落語こてんパン

第七十三回 たがや

 
 来たねェ夏が! 暑いねェ暑いよォ夏だよォ。
 西瓜だねェ浴衣だねェ生ビールだねェ。もっとも生ビールは一年中だけどね俺はねェ。
 海だプールだ素麺だ屋形舟だ! そういや、屋形舟の余興の仕事、最近無いなぁ。
 それから、花火。
 日本全国ほうぼうで、花火大会が催されます。どこの花火も立派で、見とれますね。
 都内だけでもいろいろと大会がありますが、江戸と言やぁ両国の川開き、隅田川の花火大会。夜空に開く大輪の花、ごったがえす見物の雑踏。
 そこで起こった凄惨な殺戮劇を、テンポよく明るく描いた噺が『たがや』であります。
 
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 橋の上玉屋玉屋の声ばかり何故に鍵屋と言わぬ情(錠)無し。
 打ち上がり夜空に花火が開くたび、「た?まやァ?……!」の声が飛び交う両国橋。
 群集雑踏を極める中、馬に乗ってやってきたお殿様。供の侍が二人、槍持ちが一人。槍を一本突いておりますから、人数が少ないとはいえこれは正式な行列で。
 芋を洗うような中、馬で通れる訳はないが何しろ士農工商の時代、侍には逆らえない。見物連中、仕方がないってんで渋々に道をあけてやる。
 反対方向からやって来たのが一人のたが屋さん。桶屋じゃあない、たが屋。桶のたがを締めていく商売。大きな道具箱を担いで、たがに使う青竹をしならせて満月の如く丸め、肩に引っ掛けて両国橋にかかる。
「いけねぇ今日は花火だ……。こん中を突っ切っていくのも骨だが、家じゃ年老いたお袋が待ってんだ。早くに帰って飯を拵えてやらねえとひもじい思いをさせちまう。今から永代をまわりゃあ遠まわり、仕方がねぇ行っちまおう」
 とは言え固く角張った大きな道具箱を担いでいる。そいつが人に当たるたび、
「痛ぇなこの野郎!」
「何ォしやがんだ!」
 小突かれ小突かれ、開かれた道に飛び出した。転んだはずみに引き絞った青竹の止めが外れる、しなりの強い竹だから、ツッ、ツッ、ツッ、ツッツッツッツー……ッと伸びる。その先端が、間の悪いことに殿様の鼻をかすって陣笠をポーンとはね上げる。笠はゆらゆらと大川に落ちてゆく……。
 さぁ供侍の怒るまいことか、
「無礼者、それへ直れッ!」
「ごっ、ご勘弁を願います!」
「勘弁ならん、手打ちに致す!」
「家じゃ年老いたお袋が腹ァ空かせて待っております。年寄に免じて堪忍してやっておくんなさい」
「黙れ黙れッ、勘弁できん!」
 どう謝っても頭を下げても頑なな侍に、たが屋もとうとう堪忍袋の緒を切らし……。
「ふざけるねェ丸太ン棒!」
 啖呵を切って喧嘩を売って……いや喧嘩を買ってか、さァこれから捨て身の反撃が始まる、両国橋に血の雨が降る。
 
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 地噺と呼ばれる落語がありまして、以前に御紹介した『目黒の秋刀魚』もそうでしたが、登場人物の会話よりも、演者自身の地の語りで進めてゆくタイプの噺。他に『源平盛衰記』『西行』『紀州』『袈裟御前』なんてネタがありますが、この『たがや』も、代表的な地噺のひとつですね。
 こういうタイプの噺は、演者が地で喋りますから、その気になれば自由自在にクスグリが入れられる。七代目林家正蔵師匠から受け継いだのでしょう、その実子たる先代林家三平師匠が得意にしていらした『源平盛衰記』。さらに斬れ味鋭く十八番となさった立川談志師匠、那須の与一のエピソードに焦点を絞って『扇の的』と題してお演りになる春風亭小朝師匠、寄席の落語の雰囲気で楽しさ満載だった十代目桂文治師匠……たとえば『源平盛衰記』は、大先輩方が、工夫をこらして素晴らしい高座を繰り広げておられます。
 近年いろんな方が演じられる『芝居の喧嘩』って噺があって、これもカテゴリーとしては地噺のひとつと言ってもいいんでしょうけど、僕の認識としては、むしろ釈ネタという括りですかね。たしか先代の神田山陽先生が出どころの、元は講釈ですからね。
 『たがや』は古くから演じられてきた江戸落語で、釈ネタというわけでもないでしょうけど、そこそこカッキリ出来上がってるというか……自由度は『源平盛衰記』に比べて、少ない気がしますね。『源平?』が自由ったって、大阪の桂三枝師匠なんか『源平盛衰記』を、『生中継源平』と題して、テレビ中継バージョンの新作に作り変えてらっしゃいますからね。
 もっとも『源平盛衰記』は、時間の流れも舞台もスケールが大きいから、自由に工夫を加え易い。『たがや』は「その日起こったひとつの事件」を扱っているから……もちろん架空だけど……細部まで流れが決まっていて、そうそう演出を変えにくい。

 とは言えね、現在演じられている多くの『たがや』と、本来演じられていた『たがや』とは、大事なところの演出が、大ーきく違うんですよね、これが。
 
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 啖呵を切って喧嘩になったたが屋、一人の侍から錆びた刀を奪うと、えいやッてんで次々と供侍をやっつけてゆく。
 町人が侍をやっつけていくんだから見物の連中もスカッとして気持ちがいい。頑張れたが屋たが屋負けるなの大合唱。
 いよいよ自分の出番かと馬から飛び降りたお殿様、槍持ちから槍を受け取るとたが屋と対峙する。折から上がった花火にあたりは真昼の如く明るく照らされる。
 殿様がエイッと槍を繰り出す、ひらりッと体をかわしたたが屋、刀で槍の穂先をスパッと落としてしまう。しからばと殿様、腰の刀に手が掛かったが、ひと足先に踏み込んだたが屋の方が早かった。スパッ! と横に払った一文字、殿様の首が宙天高くスポーンと舞い上がる。見ていた連中が、
「上がった上がった上がったぁ!」
「たーがやァー……」
 
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 花火の掛け声、「たーまやー」と引っ掛けた「たーがやー」の落げで、この噺は終わりになります。
 この噺の作者は、要はこの落げが言いたくてこのネタを創ったんじゃないかと、新作派の柳家喬太郎としては、そう思うんですけどね、えぇ。

 士農工商なんて価値観がまかり通っていた日本だ、物の分からない侍の首を町人がはねりゃ、そりゃ寄席の客は気持ちいいですわな。

 でもね、本来は違うらしいです。
 元々この噺の落げは、殿様がたが屋の首をはねて、見物連中が
「たーがやー……」
 ってんだそうです。
 そらそうだわな。刀を使っての喧嘩、町人が侍にかなう訳がない。第一、ここでたが屋が勝ったって、侍を何人も殺してるんだ、たが屋は御詮議のうえ打ち首になるでしょう。年老いた母親だって、悲しい仕置きを受けるかもしれない。どっちにしたって、たが屋は命を落とすでしょう。
 それに、今まで声援を送っていた観衆が、たが屋が首をはねられると、掌返したように
「たーがやー」
 ってのも、落語らしい。まぁ人間って、そんなもんかもしんないスよね。
 現在、この型でお演りになるのは、立川談志師匠です。

 ただ、まぁ、あんまり後味よくないから……でしょう。殆どの場合、たが屋が勝ってこの噺は幕を閉じます。そのあと、たが屋とその係累がどういう裁きを受けたかとか、そういう事は考えない! そこには目を瞑って、ハイもうこの噺はおしまい!
 テンポよく聞いてスカッと終わる、そういう、夏の落語であります。

 えっとちなみに、桶のたがを締めていくだけの、たが屋なんて商売は、実際には無かったと……そんな風に聞いた覚えがあります。
 それが本当だとしたら……この噺、どんだけ無理矢理に成立させてんだよ、ってネタですよねぇ。
 

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イベントのお知らせ

新しくオープンする、東京芸術学舎で、
喬太郎さんの落語二席&トークイベントが開催。
参加費は無料、ただし先着順で〆切となるので、
お申込みはお早めに!

7月14日(水)13:30ー15:30
場所:東京芸術学舎

お申込みの詳細はこちらから:http://gakusha.jp/event/culture.html
 
 
 
※おかげさまで満員となりました!

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  おかげさまで『落語こてんパン』が一冊の本になりました!

  ぜひお手元でお目にかかれますように。

  ポプラビーチでの連載も続きます。今後とも、どうぞよろしくお願いします。

                                       ~編集部より~

 

プロフィール

柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)
1963年東京生まれ、落語家。平成元年に柳家さん喬へ入門、平成12年に真打に昇進。古典、新作、両方で発揮される独創性と工夫に評価が高い。現在「週刊文春」はじめ、連載も多数持っている。

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