落語こてんパン

第七十五回 死ぬなら今

 

 いや実際のところ、まさかこの噺をこの連載で取り上げるとは思わなかったよ自分でも。

 つか正直、忘れてました。そういや、ずいぶん聴いてないもんこの落語。今うちの協会で、普段からこの噺を演ってる人って、どれくらいいるのかなぁ……。持ちネタの一つにはあっても、実戦配備してる人って、どれくらいいるんだろう?

 どういう噺かというとですね……。

 えーっと……。

 ……あれ? どういう噺だったっけ……。

 

*****

 

 落語にはケチな人間なんてのがよく登場しますが、この噺に登場するお店の旦那も相当なケチ。粗食に甘んじて金を貯めていたが、患いついてしまい、もう死は目前。親戚連中に見守られながらの遺言は、

「あたしもいろいろやってきて、極楽に行けるとは思わない。地獄の沙汰も金次第ってぇから、閻魔の横っツラに金ェ叩きつけて、極楽に行っちまおうと思ってるんだ。貯めた金のうち三百両ばかり、早桶の中に入れとくれ。頼みましたよ」

 そう言い遺してこときれたが、

「どうします?」

「天下の通用金、しかも三百両って大金だ。焼いちまうのはもったいない。仏にゃ悪いが、本物じゃなく、芝居に使う小道具かなんかで間に合わせましょう」

「うん、そうしましょう」

 ってんで、親戚連中、作り物の三百両を早桶にいれ、荼毘にふす。

 そうとは知らず旦那はあの世へ。

「へへ、閻魔様、これでひとつよろしく……」

 と賄賂を差し出すと、

「ん? ウム……んん……そうか。ああ、あの、なんだ。……極楽へ通ってよいぞ」

 ありがとうございますってんで旦那は無事極楽へ。

 さぁ閻魔の庁の面々は大喜びで。

「大王様、久々に景気の良い話ですな」

「まことにのぅ。しばらく地獄も景気が悪くて弱っておったから、正直、この三百両はありがたいな。どうだみんな、久しぶりにパーッとやるか!」

「ありがとうございます! お供致します」

 街へ繰り出して呑んだり食ったり女の子をはべらしたりの大豪遊。

 しかし使っているのは贋金だ。これが当局の耳に入ったからさぁ大変。すぐに手が回って、閻魔大王以下、牛頭馬頭だの見る目嗅ぐ鼻だの赤鬼だの青鬼だの、残らず牢屋にぶちこまれちまった。

 だから今、地獄には怖い連中は一人もいなくなっている。ですからね、この噺をお聞きの皆様……。

 死ぬなら、今。

 

*****

 

 そうそう、たしかそういう噺でしたよ。思い出した思い出した。

 彦六になって亡くなった、先代の林家正蔵師匠がちょくちょくお演りになっていたそうです。残念ながらうかがった事はないんですが、先代正蔵師のお弟子さんの、桂藤兵衛師匠が今はお演りになっているようです。

 まだ僕が素人時分、たしかテレビで、春風亭小朝師匠の高座で拝見した事があると記憶してます。三遊亭圓窓師匠が独自に工夫された一席を、ラジオで拝聴した覚えもあります。

 生だと、四代目の桂三木助師匠。生前、寄席でよく演ってらっしゃいましたね。懐かしいなぁ……そうだ、三木助師匠、よく演ってた演ってた。

 元は上方の落語だそうです。

 

 地噺の一つといっていいでしょう。荒唐無稽なるが故に、その気になればいくらでもギャグを入れられる。そういえば、地獄を舞台にした古典って、『地獄八景亡者戯』にしても『お血脈』にしても、地噺の要素が強いですね。まぁ、あり得ない世界の噺を面白可笑しく語るんだから、どうしたって説明の部分が多くなる。自然、地噺の態(てい)をとらざるをえない……ってことでしょうかね。

 構成としてちょっと面白いのはね、落げのつけ方。登場人物の台詞としてではなく、演者自身の台詞で落げになるってのは、地噺では『源平盛衰記』や『西行』にも例がありますし、地噺じゃなくても『麻のれん』『花筏』『柳の馬場』『蛇含草』『そば清』なんてネタがありますが、『死ぬなら今』の落げは、もっと直接的に客席に語りかける形をとっている。そこに至るまでは、荒唐無稽とはいえ、地噺として普通に進行していって、落げんところでなんとなく空気が変わる。そこがこの噺のミソと言えるでしょう。

 

 ただ、よく考えると“死ぬなら、今”じゃないんだけどね。だって、地獄の面々は三百両の贋金を使って捕まった訳だから、理屈で言やぁ江戸時代の話で。平成の現在に至るまで牢に繋がれてもいないでしょうから、死ぬなら今じゃないんだけどね。

 まぁそんなこと言い始めたら、落語なんて面白くなくなっちゃうけどね。

 

 幕末から明治にかけての名人、三遊亭圓朝師匠の御法要を柱として、圓朝まつりというファン感謝イベントを、毎年八月、我が落語協会で催してまして。今年の圓朝まつりにも参加して、お客様方が有難いことに、僕のとこにもサインお願い写真お願いと来て下さいました。

 その中のお一人に、

「喬太郎さん、いつかそのうち『死ぬなら今』演って下さいよ!」

 とリクエストを頂いたのです。

 へぇ、『死ぬなら今』……!? 面白い新作創ってくれとか、古典の大ネタ演ってくれとかじゃないんだ……。え、でも何故『死ぬなら今』?

 リクエスト下さった方にその理由は訊きそびれてしまいましたが、久々にこの噺を思い出させてくれました。

 それで今回、この噺を取り上げてみた次第。

 今まで思ってもみなかったけど、ウン、いつか演ってみようと思います。

  おかげさまで『落語こてんパン』が一冊の本になりました!

  ぜひお手元でお目にかかれますように。

  ポプラビーチでの連載も続きます。今後とも、どうぞよろしくお願いします。

                                       ~編集部より~

 

プロフィール

柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)
1963年東京生まれ、落語家。平成元年に柳家さん喬へ入門、平成12年に真打に昇進。古典、新作、両方で発揮される独創性と工夫に評価が高い。現在「週刊文春」はじめ、連載も多数持っている。

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