Webマガジン ブンゲイ・ピュアフル

ピースメーカー 2nd album

小路幸也

Vol.7



 「そういう話になると思ってたわ」
 木曜日の放課後。
 赤高の放送部は活動がないしお稽古事も夜まではないそうだったので、沢本さんに赤中の放送室に来てもらった。入ってくるときの沢本さんは赤中放送部伝統の忍び足を使ってきたので、ドアが開くまで誰も気づかなくてびっくりしたけど。
 「そういう話ってどういうことなんすか元部長」
 「元部長はやめて」
 赤高の制服を着た沢本さんは何度も見ているけど、こうやってその制服で放送室にいるのは、なんか新鮮だった。ジャックとあずきちゃんはこの人があの沢本部長か! って感じで椅子の上で硬直したままじっとしている。
 沢本さんは髪の毛が伸びた。卒業してからずっと伸ばしているみたいだ。少し首を傾げると、その髪の毛がさらさら揺れてきれいだった。
 「高峰くん」
 「ほい」
 「君だったら、〈赤高のクラプトン〉は知ってるでしょう?」
 あぁ、ってケンちゃんは頷いた。
 「三年生の稲垣さんね」
 「誰ですか?」
 三浦さんが訊いた。
 「ほら、去年の〈音楽祭〉で、軽音楽部のトリを演ったバンド、覚えてないか?」
 「あ」
 三浦さんが手をポンと叩く。
 「あのいちばん上手くて、格好良かったバンドですね!」
 「そうそう。あのバンド〈赤星団〉ってんだけどさ。そこでギター弾いてんのが〈赤高のクラプトン〉って異名を取るほどの天才ギタリスト稲垣義夫。ですよね? 元部長」
 「わざと呼んでるでしょ」
 沢本さんが笑った。
 「その通り。あの人は本当に天才と呼ぶのにふさわしいわよね。初めて聴いたときにはプロなんじゃないかって驚いたわ」
 沢本さんはピアノも習っていて、それこそとんでもなく上手いって話だからきっとそういうのがわかるんだと思う。
 「〈吹奏楽祭〉が〈音楽祭〉に変わったのも、実は彼の存在があったからなんだそうよ。赤高は赤中よりもずっとロックやそういうポピュラーミュージックに理解ある先生が多いから、あの人のギターを、ステージを〈赤星祭〉だけで披露するのはもったいないってことでね」
 「そうだったんですね」
 その辺の事情は僕たちには全然わからなかったけど。
 「管野くんや岩島くんを覚えてる?」
 「もちろんです」
 エレキギターがものすごく上手だった管野さん。そして赤中でもロックバンドをやっていた岩島さん。二人とも今は赤高の一年生だ。
 「あの人たちもすっかり稲垣さんの影響を受けちゃって、それぞれ軽音楽部でバンドを組んでやってるの。今年の〈夏の音楽祭〉に出るロックバンドはどれも本当にレベルが高いわよ」
 「そりゃ楽しみだ」
 音楽なら何でも大好きなケンちゃん。もちろんロックにも相当詳しい。
 「それで、何が問題なんです?」
 「服装よ」
 「服装?」
 沢本さんはしょうがない連中よって小さく溜息をついた。
 「ロックにはロックにふさわしいコスチュームがあるだろうって、いいかげん制服の白いシャツに黒いズボンでステージに立つのが馬鹿らしくなってるのね彼等は」
 「なーるほどね」
 ケンちゃんが頷いた。
 「そういう話か。どうせ三年生の稲垣さんが、これで最後だからってんで派手な格好をしてステージをやると企んで、それに下級生のバンドも乗っかろうってんでしょ」
 「その通りよ」
 「そして、それを聞いた赤中で出演するバンド連中も乗っかろうと」
 「それをコウモリが聞きつけたんですね」
 沢本さんが頷いた。
 「そうなの。私も中山先生にはそれとなく伝えたんだけど」
 「沢本さんはどうして知ったんですか?」
 「赤高放送部の部長からね。大嶋さんよ。〈音楽祭〉のPAを全部取り仕切るのは大嶋さんだから、言ってみれば舞台監督よね。あの人もまた凄い人なの」
 沢本さんがケンちゃんを見た。
 「まだ話したことはないでしょう?」
 ケンちゃんが頷いた。
 「それこそ去年の〈音楽祭〉でちらっと姿は見たことあるだけっすね」
 「お父さんがそういう仕事をしている関係で、音響設備に関しての知識は相当なものよ。きっとあなたと話が合うと思うわ。稲垣さんとも仲が良いから、放送部員にはそれとなく教えてくれたの。舞台上でどんなことが起こっても動揺しないようにって」
 そういう話だったのか。僕もケンちゃんも、ジャックもあずきちゃんもうーんって唸った。
 「赤高はいいよなー。そんな騒ぎになっても、あいつらはしゃぎ過ぎたなってことで済むだろうけどさ」
 「赤中はマズイっスよね。またカンタマの戦いになってロックは全面禁止とか騒ぎになって、そしたら放送部がとばっちり喰いますって」
 ようやく沢本さんがいることに慣れたみたいで、ジャックが言った。
 「だよなー。まったく〈赤高のクラプトン〉も余計なことしてくれるなー」
 「あれよ、本当かどうかは確かめてないけど、赤中の三年生のバンドは、ほらなんて言ったっけ。変な格好のロックバンドの人たち」
 「なんですか?」
 「工事用の格好してる人たち」
 「工事?」
 皆で首を捻ってしまった。
 「あぁ、ツナギを?」
 三浦さんが手を叩いて言った。
 「それよ」
 ダウン・タウン・ブギウギ・バンドか。
 「ツナギ着てサングラス掛けて頭リーゼントにしてぇ?」
 ケンちゃんが言うと沢本さんが頷いた。
 「あれがいちばんお手軽で恰好良いとか言ってるみたいね」
 「三年生って誰でしょう?」
 あずきちゃんが言った。
 「まだ全部のリストは廻ってきてませんよね」
 「誰かなー」
 いずれ生徒会から廻ってくるとは思うけど。
 「赤高の生徒会や放送部から僕たちにもセットリストは廻ってきますよね?」
 「来るわね。基本的には去年と同じで、最初に朝からロックバンドやフォークグループ。それが終わってから吹奏楽ね。年寄りには評判の悪いものはさっさと早めに終わらせて、一般客の集まりやすい時間帯からご自慢の吹奏楽部の出番だから」
 去年もそうだったけど、ロックやフォークを聴きに来るのはほとんどが生徒だった。もちろん親や一般の人もいるにはいたけど。
 「コウモリも困ったもんだなー」
 ケンちゃんが言った。
 「そんなの俺らにどうにかしろったってなー。やめてください普通の制服で演奏してくださいってお願いしたってさー」
 「そうっスよね。わかったわかったって言ってくれたとしても、当日チャチャッと着替えられたらもうどうしようもないッスよね」
 「バンドの皆は怒られて終わりかもしれないですけど」
 「最終的には」
 沢本さんがこっくりと頷いた。
 「さっきも言ったけど、赤中のまたカンタマの戦いで校内放送ではロック禁止ってことになりかねないわね。せっかく去年なんとかしたのに」
 うーん、って皆で唸った。
 「言っておくけど、申し訳ないけど私は頼りにならないわよ」
 沢本さんが言う。
 「赤高の稲垣さんがステージ衣装を用意するのはもうどうしようもないから。そもそも私は下級生になってしまったわけだし」
 赤中では絶大な影響力を持っていた元部長の沢本さんだけど、今は赤高の一年生だ。
 「そこは、しょうがないよね」
 高等部の人たちがやる分には、僕たちにとばっちりは来ないと思う。まったく問題ないし僕らも楽しいステージが見られて嬉しいかもしれない。
 「だから、赤中の連中がそれに乗っかるのだけを阻止することを考えなきゃ」
 「なんにしても」
 ケンちゃんが立ち上がった。
 「まずは情報収集だな。元部長、俺たちは腕章つければ許可取らなくても赤高自由に歩けるっすよね」
 「もちろんよ」
 沢本さんが頷いた。赤中も赤高も元々は赤星学園。そして放送部は部活動じゃない。新聞やラジオやテレビと同じ〈報道の自由〉の精神に沿う部分がある。活動内容に先生方が介入してくることはほとんどない。
 〈全ての活動に於いて生徒の自主性を重んじる〉。
 それが放送部。
 「じゃ、良平」
 「うん」
 「まずは〈赤高のクラプトン〉や軽音楽部がどんな衣装やどんなステージ考えてるのか探ってきますか」
 デンスケを担いでケンちゃんが言った。
 「そうしようか。沢本さん、稲垣さんを僕らに紹介してください」
 わかったわ、って沢本さんが頷いた。
 「三浦さんとジャックとあずきちゃんは、生徒会やバンドやってる連中回って聞いてもらえるかな? どのバンドがどんなことを考えてるのか」
 「ジャックお前が中心になって動けよ。同じロックやってんだから話通じんだろ」
 「オイッス!」
 「わかりました」
 立ち上がってデンスケを担いだジャックを見て、沢本さんが「あらっ」って声を上げた。
 「いつの間に二台になったの? デンスケ」
 へへーってケンちゃんが笑う。
 「テレビシステムがいつまで経っても入らないんでね。コウモリが掛け合って買ってくれたんですよ。こいつはニューデンスケ」
 モデルチェンジして、少しカッコよくなったデンスケをケンちゃんは手で撫でた。
 「ジャックとあずきちゃんも入ったから、おかげで取材の機動力は二倍になって、すごく楽になったんですよ」
 そうだったんだ、と、沢本さんも少し嬉しそうに微笑んだ。





 赤高は、通称〈赤坂〉を昇った山の上。
 沢本さんの卒業式ではここを卒業した三年生が登って行くのを、皆で見送ったんだ。ケンちゃんと沢本さんの三人で坂を登っていたら、前を歩いていたケンちゃんがくるっと振り向いた。
 「で、良平、沢本さん」
 僕たちを呼んだ。
 「なに?」
 二人で同時に言ってしまった。ケンちゃんは後ろを向いたまま歩いている。
 「お前ら二人、どうなの? その後上手く行ってんの?」
 そう言ってニヤッと笑った。沢本さんは眼を少し丸くしてケンちゃんを見て、それから僕を見た。
 「何も話していないの?」
 今度はケンちゃんが、お? って声を出して眼を丸くした。
 「なんだよその親しげな声!」
 「親しげって」
 普段と変わらない沢本さんの声だけど。
 「いつも二人でいるから、いろいろ話しているものだとばかり思ってた」
 「いや、最近は、ねぇ」
 「んだな。部員が増えたから、放送室で二人きりになるってことほとんどないもんな」
 三浦さんが入ってくる前は、放送室でずっと二人きりだったからいろんなことを話したけど。
 「日曜日はケンちゃん、三浦さんと過ごすことの方が多くなったもんね」
 「いや待て、それは言い方が少しおかしい。ジャックだってあずきちゃんだって家に来てるだろ」
 ケンちゃんの家はお父さんがジャズ喫茶やっていて、ものすごい数のレコードがある。だから家にお邪魔していろいろと遊んでいることが多かったんだけど。
 「そういうことだったの?」
 沢本さんがにやっと笑った。
 「三浦さん、可愛いものね」
 「いやいやお前こそ日曜に家に来る回数が減っただろ。どこに行ってるのかは聞かないようにしてやってたけど、みうちゃんだって気にしてたぞ。あの二人はどうなったのかって」
 「別に隠してなんかいないけど。昨日も言ったよね。電話ではよく話しているって」
 「電話だけ?」
 んなのわかってたよ、ってケンちゃんが言う。
 「お前の話の中に赤高の様子がよく出てくるし、それは沢本さんから聞いてんだなって思ってたけどさ」
 「日曜にあまり家に行かなくなったのは、沢本さんと一緒に英語を習っているからだよ」
 「英語ぉ?」
 「正確には英会話かな。イギリス人の先生の家に行っているんだ」
 そんなことやってたのかってケンちゃんが驚いた。
 「将来、絶対に役に立つだろうし、輸入盤のライナーノーツだってそのまま読めたら便利だし」
 「洋画も字幕なしで観られるようになるしね」
 沢本さんが言うので頷いた。
 「この間も一緒に映画観てきたよ。〈タワーリング・インフェルノ〉」
 ケンちゃんがなんだか情けない声を出す。
 「そういうこと、お前何にも言わないもんなー」
 そう言ってから、ニヤッと笑った。
 「でもまぁ、安心した」
 何が安心したのかわからないけど、また前を向いて元気よく歩き出したので、僕と沢本さんは顔を見合わせて少し笑い合った。
 正直、付き合ってるとかそういうのは、よくわからない。
 僕はやっぱりケンちゃんの言う通り、女の子に対しての意識が普通の男の子より低いのかもしれない。ケンちゃんに言わせるとそれはスーパーな姉さんがいるせいで、周りの女の子にあまり興味が持てないせいらしいんだけど。
 でも、沢本さんと一緒にいるのは、何というか、気分が楽なんだ。先輩なんだけど、それもあまり意識しないし。でも確かに、年上の女の人に対して全然気後れしないのは姉さんがいるせいかもしれないな、とも思う。
 赤高の軽音楽部はきちんとした〈部活動〉になっている。第二音楽室が放課後の部室になっていて、そこで順番に練習をしているんだ。ロックバンドじゃないフォークグループはあんまりうるさくないから、普通の教室を使って練習しているそうだけど。
 「おっ、聴こえてきた」
 赤高の音楽室は立派で、ある程度防音にはなっているんだけど、それでもロックの音は外に響いてくる。
 「これは、ローリング・ストーンズの〈ジャンピン・ジャック・フラッシュ〉だね」
 「そだな」
 三人でしばらく第二音楽室の前で立ち止まって聴き入ってしまった。ここで聴いてもわかるぐらい、上手い。
 「こりゃ間違いなく稲垣さんのバンドだな」
 ケンちゃんが言って、沢本さんが頷きながらそっとドアに手を掛けて、ゆっくりと開いた。途端に音が大きくなって、中に入ると空気の震えが直接身体に響いてきた。
 前の方に大きなスピーカーが置かれていて、そこからギターの歪んだ音が聴こえてくる。ドラムもベースもやっぱり上手い。
 稲垣さんの顔はよく覚えていなかったけど、すぐにわかった。ボーカルとリード・ギターをやっている背の高い人。
 あぁこの人は違うんだな、っていうのが伝わってきた。みーちゃんもそうなんだ。何かに集中しているときのみーちゃんは身体から発するものがものすごく伝わってくるんだ。稲垣さんも、身体全身から立ち上る気配が全然他の人と違う。それぞれに上手いんだけど、稲垣さんだけが群を抜いているって感じだ。
 僕らが黙って立って聴いていると、気づいた稲垣さんが手を上げて演奏を止めて、そこで全部の音が余韻を残して止まっていった。
 稲垣さんが、こっちを見て笑ったので、皆でお辞儀をした。
 「赤中の放送部だろ? どした?」





 沢本さんと別れてケンちゃんと二人で放送室に戻ってきたら、すぐにジャックたちも帰ってきた。
 「それで? バカなことやらかそうって考えてるバンドはどこのバンドかわかったのか?」
 ケンちゃんが訊くと、ジャックじゃなくて、三浦さんがメモ帳を出して頷いた。
 「もちろん、はっきりとは言わないのですけど」
 「そうだよね」
 そんなこと言ったら止められるに決まってるんだから。
 「生徒会からもらってきた出演リストに載っている赤中のロックバンドは、二組しかなかったんです」
 「二組か」
 「〈山猫ロック〉と〈バーズ〉。どちらも三年生ですけど、知ってますか?」
 ケンちゃんも僕も頷いた。
 「一応な。去年の〈赤星祭〉でもちらっと演奏してたし、メンバーは少し変わってるみたいだけど」
 「インタビューってことで話、聞いてきたんですけどこんな感じッスね」
 ジャックがデンスケのスイッチを入れた。

  ▼
 「じゃあ、オリジナルはやらないんですね?」
 「そっ、コピーだけ一曲。それしか時間ないんだぜ。それも絶対に時間を守れって言われるしさ」
 「まぁしゃあないよな。赤高の行事なんだから」
 「ステージに立てるだけラッキーじゃん」
 「では、何も特別なことはできないですね。普通に演奏して終わりですね」
 「そーだけど。まぁ、あれさ」
 「あれ、とは?」
 「いや、ま、お楽しみってことで」
 「何でしょうか、何かやるんですか?」
 「だから、お楽しみ」
  ■

 「意味深じゃん」
 「今のは〈山猫ロック〉です。リーダーはボーカルで、三年一組の細田さんです」
 三浦さんが説明してくれた。細田さんか。
 「〈バーズ〉にもインタビューしてきました」

  ▼
 「メンバーはこの三人ですか?」
 「いや、もう一人ギターいるけど、今日は帰った。四人でやってるよ」
 「〈音楽祭〉ではやはり一曲だけの演奏なんですね?」
 「そそ。仕方ないよね。本家は赤高だから」
 「曲目は決まってるのでしょうか。やはりコピーですか?」
 「いや、僕たちはオリジナル。一緒に出るバンドみんな上手いからさ。僕たちはテクニックじゃかなわないから」
 「何か特別なステージを考えてますか?」
 「何もないよ。一曲だけだもん。出て挨拶して演奏して終わり。それでも出られるだけいいよね」
  ■

 「こんな感じですね」
 三浦さんが言いながらデンスケのスイッチを切った。
 「〈バーズ〉のリーダーは三年三組の今田さんです」
 「これはまぁ、確定だな」
 ケンちゃんが腕を組んだ。
 「〈山猫ロック〉が、ツナギ来てリーゼントで出ようって企んでるんじゃないか良平?」
 「そんな感じだね。ケンちゃん細田さんって知ってる?」
 「あんまり知らねぇなぁ。部活なんもやってない連中は掴みにくいんだよね」
 三浦さんが小さく頷いた。
 「調べたんですけど、細田さんは一年の頃から帰宅部だったそうです。家の仕事のお手伝いをしていて、そっちが忙しかったとか」
 「へー」
 ジャックが感心したように声を出した。
 「何をやってるの?」
 「八百屋さんだそうです。駅の裏の方ですね」
 駅の裏の八百屋さん。皆が天井を見上げて考えた。
 「あぁ、あそこか。〈八百政〉だな?」
 ケンちゃんが頷いた。
 「そうです。お父さんが政夫さんなので、〈八百政〉だそうです。偶然なんでしょうけど、〈バーズ〉のリーダーの今田さんもずっと帰宅部で、お家の商売を手伝っているんですよね」
 「そっちは何屋さん?」
 三浦さんがメモを見る。
 「クリーニング屋さんです。場所は、常盤公園の近くですね。〈今田クリーニング〉です」
 「二人ともそういうとこでは真面目な息子ってことか」
 「そういうことですね」
 あずきちゃんも自分のメモを取り出した。
 「私のクラスに今田さんを知ってる子がいたんです。家が近所で小さい頃から遊んでもらったって言ってました。それとなく聞いたら、確かにロックバンドはやってるけど、先生方に逆らったりするような人じゃないってことでした」
 「なるほど。ますます細田さんの〈山猫ロック〉で決定だな」
 「赤高の方はどうだったんスか? 稲垣さんは何か言ってました?」
 ジャックが訊いたので、僕はデンスケのスイッチを押した。

  ▼
 「稲垣さんたちのバンドは実力も人気も赤高ナンバーワンって聞いてますけど、今回のステージはどんなことを考えてるんでしょうか」
 「なーに遠回しに訊いてんだよ放送部」
 「え?」
 「知ってるぜ。お前、〈ピースメーカー〉だろ。赤高でも伝説の放送部部長〈林田みさき〉さんの弟なんだろ?」
 「あ、そうです」
 「俺の兄貴が〈林田みさき〉さんの一コ下だったんだよ。そりゃあもういろいろ聞かされたぜ。全校の男子が〈林田みさき〉さんに憧れていたって」
 「そうですか。でも僕は〈ピースメーカー〉なんかじゃないですよ。姉みたいにすごくはないですから」
 「謙遜すんな。俺らが〈音楽祭〉で何かやらかすってんで確かめに来たんだろ?」
 「正直に言うと、そうです」
 「いいよ、教えてやるよ。俺らは全員革ジャンに革パンツにブーツでステージに立つ。イカシた格好で飛ばして行くぜ。あと、俺らのときだけ暗幕閉めて照明も入れさせる」
 「照明まで?」
 「閉めきって暑いから観客の皆さんには悪いけどな。ま。俺らの時だけだから。あと、悪いけど決められたステージ時間なんかも無視させてもらう」
 「そんな」
 「いや、わざと無視するんじゃなくて、ノってきたらどうなるかわかんねぇってことさ。他の連中にあまり迷惑掛けたくないけど、その辺は含んでおいてくれってこと」
 「稲垣さんがそうするってことで、他のバンドの皆も校則違反のステージ衣装を用意することを考えているみたいですけど」
 「いいねぇ、ロックだねぇ」
 「どうしてもやりますか? 赤高では処分されないかもしれませんけど、赤中のバンドがそれをやるとまずいことになってしまうので、できれば制服での演奏をお願いしたいんですけど。そしてそれを赤中のバンドにも伝えてほしいんですが」
 「無理」
 「どうしてもですか?」
 「どうしても。でもさ」
 「何でしょうか」
 「名前、なんだっけ」
 「林田良平です」
 「良平。俺、お前の姉さん尊敬してるんだよ。その弟の〈二代目ピースメーカー〉の頼みだからな。むしろお前が何か上手い解決策考えてくれて、もっと〈夏の音楽祭〉をおもしろくできるんならそれに乗っかってもいいぜ」

  ■

 「こんな感じさねー」
 ケンちゃんが肩を竦めながらデンスケのスイッチを切った。三浦さんもジャックもあずきちゃんも溜息をついた。
 「赤高って自由なんですね。同じ学校なのにどうしてこんなに違うんでしょ」
 「早く高校行きたいよ」
 三浦さんが僕を見た。
 「でも、稲垣さん、嫌な人じゃないんですよね?」
 「そうだね」
 僕が言うと、ケンちゃんも頷いた。
 「マジで良平のねーちゃんを尊敬してるみたいだったな。最後には良平と話せて嬉しかったって笑ってたし」
 「本当に、純粋にステージを楽しみたいだけって感じだったよね。何か反抗しようとかそういうんじゃないんだ。ステージ衣装のことも、そうした方がずっと観客も楽しめるって発想なんだよね」
 確かになぁ、ってケンちゃんも頷く。
 「せっかくのステージなんだから、お客さんをその気にさせて楽しませるってのはいいと思うんだけどよ。こっちはなぁ」
 校則違反をやられてしまうと、困る。
 「出まスかね、良平先輩」
 「出るって?」
 「アイデアっスよ。今の話じゃ、稲垣さんも何か良平先輩に期待してるみたいな口ぶりっスよね。今回のステージ衣装問題もバーッと吹き飛ばすようなおもしろいアイデアは」
 「何言ってるのよ」
 あずきちゃんが口を尖らせた。
 「良平先輩だって魔法使いじゃないんだから。そんなこと言ってないであんたも考えなさい」
 「アイデアかぁ」
 ケンちゃんも腕を組んで天井を見上げた。
 「〈山猫ロック〉の連中だって、別に校則違反を犯そうって思ってるわけじゃねぇんだよな。ただおもしろそうなのと、自分たちのバンドをよく見せたいってだけなんだろうけどよ」
 「そうだね」
 でも、〈夏の音楽祭〉のメインは吹奏楽部なんだ。そのステージにケチをつけるような真似はなるべくしない方がいいと思うんだけど。
 「ただでさえロックバンドは派手だからね」
 うーんと皆で唸った。
 「あれっスよ。当日、〈山猫ロック〉を徹底マークして、着替えさせないようにするってのがいちばん手っ取り早いんじゃないッスかね。オレやりますよ!」
 「それは放送部のやる仕事じゃないよジャック」
 「だよな。どっちかといえば柔道部とかに頼みたいよな」
 「ロックコンサートの警備員みたいですよね」
 「そうだね」
 コウモリが僕らに頼んだのは、放送部だからなんだ。運動部と文化部の橋渡しができる唯一の部。それこそが僕たちの武器なんだから。
 「そういうふうに考えなきゃならないんだよね」
 そうッスよねー、ってジャックが頷いた。
 「でも」
 コンサートか。
 「〈音楽祭〉って言ってるけどまさしくコンサートなんだよね」
 「そうだよな」
 ケンちゃんも頷いた。
 「〈赤学祭〉は全部ごちゃまぜだけど、これはまさに赤学コンサートだからな」
 うん、って大きく頷いた。
 「できりゃあ、もっと大きなものにしてほしいよな。ロックもフォークも誰でも参加できるようにしてさ。ウッドストックみたいにな!」
 「ウッドストック!」
 ジャックが嬉しそうに言った。
 「いいっスね! そういうのがいいっスよ! 吹奏楽の連中もバラけてバンドに参加したりね!」
 「そうなったら放送部もいろいろ参加できますね! ステージを全部録音して、後から〈お昼の校内放送〉で流したり!」
 「いいねぇ、それ。録音機材ももっといいもの揃えたいよなぁ。予算があればなぁ。まさしくお祭り、フェスみたいにできんのにな」
 お祭り。
 フェスティバルか。
 「そうか」
 「おっ!」
 ケンちゃんが僕を見た。
 「なんか、思いついたか?」
 「うん」
 でもこれは、できるかどうかは本当にわからないけど。
 「ジャック」
 「はい!」
 「確か、ジャックの家も商売やっていたよね」
 「商売っスか?」
 そうですって頷いた。
 「うちは自動車の整備工場っスよ。オヤジは板金塗装やってます」
 「僕と三浦さんとあずきちゃんの家は、サラリーマンだもんね」
 そうですけど、って三浦さんとあずきちゃんが言う。
 「それがどうかしましたか?」
 「ケンちゃんの家はジャズ喫茶。〈山猫ロック〉の細田さんの家は八百屋で、〈バーズ〉の今田さんところはクリーニング屋」
 あぁもう! ってケンちゃんが腕を振り回した。
 「早く話せ! そうやってもったいぶるところがお前の欠点な」
 「ちょっと待ってよ」
 頭の中でいろいろ考えていた。できないことじゃないと思う。
 「今までいろんなところを取材したよね、ケンちゃん」
 「あ?」
 〈お昼の校内放送〉は音楽を掛けるだけじゃない。
 「豆腐屋さんに取材したり、消防署を取材したり、〈特集番組〉を作ってきたよね」
 「何を今さら。めっちゃいろんなところを回ってるじゃないか。下手したら町中の人が俺らのことを知ってるぜ」
 それは大げさだけどね。でも、この間も三浦さんとあずきちゃんの女子コンビで、近くにできたジーンズショップの取材をしてきた。そこは女性だけで作ったお店で、お洒落なものがたくさん置いてあるってことで評判だったので行ってきたんだ。
 「そういうところを回って、スポンサーになってもらうのは、どうかなって思ったんだ」
 「スポンサー?」
 皆が首を捻った。
 「〈夏の音楽祭〉を盛り上げるために、お金を出してもらって、もちろん少しでいいんだけど」
 「そのお金を何に使うんですか?」
 三浦さんが聞いた。
 「ユニフォームを作るんだ」
 「ユニフォーム?」
 皆の声が揃った。
 「吹奏楽部だって、制服でやるよりお揃いのカッコいいユニフォームがあってそれを着たら盛り上がるよね。夏なんだからTシャツやポロシャツなんかでいいと思う。それに、美術部に協力してもらってステンシルでロゴタイプや絵を入れてもらう」
 「おお!」
 パチン、と指を鳴らしたケンちゃんが一瞬喜んだけどすぐに首を捻った。
 「いやそれはおもしろいけど、問題の解決になってるか?」
 「それだけじゃないよ。スポンサーなんだからCMをしてあげないと、お金だって出せないよね」
 なるほど、ってジャックが頷いた。
 「CMってどうするんですか?」
 あずきちゃんが訊いた。
 「もちろん、CMを作るんだよ僕たちが。放送部なんだからラジオCMみたいなものをね。それを〈夏の音楽祭〉でステージの前に流すんだ。それぞれのお店や企業のイメージアップになるような、来てくれた人も喜ぶようなCMを。そしてそれだけじゃなくて」
 「だけじゃなくて?」
 「たとえば、〈山猫ロック〉が着ようとしているツナギの背中に、リーダーの細田さんの家である〈八百政〉の文字を入れたらどうだろう? スポンサーになってもらって、これは衣装じゃなくてユニフォームなんですよって」
 三浦さんが、パン! って手を叩いた。
 「衣装じゃなくて、全員がそれぞれ〈夏の音楽祭〉のユニフォームを、生徒の皆の家や近所のお店からお金を出してもらって作ったってことにするんですね!」
 「そう」
 まだ時間はある。
 「皆であちこち回って話を聞いてもらって協賛金を集めるんだ。そうして事前に学校に〈ユニフォーム〉を作ります。協力してもらったところの名前を入れます。CMも僕らが作って流しますって許可を貰うんだ。お金儲けじゃなくて、〈音楽祭〉に保護者が協力してくれるんだから学校が断るはずがない」
 きっとコウモリがなんとかしてくれる。
 「もし、お金がたくさん集まって余ったのなら、稲垣さんは暗幕閉めるとか言ってたから体育館は暑くなる。お祭りみたいに、氷で冷やした飲み物を会場で無料で配ってもいいよね。皆に喜ばれるし」
 「まさにフェスティバルじゃん!」
 イケる! ってジャックとあずきちゃんが飛び上がって手を叩いた。





 「どうだ? 似合うか?」
 赤高の第二体育館。ステージの前に控室で稲垣さんに会ったら、僕たちにそう言ってくるっと後ろを向いた。
 真っ黒な革ジャンの背中には〈Body & Soul〉って赤い文字が書かれている。これはケンちゃんのお父さんがやってるジャズ喫茶の名前。ジャズのスタンダードナンバーだよね。
 「カッコいいです」
 「だろ? 最初は白い文字にするって言われたんだけど、ここはやっぱり赤だろうって変えてもらったんだ」
 文字は手描き。赤高の美術部が喜んで協力してくれたんだ。その他にも稲垣さんの革のパンツの腿のところには学校の近くのレコードショップ〈金星堂〉の名前の通り金星をモチーフにしたシールも貼ってある。
 僕らのアイデアを、稲垣さんも喜んで協力してくれたんだ。もともと稲垣さんがいたからこそ始まったこの〈夏の音楽祭〉だから、参加するバンドも全員が協力してくれた。
 もちろん、コウモリは学校からきちんと許可を取ってくれた。そういうことならって先生方も少しずつお金を出してくれて、〈バーズ〉が着た真っ赤なTシャツの背中には〈赤中〉って白い文字をプリントした。
 「ところでさ、お前らは音楽やらねぇの?」
 稲垣さんが僕とケンちゃんに訊いた。
 「めちゃくちゃ音楽に詳しいし、バンドとかやらないのか?」
 「俺らがですか?」
 そう言ったケンちゃんと顔を見合わせてしまった。
 「僕たちは」
 「なぁ」
 ねぇ、と頷き合ってしまった。
 「裏方が好きなんです」
 放送部として、調整卓の前に座って、皆が楽しんでくれる放送をしたりするのがいちばん楽しいんだ。

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