志事人

志に会いに、行く。
仕事に誇りをもって、生き生きと輝いている人をみると、なんだかうれしい。メッセージを伝えたくて、仕事をしている人。好きなことをやっているうちに、それが仕事になった人。仕事をするのが楽しくて仕方ない人。その人たちの心の奥には、どんな思いがあるのだろう。これは、志をもって仕事をする人たちを紹介する企画です。

女性映画監督のめざましい活躍が続くなかで、ひときわその存在がクローズアップされ始めたタナダユキさん。主演・脚本・監督を務めた処女作『モル』での衝撃的なデビュー以後、『タカダワタル的』『月とチェリー』と作品を発表するたびにその評価を揺るぎないものとしている。現在大ヒット中の『さくらん』では脚本を担当し、5月には人気マンガを原作とした『赤い文化住宅の初子』が公開を控えている。輝かしい活躍を続けるタナダさんに映画へのこだわり、脚本への思いなどについて伺った。

映画監督 タナダユキ
#14
映画監督 タナダユキ

福岡県出身。映画監督、脚本家。2001年、初監督作品『モル』がPFFアワードでグランプリとブリリアント賞を獲得。2004年、フォークシンガー高田渡を追ったドキュメント『タカダワタル的』が東京国際映画祭特別招待作品に。同年には監督・脚本を務めた『月とチェリー』が公開される。現在、脚本を担当した『さくらん』が大ヒット上映中。5月には監督・脚本を務める注目作『赤い文化住宅の初子』が公開される。

“撮りやすい脚本”をめざした『さくらん』

――脚本を担当された映画『さくらん』が大ヒット公開中ですが、脚本のみという形は、初めてですよね。どういった経緯で参加されることになったのですか?

タナダ 『さくらん』のプロデューサーから「監督さんは別の方なんですが、脚本家という形で参加していただけませんか」というご連絡をいただいたことがきっかけです。原作を読んでみるととてもおもしろかったので「これはちょっとやってみたいな」と。

――脚本のみでの参加ということについての抵抗はありませんでしたか

タナダ 特になかったですね。なんでもかんでも自分が監督をすればいいとは思わないですし。

――『さくらん』は、安野モヨコさんのマンガが原作ですが、原作モノの脚本化で難しいと感じた点はありますか?

タナダ マンガのコマ割り、映画ではカット割りといいますけど、原作のコマ割りにどうしても引きずられてしまうというのが、いちばん苦しんだところですね。たとえば原作のコマ割りどおりに映画を撮ろうとしても、現実的な問題として撮れなかったりすることがあるんですね。マンガとしては成立しているコマ割りでも、映画では成立しない。そういう部分は、マンガのコマ割りにとらわれない、映画オリジナルのカット割りを考える必要がありました。

――できるかぎり原作に忠実にしようと?

タナダ そうですね。原作を読んで面白いと思った人たちが映像化するわけですから、そこにあえて何かつけたしたり、変えたりする必要を感じませんでした。それよりは、いかに原作のおもしろさを損なわないようにするかを考えました。脚本はあくまでも設計図ですから、監督を始めスタッフの方たちにとって“撮りやすい脚本づくり”をめざしました。あまり脚本に書き込みすぎると、スタッフがそれにがんじがらめになってしまうし、逆にあまりに余白が多いというのも「どうやって撮ればいいんだ?」みたいなことになってしまうと思うので。

(C) 2007 蜷川組「さくらん」フィルム・コミッティ

(C) 2007 蜷川組「さくらん」フィルム・コミッティ

『さくらん』
【キャスト&スタッフ】
原作:安野モヨコ 監督:蜷川実花 脚本:タナダユキ
出演:土屋アンナ、椎名桔平、成宮寛貴、木村佳乃、菅野美穂、安藤政信ほか

【Story】
江戸・吉原遊郭にある<玉菊屋>。東北の寒村からつれてこられた8歳の少女は、きよ葉と名付けられた。<玉菊屋>には、当代随一の花魁・粧ひ(菅野美穂)や、高尾(木村佳乃)がいた。自由を束縛されることを嫌うきよ葉はことあるごとに脱走をはかるが、その度に若い衆の清次(安藤政信)に捕まり、諭される。さまざまな経験を経て、いつしかきよ葉は吉原一の花魁・日暮(土屋アンナ)へと変貌を遂げていく…。第57回ベルリン国際映画祭・公式部門特別招待作品。

公式HP:
http://www.sakuran-themovie.com/
渋谷シネクイント、新宿ジョイシネマ、シネリーブル池袋ほかにて大ヒット上映中!!

――『さくらん』は、蜷川実花さんにとって初監督作品ということになりますが、タナダさんからご覧になって監督としての蜷川さんは、どのように映りましたか?

タナダ 初めてとか初めてでないは関係なく、監督をできる人はできるんだなと思いました。映画の現場で大事なことはコミュニケシーョン能力だと思うのですが、蜷川監督のもっている天性のバランス感覚であったり明るさであったりというのが、現場でもよく活かされていたと思います。写真家としてあれだけの実績を築いてこられた方ですし、どのようなジャンルであれ、その道を極めておられる方とお仕事をさせていただくというのは、とても勉強になりました。

――タナダさんとの関係性という面でも、蜷川さんのコミュニケーション能力というのは秀でていましたか?
タナダ 大変お忙しい方なんですけど、なにをやりたいのか、どんなことをしたいのかということはきちんと伝えてきてくださるので、そういう意味ではとてもやりやすかったですね。現場の真ん中にたって強引に引っ張っていくタイプの方ではないのですが、気づいたらみんなが監督のやりたいようにやっていると。そういう才能に溢れている方だと思います。



清次をいかにカッコよく見せるか

――脚本の中で特にこだわりをもって書かれた部分はありますか?

タナダ 日暮が、きよ葉時代に惣次郎にひどい目に遭い、惣次郎のことを「笑う鬼だ」と呟くところと、その傷心をひきずりながら、清次に向かって「どこへ行こうと同じこと。分かっただけで……もうけもんさ」と言う箇所ですね。「どこへ~」は、原作では日暮の少女時代のエピソードとして出てくるセリフだったのですが、映画の場合は尺の問題でそのシーンを入れることができなかったんです。ただ、とてもカッコいいきめゼリフだと思ったので、なるべく誰かに言わせることで作品の中へ還元したいなと。あとは、清次をいかにカッコよく見せるか(笑)。監督とも相談して、日暮と清次は最後までプラトニックでいきたいという思いがあったんです。吉原という世界は、むろん性を媒介とする商売の世界ですよね。そこで出逢った二人だからこそ、性を間に立てなくとも愛情は表現できるのではないかと思ったんです。だから精神的なつながりだけで、お互いが足抜けまで決意してしまうところまで描きたいと。

――なるほど。吉原という、江戸文化のひとつの極地である世界を描くにあたって、時代考証はもちろん、風俗考証等ずいぶんとなさったと思います。

タナダ さまざまな資料・文献を調べていくうちに、吉原についていろんなことがわかってきました。お伊勢まいりと吉原というのは、江戸の庶民にとっては最大の憧れだったのですが、とにかく時代やお店の違いひとつで様々な表情を見せる、たとえばそれは花魁の髪型や草履の高さ、“ありんす言葉”にいたるまで千差万別なんです。本当に奥の深い世界なんですね。『さくらん』とはまた違う花魁の映画を描くことも可能かもしれません(笑)。でも何より、あの膨大な資料と闘って、現代にも通じる物語として『さくらん』を描かれた安野先生に脱帽です。

――脚本のみでの参加が、タナダさんにとって今後どのような糧になると思いますか?

タナダ 脚本というのは、決定稿があがったらそれで終了といったところがあって、現場に行くと少し寂しく感じることがあるんです(笑)。ただ、これまでと違って客観的な視点で現場を見るわけじゃないですか。そうすると、こんなにすごいセットを建てて、こんなにいい光を当ててくれて、こんなにいいカメラワークで撮ってくれて……ということのありがたさにあらためて気づきました。いままでは自分でホンを書いて自分で監督をやっていたので、そういうことを何も知らずに突っ走っていた部分があるのですが、今回は少し客観的になれた分、どれだけ多くのスタッフが映画に関わり、自分の書いた一言でものすごくいろんな人が苦労して資料を集めてくださったり、その一行から想像して動いてくださってるんだろうなと。映画づくりでは至極当たり前のことを、この時点でもう一度目にすることができたのは、今後自分が監督をやる面でも本当に勉強になりましたね。監督業というのはとても孤独なものですから、どんなに現場に人がいても、最終的にはひとりぼっちなんですよ。それでいて監督が指示を迷ったり、脚本で迷った一行を書くと、現場はとんでもないことになりますから。人間なので絶対に迷わないということはないのですが……。


8ミリの存在すら知らなかった

――そもそも映画監督をめざすきっかけは何だったのですか?

タナダ 高校まで、ずっと地方に住んでたんですよ。映画館でも、ハリウッドの大作映画しかやってないような田舎で(笑)。その頃は、映画よりも演劇をやってみたいと考えていたので、高校卒業後に上京したのですが、どうも自分のやりたいことは演劇ではないと。そんなときにたまたまテレビで見た「青っぽい」映像がとてもキレイだったんですね。それで、こういう映像を撮るにはどうすればいいのかなと思ったんですけど、そもそもどこにいけばいいのかすら、全くわからなかったんですね。映画に関する知識もまったくありませんでしたし。8ミリフィルムの存在すら知りませんでした(笑)。

――その後イメージフォーラムという専門学校に行かれたんですよね。

タナダ はい、いちばん授業料が安かったので(笑)。そこで一年間勉強しました。そこで
同じクラスだった子がPFF(ぴあフィルムフェスティバル)で入選したことが刺激になり、私もとりあえず撮ってみようと思って作ったのが『モル』です。脚本の書き方とか、本当に何もわからない状態だったのですが、とりあえず「やりたい」という気持ちさえあれば何とかなるんじゃないかと(笑)。逆にいえばそれだけしかなかったんですけど。

『モル』
【キャスト&スタッフ】
監督・脚本:タナダユキ
出演:タナダユキ、石川貴子、岩波才靖ほか

【Story】
ゆかりは、ある日突然生理中にのみ自殺者と目が合い、高熱を出すという特異体質になってしまう。美術モデルとして、売れないタレントとして日銭を稼ぐ彼女は、熱を下げるための緊急手段として、坐薬を打ち続ける……。「第23回ぴあフィルムフェスティバル/PFFアワード2001」グランプリ、ブリリアント賞受賞作。

――その『モル』が見事「PFFアワード2001」でグランプリを受賞されたんですよね。プロの監督になりたいと思い始めたのは、その頃からですか?

タナダ そうですね。私はそれまで映画監督というのは「食っていける」職業だと思っていたんですけど、全然そうではなかったので(笑)、いろんな現実に直面しましたね。いちばん自分がやりたいのはオリジナル作品なのですが、それを撮れる恵まれた環境というのは、ほとんどないわけですよね。私の場合は助監督の経験もありませんので、技術的な部分も撮りながら覚えていくしかなくて、とにかくどのような現場でも経験を積んでいかないと、結果的にオリジナルすら撮れないということになってしまう。ですから、あまり間口を狭めずに、自分の勉強になることであれば、どんなお仕事でもやらせてもらいたいなと考えてやってきました。

――そうした「経験をつむべき」時に、『タカダワタル的』のお話がきたのですね。

タナダ 本当にある日突然電話が来て、私はその時点で渡さんはすでにお亡くなりになった方だと思っていたんですよ(笑)。電話口で「え、高田さんって生きてるんですか?」って聞いてしまったくらいですから。そのときは、自分がドキュメンタリーをやるという発想がまるでなかったんですよ。むしろやらないだろうなと思っていたくらいで。ただ「ちょっとこのオジサン、おもしろそうだな」と思ったので、「やります!」って言ってしまったという感じですね。

――その時は、ドキュメンタリーの手法とか撮り方のようなものは知らなかったわけですよね?

タナダ ええ。ただ、世間的に認知されている「ドキュメンタリー」というのは、本質的な意味で真実のドキュメンタリーとは違う面があるんじゃないかと思っていたんですね。要は「ドキュメンタリーこそ真実を伝えるものだ」「ドキュメンタリーはフィクションの一切ないものだ」と一般的に思われているフシがあると思うんですよ。でも私は、ドキュメンタリーこそ“フィクションの最たるもの”で、構成力が必要なジャンルはないんじゃないかと思っているんです。どんな人間だっていきなりカメラを向けられて素をすぐに出すというのは、ほぼ不可能だと思うんですよ。それなのに、ドキュメンタリーとして映し出されたものを「ありのまま」だと視聴者の多くが素直に受け止めてしまうことに、少し疑問を抱いていたんです。そういう意味から『タカダワタル的』は、いっそフィクションから始められないかな、と。とはいえ、渡さんのライブを初めて見たときには本当に逃げ出したくなったんですよ(笑)。音楽に関して全く素人の私にも「このオジサンはホンモノだ」ということだけはわかったんですよね。「この人は手におえない」と。しかも当然のように渡さんにはとてもコアなファンがついていて、そのファンの人たちには、おそらくどのように撮ったとしても、反発を買うだろうなと。じゃあ、私がこの作品でやれることはなんだろうと考えたときに、大事なのは、今も渡さんが現役で唄っていることじゃないかと。それで“こんなおもしろいオジサンがいるんですよ”と、渡さんを知らない人たちに向けての“入門編” という部分を切り口にしようと思って。そこに至ってようやく形にするきざしが見えましたね。そのときはもう撮り終わって編集作業の何日目かだったんですけど(笑)。

――では、編集の段階でようやく作品の軸が見えたんですね。

タナダ そうですね。それも、撮影の最終日に渡さんがスズナリのライブで「ごあいさつ」という曲を歌ったんですね。谷川俊太郎さんが作詞なさっている名曲で、元々リハでは唄う予定がなかったんです。ちょうどその頃、若き日の渡さんが偶然「ごあいさつ」を唄っているVTRが見つかって。渡さんが「ごあいさつ」をあのライブで唄ってくださったことで、作品として成立したのだと思います。
「高田渡は、30年以上唄いつづけてきた」というヘタなナレーションを入れるよりも、若い頃と現在を比較する映像をつなげるだけのほうが圧倒的に伝わりますから。あの撮影最終日の「ごあいさつ」は本当に奇跡だと思いました。撮影期間中、渡さんのライブはいくつか追いかけたんですけど、「ごあいさつ」を唄ったのはあの一回だけでしたから。

『タカダワタル的』
【キャスト&スタッフ】
監督:タナダユキ
出演:高田渡ほか

【Story】
1960年代後半から70年代にかけ、岡林信康、小室等、泉谷しげる、三上寛らとともに日本のフォークを牽引した高田渡。30年以上にわたってマイペースな活動を続けた高田の日常を追ったドキュメンタリー。高田氏は、2005年没。

創る以上は、たくさんの人に観てほしい

――『タカダワタル的』を撮られた後が、『月とチェリー』になるわけですよね。エンターテイメントとして、本当に面白い作品だと思いました。

タナダ ありがとうございます。

――これは完全なフィクションですか? 登場人物のキャラクターを含めて実体験を下敷きにしていたりとか。

タナダ いえ、まったくのフィクションです。実体験だととんでもないことになります(笑)。
ただ、私はいつも女の子の登場人物については、自分のできないことを託すというか、憧れ的な要素を投影させていることはあります。どちらかというと、田所のような優柔不断でどうしようもない男の子に自分のリアルな感情を託すところがありますね(笑)。


――ということは、男の子のキャラはタナダさんの性格に似ている?

タナダ どちらかというと、そうですね。

『月とチェリー』
【キャスト&スタッフ】
監督・脚本:タナダユキ
出演:江口のりこ、永岡佑、平田弥里、柄本明ほか

【Story】
二浪してやっと大学に合格した田所(永岡佑)は、童貞ながらひょんなことから官能小説サークルに所属することに。歓迎会の席でサークル唯一の女性、真山(江口のりこ)と出会う。真山は田所と同い年ながら、すでに官能小説家として男性名のペンネームで本を数冊出版していた。真山は田所に声をかけ、強引に童貞を奪う。真山は今書いている小説の主人公が童貞の男の子で、田所を取材対象にしたのだった。傷つく田所だが、同じ本屋でバイトをしている茜(平田弥里)に惹かれつつも真山のことが気になって仕方がない……

――女の子の登場人物(真山、茜)も、とても魅力的ですよね。現実にああいう女の子がいたら困りますけど(笑)。物語の中では本当に活き活きとしています。登場人物の描き方はもちろんですが、タナダさんの作品を見ていると、「エンターテイメント」に対しての意識がとても強く在るような気がします。「おもしろい作品を創る」という意識が。

タナダ 創る以上は、できるだけたくさんの人に観てもらいたいとは思っています。以前、平山秀幸監督と対談させていただいたときに「100人が100人とも面白いという映画なんて作ったら、それは宗教になってしまう」とおっしゃっていたのですが、それはなるほどなあと思って。すべての人が「おもしろい」という作品は存在しないでしょうから、「面白くない」という人はいて当然だと思うし。まあ言われたほうはへこみますけど(笑)。平山監督の言葉を励みにして、どんなに叩かれても、がんばろうと思っています(笑)。


『初子』は乗り越えなければならない作品

――5月に監督としての最新作『赤い文化住宅の初子』が公開となります。これはどのようなきっかけで撮られることになったのですか?

タナダ 『さくらん』とほぼ同時期くらいに、配給会社のスローラーナーのプロデューサーの方からお話がきて、何冊か渡された小説やマンガの中に『~初子』があったんです。それで、この作品をまずやりたいと思ったんです。

(C)2007松田洋子・太田出版/『赤い文化住宅の初子』フイルムパートナーズ

(C)2007松田洋子・太田出版/『赤い文化住宅の初子』フイルムパートナーズ

『赤い文化住宅の初子』
【キャスト&スタッフ】
原作:松田洋子 監督・脚本:タナダユキ
出演:東亜優、塩谷瞬、佐野和真、浅田美代子、大杉蓮ほか

【Story】
夕暮れの教室。今日も三島くん(塩谷瞬)は初子(東亜優)に勉強を教えてくれる。でもうちにはお金がない。父は蒸発、母は先立ち、兄は高校を中退して稼いだ金を風俗に使ってしまう。ラーメン屋のバイトの帰り、少ない給料を手に「カネ、カネ……」と今日も初子は虚ろに歩く。

公式HP:
http://www.hatsuko-movie.com/
5月中旬、渋谷シネ・アミューズにてロードショー

――原作は松田洋子さんのマンガですね。松田さんの作品は、完全に世界観が確立していて、これを映像化するというのはとても難しいことではないかと思いました。

タナダ そうですね。だからこそ挑戦したかったというか、物語としてもすごくおもしろくて、自分では書けなかったタイプのお話だと思ったし、自分が今後息の長い監督になりたいと思うならば、この作品は乗り越えなければならないと思えるほどの作品だったので。
当然、今までの自分の作品とはまったく違う大変さがあると思ってはいたんですね。今までなら知らなくても済まされていた問題が、この現場では知らないでは済まされないだろうなと(笑)。さらに主人公が15歳の女の子で、自分としてもそれくらい若い子と組むのは初めての経験だし、相当キツいことになるんじゃないかというのは覚悟していたんですけど。


――脚本づくりは苦労されましたか?

タナダ そうですね。どうすればいいのかわからないという意味で(笑)。いままでは勢いだけで脚本を書いていたのですが、今回はハコ書きから丁寧に積み上げて創っていきました。『さくらん』もそうだったのですが、結局ホンが上がるまでに2年くらいかかりましたね。特に『~初子』の場合は、最後の最後でようやく見えてきたという感じでしたから。初子という人物はとても魅力的なんですけど、つきつめていくと私は初子という人物をよくわかっていないんじゃないかと思って。「こういう子かな、いやこういう子かもしれない」と何稿も書いていって、いざ現場に入って東亜優という女の子が初子を演じてくれて「あ、初子ってこういう子だ」というのが見えてきたんですね。そういう経験は初めてだったので、とても新鮮で楽しかったですね。


人の脚本できちんと監督をする

――タナダさんが今後創っていきたい映画の方向性というのは、どのようなものでしょうか?

タナダ そうですね、やはりエンターテイメントの要素というのは大事だと思っているんです。私が面白いと思う作品は『太陽を盗んだ男』(長谷川和彦監督)なのですが、あれは本当に素晴らしいエンターテイメントだと思うんですね。観る人が圧倒されるほど、おもしろさの幅が広いというか深いというか。比較するのはおこがましいのですが、そういった作品を創りたいという思いはあります。ただ一方で、地味なテーマのもの、少し暗めの作品も撮りたいと思っているんです。たとえ地味な作品であったとしても、観客がそれを観て何か思うところが出てくるかどうか、というところを意識して創ることができれば、と。

――エンターテイメントのひとつに、「笑い」という要素があると思います。『月とチェリー』は、この要素を巧みに織り込んでいたという点でも、成功した作品だと思うのですが、元来笑いというのは、とても難しいものだと思うのですが。

タナダ 難しいですね。泣かせることよりもよほど難しいと思います。私は個人的には笑いは好きですが、そのことと自分が笑いを含めたエンターテイメント作品を創ることができるかというのは、違うと思っています。『月とチェリー』では、たまたまそうした面がうまく機能したと思うのですが、それは私の力云々ではなくて、本当に“たまたま”の面が大きかったのだと思います。

――今後も、もちろん映画監督してやっていかれると思うのですが、脚本を書くということと監督をするということは、不可分のものではないと思われますか?

タナダ そうですね。私が近々やりたいと考えていることは、人の脚本で自分がきちんと監督をするということなんです。実はすでに進行中のものがあるのですが、自分で書いて自分で撮ると、それ以上の拡がりがないんですね。自分の思っていたことの遠近は別にして、想像の範囲は超えない。そういう意味では、今進めているホンは、自分で書いたものより少し客観的になれるというか、想像力が膨らむんですよ。ただそこには、新たなプレッシャーもあります。脚本家が想像した以上の映像、お芝居を撮れるのだろうかと。それは楽しみでもあると同時に、怖くもあります。もちろん書くということ自体嫌いではないですし、自分の書いたものをどのように広げてくれるだろうかと私が楽しみに思える相手であれば、脚本のみのお仕事もやらせていただくことがあるかもしれません。

――長いお時間、どうもありがとうございました。

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