志事人

志に会いに、行く。
仕事に誇りをもって、生き生きと輝いている人をみると、なんだかうれしい。メッセージを伝えたくて、仕事をしている人。好きなことをやっているうちに、それが仕事になった人。仕事をするのが楽しくて仕方ない人。その人たちの心の奥には、どんな思いがあるのだろう。これは、志をもって仕事をする人たちを紹介する企画です。

ミリオンヒットとなったフリーペーパー『R25』などの明快かつインパクトのあるイラストを始め、ベストセラー『海馬』(池谷裕二、糸井重里著/朝日出版社)の装丁、JTの展開する広告『大人タバコ養成講座』まで活動の場を選ばない寄藤文平さん。「志事人」の素敵なタイトルロゴも、もちろん寄藤さん作。超売れっ子クリエイターの、こだわりに迫ったインタビューをお楽しみください。

アートディレクター・イラストレーター 寄藤文平
#2
アートディレクター・イラストレーター 寄藤文平

1973年、長野県生まれ。武蔵野美術大学中退。2000年にデザイン事務所「文平銀座」を設立。企業ロゴ、広告、ブックデザイン、ゲームソフトのカバーデザイン、アニメ制作等、アートディレクターとしての活動領域は広い。代表作にJTの広告「大人たばこ養成講座」、キリン「カンパイ!!ラガー」キャンペーン等。著書に『ウンココロ』(実業之日本社)『死にカタログ』(大和書房)がある。

絵を描くということ――イラストレーターBunpei Yorifuji

――唐突ですが寄藤さんの肩書きって何ですか?
イラストレーター、デザイナー、最近は著書まで書かれていて、いったいこの人は何者? という印象をもたれている方も多いと思うのですが。

「アートディレクター・イラストレーター」と言うことにしています。正直に言うといつもどう答えていいかわからない。デザイナーと言ってしまうと色んな職種に跨ってしまって、ちょっと違うという気がします。アートディレクターと言えば、とても意味が広いのでとりあえず言っておくのに適している。ぼんやりとしているのがいい(笑)。もうひとつイラストレーターとつけるのは世間的に見て、ぼくのことをそう思っている人が多いだろうな、と思ってつけています。

――たしかに寄藤さんの仕事はこちらから見ても線引きが難しい。イラストを見れば、パッと寄藤さんだとわかるのですが、デザインもしてるのか、イラストだけなのかはすぐにはわからない。例えば『パークライフ』(吉田修一著)はイラストのお仕事で、「海馬」は本文まで含めて全てデザインされているお仕事というのが、普通は中々わからない。
まずはイラストレーションについて、お話を伺えますでしょうか?


そうですね。もともとぼくのあのタッチというのは、学生時代に生まれたものなんです。大学に通いながら、デザインの仕事をやるようになって、はじめは大学時代の先輩の手伝いでとしまえんの“とし博”のグッズとかのデザインをしていました。そういう中でプレゼンをしなくちゃいけない、というところでプレゼン用の資料で“人は人らしく建物は建物らしく”というただただ説明的な絵を入れていたのが、原型ですね。で、そのイラストがある雑誌のADの方でいいと言ってくれる人がいて、それがある種のスタイルとして定着してしまった、というのがホントのところです。タッチということで言えば、「R25」のようなものもあれば、手書きのものもあって、僕の中ではあまり表現方法にこだわりはありません。大切なのは、描かれてある内容ですから。だから例えば趣味として描く絵はまったく違う絵ですよ。

――大学は武蔵野美術大学とお聞きしましたが、受験は苦労しましたか?

 一応、現役合格でした(笑)。子供のころから絵は好きで、「ドラゴンボール」の模写とかしてました。それで親もそっち方面がいいんじゃないか、と思っていたらしく、進学を考えるときに美大をすすめてきて、美大予備校に行きました。それでその予備校時代に出会った先生というのが、デザイン科の先生でそのときぐらいから、グラフィックデザイナーになりたいと思うようになりました。でも、ぼくは団塊ジュニアの世代なので、倍率はとても高かった。デザイン科はたぶん30倍近かったと思います。だから、何になりたいかという以上に、まず合格したかったですね。

――では、デッサンなんかもそのときに相当勉強したんですか?

そうですね。このWEBマガジンを読む読者にどこまでデッサンというものを説明するか、というのも考えてしまいますが、デッサンでぼくは一度挫折をしています。元々模写する能力というのは自分でも高かったと思いますが、いいデッサンというのはそれだけではダメなんですね。もうひとつ上のレベルなんです。さらにそこからもう一つ上があるんですが、そこまではいかなかったという劣等感があります。本当はそこまで勉強したかったと思いますね。

――すいません。そもそもデッサンの力というのは才能と努力、どっちが大事なんですか?

デッサンは技術です。二年ちゃんとやれば、誰でもある一定のレベルまではいきます。デッサンというのは、タネがちゃんとあるイリュージョンの技術みたいなものなので、そのタネさえちゃんと勉強すれば、美術大には入れちゃいます。もう少し説明すると錯視の技術です。三次元にある立体を平面の中で表現するというもので、テクニックを習得すれば、誰にでもできるものです。手前のものを濃くはっきりと、奥のものをぼんやりと、みたいなことですね。その技術をマスターしてから先は、別の能力が必要です。才能が問題になるのは、さらにその先の話だと思います。

――どういった種類の能力ですか?

自分がその対象をどう見ているか、がちゃんと描けるかどうか、ですね。ちょっと哲学的に聞こえますが、一流の人が書いたデッサンは額に入れて飾りたい、と思います。写真のように描く、というのとは違います。あと専門的な話をするとムーブマン(動感)が描けているか、どうかも大きな基準になります。

――ムーブマン?

えーと、たとえばこれを見てください。(※デスクから小さな石膏像を持ってくる。なぜかJ・F・ケネディの胸部から上の石膏像が……)このケネディは胸部と頭部しかありませんが、これを見てデッサンを描くときに、外郭をとってケネディの顔に見えるように描くだけだったら簡単なんですけど、実はこのケネディはアゴを引いてるんですよ。アゴを引きながら、目線はちょっと上にいってるじゃないですか。ということは、この人はかなり腰を立てて、背骨が張った状態、つまり胸を張っている人だということがわかるんですよ。そういうことを、骨相学とか解剖図とかも勉強して、ある程度解析的にアプローチすることが重要です。形あるものには必ずムーブマンが存在します。植物にもなんにでもそれぞれのムーブマンがあります。松なら松の、ニラならニラの、ムーブマンを捉えなきゃいけない。ぼくのイラストはムーブマンだけを簡略化して抜き出したようなものなんです。

――ムーブマンを捉えるという見方は努力すればできるものですか。

そうですね。それは訓練です。デッサンのテストでもいい点もらおうと思ったら、とても重要です。手首の部分だけを描いて、身体全体が想像できるようなデッサンは点数高いです。表面をリアルに描くだけだったら、僕は速攻で習得したという自負があるのですが、その先がなかなか見えませんでした。予備校でも「技術はあるけど、才能がない」と言われていましたから。

――悔しくなかったですか?

そんなはずないって思ってましたね(笑)。でも大学に行くと本当に巧い人は、もう全然違う。そういう才能のある人たちがアートの世界に行くんですね。

――大学に入ってからは、かなり明確に「デザイン」の道へ進もうと思っていたんですか?

ぼんやりと(笑)。ただ、周りの優秀な連中がみんな広告業界を目指してたんですよ。で、実際その当時は広告の世界がおもしろそうに見えたんです。僕もそういうなかで広告がいいな、と。

――周りの友人の方で、寄藤さんから見ても「あ、こいつはすごいな」と思う人はいました?

 いました。今でもそういう人たちとは一緒に仕事をしたりしてます。予備校のときにいちばんデッサンがうまいと思った人は、今、広告代理店のアートディレクターになって、一緒に仕事してます(笑)。今はどうか分かりませんが、アートの世界が面白くないので、本当はアートでやっていける人間が広告業界に入っていったという見方はできるかもしれませんね。


デザインするということ――デザイナー・ヨリフジブンペイ

――最近、一時期ほど雑誌で寄藤さんのお名前を見なくなったような気がしますが。

そうですね。今は限られたものを除けば、雑誌のカットはお断りするようにしています。

――それはなぜですか。


カットって、その雑誌を作っているデザイナーからみると勿論、意味があるんです。でも、そのデザイナーにとって必要なものを作るということが、すごく苦痛になっちゃったんですよ。僕にとっての「意味のあるイラスト」を描こうとすると、向こうにいるデザイナーの意図を汲み取る必要がでてきます。それには、手間がかかるし、かなりコミュニケーションを密にとらなければいけなくなるんです。そのイラストを使う企画との兼ね合いとか、整合性もハッキリさせたくなってくるんですよ。でも実際には〆切が一週間後くらいで「とりあえず描いてくれればなんでもいいから」みたいなモチベーションで頼まれるから、僕の方もやりがいを感じなくなってしまったんです。
 雑誌が悪いと考えているわけではなくて、ぼくが色んなことを納得してやりたいタイプなので、相手の編集者にとっても鬱陶しいだろうなぁ、と。そもそも雑誌が本質的にもっている「デザインのクオリティうんぬんよりもまず生きた情報を載せる」という部分が、どうも僕の仕事のやりかたとは合わないんじゃないかと思って、雑誌の世界とは少し距離を置くようになったんです。


――確かに雑誌の仕事というのは、時間的な関係もあって原稿とイラストは完全に分断されていて、「原稿はまだですけど、とりあえずイラスト入れる枠をとったんで、ここにお願いします」みたいなお願いのしかたは多いかもしれませんね。

そうですね。「主婦がお父さんと話しているところを描いてください」とか「遊園地で楽しく遊んでいるところをお願いします」とか。ただ、そういう仕事がよくないっていうことではなくて、僕には合ってないということだと思います。

――デザインとイラストが密接に寄藤さんの中で結びついているから、イラストだけを切り離すことにストレスがあるんでしょうか。

それはあるかもしれませんね。イラストは常にデザインの一部だと考えているので、そこは切り離しにくいです。ぼくは、そこに書いてる事をイラストで補足したり、文章ではつかみづらい全体像をビジュアルで説明することには興味がありますが、誌面の中で今っぽさを強調したり、文字ばかりという印象を薄めるためのイラストにはあんまり興味がないんです。イメージの世界のものではなくて、完全に意味の世界のものだと思っているので、あれこれ考えて描いたイラストの意味が無視されたレイアウトになっていてがっかりしたこともありました。逆に自分だったら、こんな風には生かせなかったのに、このデザイナーさんは存分に生かしてくれたな、と思うこともあります。それはそれで、敗北感があったりして、一人相撲なんですけど(笑)。

――装丁家としてのお仕事が目立つようになってきた印象がありますが。

そうですね。書籍の仕事は好きです。雑誌の仕事を減らす変わりに装丁の仕事を増やそうと思ったんですね。きっかけは3年ぐらい前にある本のイラストのオファーがきて、デザインもできます! ってぼくからお願いしたのがきっかけですね(笑)。結果としてその本が売れたので装丁の仕事が来るようになりました。

――広告の仕事と比べてどうですか?

労力と収入という関係だけで言えば、割があわない面はあります(笑)。でも密にコミュニケーションをとって、時間をかけて、クオリティをあげていけるというのが、自分に合ってますね。何より楽しいですから、装丁の仕事はよほど時間が短くない限り断らないです。どんどんやりたいですね。

――クオリティへのこだわりは凄く強いですよね。かつて『ひらがな思考術』(関沢英彦著、ポプラ社)を担当していた編集者が責了間際にイラストの差し替えがバンバン出てきて、ドキドキしたという話をしていました。

印刷所で差し替えたこともあります(笑)。ちょっと時間を置いてみたときに、こうした方がいいんじゃないか、うん、絶対いいと思ったら直します。編集者は気が気じゃないかもしれませんが……。


著者として描くこと――著者・よりふじぶんぺい

――昨年は『大人タバコ養成講座』(美術出版社)の書籍化をはじめ、『ウンココロ』(実業之日本社)で監修者つきの著者として、また『死にカタログ』(大和書房)では完全に一人の著者としての活動もされ、いずれもベストセラーになっていますね。

ありがとうございます(笑)。『死にカタログ』が出たタイミングと「情熱大陸」でぼくを取り上げたものの放映がちょうどタイミングが良かったみたいで、 Amazonのランキングでも上位に入ってうれしかったです。でも著者としての自分というのはあまり意識はないですね。もちろん名前の入った単行本を出すことでぼく個人へのファンが付いてくれることはとても嬉しいのですが、意識としてはデザインの仕事と変わらないです。

――著者ならではの苦しみはありましたか。

『大人タバコ養成講座』はコピーライターの岡本欣也さんと定期的につくっているものをまとめたものなので、著者としてというよりはブックデザインの面で楽しめましたね。おかげさまで続刊も出せましたし。『ウンココロ』と『死にカタログ』に関しては、煮詰まる、という経験をしたかもしれない。

――いつもは煮詰らない?

基本的には煮詰らないです。ゴールがはっきりしてますから。広告には、その商品なり、企業なり、を宣伝するという目的がある。書籍のデザインにも、その本のコンセプトと読者を結びつけるという目的がある。その目的に沿って、考えていけば煮詰ることはないです。停滞することはありますけど。自分の中にその目的に合った方法論を持ってないときに停滞します。そのときは資料を探したり、専門的な本を読んだり、方法論を見つけるための作業はしますが、煮詰まるというのとは違いますね。著者の立場だと目的に迷いが出ることがある。『死にカタログ』で言えば、そもそも、この本は必要だろうかなんて考えはじめると、本当に煮詰まってしまうんです。絵には強烈な力がある分だけ、死を絵にすることにためらいもあった。人の人生に勝手な起伏をつけて良いんだろうかと迷ったりしました。あと、ちょっと全体的に著者であるぼくが“いい人”になりすぎてしまったかな、とか本になった後も、やや引きずる感じはあります。もっと著者のぼくが悪者として「死」を扱った方が面白かったんじゃないか、とかね。その方が読後感として「死」ってなんだろう? という疑問が読者の中で自発的に生まれてくるんじゃないか? 自分で「死」ってなんだろう、って言ってしまってるもんだから、「お前は寂聴か!」と自分で突っ込んだりしてます(笑)。

――いや、じゅうぶん面白かったです。寄藤さんのイラストは本当に意味の含有率というか、密度がとても高い。あのイラストに含まれている文章にしたら、とてもじゃないけど読めないぐらいの文量になっただろうな、と思います。「死」というものを情緒的にならずラジカルに考えるのに、膨大な量のヒントが詰まった本だと思います。『死にカタログ』はどれぐらいの期間でつくられたのですか。

大和書房で企画が通ってから二年かかりました(笑)。編集者にはずいぶん待っていただきました。先に「死にカタログ」の方が企画が通ってるのに「ウンココロ」が出たりしても、待っていただきました(笑)。悩むぼくを励ましてくれたり、過激すぎるものをやろうとしたときに止めてくれたり、とても感謝しています。

――今後も著者としての活動は続けていかれますか。

そうですね。本業はあくまでデザイナーですが、一年に一冊とかは出していきたいと思いますね。企画はいろいろあるので。でも著者としての仕事が実はいちばんペイしないかもしれない。かけてる労力を考えるとベストセラーになってくれないと赤字になってしまうぐらい(笑)。


デザイン会社「文平銀座」の今後――アートディレクター・寄藤文平

――だいたい常時どれぐらいの仕事を同時並行でやっているのですか。

細かいものをどれだけ数えるかにもよるんですが、だいたい20ぐらいじゃないですかね。企業のロゴや商品そのものの広告という大きな広告関係があって、装丁の仕事が5~10冊あって、あとは映画の販促物だったり、ロゴのデザインだったり、ですね。

――20も同時にやって、混乱しませんか。

しないですよ。忘れちゃうことはありますけど(笑)。以前ものすごく混乱した時期があって、原因は自分で全部考えようとするからだと分かりました。それで打ち合わせの時になるべく話し合いを多くして、その場でアイデアを出したりもらったりして方向性を決めるようにしました。アイデアを考える時間はいつも欲しいと思いますけど、あまり混乱しなくなりました。むしろうちの事務所のデザイナーの方が大変だと思います。広告と書籍で担当者を分けてあるんですが、作業がたてこんでくると、デザインのクオリティが落ちてくるのがわかる。それでぼくが怒ったりするともういよいよ、って感じで(笑)。

――今後の展望をお聞かせください。

 毎年、ぼくはなるべく具体的な目標を立てます。去年の目標は広告の仕事をきちんとやりながら、自著を出すこと。それから書籍を30冊デザインすることでした。今年は、アートディレクターとして新しい広告の仕事を2つは経験すること。自著を2冊以上出すこと。書籍デザイン40冊を目標にしています。世の中的にいえば、イラストでいうと知名度はあるんですけど、じゃあデザイナーとしてはどうか、と言われるとどうしても実績不足という気がしています。まったく新しいものを作るポテンシャルはあると思うんですけど、それをきちんとわかる形で示せてないんですよ。サンプルがない。書籍でいえばベストセラーを装幀することが今の必須課題です(笑)。イラストを使わない装幀でベストセラーが出れば、それに対して仕事が来ると。だいたい装幀の仕事というのは、売れた本の装幀に対して依頼が来るという形で、いい本の装幀ということでは、依頼は来ないんですよね。僕がもし編集者だとしても、そう思いますから。

――そのために努力されたりはするんですか。

いわゆる大ベストセラーというものは読むようにしています。読んでいるというよりは、参考用に目を通している、という感じですけど。こういう要素やメッセージをこういう風に伝えると、今の社会ではこういう風に捉えられるのか、という感じで。あとはジャンル毎に黄金比じゃないですけど、ベストセラーになる装丁の法則みたいな方法論を研究しています。文芸で言えば、作家ごとに装幀のトーンを統一すると相乗効果があるとか、実用書でいえばタイトルがでかい方が売れるとか。カッコよすぎると売れないとか。今の自分の装幀を考えると、良くて10万部という感じがするんです。鈴木成一さんや菊池信義さんの装幀を見ていると、やり方は違いますが100万部クラスという感じがしますね。ぼくも焦ってはないですが、5年ぐらいのスパンで徐々に書籍デザインの方法論を確立していけたら、と思っています。

――ベストセラーのムーブマンを探している?

そんなにカッコいいものではないです(笑)。もしそういうものがわかれば、苦労はしないんですけど。売り上げに目を向けていること自体が間違いかもしれないし、法則化した瞬間にその法則が使えなくなったりもしますからね。

――何事もすごく論理的に考えているという印象があります。考えるのは好きですか?


好きなんでしょうね。目的を決めたり、そのための方法論を考えたり、足りない部分を勉強したりして、手を見つけていくようなことをしている時は興奮します。たまに、いくつかの問題が一つの考え方で全部解決してしまうときがあるんですよ。そういうのを見つけたときは、本当にうれしいです。

寄藤さんが趣味で作った地球型クラインの壷「宇宙の水槽」

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――そういえば、将棋がお好きとか?

好きですね。もっぱらネット対戦ですが。定跡とか、勉強するのは楽しいですね。王将を取るという明確な目的があって、それに対して効果的なアプローチを考えるという意味ではぼくのイラストやデザインに対する考え方も似ているのかもしれませんね。といっても将棋がそんなに強いわけではないんですが(笑)。

――仕事をする上でのこだわりはありますか。

いや、とてもシンプルですよ。「ちゃんと飯を食える」仕事をするということです。スタッフも抱えていますし、こういう仕事をしていると、個人的な世界に走って仕事がなくすケースも見てるので。もっと夢のあることを言った方がよかったですか?

――いや、とても大切なことだと思います。

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