その2 友だちがいない五月

 「こんにちは」
 声をかけると、中にいた人たちが振り向きました。
 小柄でやせた男子生徒と、黒髪ロングの女子生徒。教卓の上のパソコンと向き合っていた男子のほうは、すだれのような前髪で両目をすっかり隠しています。イスに座って読書をしていた女子はかなりの美少女ですが、癒し系でも萌え系でもなく、はっきりとツンな感じです。
 「すいません。あの、まちがえました(例のクイズの解きかたを)」 ()の中は発音せずに、わたしはぺこりとおじぎをし、教室の中に踏みこんでいた足をあわててひっこめました。そのままくるりときびすを返して立ち去るつもりでいたわけですが、うしろに人が迫っていたので、それもできなくなりました。
 「ああ、倉沢さん。きのうはどうも。暗号、すぐに解けたんだ? 優秀、優秀。遠慮しないで、とりあえず中に入ってよ」
 お弁当を持ったマスノくんが、ニコニコしながら立っていました。
 「え。でも」
 「いいから、ずずっと奥へ。殺風景なとこだけど。これからメンバー紹介するし。お昼、いっしょに食べるよね?」
 「……本当にここで合ってるの」
 「うん」
 「だって、中にいる人たちが」
 フライヤーに写っている画像とぜんぜんちがいます。それとも、新規のメンバーがわたしのほかにいるんでしょうか。そんな思いで、持参してきたフライヤーをじっと見ていると、それを目にしたくだんの二人が、ほぼ同時にぶふっと吹き出しました。
 「だれだか知らんが、バカだな、おまえ。それ、フォトショで加工してあんの。もとはいちおうオレだけど」
 そういったのは男子です。
 「イケメン目当てで、ここまでノコノコ来たんだったら、お気の毒。ついでにビッチ認定だわね」
 つづけて女子がいいました。
 いまひとつ意味が飲みこめませんが、DISられたのはわかります。おまけに、たいして歓迎されてはいないらしい、ということも。
 誘い文句を真に受けて校舎の地下を訪ねたら、謎の組織にふさわしい出迎えかたをされました。あたりまえですが、いい意味ではなく、悪い意味でいっています。いきなりバカだのビッチだの知らない人から罵倒され、平気でいられるわけがないです。常識的に考えて。で、反射的に身をかたくしたわたしを前へ押し出すと、マスノくんはメンバーらしき二人を順に指さしました。
 「こっちの彼女が一年D組・西園寺ユリヤさん。第二演劇部の一人部長で、プロの女優を目指してる。で、こっちの彼が一年E組・戦士部の田尻サトシくん。覇王丸豹牙っていう魔剣の現身なんだって。二人ともぼくがスカウトをして、ここのメンバーになってもらった。あと、もう一人、学内ネットの掲示板で知り合ったスカイプさんていう人が、そこのパソコンの中にいる。―いまの説明でよければ、みんなにメンバー候補を紹介しよう。この人、倉沢チナツさん。たしか一年C組だったよね?」
 ほんのいっとき、二人の部長はわたしをじろじろ見倒しました。敵か味方か、はたまた空気か、相手を見定めるように。その後、てんでんばらばらに自己アピールを開始したので、わたしはステレオ放送でそれを耳にする羽目に陥りました。
 「誤解しないでほしいんだけど、あたし、ハブられてるってわけじゃないのよ。中学の時はコンクールで優勝するほど実力のある演劇部にいて、部員たちともけっこううまくやってたし。でも、この高校の演劇部って、はっきりいってカスなわけ。遊び感覚きつすぎで、練習もろくにやらなくて、あたしみたいなプロ志向の強い者には向かないの。あんまりいらいらしたもんだから、仮入部中に意見をしたら、顧問とけんかになっちゃって。それでこっちに来たわけよ」
 見た目にたがわず、西園寺さんはプライドの権化みたいです。孤高の天才型ぼっちとでも命名したくなるほどに。
 「まぁ、こんな話を一般人にしたって無駄とは思うがな。この宿命を認識したのは、わずか六歳の時だった。太古の昔、地・空・天の三つの世界を支配する黒の龍族が備えし魔剣、覇王丸の最強刃。俗に豹牙と呼ばれる一振りの刀身に宿る霊力が、オレの身体を媒介にして、この世に転生したらしい。以後、邪心を持った闇の集団につけ狙われるようになってだな。無為な争いを避けるべく、秘めたる力を封印しつつの隠遁戦士生活を送りつづけているわけだ。要約すると、リア充は死ね。特にヤンキーは大嫌い」
 ガチのいじめられっ子がいいそうなことを田尻くんはいいました。覇王丸なんちゃらとかいう能書きをたれたところでは、おもちゃのライトセーバーを振って見せてもくれました。
 どうやら、わたしは空気扱いされてるっぽい感じです。
 空気=なにをいってもかまわないやつ、というような。その二人の話がやんだところでパソコンに目を転じると、チャット画面とおぼしきものがモニター上にありました。そばに置かれたウェブカメラの赤いランプは点灯中。マスノくんに紹介されたスカイプさん、とかいう人が、そのレンズを通して、こちらの様子を見ているものと思われます。一方、こちらのモニターに送られてくる映像は、新校舎の前庭にある桜の樹をとらえています。
 「あの。はじめまして、倉沢です」
 ヘッドセットのマイクに向かい、ためしにあいさつしてみたら、返事が文字で返ってきました。 『はじめまして。またはこんにちは。わたしの名前はHAL9000。当学園内に籍を置く架空の生命体にして、コミュニケーション型人工知能。当コミュニティでのコードネームは〈スカイプ〉として認証済み。―以上。なにか質問は?』
 質問は特にありません。ただ、前の二人とおなじ程度に変わった人だということと、SFチックなキャラ設定だということは理解できました。
 「スカイプさんは恥ずかしがり屋で、ここに誘っても来ないんだ。話をするのも苦手みたいで、テキストのみで会話する。部室の画像と音声は向こうにちゃんと届いてるから、ききたいことがある時は、いまみたいに話しかけるといいよ。それと、きのうはうっかりいいそびれたけど、ぼくが立ち上げたのは探偵部。ミステリー研究会みたいな文化系の部じゃなくて、フィールドワークを中心にした調査活動をする予定。そういう部って、どの学校にもなかなか見当たらないからね」
 マスノくんは、相も変わらずニコニコしながらそういうと、都合二度めの自己紹介でデータをいくつか補足しました。それが終わると、ブレザーの胸ポケットをごそごそさぐり、名刺サイズのカードを一枚、わたしの前に差し出しました。
 県立桜花高校探偵部部長/いけばな雪宝流次期家元 増野シンイチロウ 
 カードに書かれた文言は、肩書き、そしてフルネーム。肩書きのうちの最初のひとつは、いまの説明でわかりましたが、そのつぎにある肩書きの意味するところがわかりません。
 「次期家元って、なんのこと?」
 不思議に思ってたずねると、マスノくんは黒板の脇の一角を指さしました。一般的には、AV機器の収納棚がある場所に、塗りものらしい花器を載せた丸テーブルが置かれています。
 いけてあるのはなにかの枝と、和風な感じの花一種。
 紫色の大きな蝶が舞っているような姿には親しみがあるものの、名前はすぐに出てきません。素人目にもセンスよくいけてあるのが見てとれますが、フラワーアレンジメントとは趣きがだいぶちがいます。
 「うん。倉沢さんがいう通り、ぼくがやってる『いけばな』と『フラワーアレンジメント』は、似て非なるものなんだよね。前者が花で空間を生み出す文化だとすると、後者は花をかたまりとしてとらえる文化というのかな。日本と西欧、双方の美的感覚のちがいから、前者が使う枝ものも後者はあまり使わない。で、あそこに飾ったハナショウブ、あれ、じつはぼくがいけたんだ。端午の節句でおなじみだから、見たことがあると思うけど。家で練習用に使ったものがあまってたんで、持ってきた。枝は校内にあったアジサイで、花を固定するのにも使ってる」
 「おうちで練習するって、なにを」
 「だから、盛花だとか、投入だとか。盛花ってのは、水盤に置いた剣山で花をとめるやつ。投入ってのがそこにあるような、花瓶を使ったいけばなのこと。ちなみにこれは、ふだんからぼくが愛用してる花ばさみ。剣山はともかく、花ばさみなら、ほとんどの家にあるはずだから、倉沢さんの家にも、ひとつくらいは置いてあるかもね」
 そういいながら、マスノくんは革製ケースに入れられた、アールデコ調のペンチみたいな道具を見せてくれました。はいはい。それなら、うちにもひとつ、あったような気がします。もっとも、窓辺に花を飾るほど優雅な暮らしはしていないので、じっさいに手に取ってみたことは一度もありません。
 「それって、つまり、マスノくんちが華道の家元だってこと?」
 「そう。雪宝流の家元で、ぼくが三代めにあたるんだ。ちょっと変わった家業のせいか、たいていの人にびっくりされる。さっき話した探偵は、ぼくの個人的な趣味ってやつで、次期家元としての立場は、生まれついての宿命みたいなものかな。年齢的にも、いまはまだ修行中の身なんだけど。一人っ子だし、親には早く結婚しろっていわれてて」
 「結婚?」
 「もちろん、いますぐ挙式・入籍しろって話じゃなくて。そういう心構えで準備しときなさいってことだと思う。そのためにはまず相手がいるし、選択肢は多いほうがいい。それで、案内状の画像も女子受けを意識したっていうか。西園寺さんは男装がよく似合ってたんで補正なし。田尻くんはスタイルをいじって、韓流スターの目と鼻をコピって上から貼ってみた。ま、ちょっとした視覚トリック? みたいな」
 なるほど、華道の家元の跡取り息子さんですか。そのへんにあるお店屋さんの家の子どもとくらべると、たしかに家業がレアすぎて、いまひとつぴんと来ませんが。とりあえず、彼が草花にくわしいわけは知れました。さびしさのあまり、疑似餌につられたわたしがバカだということも。しかし、いくら変わった環境のもとに身を置く若者だからって、メン募のついでに自己の利益を追求するのはズルイです。しかも、ふちなしメガネのブリッジに中指をあててポーズを取るとか、あからさまに得意げなのは、いったいどういうことでしょう。
 気さくな紳士の皮をかぶった策士にまんまと詐欺られました。
 夢にまで見た逆ハーレムも、あきらめたほうがよさそうです。
 「なぁ、もう昼飯、食っていい? アピールタイムも終わったことだし」
 がっくりきているわたしのことなど眼中にないといわんばかりに、自称・戦士がランチボックスのふたをパカッと持ち上げました。未来の女優はというと、他者の了解を得るまでもなく、読書をしながらゼリータイプのカロリーメイトをすすっています。せっかくここまでやってきたのに、帰るというのもしゃくなので。気を取り直して、わたしも自分のお弁当を広げましたが、机を合わせてくれたのはマスノくん、ただ一人だけ。田尻くんも西園寺さんも、それぞれのお気に入りと思われる席に陣取ったまま、動く気配がありません。 『ただいまエナジー充中―』
 スカイプさんにいたっては、そんなメッセージを最後に、さっさとログアウトしてしまわれました。さすがメンバー全員が異端の人なだけあって、いっしょに食べる、の「いっしょ」の意味が、はなからちがっていたようです。
 集っているのに、まとまらない。
 各自が完全フリーダム。
 仲がいいとか悪いとかいうレベルの話ではなくて、それが彼らの流儀というなら、ちょっとした新ジャンルです。
 そうとも知らず、和気あいあいとしたランチタイムを想定し、デザート菓子まで用意してきた自分が哀れでなりません。ちなみにわたしが持参したのは手作りのシフォンケーキです。市販の製菓材料に手を加える程度の腕前ですが、子どものころから家庭科的な作業をするのは得意です。今回は特に気合を入れて、おなじ大きさのものを二個作り、よくできたほうをカットして、ラッピングまで施しました。
 当時の心の高揚も、いまとなっては空しいばかりです。
 そうかといって、以前のように人目を気にしてびくつきながら、一人ぼっちの屋外ランチをつづける勇気もないわけで。
 「これ、作ってきたんで。よかったら」
 わたしはのろのろ立ち上がり、メンバー各位の席を回って、お土産の品を配布しました。偶発的な事故だとはいえ、なんだかずいぶんディープなとこに来ちゃったなぁ、と、わが身の上につらつら思いをはせながら。
 「へえ、これ、自分で作ったの。倉沢さんて器用だね、ぼく、甘いもの好きなんだ。糖分を補給すると脳の働きがよくなるし、午後の授業にも身が入る」 と、マスノくんがお世辞をいうのを聞くともなしに聞きながら。
 それからふたたび席につき、お弁当の残りを食べて、自分のぶんのシフォンケーキを黙って口につめました。そのうち、妙な圧迫感をともなう人の気配に気づき、ふと顔を上げると、目の前に西園寺さんが立っていました。
 「シフォンケーキも悪くないけど、あたし、ダイエット中なのよ。できれば、つぎは低カロリーのお菓子でお願いしたいわね。雑穀入りのスイーツだったら、西麻布にある専門店のラインナップを参考にして作ってみるといいと思うの。URLはスカイプさんにきけば教えてくれるわよ―それじゃあ、あたし、屋上で発声練習してきます」
 腕組み&仁王立ちでなにをいうのかと思ったら、つぎのおやつのリクエストをして、華麗に去っていきました。つづいて、校内持ちこみ禁止の携帯用ゲーム機でなにやらピコピコやりながら、田尻くんがいいました。
 「あいつはいつもあんなんだから、びびんなくてもだいじょうぶ。まぁ、オレはこんなふわふわ菓子より、和菓子のほうが好みだけどな。オレに興味があるんだったら、そのへんおさえておいてくれ。要約すると、覇王丸豹牙は無類のあんこ好き。やっぱ女は清羅ちゃんみたいにかわいいほうがいい。ああ、これから大事な戦があるんで話しかけんなよ。どうしてもっていうんなら、オレがひそかに編みだした最終奥義のコマンドくらいは教えてやってもいいけどな」
 いろいろと偉そうにアドバイスしてもらいましたが、田尻くんにはこれっぽっちも興味ないです。すみません。それはさておき、話の流れをいちおう整理してみると、わたしはあしたもあさっても、ここへ遊びに来ていいみたいです。
 受け入れられたんでしょうかね? 謎の組織のメンバーに。
 どちらかというとお菓子がメインで、わたしはおまけのようですが。ともあれ、居場所がみつかったことについては、マスノくんに感謝したいと思います。
 あと、清羅ちゃんってだれですか。



※今回で、『家元探偵マスノくん――県立桜花高校★ぼっち部』の連載は終了いたします。
第二章以降、気になる結末は、単行本でお楽しみください。
↓↓↓詳しくはこちら↓↓↓

TEENS'ENTERTAINMENT(12) 『家元探偵マスノくん――県立桜花高校★ぼっち部』



笹生陽子(さそう・ようこ) 東京都生まれ。『ぼくらのサイテーの夏』でデビュー。
おもな作品に『楽園のつくりかた』『バラ色の怪物』『世界がぼくを笑っても』『今夜も宇宙の片隅で』(以上講談社)、『ぼくは悪党になりたい』(角川書店)、『サンネンイチゴ』(理論社)などがある。

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 その2 友だちがいない五月
 その1 友だちがいない五月


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