9、編集長に就任

原稿がほぼ出そろった時、千美朝は装丁について悩んでいた。

新書はカバーのデザインを統一してタイトルと著者名、そして帯だけを変えるのが一般的だ。岩波新書も新潮新書も光文社新書もすべてそうしている。

これには理由がある。新書は出版社ごとに整理して棚に並べるため、一瞥してどこの社のものかわかりやすくするというのが一つ。そして、デザインを固定することによってコストを抑えることにもつながる。文庫とほぼ同額で手軽に買える本にするためにも、そうするのがいいというのが業界の常識だった。

だが、社長の坂井宏先の意見は型破りだった。編集者たちが業界の常識に従ってデザインのコンペを開いてフォーマットを作ろうとしたところ、それにストップをかけた。そして、こう言ったのだ。

「表紙はフリーでいこう。すべて違う表紙にするんだ。統一するのは背表紙だけでいい。コストの削減より、魅力ある本にして売り出すべきだ」

「ズッコケ三人組」シリーズの表紙を業界で初めて漫画風の絵にした坂井ならではの発想だった。

千はこの方針を受けて自身が手掛けている石井光太の本のカバーをどうするかを考えていた。タイトルは坂井と相談した上で「世界の美しさをひとつでも多く見つけたい」に決めていた。石井がこれまでの半生を辿りながら、いかにして世界の極限状態で人間にとっての光を見つけてきたかを書き記した本。どうにかして石井を知らない読者にも手に取ってもらえる本にしたかった。石井からは表紙については全面的に編集部に任せるとつたえられていた。

7月上旬、千は石井の原稿を持って日本でも屈指の装幀家・鈴木成一のもとを訪れた。鈴木は原稿を隅々まで読み、編集者や著者の意向を組んだ上で、想像以上のデザインを作り上げることで定評がある。

また鈴木を選んだのにはもう一つ理由があった。鈴木は装幀家として類を見ないほどストイックな人間だ。同じく作家としてストイックな石井とどこかで通底する部分があると思ったのである。

彼女は石井の原稿を渡し、鈴木成一にこう言った。

「この原稿のデザインをお願いいたします。私は、著者の石井さんは眼差しの人だと思っています。本の中でも、ご本人に会った時も、何よりも眼差しがすべてを語っているような方です。本の内容はとても広いので、限定的なイメージというより、その広さを十分につかったようなデザインをお願いします」

 寡黙な鈴木はうなずいて原稿を受け取った。千は祈るような気持ちだった。

 締め切りの日、鈴木から2つのデザインが届けられた。千はおそらく何十個もデザインを考えたうち2つに絞って出してくれたのだろうと思った。いつもは原稿についてあまり言及しない鈴木が一言発した。

「原稿、すばらしかったです。だからこそ悩まされました」

 つくってもらったカバーは、文字だけでシンプルなものだった。そして「眼差しの人」と言ったように、石井の眼差しが帯となっている。千はそれを見た途端、鈴木が様々なことを考えながら、削って削ってここまでシンプルにしたのだと確信した。

 不可能だと思われていた9月創刊。ラインナップが決まり、少しずつ本も完成に近づいてきた。

 

そんなある日、坂井が千を呼んだ。坂井が彼女に向かって発したのは、予想もしていなかった言葉だった。

「千さん、あなたがポプラ新書の編集長をやりなさい」

 自分は中途採用とはいえ、入社5年目の平の編集者である。それがいきなり創刊において新書の編集長に就任なんて……。

千は真意を訊いた。坂井ははっきりとした口調で説明した。

「君が一番頑張っているんだ。編集長としてやってもいいだろ」

「でも……」

「君は創刊ラインナップ7冊のうち3冊を手掛けているんだ。つまり、新書の成功のキーは君にかかっている。情熱がある人が周りを引っ張っていくのは当然のことだ。君が編集長をやって引っ張っていってくれ」

 そう言われれば、断ることはできなかった。そもそも9月創刊で決まったのも自分が坂井に決断を迫ったからだ。ここまでやっておいて、坂井から任命された編集長を辞退するわけにはいかない。

千は改めて身が引き締まる気持ちだった。

「わかりました。お願いします」

 そして後日、もう一つ驚くべき人事発表があった。子会社から上がってきたばかりの木村やえが副編集長に大抜擢されたのである。彼女も千とともにいくつもの企画に携わってきた。坂井はその働きぶりに目を止め、千とともに新書を引っ張っていってもらいたいと思って急遽任命したのだ。

 木村を副編集長に就任させた理由について、坂井は次のように語る。

「千さんは、すごく一途な性格なんです。悪く言えば、それゆえに激しく性急なところがある。けど、木村さんは落ち着いていて、物事を着実に運んでいける気丈さを持っている。まったく逆のタイプなんです。だからこそ、千さんと木村さんが合わさることで、いい方向に進むんじゃないかって思ったんです。」

 坂井は会社のホームページに「生きるとは、共に未来を語ること、そして希望を語ること」という座右の銘ともいえるこの言葉を書き記している。坂井は、千と木村という新しい体制でポプラ新書を創刊することで、まさにこの言葉を体現してみせたのである。

プロフィール

石井 光太 (いしい・こうた)
1977年東京都生まれ、作家。 著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『地を這う祈り』『ノンフィクション新世紀』『遺体』『津波の墓標』など多数。

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