illustration:宮尾和孝
第五回


(2「厩舎街のペルソナ」つづき)

     9

 一呼吸おいて、康徳が話を再開する。
「スーパーガッツがどうして特別な馬か、山辺は理解しているか」
「中央競馬のオープンを勝って、重賞でも入着しているからでしょう」
 啓は父から得た情報をそのまま活用した。康徳が頷く。
「そうだ。ではもうひとつ訊くが、そんな馬がどうして地方競馬に来たか、わかるか」
 中央では通用せず、不要になった馬の受け入れ先。啓が調べた限り、地方競馬にはそう
いう側面が色濃く存在する。けれどスーパーガッツは中央で通用している。
「新川はどうだ」
 返事に詰まった啓の代わりに、康徳は奈津へ話を向けた。
「え……」
 奈津もまた返事に詰まる。厩舎街の住人である康徳を前にして、奈津の心が萎縮するの
はやむを得ないことだった。ただ、普段の奈津は無視される。今は康徳から問いかけた。
この差は奈津にとって小さくない。訥々とだが、奈津はスーパーガッツの地方入りの理由
を語り始めた。
 中央のレースは芝中心である。対して地方のレース体系はダート専門に近い。そのため
ダート適性の高い中央馬は、地方への遠征を積極的に行う。実力馬ほどその傾向が顕著に
なるのは、ダートの大レースが中央では滅多に行われないためである。
 が、地方のレースは根本的に地方馬のために実施される。中央馬に与えられる出走枠は
特例的なもので、具体的には一レースにつき五頭ほどの狭き門となっていた。貴重な枠は
獲得賞金順で出走希望馬に分配される、といえば公平に聞こえるかも知れないが、中央馬
にとって賞金を得る最良の手段が地方遠征であることを忘れてはならない。次に地方へ遠
征するのは、前に地方遠征で稼いだ馬。いつもその繰り返しで、出走枠は常連の馬たちに
独占される。ここ数年、そんな偏った状況が慢性的に発生していた。
 だったらいっそ、地方馬になってやる。それなら地方のレースに大手を振って出走でき
る。前途有望な中央馬が積極的に地方へ移るようになったのは、そういう制度上の問題に
影響された部分が大きいだろう。
 奈津の説明を聞くと、康徳は満足げに頷いた。
「正解だ。スーパーガッツはダートを求めて地方に来た」
「ただ、不思議なことがあります」
 控えめな声で奈津が言うと、康徳はまた深々と頷いた。
「そうだな。数ある地方競馬の中で、何故スーパーガッツはうちに移籍したのか」
「はい」
「スーパーガッツほどの馬なら、同じ地方でも規模の大きい競馬場へ移るのが普通だ。間
違っても閉鎖問題の渦中にある競馬場に預けられはしない。そこで……」
 康徳の鋭い視線が啓を捉える。
「なぜ西脇に馬を預けたのか、という話に戻るが、それにはうちの弟が関係している」
 啓と奈津は顔を見合わせた。康徳の弟の雄平は騎手をしている。それも勝ち星リーディ
ングを独走する名手である。
「山辺は弟に会ったことがあるか?」
「ちょうど今日、競馬ライターがスーパーガッツの取材をしているときに」
「だったらわかるだろう。弟は照れ屋だ。それも極度の。とくに女とはまともに話せなく
て、目を合わせるのも一苦労だ。おかげで三十を過ぎても独り身でいる。情けない」
 非難の言葉を、康徳は苦笑いを浮かべて口にした。
「だから相手を見つけろと俺も急かしていたが、そこを西脇に付け込まれた」
 一転して、康徳の表情が険しいものに切り変わる。
「あの男はな、自分の娘を雄平に近付かせた。雄平を口説かせた。何故だかわかるか。厩
舎内での自分の立場を強めるためだ」
「そんな……」
 奈津が呆然とした表情を浮かべる。
「雄平の奴、恥ずかしかったのか西脇の娘との交際を隠していてな。俺も親父も長いこと
気付かなかった」
「でも、おかしいですよ」
 啓はたまらず反論した。雄平と西脇の娘の交際は話に聞いていたから、奈津のようには
驚かずに済んだ。けれど西脇が言わば政略的に娘を利用したというのは初耳である。容易
には信じられない。
 二人の交際について、会心の笑顔で語った大基のことが思い出される。
「雄平さんと娘が付き合っている。その縁でスーパーガッツを預かったとしたら、西脇さ
んが騎乗依頼をする相手は雄平さんになるはずです」
「それは勘違いだ」
 こともなげに康徳は応じた。
「雄平には別にふさわしい相手がいる。だから西脇の娘とは別れさせた。雄平が話を切り
出せずにいたから、俺と親父が相手の元に出向いてな」
「だったらどうして、スーパーガッツを西脇さんに預けるんです」
「侘びだよ、あの親子への。慰謝料代わりだ」
 今度ばかりは奈津と同じく絶句させられた啓の前で、康徳が軽くため息をつく。
「謝罪の必要はないと俺は言ったんだが、親父も歳かな。存外甘いところがある」

     10

 厩舎としても体裁があるという。とくに父親の大浜調教師が、噂に尾ひれがつくのを苦
慮しているという。
「西脇からの騎乗依頼は、他言無用にしてもらいたい」
 奈津に通告すると、康徳は話し合いを一方的に打ち切った。どうやらそう釘を刺すのが
奈津を呼び出した理由だったようである。啓と奈津は言葉少なに大浜邸をあとにした。
 なぜ、スーパーガッツがこの競馬場に来たのか。
 その点の説明は中途半端なままだったが、どうでもいいというのが啓の本音だった。足
取りが重い。ともすれば隣を歩く奈津に遅れそうになる。それは自転車を引いているから
ではなくて、気が滅入っていた。奈津への騎乗依頼は白紙撤回で決着した。それだけでも
充分すぎるダメージなのに、康徳から聞かされたスーパーガッツに関する裏事情の後味が
よくない。生臭い世界を覗いたと思った。もちろん大浜家と西脇家の事情に立ち入ること
などできやしないし、そこまでするつもりもない。現実を受け入れる以外にない。
「雄平さん、か」
 黙っているとさらに気が沈みそうだったそれに奈津は康徳との話し合いで自分よりずっ
と心を疲弊させているはずである。啓は無理にでも話題を作ろうとした。
「じつは俺、雄平さんと話もしたんだよ。今日、大浜厩舎の前で、そうとは知らずに声を
かけて」
 川の向こうに沈む夕日を見ながら、啓が意識して声を張る。
「たしかに照れ屋でおどおどしていてさ。あの人、本当に凄い騎手なのか」
「それは、そうですよ」
 啓の不器用な配慮を察したのか、奈津も声を張って答えた。
「雄平さんは、馬に乗ると別人になりますから」
「ふうん。それはあれか、車のハンドルを握ると途端にスピード狂になるみたいな」
「違います。馬に乗った雄平さんは、とにかくぼーっとするんです」
「なんだよ、それ。だったら普段と大差ないだろう」
「いや、違います。ぜんぜん普通じゃないんです。だけど、うーん、言葉で表現するのは
ちょっと難しいかもしれません」
「じゃあ、今度の競馬で注目してみるか」
「そうしてください。きっと驚くと思いますよ。ただ私、今日は雄平さんに幻滅してしま
いました」
「まあ、なあ」
 どれほど優れた騎乗技術の持ち主だったとしてもである。情けなくてだらしのない異性
との付き合い方を知った以上、啓も今後、雄平を尊敬することはできそうにない。
「それとです。西脇厩務員の娘さん、本当に変な目的で雄平さんと交際したんでしょうか」
「どうだろう。俺は普通に付き合っていたと聞いていたが」
「違うのなら、可哀想すぎますよ」
 同じ女性として許しがたいのか、奈津の声音がいつになく昂ぶった。
「私だったら立ち直れません。どうすればいいのかわからなくなって……」
 かと思いきや、奈津は暗く沈んだ声を出した。啓と同じかそれ以上に、奈津は康徳から
聞いた話に衝撃を受け、いろいろ考え込まされたらしい。気にしすぎるのはよくないと啓
が注意しようとしたところで、十字路に差しかかった。
「あ、それじゃあ啓くん、今日は色々とありがとうございました」
 軽く微笑んで奈津が道を曲がる。
「また明日な」
 声をかけると、啓は橋に続く道をまっすぐ進んだ。できれば奈津を夕食にでも誘って元
気付けたい。しかしそれは調教師宅での食事を奈津に辞退させることを意味する。前もっ
ての約束ならともかく、突然のキャンセルは奈津の評判を悪くしかねない。
 サドルにまたがり啓が自転車のペダルをこぎ始める橋に着く前に赤信号に引っかかっ
た。無視してもなにも言われないだろう細い道路の信号だったが、啓は家に戻ることを
急いでいない。自転車を停める。
「よう、アンちゃん」
 知っている声が聞こえた。そばに人影はない。周囲を見渡した啓は、道を曲がってすぐ
にあるアパートの一階の窓から、西脇が顔を覗かせていることに気付いた。
「ようやく帰りか。川のあっち側にあるのか、アンちゃんの家は」
「西脇さん、大浜調教師と話をしていたんですよね」
 地面に片足を着けながら、啓は返事をした。
「俺も康徳さんに呼び出されていました。奈津と一緒に」
「そうなのか。堅苦しい若旦那の説教だなんて、さぞかし息が詰まっただろう」
 言いながら西脇が口に運んだのは、ワンカップの日本酒である。父のおかげで見慣れて
いるので、啓はひと目で認識できた。
「奈津への騎乗依頼、取りやめたんですか」
 啓がたずねる。西脇は首を横に振った。
「いいや、やめちゃいねえよ」
「でも、西脇さんの意見は聞かないって、康徳さんが」
「口では何とも言えるさ。まあ、心配するなって嬢ちゃんには伝えてくれ。俺には秘策が
あるからよ」
 そう言って、西脇がさらにワンカップをあおる。不敵に笑った。
「誰になにを言われようと、必ず嬢ちゃんをスーパーガッツに乗せてやるさ」

     11

 部屋の中心にのさばる万年床。畳の上に散らばる服や雑誌やテレビのリモコン。そんな
部屋を想像していただけに、綺麗に片付いた西脇の部屋に啓は驚きをおぼえた。楕円形の
テーブルにはカップ酒が二つとコンビニ弁当、たたんだ新聞が置かれている。
 が、室内は酒臭かった。テーブルの下には空のカップ酒が二つ横向きに転がされている。
つい先刻まで大浜邸にいたはずだから、西脇はかなりのピッチで酒を空けたことになる。
「で、何だいアンちゃん。俺に訊きたいことってのは」
 座布団の上で胡坐をかいた西脇がたずねる。
「もちろん秘策のことです」
 立ったまま啓は答えた。
「一体なにをするつもりですか。これ以上騒ぎを大きくしたら、西脇さんもまずいんじゃ
ないですか」
 西脇だけならいい。けれど奈津まで大浜一族から無用の恨みを買うのは避けたい。啓の
懸念はそこにあった。
「ばらしちまったら秘策にならねえよ」
 そう言ってカップ酒を口に運ぶと、西脇は手振りで座るよう啓に指示した。啓が畳の上
に腰を下ろす。
「心配しなくていいぞ、アンちゃん」
 西脇はカップ酒をテーブルに置いた。
「担当厩務員の俺が、嬢ちゃんを乗せると約束した。なんら問題はねえ」
「騎手起用は調教師の意見を優先する。康徳さんはそう断言しました」
「だったらいっそ俺をスーパーガッツの担当から外せばいいのにな。それができねえのに、
乗せる騎手は勝手にできるって言うのかね、若旦那は」
「それは……」
「アンちゃん、どこまで話を聞いている」
 啓を見る西脇の目が据わった。
「あの若旦那、俺の娘のことを言ったんじゃねえのか」
「雄平さんと付き合っていて、別れさせられたと聞きました」
 隠したところで仕方がない。そう思って啓が正直に答える。
「スーパーガッツはその償いとして、西脇さんに贈られたわけですよね」
「そういうこったな。他になにか言っていたのか、若旦那は」
「あとは、その……」
「どうした。向こうの出方によっちゃ作戦を変えなきゃならねえ。知ってることは全部話
せ」
「厩舎での立場を強めるために、西脇さんが娘を雄平さんに近付けたって」
 押し切られるようにして啓が答えると、ただでさえ酒で赤らんでいた西脇の顔が、一瞬
ドぎついくらい真っ赤になった。こみ上げた憤怒を堪え切れない。そんな様子に映ったが、
西脇は次第に顔色を戻し、やがて頷いた。
「俺はテキを尊敬してるからな。見方によっちゃ、そう思われても仕方ねえ」
 自分を納得させるように言葉を洩らす。テキというのは調教師を示す競馬社会の隠語で
ある。
「アンちゃんよ、そんなわけだから俺が腹を立てるのはわかるよな。娘をこっぴどく泣か
されたんだ」
「はい。怒るのは当然だと思います」
「でもな、俺はぐっと堪えるつもりだった」
「え?」
「もちろんテキにも雄平にも、きちんと娘に謝ってもらうつもりだった。けど、それで終
わりだ。嫌なことを長引かせるつもりはなかった」
 西脇がまたカップ酒を口に運んで空にする。啓を見る目の焦点がぼやけ始める。
「俺はよ、よその競馬場で借金をこさえて逃げてきた人間だ。だからよ、それを知った上
で拾ってくれたテキには感謝しているのさ。ずっとよ、恩返しをするつもりだったのさ。
毎年毎年、身体(からだ)の弱い馬ばかり回されたけどよ、俺は文句を言ったことはねえ。腕利き
じゃねえと任せられなくてな。そんなふうにテキにはおだてられてよ」
「…………」
「仕事をサボる奴がいたら、教えてくれ。そうテキに頼まれてよ。俺は役目を果たしたさ。
おかげで厩舎の規律がビシッと取れるようになって、成績も上向いた。サボりがばれた奴
らは俺の悪口を言ったが、自業自得だ。気にはならねえ」
 言葉の一つ一つに啓は重さを感じた。そこには密度の濃い感情が込められていた。胸に
流れ込むたびに痛みに近い刺激があったが、啓は真剣に耳を傾けた。
「だってのによ、テキは今回、俺に取り引きを持ちかけた。スーパーガッツを預けるから、
馬主やまわりの連中に告げ口しねえでくれって。そんなことしねえといっても、ちっとも
信じちゃくれねえのさ」
「告げ口、ですか」
「そうよ。俺、告げ口で有名だからな。結局よ、俺はあんまりテキに信頼されちゃいねえ
んだ。尽くして尽くして、それでも今までろくな馬を預けてもらえなかった。なのによ、
娘のことで変な話になって、そしたらいきなり特上の馬を任せられるってのは、どういう
ことよ」
「…………」
「このままじゃ駄目だ。いけねえんだ。これでよしとしちまったら、俺、二十年近く無駄
な努力を続けたことになっちまう。だから俺は、テキに迷惑をかけるのさ。それが理由で
スーパーガッツを取り上げられたら、俺の中じゃ筋が通る。納得がいく」
「それで、奈津を乗せると言ったんですか」
 他のどの騎手より、奈津を乗せようとすることが、調教師にとって迷惑となる。不快な
発想だった。啓の表情が険しくなる。
 しかし西脇の粒の小さな瞳は、もう啓を見ていない。
「そうだ! 俺くらい、俺が正しいって、認めてやるのさ!」
 口をいつも以上に尖らせ、西脇が拗ねたように訴える。その痛々しい姿が、啓の心から
熱を奪った。
「……いいんですか、せっかくのチャンスをふいにして」
 啓は確認を求めた。願い通り、スーパーガッツの担当を外されたとして、西脇になにが
残るのか。ゼロになるどころか、今以上に厩舎での立場を悪くするはずである。これまで
の自分の正しさを、今の自分を貶めることで証明する。西脇がやろうとしているのはそう
いうことである。
「いいんだよ」
 答えた西脇の顔が大きく歪む。笑っているようにも、泣いているようにも見える表情に
なる。
「どうせ先の短い競馬場だ。スーパーガッツにしたって、引退まで面倒を見ることなんて、
俺にはできやしねえのさ」

     12

 日曜日。安息をむさぼる世間とは裏腹に、厩舎街は忙しかった。今週の半ばから競馬の
開催が予定されているのである。夜明け前に出勤した啓は、先輩厩務員に命じられるまま
飼い葉桶を運び、バケツに水を汲み、調教に出向く馬がいれば、その隙をつくようにして
馬房の寝藁を交換した。
 汗をかきかき重労働にけりをつけ、啓が仕上げの庭掃除に取りかかっていると、厩舎に
来客があった。装蹄師の大基だったが、手ぶらだから仕事目的とは思えない。
「啓、勘違いするなよ。俺はお前に会いたくて来たわけじゃねえ」
 そう断りつつ、大基は厩舎の壁に沿って啓に接近した。どうやら箒で掃かれたばかりと
いうことで、砂地の庭を踏みにじることに抵抗をおぼえたらしい。
 いつも通り善人の大基が、啓の前で立ち止まる。
「お前、新川奈津と仲がいいそうだな」
 それは思いがけない発言だった。自分と奈津の関係を、啓はまだ大基に説明していない。
「でもって俺の知り合いが、お前と新川に会いたいと言っている。早速で悪いが、このあ
と昼に予定はあるか。できればお前たちとそいつの三人で、食事でもしてもらいたい」
「俺は予定ないけど、大基さん、奈津にはまだ会ってないよね」
「ああ」
「奈津は師匠の家で食事をする取り決めだから、昼は無理だと思うよ」
「なるほど。だったら昼食後に集まることにするか。茶でも飲みがてら」
「ちょっと待って」
 啓は慌てた。大基はいつになく積極的である。
「急すぎるって。大基さん、ちゃんと説明してよ。知り合いって誰。用ってなに」
「知り合いは美晴だ。西脇美晴」
「え、それって」
「そうだ。新川に騎乗依頼をした厩務員、西脇の娘だよ」
「大基さん、聞いたんだよね。美晴さんと雄平さんのこと」
「聞いた」
 大基は即答した。厳しい表情をしていた。
「美晴はな、そのことでお前たちに謝りたいそうだ。まったく、謝るのはあいつより雄平
たちだろうに」
 そう言うと、大基は下品なほど盛大に舌打ちをした。眉間にしわを刻んで、ただでさえ
凄味のある三白眼にさらなる迫力を付け加えてもいる。大浜一族の美晴への仕打ちを腹に
据えかねているのだろう。
 その様子を見て、啓は心を決めた。
「一つ、お願いしていい?」
「なんだ」
「大基さんも来てよ。その昼食後の集まりに」
「俺が?」
「そう。男二人、女二人でちょうどいいし」
 このところ、啓は奈津と大基を引き合わせるタイミングを窺っていた。声をかけるのは
大基のほうから。自分がいつでも奈津のフォローに入ることができる。求めていた二つの
条件が、今回の誘いに大基を含めることで、クリアできる。啓はそう判断した。自分たち
に謝りたいという美晴の気持ちを利用するのは不謹慎かもしれないが、散々振り回された
スーパーガッツの騎乗依頼である。最後にそれくらい役に立ってくれてもいいと思った。
 それに大浜一族に対してならば、奈津と大基は共通の意識を持つことができる。つまり、
一緒に怒れる。二人が友人となるには、それもいいきっかけになるだろう。
「俺も奈津も人見知りだから、初対面の美晴さんと普通に話せる気がしなくって。だから、
お願い」
 苦しい理由だと啓自身も思ったが、まあいい、と大基は了承した。そのあと啓が電話で
奈津に話を伝えると、こちらも同席を了解した。大基の参加に触れても奈津の心は変わら
なかった。
 恋人との理不尽な別れを強要された美晴のことを、奈津も大基も、強く気にかけている。
二人の下した選択が、そのなによりの証拠のように啓には思われた。

※「厩舎街のペルソナ」参考文献
 柿元純司 『装蹄師 競走馬に夢を打つ』(PHP文庫・1998年)


松樹剛史(まつき・たけし)

1977年静岡県生まれ。大正大学文学部卒業。2001年、『ジョッキー』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に、デビュー作と同様競馬を題材にした青春小説『Go-one』、アスリート専門の医院で起こる人間模様を描いた『スポーツドクター』がある。共著に、本作のもととなっている短編が収録された『青春スポーツ小説アンソロジー Over the Wind』など。現在、『小説すばる』で高校生が主人公の青春バンド小説「シックスティーン・ビート」を連載中。
 
第十回 2010年3月4日
第九回 2010年2月18日
第八回 2010年2月4日
第七回 2010年1月21日
第六回 2010年1月7日
第五回 2009年12月24日
第四回 2009年12月10日
第三回 2009年11月26日
第二回 2009年11月12日
第一回 2009年10月29日


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