はもっとチェロ・パートのトップだということに、自覚を持たなきゃいけない。
南はトップの席で、うなだれるように上体を前に傾けながら、必死にヴァイオリンを弾いていた。いつもの南は背筋を反らせて、ソリストのように演奏するのに。それは本当に悪い病気のようだった。痛々しくて、僕は鏑木先生の指揮よりも、ずっとたくさん南の様子を盗み見た。
それでも「嵐のアレグロ」のあと、アレグレット・パストラーレ(牧歌的なアレグレット)に入ってからは、自分の弦と譜面と指揮棒に集中しなければならなかった。ここでは二十小節ほどの、あまり目立たないチェロのソロが二度あるからだ。さすがに戸田先輩もそこでは一緒にソロを弾いてくれた。多分僕がいないあいだは弾かされていたのだろう。
最初のソロを弾き終えて、感触を忘れていなかったことに安堵し、二度目のソロは少し気持ちに余裕を持てた。僕はまた南を見た。南は僕を見ていた。血の気の失せた額に垂れた前髪を張りつかせ、鼻で息をし、充血した目で僕をじっと見ていた。今にも楽器ごと前に倒れてしまいそうに、身体が揺れていた。揺れながら弾いていた。曲はどんどんクライマックスのフォルティシモに近づき、すぐにマーチになった。明らかに南の弓は他の生徒と合わなくなっていた。僕の視線に鏑木先生も気がついて南を見たが、指揮棒は止まらなかった。三十二分音符と臨時記号とピチカートと五連符の乱打されるマーチになって、僕はもう南ばかりを見ていられなくなったけれど、それでも見た。南は歯を食いしばってヴァイオリンにしがみついていた。指と弓の動きは、明らかにでたらめだった。
最後のアンダンテ・マエストーソで、金管楽器の大きなファンファーレに伴奏して、ヴァイオリンは十一小節、十六分音符の上昇と下降を続けなければならない。南にはそれができなかった。ファンファーレの中、彼女はヴァイオリンを持って立ち上がった。激しく、何度となく突き出される弓の中を掻き分けて、そのままふらふらと後ろへ歩いていった。第二ヴァイオリンの一番後ろにいた副科の女子が、演奏をやめて南の身体を支え、二人は練習室を出て行った。
「大丈夫?」指揮棒を置いた鏑木先生は、まずコンサートマスターの合田先輩を見、振り返ってカミナリを見た。カミナリはもうあとを追って練習室を出ていた。鏑木先生の不安そうな目は、最後に僕をちらっと見た。
「どっちにしても、いったん休憩しよう」
先生はそういって、僕たちの礼も待たずに指揮台を降りた。先生は明らかにうろたえていた。音楽以外のことはからきし駄目な、だらしない音楽家は少なくない。
僕はすぐ立ち上がって楽器を椅子に立てかけたまま、南たちの後を追おうとした。すると入れ違いに彼女を支えた副科の二年生が戻ってきた。
「保健室にいます。貧血みたいです」とその女子はいった。楽器が気にならないでもなかったけど、僕はそのまま高校の新校舎に向かって走っていった。
保健室の前の廊下で、カミナリと目が合った。
「こんなところで何やってる!」カミナリは怒鳴った。「授業中でしょう!」
「南はどうしたんですか」僕はカミナリの目を睨んでいった。「大丈夫なんですか」
「ただの貧血! そんなことでいちいち心配しない!」カミナリはそういって、僕の背後に向かって叫んだ。「あなたも戻りなさい!」
鮎川千佳だった。鮎川は僕より慌てたらしく、ヴァイオリンと弓を持ったまま、息を切らして立っていた。すぐにきびすを返して練習室に戻っていったが、それはカミナリに怒られたからではなかった。鮎川は僕の顔を見て逃げ出したのだ。どうしてだといわれたら理屈も何もなかったけれど、僕は彼女の慌てて走る後ろ姿を見て、直感的にそう思った。
休憩の後は分奏になった。第二ヴァイオリンのトップはひとつが空席になって、小太りの浅井お坊ちゃまが一人で無表情に譜面を追っていた。僕はカミナリの指揮を凝視し続けた。そうでもしないと、空席から目が離せなくなってしまいそうだったから。
十月に入れば、もう分奏はなくなる。オーケストラ全体の練習しかしなくなる。だから今のうちに弦楽器だけの問題点や弱点をしっかり矯正していかないと手遅れになる。カミナリはそういって僕たちを叱咤した。僕にはその声は、何の関係もない雑音のように、ただ耳に届いていた。
授業が終わって保健室に行くと、南はもう下校していた。もしかしたらと思って、僕はまっすぐ帰らず、登戸駅まで行って、公衆電話から電話をかけた。南が回復していれば、そのまま小田急線に乗って、柿生へ行けるんじゃないかと思ったのだ。けれども無駄足だった。電話にはおばさんが出て、すみませんねえ、なんかぐったりしてるのよ、といった。こちらの思い過ごしかもしれないがその声には、これ以上厄介ごとを増やさないで、という含みがあるように聞こえた。
日曜日も同じようにおばさんとしか話せなかった。そして月曜には、南は来なかった。僕はよっぽど学校を抜け出して、近くの公衆電話から南に電話をしたかったけれど、そう思うたびにおばさんの、ほとほとくたびれ果てたという感じの声を思い出して、気がくじけてしまうのだった。身体の調子が悪いときには、ゆっくり休ませようと僕は思った。そういうときには精神的にもイライラしたり、陰気になったりするものだ。こっちがそこへ余計なお節介をするのはありがた迷惑なのかもしれない。もともと我の強い人だし、僕が心配していることは、こっちがいわなくても、彼女は知っている。
だからその日の放課後は伊藤と練習することにした。伊藤は、金曜日も土曜日も隣の席にいて、月曜日だってずっと一緒に授業を受けていたのに、さあ練習しようという放課後になって、びっくりするようなことをいってきた。チェンバロを弾く予定だった二人の生徒のうち、一人を「クビにした」というのだ。なんで? と僕が訊くと、
「いや、なんか感じが合わなくてね。あんまり練習もしてくれないし」
「じゃ、浅葉さんが四曲ともやるんだ」
僕は当然そう思った。浅葉さんはピアノ専攻の二年生の中でも、抜きん出た実力を持っている。今度の文化祭だって、アンサンブルの誘いはいくらもあったのに、美少年伊藤の依頼を最優先してくれているのである。全曲伴奏してくれと伊藤が頼んだら、浅葉さんは二つ返事で受けてくれただろう。ところが伊藤は、
「うーん。そうじゃなくてね。あとの二曲は通奏低音だけで演ろっかな、って思ってるんだけど」
伊藤が僕たち伴奏者に楽譜を渡したバッハのフルート・ソナタは、バッハ学者たちによって間違いなく真作だと認められた四曲だった。作品番号の若い順に、ロ短調(これは一年生のとき伊藤が合宿所で吹いた曲)、イ長調、ト短調、ホ長調。伊藤がいっているのは、このうちロ短調とイ長調は予定通り、浅葉さんのチェンバロと僕の通奏低音で演奏するが、残りのト短調とホ長調は伊藤と僕の二人だけで演る、ということだ。
「そんなの大丈夫かよー」
といいながら、僕はそれは、なかなか面白いアイディアだと思った。
それは僕の家で二人で練習したときから感じていたことで、改めて伊藤のLPを録音したカセットテープを聴きなおして、さらに印象を強くしたが、最初の二曲は明らかに、フルートとチェンバロが密接な関係を持って音楽を作っている。長いイントロもあれば、フルートとメロディの掛け合いもする。しかし後半の二曲では、チェンバロの右手はただ和音を補強するだけで(なんてことをバッハの作品にいってはいけないのかもしれないけど)、フルートは通奏低音と対話するように書かれている。そしてチェンバロの左手は、通奏低音とまったく同じ音を鳴らすだけだ。だからといって、チェンバロは不要とはいわないけれど、高校の文化祭でそういう演奏を試しにやってみるのは、面白いかもしれない。
「浅葉さんはそれでいいの?」
僕は教室のピアノで指慣らしをしている浅葉さんに振り返って訊いた。
「いいよー」
つるの赤い眼鏡をかけた、ちょっとクールでとっつきにくい印象の浅葉さんは、指を動かしたままそういって、ぴょこっと肩をすくめた。
「その代わり、後半は一番前の招待席で見せてね」
そういったかと思うと、いきなりピアノの音を大きくして、鍵盤の中に頭をうずめてしまう浅葉さんもまた、伊藤クン素敵ー、と思っている一人に違いなかった。
しっかりした実力を持っている二人と音を合わせるのは楽しい時間だった。僕はつかのま南への心配を忘れることができた。伊藤からも、なんかドイツ帰りの音がしてる、こっちにがんがん響いてくる! といわれた。通奏低音だから、もっと控えめにしようかというと、そんなことしちゃ駄目だよ、僕がその音に対抗しなきゃいけないんだ、といって、さらに力強い音を出した。
それでも、三人で放課後の教室で練習をしていると、どうしても一年前の今頃、同じことを南と二人でしたことを思い出してしまう。教室は違うけれど、伊藤の立っている位置は、南の座っていた位置に、とても似ていた。
会いたいなあ。
自分が、楽譜のどこを弾いているのか見失ってしまうくらい、強くそう思った。
火曜日、南は登校してきた。そんなに苦しいならもう一日休めばいいのに、と思うくらい、南はやつれていた。朝、僕が声をかけても、彼女はうっすらと手をあげただけだった。
「どうなの? どうしたんだよ」僕は殆んど腹を立てたような口調になってしまった。「こんなに何日も顔色悪いなんて、普通じゃないよ」
「そうじゃないの」
南はかすれた声でそれだけいって、差し出した僕の手を払いのけた。その力弱いしぐさに僕は息が止まった。南は僕に触れて欲しくないのだ。
教室の中から鮎川が駆け寄ってきて、南を僕からかばうように割って入り、肩を抱いてC組の中に連れて行った。僕が後ろから一緒に入っていこうとすると鮎川は急いで振り向き、
「来ないで。ちょっと。お願いだから」
といった。鮎川の顔も蒼かった。
目の前で閉じられたC組のドアが、その時どれほど堅牢に、かたくなに閉じられていたか、僕は今でも思い出すことができる。みんなはその岩山のようなドアを、いともやすやすと開けていた。立ち尽くしている僕を、薄気味悪そうに横目で見ながら。
一時間目のチャイムが鳴った。僕はトイレに隠れて授業が始まるのを待った。外が静かになってからそっと抜け出し、屋上に行こうと思った。けれど屋上に出る扉には南京錠がかかっていた。今戻れば、生徒指導の先生や、同じように授業をさぼっている先輩なんかに見つけられてしまうかもしれない。仕方なく僕は、屋上へ続く階段に腰を下ろした。
毅然として、我慢強く、そして多くを語るべからず。
さすれば若者よ、お前は男らしく勝利をおさめるであろう……。
『魔笛』の音楽が、心の中から浮かんできた。三人の童子が、「叡智の寺院」の前にいるタミーノを励ます場面だ。音楽は次から次へと浮かんできたのに、僕を少しも励ましてはくれなかった。
Wann also wird das Dunkel schwinden......?
(いつになれば、この暗闇は消えるのか?)
それは僕の声だった。
Sobald dich fuhrt der Freudschaft Hand Ins Heiligtum zum ew’gen Band.
(友情の手がお前を寺院に導き、永遠の絆へと至るとき)
神官のおごそかな声も、僕にはもはや、婉曲な拒絶の言葉にしか聴こえなかった。だって僕の人生には「寺院」なんてない。もう僕には「友情の手」すら、あるのかどうか、はっきりしなくなっていた。
丸暗記した『魔笛』をつらく思い出しながら、僕はその何の意味もないサボタージュを耐えた。そして一時間目が終わったのを見越して、階段から立ち上がり、できるだけ平然と教室へ戻ろうとした。すると廊下で鮎川と目が合った。鮎川は走って階段を下りようとした。僕はまったく何も考えずに、鮎川の二の腕を強くつかんだ。ねじりはしなかったけれど、ねじる寸前まではいった。鮎川の顔がゆがんだ。
「やめてよ!」
「僕には全然判らないんだぞ!」
自分の声の大きさに、僕はひるんだ。けれどいったん表面にあらわれた苛立ちはおさえられなかった。僕の手をほどこうとする鮎川の抵抗は、僕の握力にはかなわなかった。
「どうしてなんにもいってくれないんだよ。なんにも!」僕は真っ赤になって叫んだ。「嫌いになったらなったで、そういえばいいだろう!」
「知らないわよ、私は!」鮎川は僕の胸を殴り、無理に腕を引き離した。「なんでもないの、本当になんでもないの!」
「嘘だ」僕は自分を押しとどめて、声を低めた。「おかしい。絶対何かある。お前は何かあるって知ってるだろ」
「知らないの。本当に。枝里子も知らないし」鮎川は泣いていた。「お願いだから。ね? 少しだけ落ち着いて。しばらく放っておいて。お願い」
鮎川は僕にすがりつくようだった。どれくらいの人が僕たちの様子を見ていたか、僕も鮎川も、まったく憶えていない。けれども他人にはきっと、僕が鮎川にひどい暴力をふるって、鮎川が泣きながら許しを乞うていたように見えただろう。
「判るの。判ってるの」鮎川は錯乱していた。「津島君に悪いことしてるの。本当にごめんね、ね。だけど知らないんだよ。本当に何にも判らないの。誰にも判らないの。私だって心配で死にそうなの。きっとなんでもないの。全部思い過ごしなの。絶対そう。もうちょっとしたら、きっと普通に、なんでもなくなるの。だから、ね、ほっといて。枝里子のことも私のこともほっといて。話しかけたりしないで。ほんのちょっとのあいだだけ。ね? じゃないと、枝里子、本当に死んじゃうかもしれないから」
「あいつ、病気なのか」
口に出してみるとそれは、いってはいけないことのように思えた。
鮎川は答えなかった。急いでハンカチを取り出して涙を乱暴にぬぐい、僕の横を通り抜けて階段を下りていった。
その日の放課後は佐伯先生のレッスンだった。僕の心は、もちろんレッスンどころじゃなかった。しかし僕がハイデルベルクへ行ってどんな風に変ったか、本当に判定してくださるのは、佐伯先生のほかにいなかったし、先生は誰よりも僕の成果を聞きたがっておられるだろう。何があってもレッスンに行かなければならなかった。
「顔が大人になったね」
まず先生はおっしゃった。それから僕の楽器を構える姿勢を褒めてくださった。僕はすべてを正直に、先生に伝えた。最初のひと月は音階しか弾かせてもらえなかったこと。残りのひと月はヴィヴァルディのレッスンだけを受けたこと。バッハもフォーレも、ドッツァウアーすら見てもらえなかったこと。先生は静かに頷かれながら、真剣な面持ちで僕の話を聞いてくださった。
「じゃあ、そのヴィヴァルディを聴かせてもらおうか」
先生からそうおっしゃられることは判っていたから、楽譜も持ってきていた。けれども僕は暗譜で弾いた。もうこんな曲は弾きたくないと思っていても、身体が憶えていた。
弾き終えると、先生は腕組みをしたまましばらく黙っておられた。そしてにこりともせず、
「良くなった。とても良くなった」とおっしゃってくれた。
「そのまま、今度はそれで、バッハを弾けるかな?」
帰国してから僕は、まだ一度もバッハを弾いていなかった。練習量は極端に減っていた。それでも楽譜を開いて弾いてみた。ポジションを変えるごとに音は間違えるし、弓は弦の上ではねてしまうし、ひどい音しか出せなかった。練習不足であることも忘れて、僕は自分に絶望した。
「西ドイツで手に入れたことは、忘れないようにして」先生はおっしゃった。「僕たちはこれまでのレッスンを続けよう。まず、アルマンドをもう一度さらってくること。それからクーラントも練習しておくこと。いい?」
「はい」僕は静かに答えた。
教室に戻ると、南はもう帰っていた。そうだろうとは思っていた。
……毅然として、我慢強く、そして多くを語るべからず。
放っておいて、という鮎川の言葉を信じて、僕はその日から、南と鮎川に近寄らないようにした。南はそれからも、週に一度か二度は、学校を休んだ。朝練にも、オーケストラの授業にも出なくなった。登校した日には、もちろん廊下ですれちがったり、遠くから目が合ったりした。そのたびに僕は苦しくなって、ほんの少しだけでも話しかけたいという思いに駆られた。けれど南の隣には、いつも必ず鮎川がいて、あの怯えた目で僕に訴えかけてくるのだった。僕は一人で頭を抱えて我慢しなければならなかった。
……さすれば若者よ、お前は男らしく勝利をおさめるであろう。
十月に入ってしばらくすると、南はまったく学校へ来なくなった。


