志事人

志に会いに、行く。
仕事に誇りをもって、生き生きと輝いている人をみると、なんだかうれしい。メッセージを伝えたくて、仕事をしている人。好きなことをやっているうちに、それが仕事になった人。仕事をするのが楽しくて仕方ない人。その人たちの心の奥には、どんな思いがあるのだろう。これは、志をもって仕事をする人たちを紹介する企画です。

デビュー作となった『ジョゼと虎と魚たち』では、田辺聖子の短編小説を斬新なアイデアで珠玉の長編映画へと生まれ変わらせ、『メゾン・ド・ヒミコ』では「生と死」を根元的なテーマに据え、巧みに織り込んだユーモアの中に「孤独と希望」を描き、その才能に熱い注目が集っている渡辺あやさん。良質なオリジナルの脚本を書くことのできる、数少ない実力派シナリオライターの、こだわりの言葉に満ちたインタビューです。

脚本家 渡辺あや
#3
脚本家 渡辺あや

1970年兵庫県生まれ。甲南女子大学卒業後、ドイツで5年間をすごす。デビュー作は『ジョゼと虎と魚たち』(監督:犬童一心/出演:妻夫木聡、池脇千鶴ほか/2003年)。その他の作品に土田英生氏、大谷健太郎氏との共同脚本である『約三十の嘘』(監督:大谷健太郎/出演:椎名桔平、中谷美紀、妻夫木聡ほか/2005年)、初のオリジナル脚本となった『メゾン・ド・ヒミコ』(監督:犬童一心/出演:オダギリジョー、柴咲コウ、田中泯ほか/2005年)がある。好きな映画は『ギルバート・グレイプ』(93年)、『スモーク』(95年)、好きな監督は「内緒です」。今後の活動については「原作物をひとつ、過去のオリジナルをふたつ、それから新しく書こうとしているオリジナルをひとつ、それぞれ進めています」。島根県在住。2児の母でもある。

きゅーきゅー言いながら格闘する感じです

――いよいよ本日『メゾン・ド・ヒミコ』のDVDが発売されます。私のなかでは、昨年度のベスト・ワンの作品です。オダギリジョーさん、柴咲コウさん、そして田中泯さんら役者の方々の演技に魅了されたのはもちろんですが、なによりも渡辺さんの書かれたシナリオの完成度の高さが群を抜いている。いま振り返ってみて、『メゾン・ド・ヒミコ』に対してどのような思いをお持ちですか?

嫁に出したら、幸せになってくれた娘をながめているような気持ちです。自分が生んだとは思えないような遠さ、まぶしさ。不思議な感じがします。

――そもそもこの作品は、どういったところから着想したのですか?

『メゾン・ド・ヒミコ』   (C)2005『メゾン・ド・ヒミコ』製作委員会

『メゾン・ド・ヒミコ』   (C)2005『メゾン・ド・ヒミコ』製作委員会

最初は「ゲイが暮らす老人ホーム」という設定を、プロデューサーから頂きました。それとは別に個人的に書いていた話で、新興宗教の教祖とそれに心酔する美青年、というのがあったのですが、それを微妙に重ねて作っていきました。

――渡辺さんのデビュー作となった『ジョゼと虎と魚たち』よりも先にこの作品の構想があったと伺いましたが、構想してから実際に映画になるまでどのくらいの時間がかかったのでしょうか?

4~5年かかってると思います。

――へえ、そんなに! その期間で、シナリオは大きな変化を遂げたのでしょうか?

物語の核となる気分のようなものは結局変わりませんでしたが、構成やディテールはかなり様々に変化していきました。

――具体的にはどのような?

いちばん大きいのは、初稿では卑弥呼(田中泯)と沙織(柴咲コウ)の父親は、別々にいたという点。沙織の父は、もっとヘナチョコな人で、卑弥呼はもっとファンタジックな存在でした。登場したらカーッと後光が差す、くらいのイメージで。でも監督たちから、同一人物にした方が物語が強くなるんじゃないかと言われて、そうしました。

『ジョゼと虎と魚たち』
原作:田辺聖子 監督:犬童一心 脚本:渡辺あや
出演:妻夫木聡/池脇千鶴/上野樹里/新井浩文/新屋英子ほか

田辺聖子の同名小説を犬童一心が映画化。ある日、大学生の恒夫(妻夫木聡)は乳母車に乗った脚の不自由な少女・ジョゼ(池脇千鶴)と出会う。以来、恒夫はジョゼの不思議な魅力に惹かれていく。

DVD発売中 





(C)2003「ジョゼと虎と魚たち」フィルムパートナー

――『ジョゼ~』は田辺聖子さんの短編小説の脚色で、『メゾン~』は、オリジナルストーリーですよね。脚色とオリジナル、書き方に違いはありますか? それと書きやすさ(仕事のしやすさ)でいえば、どちらが書きやすいですか?

それはやはり、オリジナルの方が何倍も大変です。原作物の場合「そもそもなぜこの物語を作るのか?」みたいな基本的な問題を、原作者の方がすでにクリアして下さっているので楽なのですが、オリジナルだと、当然まずそこを自分で見つけだす必要があります。それは技術とかセンスとかの小手先のことじゃなく、もっと体とか人格ごと向き合い、支えないといけない部分なので、いつもきゅーきゅー言いながら格闘する感じです。


個人的な改稿は今も続いている

――渡辺さんがオリジナル脚本を書かれる場合というのは、表現したいと思う「テーマ」が先にあってシナリオを書くのでしょうか? それとも、たとえば「こんなシーンが書きたい!」とか「こんなセリフを役者に言わせたい!」といった具体的な「何か」を書きたいという欲求が先にあるのでしょうか?

いちばん書きたいものは人物です。頭の中でキャラクターと出会い、彼らが好き勝手に動き回るのを、そのまま記録していく感じです。現実に人間が生きているということと同じで、テーマなんかは自然発生してくるものなのですね。仕事に奮闘すれば仕事が、恋愛に溺れれば恋愛が、その時期のその人のテーマになるように。

――なるほど。ちなみに『ジョゼ~』『メゾン~』ともに犬童一心監督とのお仕事ですが、渡辺さんから見て犬童監督というのは、どのような方ですか? 

生まれた時にすでに40歳くらいだったんじゃないかと思うくらい、異常に老成されていて、つねにクールで男らしく、かと思えば、ご自分で「僕の頭の中には少女が住んでるの」とか可愛らしいことをおっしゃっている、わけのわからない人です。

――へえー、なんかテレビや雑誌などで見た目だけを拝見していると、ちょっと怖そうな感じがするのですが、そんな複雑な方なんですね(笑)。監督とは、綿密な打ち合わせをした上で、シナリオをお書きになっているのでしょうか? それとも、大まかな方向性だけ確認をして、基本的には渡辺さんに任せるという方法だったのでしょうか?

そこが犬童さんの懐の広いところなのですが、私がまったく素人の頃から、好きなように書かせて下さっています。

――『メゾン~』で、お気に入りのシーン、お気に入りのセリフってあります?

映画で一番好きなのは、ダンスシーンです。なぜなら、セリフがないから。セリフのあるシーン、イコール自分の反省材料という感じで、凹むことなしに観ていられないのです。

――そうなんですか。とても完成度の高いシナリオだと思えるので、少し意外な気がしますね。では、渡辺さんにとって、『メゾン~』のシナリオに対する満足度は、100点満点で何点?

実は、私の中では『メゾン~』は書き終えた感じがなく、撮影のために「決定稿」は出したものの、まだ個人的な改稿は今も続いている気がしています。それはやはり登場人物の多くが、私より死に近い人たちだったせいだと思われ、自分がもっと年をとり、死に近づいたら、物語はまた違う風に描けるのかもしれない、という気持ちがずっとあります。だから、今はまだ50点。

――ということは、『メゾン~』はいつか、続編ができるということなんでしょうか?

それは基本的にはないと思っています。ただ、続編の続編たる意義、みたいなのを見出せたら、あるのかもしれません。難しいことですが。


ある日突然、脚本ぽいものが書けてしまった

――小さい頃は、何になりたいと思っていましたか?

スチュワーデス。そして飛行機でスイスに行って、ハイジに会いたいと思っていました。

――ハハハ、いいですねえ。私は警官になって銭形警部と一緒にルパンを捕まえようと思ってました。映画を観ることは好きだったのでしょうか?

普通です。好みのものだけをビデオ屋で借りてきて観る、くらいの。

――では、実際に脚本家をめざそうと思ったきっかけはなんですか?

ある日突然、脚本ぽいものが書けてしまったので、どうしてもそれを映像化したくなりました。けれど色々調べるうち、素人の書いた脚本なんてそう簡単に映画化されない、つまりビジネス商品として相手にされないと分かり、これはなんとしてもプロにならねば!と思いました。

――そんな中で、『ジョゼと虎と魚たち』を脚色することになったんですよね。そのいきさつを教えてください。

プロデューサーから原作のコピーがファックスで送られてきて、これを脚色してみないか、というお話でした。私は原作者の田辺(聖子)さんのファンだったので、おそれ多さに迷ったりもしたのですが、かといって他の人に渡してしまうのも嫌で、結局おっかなびっくりお引き受けしました。


――プロデューサーの方は、渡辺さんの卓越した力を見抜いてらっしゃったのだと思うのですが、具体的にどのようにしてシナリオの作法のようなものは学んだのでしょう? そして書く上で影響を受けた脚本家はいますか?

実際の書き方というのは、本屋さんで売られているシナリオ本などで学びました。影響を受けているかどうかは分かりませんが、向田邦子さん、三谷幸喜さん、それから脚本家ではありませんが、岩井俊二監督の書かれる脚本はとても好きです。

――デビューが決まったときの心境はどんな感じでしたか?

そう聞かれてみると、「いよいよデビュー!」ということでウキウキ思えたことは一度もなかった気がします。『ジョゼ~』という映画は私にとって、そんなことよりもっともっと大きく激しい喜びと辛さを伴う体験だった、と言えるかもしれません。


意外やこの世は描かれるべき美しいものに満ちている

――プロット(物語の枠組み・構成)は書かないと伺ったのですが、どうしてですか?

プロットを書くことによって、自分の中で物語や登場人物の鮮度が奪われる気がするからです……というと書けるのに書かないみたいですが、本当は書けません。一度書こうとしたものの、どうやっても書けず、プロデューサーに「シナリオを先に書いて、その後プロットを書いていいですか」と聞いたら、「だったら、先にシナリオ下さいよ」と笑われたことがありました。

――へえ、そうなんですか。逆にプロットを書くのはうまいんだけれど、実際のシナリオが全然ダメな人というのを知ってますよ。プロットを書くこととシナリオを書くことって、繋がっているようで、実は違う力が必用なのかもしれませんね。キャラクターの細かい作り込みのようなものもしないのですか?

頭の中で、明確なイメージは立てます。また他の人に説明するときは、詳細を書いたりもしますが、自分で読むためのメモなどは書きません。

――あて書きは?

『ジョゼ~』は主演二人(妻夫木聡さん、池脇千鶴さん)が先に決定していたので、あて書きでした。特に指定がない場合は、あまりあて書きはしない方です。

――映像化を前提とした脚本づくりは、相当に厳しい枷(制約)であったり、現実(予算等)とのすりあわせのようなものとの闘い?ではないかと勝手に推測してしまうのですが、渡辺さんにとって、そういった「仕事」としての脚本づくりというものは、苦にはならないのでしょうか? そして「ここだけは絶対に譲れない」と思う部分はありますか?

それはもちろん、苦しかったり悔しかったりお風呂で泣いたりすることの多い部分ではありますが、この悩みから解放されてる映画人は世界中のどこにもいらっしゃらないのでは……あ、ハリウッドなんかだとどうか分かりませんが。
譲れないのは、自分でキャラクターが掴めなくなるような方向転換は出来ない、ということでしょうか。


――シナリオは映画から離れても「作品」だと思いますか?

建築で言うと設計図みたいなものですから、「作品」と呼べないこともないですが、無理に呼んでもらわなくてもいいです……という感じです。


――「シナリオを書きつづけていく」ということにおいて、大切なことはなんでしょうか?

私にとっては、何かを「好きだ」と思うときの高揚感、そのレベル値を下げないでいられること。そのためには多分、自分の中のどこかをメンテナンスし続ける必要があるのですが、それがどこなのかが、まだ自分でもよく分かってなくて、ひそかに心配です。

――シナリオを書いていて、いちばん楽しい瞬間は、どんなときですか?

第一稿を書いているときは、もうずっと楽しいです。初めて出会うキャラクターと世界に夢中になって、のぼせあがって書いています。

――御自身で監督をしたいと思ったことはありますか? 

それは脚本を書き始めたときから思っています。なぜなら、やはり自分のイメージにいちばん近い形で、映像化したいから。

――渡辺さんにとって「シナリオを書く」ということはどういうことなのでしょう?

リサイクル活動っぽいな、と思ったことがあります。私の中で消化しきれていない出来事や感情ほど、物語の中にひょっこり現れたりするので。しかも、自分でも一見それと気付かないような姿に変身している!(ペットボトルからフリースくらいに)

――最後の質問です。渡辺さんは、これからどのような脚本家に、そしてどういう作品を書いていきたいですか?

意外やこの世は描かれるべき美しいものに満ちている……とこの頃思うので、そんなことをひとつずつ、描いていけたらなと思います。が、とか言いつつ、とんでもなくこっぴどい話も書いてしまうかもしれません。いずれにせよ、とにかく品質の向上に日々精進する所存でございます。

――どうもありがとうございました。

『メゾン・ド・ヒミコ』
監督:犬童一心 脚本:渡辺あや
出演:オダギリジョー/柴咲コウ/田中泯ほか

塗装会社で事務員として働く沙織(柴咲コウ)。ある日、彼女のもとに若くて美しい男・春彦(オダギリジョー)が訪ねてくる。彼は沙織と母を捨てて、ゲイバーを継いだ父(田中泯)の恋人だった。沙織は父を嫌い存在さえも否定していたが、彼と出会い少しづつ心に変化が生じてくる。

DVD発売中



(C)2005『メゾン・ド・ヒミコ』製作委員会
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