シャバはつらいよ

第6回 「福祉」は引き算の美学!

 「いや、ステロイドの副作用もありますし、この炎天下では……。彼女とても病状が大変なので、屋外の走行確認はちょっと難しいです」

 同行してくれている区のワーカーのおばちゃんが、都のおねえさんに言ってくれた。

 「はあ……。やむを得ないですね。では屋内、施設内のルートを走行することで代替案としますか」

 氷の美女は、物憂げに「判断」をしてくれた。
 都の心身障害者センター内を、誘導してもらいながら、簡易型電動車いすのデモ機(テスト用)を使って実際に走行する。

 わたしは初心者なので、正直、運転がうまくない。電動車いすのコントロールをするレバーのようなものは「ジョイスティック」と呼ばれるのだが、これをてのひらで握りこむようにして操作する。

 つい「一気に押す!」「力いっぱい動かす!」と思ってしまうが、けっこう繊細にできていて、ちょっと触れただけでそれなりに言うことを聞いてくれるのだ。


「判定」はベルトコンベア

 何度も繰り返してなんだか申し訳ないが、ここは本当に、古びた田舎の公民館のようなところだ。大都市トーキョーの威光をまったく感じない。

 建物と建物のあいだの渡り廊下にさしかかった。今時、渡り廊下があるのもめずらしいが、スロープがあからさまな急ごしらえで、プラスチックの板で段差を覆って補強している。
 自分自身の走行確認よりも、ついつい建物の不備が視界にちらついて気になってしまう。

 指定のコースを走行した後、職員のおねえさんの「質問タイム」に入る。
 いよいよ、判定の最も重要な局面である。

 業者さんと何度も相談して、身体に合わせて丁寧に作ってもらった見積もりを、おねえさんが冷ややかなまなざしでみる。

 「座位保持は、あなたにはいらないんじゃないですか」

 「こういう形状のクッションは、どうして必要なんですか」

 つ、冷たい……!!

 「すみません、おしりに洞窟ができておりまして……申し訳ございません」

 福祉は、「引き算」の美学なのか……!

 工場のベルトコンベアにのっかって、かまぼこにされる前の魚みたいな気持ちになった。
 必死に抵抗しないと、このベルトコンベアに巻きこまれて、かまぼこにされるような気がする。くじけそうな心をなんとか持ちこたえて、病状や、疾患の医学的な特徴を一生懸命伝える。

 判定が終わって駐車場に出ると、業者のMさんが待っていてくれた。

 「おつかれさま~、大野さん汗びっしょりですよ、顔真っ赤。大丈夫?」

 「……はいいい」

 不安な気持ちを抱えながら、家路についた。
 結果は、「後日」出るらしいが、どのくらい時間がかかるのか聞いても「手続きが混んでいるんですよね、こちらもはっきりしたことは言えないので」と教えてもらえないし、わからない。一体、いつになったら、電動車いすに乗って移動できるようになるのだろうか。


難病の食卓

 身動きがとれなくとも、どんなに疲れて具合が悪くても、食べなくてはならない。
 しかも、薬を1日に5回服用するので、きわめて規則正しく3食を摂取しなくてはならない。
 難病の人が自宅で何を食べているかなど、これまで考えたこともなかった。マニュアルがあるわけでも、テキストがあるわけでもない。

 車いすの判定の手続きや、外来通院に追われながら、シャバ暮らしでどう食事をしていったらいいのかについても右往左往していた。

 この頃の3食の食事はというと、こんな感じである。

 「ルクエ」(一時期流行った、スペイン製のシリコンスチーマー)にざく切りにしたキャベツを入れて、オリーブオイルを少しだけ垂らす。塩こしょうをごくごく軽く、オレガノを少し振る。3分チンしたら「電子レンジのキャベツ蒸し」ができる。

 ミルクは、生協が玄関先まで配達してくれる低脂肪乳。液体は重いから、配達はとても助かる。マグカップに180cc、こちらもレンジでチンしてあたためる。タンパク質とカルシウムを毎日必要量摂らなくては、ステロイドを多く投与している身体はあっという間に筋肉がやせ細り、骨はスカスカになる。カロリーメイトゼリーを置いて、「朝ごはん」。
 そして、朝の薬を10錠一気に飲みこむと、もうお腹がいっぱいになる。

 身体を作っているタンパク質や必須栄養素、ミネラルやビタミンは摂取しなければならないが、薬の副作用を抑制するために、かなり厳格な食事の管理をしないといけない。
 脂質や糖質は、「ほんのちょっと」でいいのだ。朝、お米のご飯や主食を、わたしはとらない。

 お昼は、区の「1人暮らしの障害者」の人が使える配食サービスを利用する。栄養管理されたお弁当が(『腎臓病用』とか『糖尿病用』とか書いてある、病気はちょっと違うけれども、栄養素としてはよい)1日1食ぶん届く。
 昼も、7錠くらい薬を飲む。これでけっこう、満足感がある。

 夜は、なんとか「自分で作ろう」と思った。
 1日1食くらいは自分で料理したものを食べないと、「食べ物」に対する意欲そのものが減退するような感覚があった。
 皮膚が薄弱化していたり、筋力の低下、感染症にかかりやすいなど、料理という行為に難病はつくづく向かない。医療用のラテックス手袋をはめて、レッツ、難病調理にとりかかる。

 玄関にある段ボールを、カッターで開封する。
 真っ赤に熟れたトマト、ピーマン、変な形のきゅうり、名前がよくわからない新種っぽいかぼちゃ、オクラ、ナス、ホウレンソウ、小松菜、パプリカ、ネギなど、15種類くらいが隙間なくぎゅうぎゅうに入っている。

 野菜の水分で、ちょっと湿った白い紙が1枚、のっかっている。

 「さらささん からだには きをつけてね!」

 ムーミン手書きのお手紙だ。

 野菜は、重い。ヘルパーさんが来てくれる時間は1日1~2時間ととても短いし、買い物に行ってもらったらそれだけで終わってしまう。しかも、食べ物は高い。都心部のスーパーの物価はとくに高いので、野菜を買っていると、それだけで生活が圧迫される。

 ラッキーなことだが、福島の実家ムーミン谷のそばでは、おじいさんおばあさんたちが野菜を自家用に作っていたり、とても安い値段で直売所で売っている(値段のつけ方がダイナミックで、だいたい1袋100円くらい)ので、野菜はムーミンパパ・ママに頼んで定期的に送ってもらっていた。

 バリバリのビルマ女子時代は、1か月や2か月日本を離れることはよくあったので、実家からこうして野菜を送ってもらうということは、実は初めての経験だ。
 親って、すごいというか、真似できないなと思った。
 わたしがムーミンだったら、仕事に忙殺されながら、こんなにたくさんの種類の野菜を、ひとつひとつ新聞紙(福島民報)に包み、段ボールに詰めて送ったりできるかなあと考えた。

 トマトを1個、中からつかみ出す。
 調理済みのお弁当や、介護用のレトルト、病院のトレイにはない、畑から採ってきたばかりのトマトと土のにおいがする。

 力が入らなくてもお野菜を切るには、一体どうしたらいいか? 
 アマゾンでワンクリックで買ったインターナショナルなキッチン用品を活用する。
 医療用のメスと同じ材質でできていると話題の「GLOBAL」の包丁を、ご家庭用の包丁研ぎ機でシュッシュッと研ぐ。
 ずれない、軽い、アルコールでいつでも消毒できる「Joseph Joseph」のまな板にトマトを置く。けっこう、切れる。

 トマトの水煮缶を、開ける!
 最初、缶やペットボトルを開けられなくなったことにはかなり参った。開けるたびに、誰か開けてくれる人を探すわけにもいかないし。介護用品のHPで専用のオープナーを探して、購入した。
「らくらく実感オープナー」、105円!

 世の中には、「缶やペットボトルの蓋をあけられない」人がけっこうたくさんいるのではないか。飲み物の会社は「ペットボトルバリアフリー」を進めたほうがいいかもしれない。

 「ティファール」のお鍋に水を入れて、パスタをゆでる。ガスコンロを使うときは緊張する。病院内では火気厳禁なので、ガスコンロを使うのも1年以上ぶりのことだ。
 火傷をしたら、オオゴトだ。免疫抑制剤の副作用で治りがわるいうえに、感染症の感染源となってしまう。

 発病前は、上野のアメ横地下でスパイスを何種類も買いそろえて作るビルマカレーから、忙しいときのサッポロ塩ラーメン、ふるさと福島で隣組のお葬式でお出しする大なべのけんちん汁まで、大抵のものは作っていたし、料理はただ単純に愉しかった。

 ところが今は、いかにして労力とリスクを減らすかに頭を悩ませる。
 おいしいに越したことはないが、安全かつ効率的に作業を進めることが最優先だ。

 入院中は、管理栄養士さんが3食、何もかも考えて準備してくれた。食欲がない時は「大野さん、お皿に残っている量がちょっと多いですが、どうやったら食べられるか相談しましょう」と気にかけてくれた。今は、3食、自分で自分のことを気にしないといけない。

 しみじみ考えていると、あっという間に5分くらい経過する。パスタが茹で上がる。
 あわてて金ざるをシンクに置いて、注意深く、ゆっくりとパスタをざるにあける。

 別のティファールのフライパンをセットして、オリーブオイルを少しだけ。そこにさっき切ったトマト、封を開けたトマト缶と、生協のジェノベーゼソースを足す。
 無理をしすぎるのはよくない。何もかも完璧にやろうとすると、途中でバテて倒れ込んでしまう。味付けの仕上げは、生協のソースで十分。パスタを入れて、トマトのパスタ、難病風の出来上がり。

 ああ、疲れた、と倦怠感を感じながら、喉につまらせないように食べる。
 夕食後の薬、7錠。


ツイッターのご近所さん

 iPhoneのお薬アプリが、「お薬の時間ですよ~」と事前に設定した服薬時間を告げてくれる。さきほど夕食後の薬を飲んだが、その4時間後にはまた飲まなくてはならない。

 眠前薬を飲んで、バターリとベッドに倒れ込む。iPhoneを見て、ツイッターのアプリをちょっとだけチェックする。ツイッターのアプリはたくさんあるが、わたしはシンプルな「Echofon」というものを気に入って、使っていた。

 自宅から半径500メートルしか外出できないわたしにとって、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)は、「外」にいる人たちのささやきや様子をうかがい知る、とても大事なツールだ。

 喋る人工呼吸器ユーザーのご近所さん、「せちろうくん」と知り合ったきっかけもツイッターだった。

 この頃、わたしは難病の人や目に見えにくい障害の人の社会制度があまりに未整備なことを世の中に伝えられるような、ホームページか何かを作りたいなあ、と考えるようになっていた。

 なんのあてもなく、脈絡もなく、「ホームページ、つくりたい……」とつぶやいてみた。
 すると、なんと、「つくれるよ」とすぐ返答をくれたフォロワーさんがいた。

 ダイレクトメールという、フォロワーの人にだけプライベートメッセージを送信できる機能があるのだが、それでメールアドレスを聞いて、直接やりとりをした。なんと、この方もわりと都内の「ご近所さん」であることがわかった。

 おまけに、紛争地域、辺境地域、アジアのたいへんな場所について興味を持っていて、東京外国語大学の伊勢崎賢治先生のファンらしい。わたしが元ビルマ地域研究をしていたことをツイッター上で知って、関心をもってくれたようだ。

 「難病のこととか、社会制度のこととかはぜんぜんわかんないけど、とりあえずまあ、役に立てるかどうか話をしてみましょう」と言ってくれた。

 わたしの家のいちばん近く、徒歩30秒の喫茶店に、小玉さんは自転車でさーっと現れた。
 ちょっとかっこいい自転車、ハンドルはトンボ型。40歳前後に見える。そしてカジュアルなリュックに雑誌「ビッグイシュー」を差し込んでいる。いかにも、現代的!

 「サラリーマンの人だ!!」

 わたしは感激した。

 もうこの先二度と、サラリーマンの方と遭遇することなど、ないのではないかと思っていたのだ。

 奇妙だと思われるかもしれないが、病院に一定期間以上長期入院すると、そんなふうに思うようになる。自分は完全に社会から断絶し、孤立し、つながりを失っていると感じる。

 通常、わたしのことを「希少難治性疾患の患者さん」と知っている場合、病院の職員さんも区の職員さんも、「患者さん」であるわたしに語りかけてくるし、お互い「役割」の中でしか話をしない。ところが、小玉さんの第一声は、至極「ご近所さん」の語感であった。

 「大野さん、ここ、飲み物なにがおいしいの?」

 「ソイラテ(豆乳のカフェラテ)が、おすすめです!!!」

 わたしはさらに感激しながら応えた。

 「わたし、メーカーでモノづくりとかしてるんだ。福祉とか障害とか、医療とかはぜんぜんしらないんだけどさー」

 「はあ、どういうお仕事なんですか」

 「うーんとね、説明するのが難しいんだけど、なんかこう、ひとつの工業製品を作るためにいろんな人とか部署とかがそれぞれバラバラに関わるわけじゃない? そういうのをさ、こう、まとめるような仕事」

 「はあー、そんな仕事があるんですねえ」

 「で、ホームページ作りたいってつぶやいてたけど、どういうの?」

 わたしは小玉さんに、自分の状況や、日本の障害や難病の制度が当事者からするととても不備が多いことを、ざっくばらんに話してみた。

 「はあ……なるほど。『ユーザー目線』になってないってことか」

 「そうですそうです!」

 さすが、サラリーマン! 問題の本質についての理解がとても速い。

 それを、当事者目線で社会に発信する場がないということも話した。

 「ああ、だからホームページつくりたいってことかあ」

 「そうです! そうなんです!」

 小玉さんと、これからも「作戦会議」を定期的に開いていこうということになった。
 

すれちがい

 杖でトボトボと家に戻り、遠くにいる「彼」にまたメールを送った。

 『ツイッターで知り合った人が、ホームページを手伝ってくれるかもしれない』

 『はあ? ツイッターで知り合った人って何? 会ったの?』

 『うん、会ったよ』

 『どこで、なんで、どうして俺に言わないの』

 『え』

 『危ない人だったらどうするわけ、そもそも事前に俺に何も言わないで男と2人で会うとかありえないよ』

 『え』

 え。

 iPhoneの画面上の文字を見ながら、思考停止してしまった。
 わたしはビルマ難民研究時代、タイ─ビルマ国境のジャングルで現地の少数民族の男性スタッフとフィールド調査のために夜明かししたり、仕事の打ち合わせで男の人と2人だけで会うことを、自然なことだと思っていた。

 まさか、「彼」を怒らせてしまうなんて、思ってもみなかった。喜んでくれるかと思って、メールをした。

 もしかしたら、わたしはすごく鈍感なんだろうかと、この頃から思い始めた。

 


プロフィール

大野更紗(おおの・さらさ)
1984年、福島県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒。
明治学院大学大学院社会学研究科社会学専攻博士前期課程。
学部在学中にビルマ(ミャンマー)難民に出会い、民主化運動や人権問題に関心を抱き研究、NGOでの活動に没頭。大学院に進学した2008年、自己免疫疾患系の難病を発病する。
1年間の検査期間、9か月間の入院治療を経て退院するまでを綴った『困ってるひと』で作家デビュー。
2012年、第5回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞受賞。
Blog: http://wsary.blogspot.com/
Twitterアカウント: @wsary
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