落語こてんパン

第六十九回 居残り佐平次

 「えー、お遊び場所がたくさんにあります中をご来場頂まして、誠にありがとうございます……」
 と、これはマクラの冒頭での、噺家の常套挨拶のひとつ。
 でも実際そうですよ。世間には娯楽が溢れてる。その中で、落語を聞きに足をお運び下さるってのは……ありがたい事です。
 映画ってのも、たくさんある娯楽のひとつですが、落語絡みの映画ってのもいろいろとありまして。
 例えば、落語家という職業を主役にしたもの、落語界を物語の舞台にしたもの。このタイプの作品、古くは『羽織の大将』『泣き笑い地獄極楽』『鬼の詩』『春だドリフだ全員集合!!』『の・ようなもの』、近年では『しゃべれどもしゃべれども』『落語娘』等があります。また、実在した落語家を主人公に描いた作品には『おかしな奴』『世にも面白い男の一生 桂春団治』『色ごと師春団治』等があります。
 それから、落語家が出演している映画。これはもう、数え出したらキリがない。最近では笑福亭鶴瓶師匠が主演の『ディア・ドクター』が記憶に新しいですね。落語家が大挙して出演している映画ってことになると、昔の『落語野郎』シリーズ、近年では林家しん平師匠が監督した『深海獣レイゴー』『深海獣雷牙』等があります。
 そして、落語家が原作者である作品。近代落語の祖と言われる三遊亭圓朝師匠の怪談噺は幾度も映像化されていますし、近年では立川志の輔師匠の『歓喜の歌』が映画になりました。
 それから、原作者が誰かも判然としない、所謂“古典落語”をモチーフに作られた映画。僕ね、山田洋次監督の『運が良けりゃ』が大好きなんですわ。
 そして何と言っても、日本映画史に燦然と輝くのが『幕末太陽傅』!
 川島雄三監督、フランキー堺主演のこの名画、そのストーリーの核となっているのが、廓噺の傑作『居残り佐平次』なのであります。
 
*     *     *
 
「一晩泊まってワッと陽気に遊んで、一人一円の割り前で、どうだい品川あたり繰りこまねえか?」
 そう誘われて、いいねェ行こうじゃねぇかと友達連中、品川へ繰り出した。
 陽気に呑んでわッと騒いで各々に敵娼(あいかた)がついて一晩泊まって、翌る朝。
「さ、約束通り一円ずつ……おぅ、じゃあそれをな、俺ん家ィ行ってお袋に渡してやってくれねぇか。年寄一人、そいだけありゃしばらくは食い繋げるだろうから。俺ぁしばらくこの見世で居残りをすらぁ。かまわねぇからお前達ゃ帰ってくれ」
 居続けってのは、何日か泊まって遊んでいくことで、これは羽振りのよい遊び。
 ところが居残りとなると、金が払えなくって見世から出られないこと。自ら進んでわざと居残ろうってんだから穏やかじゃない。
「心配すんな。実はここんとこ、ちょいと具合が良くなくてな。医者の言うには、海っぺりの空気のいい所で、旨い物食ってぶらぶらしてるのが何よりの養生だってんだ。あ、それなら品川がいいや……とこういう訳よ。だからな、俺のこたぁほっといていいから、お前達は帰ってくんねぇ」
 友達連中を帰してしまう。
 さぁ客のふりして一人居座っていると、頃合いを見ては代わる代わる若い衆がやって来る。しばらくはのらりくらりとかわしていたが、いつまでもそうは続かない。
「なんだお前、居残りか?! とんでもねぇ野郎だ、布団部屋ィ入ってろい!」
 と居残り生活が始まったが……まぁこの男が器用な奴で。
 昼間、見世が暇な時間帯には、女の子達のところへ廻っては、やれ繕いものをする、お使いを買って出る、手紙は書いてやると、かゆい所へ手が届く気遣いぶり。
 それどころか、ひょんな事からほうぼうの座敷に顔を出すようになる。これがまた、座持ちがいいからたちまちの客の評判に。
「あぁ、幇間(たいこもち)なんぞいいから、居残りを呼んでくれ」
 なんてんで、お座敷がかかるほどの人気者。
 こうなると、座敷での祝儀をひとり占めにされた妓夫太郎連中が黙っちゃいない。
 あいつなんとかして下さいよ……と見世の主に頼むと、
「わかった、じゃあここに呼びな……あぁ、来たか居残りさん、そこへ座んな」
 居残りに話を聞くと
「旦那、実はあっしは……へい、人殺しこそ致しませんが、まぁ悪いことは大概やってきた男で。ここへもいつ捕り方が来るか知れません」
 そんなに悪い人だったのかい?! わ、わかった。借金は棒引きにしてやるし、お小遣いもあげよう。着物も支度してあげるから、だから早く出てっておくれ。これ以上こっちも関わりになりたくないから……。
「旦那、ありがとうございます」
 表へ出る。歩き始めると若い衆の一人が、
「おい居残りさん、いつまでもこのあたりをふらふらされてちゃ困るぜ。どっか遠くへ行ってくんなよ。」
「おぅ……しかしお宅の旦那は良い人だなぁ」
「そりゃお前、この界隈じゃ仏と呼ばれている方だ」
「悪く言やぁ馬鹿だ」
「なッ何ィ?!」
「人の話を真に受けて、小遣いから着物までくれなすったぜ。おゥ、お前もこの顔は覚えとけよ。俺ぁな、吉原(なか)でも千住(こつ)でも相手の仕手のねぇ、居残りを商売にしてる佐平次って者だが、おかげでいい稼ぎになったぜ。じゃあな、あばよ!」
「えッ?! とんでもねぇ野郎だ」
 この話を聞いた旦那、
「畜生、どこまで人をおこわにかけたのか」
「へへ、あなたの頭がごま塩ですから」
 
*     *     *
 
 遊廓で有名なのは吉原だが、品川、新宿、板橋、千住も四宿といって、つまりそういう街だった。その品川を舞台にした噺には、他に『品川心中』等がある。
 落げ、わかんないでしょ? わかる訳ないです。“おこわにかける”なんて、死語以前の言葉だもんね。〝恐れ入谷の鬼子母神〟のほうがまだ日常の会話で使うやね。つかわねぇか。
 むかーし昔、人を騙すことを俗に“おこわにかける”といったんだそうです。で、おこわにかける→お赤飯(こわ)にかける→ごま塩、とそういう落げなんですね。だから、いろいろと工夫して変えて演っていらっしゃる方も少なくありません。
 代表的な廓噺のひとつです。確かに人は騙すんだけど、女を騙すとか女が騙すとかじゃないから、カラッとしてていい。騙される見世の方に悪いところは何もないんで、まぁ気の毒ではあるんだけど、なんだか痛快じゃありませんか。
 戦後の古典落語黄金期と呼ばれた時代の名人では、五代目古今亭志ん生師匠と六代目三遊亭圓生師匠が得意とされていました。平成の名人では、亡くなった古今亭志ん朝師匠。面白かったなぁ……。
 現役では、立川談志師匠の『居残り』が素晴らしいです。我が落語協会では、たしか柳家小満ん師匠が演っておられる筈ですが、とても残念なことに僕はまだうかがったことがありません……。
 僕の師匠、さん喬の持ちネタにもありますが、まず滅多に演りません。二十年以上弟子やってて、僕まだ聞いたことありません。
 そうそう、新作派の闘将、三遊亭圓丈師匠が、数年前に古典の封印を解き、この噺を演られました。
 僕もですね、いつか演ってみたいとはずっと思ってるんですが……ただ、合わないだろうな俺には……。それに何しろ大ネタだしね。いや、難しい噺ですよ『居残り』は……。
 ただね、他んとこにも書いたり喋ったりしたんですけど、もし演るんならこう演ってみたいってのはあるんです。
 主役、佐平次のモデルをね、東宝の無責任シリーズの、故・植木等さんで演ろうと思って。なんかホラ、口先で調子よくス〜イスイっといく感じ、ね? 佐平次っぽくないスか?
 敬称略で申しますと、見世の主がハナ肇、妓夫太郎が谷啓、一緒に遊びに行く友達が犬塚弘、桜井センリ、安田伸、石橋エータロー。花魁が淡路恵子。ね? これいいでしょ?
 前回、御紹介したのが『悋気の独楽』でした。落研時代の同期、W君の『悋気の独楽』がとても好きだったと、前回書きました。
 思い出話で恐縮ですが、当時、ウチの落研の夏合宿ってのが結構、厳しくってね。八月の下旬に七泊八日、最後の二日間で合宿地の公民館や集会場を借りて発表会を催すんです。合宿中、多少レクリェーションめいたこともやりましたが、基本的には、発表会に向けて朝昼晩と稽古稽古の毎日でした。
 三班から四班に分けて、一、二年生が喋って三年生が指導、四年生は自由参加。OBは二、三人が来たり来なかったり。
 僕が一年生だったときに同じ班だった二年生が、K先輩。その夏、僕は『道具屋』を、K先輩は『居残り佐平次』を稽古してました。
 どちらかというとガッシリした体つきなんだけど、飄々とマイペースで、色が黒くてパチンコが好きで、ヘビースモーカーで、いつも赤いジャンパーを着てて、一浪してたから僕より二歳年上だった、K先輩。
 そのK先輩が、今年一月の下旬に亡くなったと、S先輩からのメールで知りました。二十年以上お会いしてなかったからちっとも知らなかったけど、近年、闘病していらしたそうでした。
 僕の同期もみんな驚きました。Wからは、
「この世にも居残って欲しかった」
 というメールが返ってきました。
 
 

  おかげさまで『落語こてんパン』が一冊の本になりました!

  ぜひお手元でお目にかかれますように。

  ポプラビーチでの連載も続きます。今後とも、どうぞよろしくお願いします。

                                       ~編集部より~

 

プロフィール

柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)
1963年東京生まれ、落語家。平成元年に柳家さん喬へ入門、平成12年に真打に昇進。古典、新作、両方で発揮される独創性と工夫に評価が高い。現在「週刊文春」はじめ、連載も多数持っている。

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