志事人

志に会いに、行く。
仕事に誇りをもって、生き生きと輝いている人をみると、なんだかうれしい。メッセージを伝えたくて、仕事をしている人。好きなことをやっているうちに、それが仕事になった人。仕事をするのが楽しくて仕方ない人。その人たちの心の奥には、どんな思いがあるのだろう。これは、志をもって仕事をする人たちを紹介する企画です。

2004年劇場映画デビュー作『犬猫』で、等身大の女の子を描く確かな演出力と、作品から醸し出される幸せな空気感が、国内外の批評家や映画ファンから熱い支持を得た映画監督・井口奈巳さん。今回の志事人は、劇場映画第二作『人のセックスを笑うな』の公開を記念して、演出へのこだわり、音へのこだわりなど、井口さん独自の映画作りに対する姿勢をうかがいました。

映画監督 井口奈己
#18
映画監督 井口奈己(いぐち・なみ)

1967年、東京生まれ。上野、御徒町、秋葉原のトライアングルに育つ。映画は夏休みに山口百恵と三浦友和のゴールデンコンビ物を観る程度ながら、日曜日に「さよなら、さよなら、さよなら」で有名な淀川長治氏の解説によるTV番組を欠かさず視聴し、かわいい女の子が出ているという基準で映画を選ぶようになる。初めて参加した現場で、録音の鈴木昭彦氏に出会い、『三月のライオン』(91/矢崎仁司)、『地獄の警備員』(92/黒澤清)、『裸のピクニック』(93/矢口史靖)などの現場に録音助手として参加。その後、自らシナリオを書き演出した初の自主映画『犬猫』が、PFFアワード2001で企画賞を受賞。8mm作品としては異例のレイトショー公開で話題を呼び、日本映画プロフェッショナル大賞・新人賞を受賞するという快挙を果たした。そして2004 年、『犬猫』のリメイクで商業映画デビュー。第22回トリノ国際映画祭で、審査員特別大賞、国際批評家連盟賞、最優秀脚本特別賞を受賞。山田宏一、蓮實重彦ら著名な映画評論家からも絶賛を受け、女性初の日本映画監督協会新人賞を受賞した。そして『犬猫』から2年、『人のセックスを笑うな』は、満を持しての新作となる。

初めての小説の映画化

――『人のセックスを笑うな』は山崎ナオコーラさんの同名小説を原作とした映画ですが、オリジナル脚本をもとにした映画製作との違いはありましたか?

基本的に作り方は同じです。今回は原作を渡されてから、どこをどうすれば映画にできるか考え、映画にできるところを残し、それから足りないところを入れていくという作業をしました。たとえば『人のセックスを笑うな』では、原作にあった年上の女性と20歳年下の男の子というキャラクター設定は外さずに、プロットを組んでいきました。
重要なのはプロットで、プロットが映画一本分あり、最後の着地点さえわかれば、安心して脚本が書けます。プロットがしっかりしていれば現場で脚本を変えても構わないんです。台詞とかキャラクターは現場で役者さんに合わせていくものだと思っているんで。


――確かに、現場の状況に合わせて役者さんを演出されているという感じがしました。即興的な演出があったのでしょうか?

松山ケンイチさんは青森出身なので南部弁が出てしまうのですが、それもシーンとしてよければ全部OKでした

――松山さんが「こどもか?」という台詞を繰り返すシーン。あれもやっぱり即興なのですね。「こどもか?」と繰り返すうちに松山さんが自分で受けて、思わず笑ってしまうシーン。松山さんの気持ちが乗ってきているのが感じられる、とても面白いシーンでした。

(C)2008「人のセックスを笑うな」製作委員会

(C)2008「人のセックスを笑うな」製作委員会

現場では“綿菓子”を作るようなライブ感を大切に

――この映画の主要人物の性格を二つに分けると、一つが恋をしてしまうと脇目もふらず一直線に進んでしまう「みるめ君」と「えんちゃん」。もう一方が、大好きな人がいるのだけどそれを表に出さず静かに想い続け、いつか何か良いことがあると期待しているような「堂本くん」と「猪熊さん」。

猪熊さんもですか(笑)

――堂本くんと猪俣さんはとても似ている二人だなと思っているんですよ。

漁夫の利というタイプですよね。

――猪熊さんと教師のヤマダのような年齢がやや高めの人たちが、この映画の中での安定要素になっている気がします。人物描写の使いわけを上手くやっていらっしゃると思いました。逆に松山さんや蒼井さんのような若い役者さんを演出する際に、苦労はなかったですか? 

全然、苦労はなかったです。現場で私は何もやんないんで。「やってくださーい」みたいな。

――それは、脚本がしっかりしているからでしょう。

さきほども言いましたがプロットがしっかりしていれば、後は何をしても大丈夫と思っています。現場では、その人間に合わせていく作業しかしていません。現場ではライブの感じです。もう大丈夫と思うまでがっちりとプロットとか構造を決めて現場に入りますが、台詞などは流動性があります。現場では脚本で準備されたものを役者さんに超えてほしいという気持ちがあります。それを期待して待っているという感じです。
綿菓子って作ったことありますか? ざらめを綿菓子機に入れると、筒が回転してざらめが雲みたいになって舞い上がるじゃないですか。それを、箸で手際よく巻き取る感じですね。現場はそんな感じです。だから、どこに行くか分からないし、どこに着地するかわからない暴れ馬に乗っているような感じです。だから、予想では哀しいシーンになるかなと思っていても、楽しいシーンになっちゃったりすることもあるんですよ。それでも、良いシーンになっているならOKです。OKのラインだけはあって、それを超えるならどんな方法でもいいというやり方です。


――人がつくりだすその場の自然な流れを拒絶するのでではなく、むしろその流れをいかすんですね。

撮影には三週間や四週間というように、時間が決まっています。今回は四週で絶対撮らないといけなかったので、最も効率よく魅力的に人が見えるにはどうしたらいいのかと考えて、落としどころを見つけていきました。その役に人を落としていくよりは、役を人に近づけていって、魅力的なまま提示するというやりかたをとりました。

(C)2008「人のセックスを笑うな」製作委員会

(C)2008「人のセックスを笑うな」製作委員会

役者を信用すること

――今作は、『犬猫』を8ミリで作られた時のとことんまでやるという手法とは間逆なんですか?

すごく似ていると思います。でも『犬猫』は1年半くらい撮影していて、一度もうだめだというところまで落とし、もう一回上げていくみたいな感じだったんですが、プロの役者さんはそんな風にしなくても、役者を信用して大丈夫だということがわかりました。役者さんというのはそもそも魅力的な人たちがやっているものなんだと。もちろん、運良く魅力的な役者さんが集ってきてくれたというのもあるんですけど。魅力があると思う人となら大丈夫だと。

――蒼井優さんと松山ケンイチさんの身振り手振りから、恋をしている喜びがものすごく伝わってきました。例えば、映画館で働くえんちゃんをみるめが訪ねてきて、チケットをもらいますよね。その後、えんちゃんが手を後ろに組んで嬉しそうに階段を昇るシーン。あれもやはり演出なのですか? それとも蒼井さんが即興で演じたのですか?

私は細かいことは一切言っていません。どこをどう走ってなどは指示しますが。

――では、素の蒼井さん?

いえ、優ちゃんは色々自分で考えています。役者さんたちはそれぞれ自分たちがどうするべきかって考えてやってくださっていたと思います。こうして欲しいとか、私が言うことはありません。役者さんたちが考えている方向で良くなかったら、OKが出ないだけですから。その場合は「OKじゃない」と言い、「OKになるようにやってください」と言いました。

――今回、一番OKが出るのが早かった役者さんっていらっしゃいます?

一番OKが早かったのは春団治師匠ですね。春団治師匠は全部1テイクです(笑)。

――逆に拘っていた方というのは?

拘っていたのも春団治師匠です。くしゃみとか咳を、音だけ何回も録らせてもらいました。技っていう感じで、あたりまえかもしれませんがものすごく上手いんですよ。感動しました。

――また、ショットとかカットにあまり説明的なものはないような気がしました。切り返しショットもほとんどないですし。役者の体が半分以上見えるようなショットをスティルで撮っていることが多いような気もします。それは『犬猫』の時も受けた印象なのですが、それは一つの手法なのですか?

実は『犬猫』の方がもっとカットを割っているんですけど、それは単純に『犬猫』はスタンダードという正方形に近いサイズで、人が少し動くと切れちゃいます。そこで、カットが割れます。でも、今回はアメリカンビスタっていう横長のサイズで、二人の人物が入っちゃうんですよ。そうするとカットが割れない。ただそれだけのことなんです。

――なるほど。そういう画面のサイズの制限からきているんですね。

普通の人は割っていると思うのですが、私の場合芝居が持つならそのままいっちゃえ、芝居がいいなら1カットで見せようと思っているんです。芝居が落ちてきたらカットを割るつもりだったんですが、全然落ちなかったんです。ずーっと面白くて、どうしたらいいのか、どこで切ったらいいんだろうと思ってカットをかけませんでした。今回は割れるシーンが少ないことにびっくりしました。

――それだけ役者さんたちが素晴らしかったんですね。

そうです。



同録にこだわる理由

――全体的に、音にすごく拘られているような気がしました。音の撮りかたですが、あえて喋っている声にクロースアップするような録音の仕方ではなく、台詞の声を周りの音と同等に捉えているような気がしました。それも意識してやっているのでしょうか、もしくは何かしらの制約があったのでしょうか。

私はもともと録音部出身なので、同時録音は絶対したいというのがありました。同録しないならサイレント映画を作ります。

――アフレコではなく?

画面の中に映し出されるのは虚構の世界ですが、画面外の音が入ることで画面の外にも世界が広がっているということを表現したかったんです。そのため、台詞だけを立たせるのではなく、色んな音が聞こえるようにしました。遠くの方で犬が鳴いているとか、小鳥の声とか。全部入れたかったんです。

――とても自然な感じがしました。映画の場面を観ているというよりは、現実に起こっている出来事を目の前で見ているような感じがしました。それが新鮮でとても驚きました。そういう自然な感じを表現することにはすごく拘っていらっしゃるんですか?

自然さに拘っているというよりは、音は広がりがとても重要ですので、同録のマイク一本でとった音が良いと思っています。

――一本で全部の音を?

そうですね。状況がよければ一本で全部録れます。状況が悪い時はワイヤレスマイクを使ったりしないといけないんですけど、どうせ台詞もたいしたこと言ってないから聞こえなくていいのではと思う時もありましたね(笑)。

――そういえば説明的な台詞がないですね。

聞こえなくていいなと思うんですけど、スタッフみんなが聞こえないっていうので、今回は『犬猫』の時と比べてもうちょっと聞こえるようにしてみました。


フィッシュマンズのこと

――音楽にも拘っていらっしゃるのですか?

はい。『犬猫』では映画を作り始めたら、音楽が入る余地がなかったので、今回は音楽を入れようと思いました。

――HAKASE-SUNさんの音楽、素晴らしいですよね。フィッシュマンズの『MY LIFE』(映画の中ではMari Mariさんが歌う)を入れてくれるとは驚きました。フィッシュマンズに対する思いというのは強いのでしょうか?

そうですね、自分が映画監督になる前からずっと好きでした。

――今回ご自分が作られた映画にフィッシュマンズの「MY LIFE」を入れたことは意味のあることだったんでしょうね。

そうですね。これで悔いなく死ねる、みたいな感じですね(笑)。なんか本当にもう、HAKASE-SUNもすごくよくて。

――最後の質問となりますが、次回作のご予定は? 

今脚本を作っているところです。来年撮りたいと考えています。まだ内容は言えないのですが、原作ものです。


――楽しみしております。今日はお忙しい中ありがとうございました。

全ての女性が待っていた、切なさ100%の恋愛映画。
永作博美×松山ケンイチ×蒼井優×忍成修吾
――フレッシュにして豪華な<奇跡のキャスティング>
1月19日(土)より、シネセゾン渋谷ほかにて全国順次ロードショー
公式HP:http://hitoseku.com/

 【Story】
19歳の美術学校生のみるめ。
ある日、絵のモデルを20才年上の講師ユリに頼まれる。
その気まぐれで自由奔放な魅力に、吸い込まれるように恋に落ちた。
初めての恋に有頂天のみるめだったが、実はユリは結婚していた。
――恋する切なさ、楽しさ、滑稽さを、丁寧に映し出し、観るもの
すべての胸をしめつける。
『犬猫』でその才能が世界的に注目されていた井口奈巳、待望の新作。その透明感あふれる類まれな映像センス、役者本来の魅力を引き出す演出力は、さらに輝きを増し、井口ワールドは大きくスケールアップ、青春恋愛映画の傑作が誕生した。

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