小路幸也
Vol.3
二日間、取材して回った。
僕たちの取材の武器のひとつ、ソニーのカセットレコーダー〈デンスケ〉はジャックとあずきちゃんに貸してあげたんだ。一年生はまだ全員学校にも慣れていないだろうし、まったく知らない人に聞いて回るのも少し恥ずかしいだろうからね。
その点、放送部の腕章を付けて、マイクを向けながら取材すればやる方も受ける方もその気になるんだ。僕やケンちゃんや三浦さんは、二年生はもちろん三年生の人たちにもすっかり顔を知られているから、普通にメモ帳を構えるだけで大丈夫。
【〈新入生歓迎会〉をどのように行えばいちばんいいですか?】
まずはそこのところを訊いて回ってもらった。
「おーし、まずはジャックと豆の木の録音してきたの、聴いてみようかー」
ケンちゃんが調整卓に繋いだデンスケのスイッチを入れた。全員インカムを頭につけながら聴いて、会話をする。録音したものをスピーカーから流したら、ここには防音設備はないから廊下に流れてしまうからね。
「じゃ、いい? 流すよ」
ジャックがスイッチを押す。
▼
『新入生歓迎会は、クラブ活動の紹介なんですけど、文化部と運動部、別々にやった方がいいと思いますか?』
『別に、どっちでもいいけど』
『運動部とかは、紹介されなくてもわかるからいいよな』
『そうそう、文化部の方こそ、どんな風にやるのかわかんないのが多いと思う』
■
パチン、とジャックがテープを止めた。
「男子はだいたいこんな意見なんだけど」
「意見です」
ジャックの言葉遣いをあずきちゃんがフォローするのももう慣れてしまった。それにしてもあずきちゃんの声は、やっぱりマイクの乗りがいいと思う。
「女子はどうだったの?」
三浦さんが訊いた。
「えーっとですね」
今度はあずきちゃんがデンスケのスイッチを入れて、テープを進めたり聞いたりして、止めた。
「あ、この辺です」
▼
『新入生歓迎会って、クラブ活動の紹介なんだけど、文化部と運動部、別々にやった方がいいと思いますか?』
『運動部って、どれぐらい厳しいのかがわからないと不安よね』
『文化部は、じっくり見てみたい。ただ口で紹介されてもわからないと思うし』
『やっぱり体験してみなきゃわからないから、実際に回った方がいいです。歓迎会はなくてもいいんじゃないかなぁ』
■
ストップ。
「だいたい、この意見が中心みたいですね」
「なるほどね」
ケンちゃんが腕組みする。
「運動部の厳しさって、紹介するわけにはいかねぇもんな。やってみなきゃわかんねぇし」
「それは、私も去年新入生歓迎会見てて思ったな。そして文化部はやっぱりただ紹介するだけで、何の参考にもならなかったし」
頷きながらジャックが言った。
「二年生や三年生には、なんかいい意見なかったの?」
「なかったんですか!」
「そうだねぇ」
ケンちゃんがオープンリールの方に手を伸ばした。リールの緩みを直して、ケーブルを繋ぎ変えてスイッチをガチャッと入れた。インカムから声が流れてくる。
▼
『新入生歓迎会、今年は文化部と運動部を別々にやればいいって案が出ているらしいんですけど、どう思いますか?』
『それは困る! 全部いっぺんに同じ場所でやるから公平性が保たれているのに』
『そうそう。別々にやったらまたどっかで不公平だって声があがるじゃん』
『もう準備しちゃってるしさ。何を今さらって感じだよ』
■
ガチャン、とオープンリールのスイッチをケンちゃんが切った。
「ま、今のは部長たちの声だね。運動部の連中ばっかりだけど、やっぱり体育館でいっぺんにやってほしいって感じかな」
いやちょっと待って、ってジャックが驚いたようにインカムを外した。
「今のテープ、なに? どうやって録音したの? デンスケはオレたちが持ってったのに」
ケンちゃんがニヤリと笑って、頷いた。
「これはねー君たちに説明するためにわざわざ録音したんだよん。放送部の〈禁断の武器〉ね。やたらめったに使っちゃマズいんだけどな」
「〈禁断の武器〉?」
「スピーカーとマイクロフォンの構造はほぼ同じだって知ってた?」
僕が訊いたらジャックもあずきちゃんも首を横に振った。
「同じなんだよ。ということは、スピーカーのラインをマイクジャックのラインに繋ぎ替えてしまえば、スピーカーがマイクロフォンになってしまうってこと」
「うわっ、知らなかった!」
ジャックが何故か頭を抱えた。
「スピーカーは、学校中のあらゆる場所に存在するからね。でも、構造が同じっていってもマイク代わりに使うには、教室に設置してあるスピーカーは性能が悪いんだ」
教室ごとにスピーカーラインも独立していなかった。
「だからケンちゃんと二人で放送部に入ったとき、こっそりといろいろ直しちゃったんだ」
備えあれば、憂いなし。
僕たちは、この放送室で、校内で話されるいろんなおしゃべりや、出来事を録音出来る。もちろんそうしなきゃならないっていうときだけ。
「それって」
あずきちゃんが眼を真ん丸くした。
「盗聴ですよね?」
「はっきり言ってしまえばね」
あずきちゃんが眉間に皺を寄せた。
「それって、どうなんですか?」
いけないことだよね。
でも。
「誓ったんだよ、オレたちは。この赤星中学校の〈ピースメーカー〉になるってさ」
ケンちゃんは言った。
コウモリに、みーちゃんの意志を継いでピースメーカーを目指すかって聞かれて、はい、と答えたときに。
「ピースメーカー?」
二人に、みーちゃんとコウモリの話を教えてあげた。
まずコウモリが、実は僕たち姉弟の近所のお兄さんだったところから始まって、僕の姉の林田みさきがどんなにスーパーな女性だったかも説明した。
「私、聞いたことあります!」
あずきちゃんは嬉しそうに手を上げながら言った。
「従姉がそんな話をしていました! 赤学には、伝説の女神がいたんだって!」
女神は言い過ぎだと思うけど。
「コウモリは、生まれたときから知っている僕の姉さんが中学に入学して、文化部にも運動部にも入らないでしばらくは帰宅部になることを知ると頼んだんだ。放送部に入ってほしい。その美しい容姿と素晴らしい声で、この学校の〈ピースメーカー〉になってほしいってね」
放送部が唯一、運動部と文化部を結び付けられる平和の使者〈ピースメーカー〉になれるとコウモリは考えていたんだ。部の活動を把握して、取材から現場の仕切りから放送まで、すべてにおいて彼らを結べるのが、放送部だ。
「コウモリはそんな風に言ったんだって」
みーちゃんは男子も女子も惹き付ける容姿と性格と声を持っていた。みーちゃんが動けば、生徒はきっと動く。協力してくれる。運動部と文化部の間を駆け回って赤星中学校に平和をもたらしてほしい。
「切実な願いだったって、姉は言っていたよ。それぐらい、当時の〈カンタマの戦い〉はひどかったんだよ」
みーちゃんはその才能と人柄だけで〈ピースメーカー〉になれたけど、全然普通の人の僕たちはいろんな武器を使わないと、とても〈ピースメーカー〉は目指せない。
「だからね」
盗聴は確かに悪いことだけど、誰かをだまそうとかおとしいれるためにするわけじゃない。あくまで、問題を解決するための情報収集のひとつの方法なんだ。それで得た情報はゼッタイに口外しないってケンちゃんと二人で誓い合った。もちろん、後から入ってきた三浦さんも。
だから。
「二人にも協力してほしいんだ。この赤星中学校に平和をもたらす放送部、〈ピースメーカー〉として一緒に頑張ってほしい」
パン! ってジャックが自分の頬っぺたを両手で勢い良く挟んで、ものすごくいい音がしてびっくりした。
「おし!」
立ち上がった。
「任せてよ!」
「お前、頬っぺた真っ赤だぞ」
「やる気入れたんですよ! いいじゃん! ピースメーカー! オレのバンドの名前にしたいぐらい!」
いやそれはちょっと。でも、あずきちゃんもジャックの学生服を思いっきり引っ張って座らせながら、勢い良く頷いた。
「がんばります! なんでもやります!」
ケンちゃんと三浦さんと三人で顔を見合わせた。本当にこの二人は元気でいい。頼もしい後輩が入ってきて良かった。
「じゃあ、話を戻そうぜ」
ケンちゃんがインカムを外して僕を見たので、頷いた。
「まとめると、一年生はとにかくじっくり見てみたい、やってみなきゃわからないって感じだよね」
「そりゃ当然だよな」
ケンちゃんが言って三浦さんも、ジャックとあずきちゃんも頷いた。
「それで、二年生三年生は、特に運動部は体育館で今まで通りにやることを求めているんだ。文化部に関しては、教室でじっくり見てもらいたい。部室があるところがほとんどだからね」
うーん、と三浦さんが唸った。
「両方の希望を叶えるのは難しいですよね」
「文化部のやってることを、体育館でじっくり見せるのは無理だからなぁ」
そして、とにかく学校側は一回で短時間に全部済ませたいんだ。
「体育館でまず運動部を見せて、その後に全員で文化部の部室を回るって言うのは駄目なんですか?」
「部室は狭いから全員で見られるはずもないし、不公平って声が上がるんだ。それなら運動部もひとつひとつ全部全員で回ってもらいたいって」
そりゃ無理だってジャックが言った。
「一年生だって、全員でぞろぞろ全部の部を回るなんてしたくないでしょ。少なくともオレはしたくない」
そうだよね。
「だから、僕たちが考えなきゃならないのは、運動部からも文化部からも不満の声が上がらないように、体育館、もしくは他の場所で全部まとめてできる方法」
全員が、難しい顔をして考え込んだ。
「要はおもしろきゃいいんだよね? その〈新入生歓迎会〉が」
「おもしろい、じゃなくて、皆が興味を持って見ることが大事なの!」
「それがおもしろいってことじゃないか」
「それはそうだけど、あんたの考えてることはなんでもいいからドカンとぶちかましちまえー! とかその程度でしょ?」
二人の会話を聞きながら、ケンちゃんが苦笑いした。
「本当にさ、二人で漫才できそうだよな。〈お昼の校内放送〉で新しいプログラムにしようか? 〈ジャックと豆の木のなんでもやったるでー!〉とかさ」
「なんですかそのタイトル」
「やだよそんなの」
皆で笑った。ケンちゃんの考えるタイトルは笑えるけど、実際にはなかなか使えないものばっかりだ。三浦さんは笑いながら頷いた。
「でも、本当に、二人で何か番組をやってみるのもいいかもですね。特集の〈商店街の皆さんにインタビュー〉も二人でやればおもしろそう」
三浦さんが言って、ケンちゃんもそうそう、って頷いた。
そうか。
「二人か」
ケンちゃんが僕を見た。
「なんだ良平。何か思いついたか?!」
「二人に、やってもらおう」
皆の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ気がした。
「どういうこと?」
「ジャックとあずきちゃんの二人に、実際にやってもらうんだよ。当事者の一年生なんだからちょうどいい」
「だから、何をやってもらうんだよ」
「体育館で、クラブ体験とインタビューの両方を全部二人にやってもらうんだ」
たとえば、今までは部員が模範演技を見せるだけだった運動部も。
「バスケ部のロングシュートだって、素人の一年生と三年生じゃこれだけ違うんだってところを見せられる」
「オレが、対決するんだ! 三年生と!」
ジャックが思いっきり笑顔になって言った。
「そうそう。そして、たとえば茶道部だって、実際にあずきちゃんがその場でお茶を点てるのを体験でやってみるんだよ。小型のマイクを仕込んで実況しながら」
そうだ。
「ステージも、体育館中央まで延ばそう」
「延ばす?」
「演劇部の大道具にも協力してもらうんだ。今まではステージの上だけでやっていたから臨場感が全然なくて文化部の発表はつまらなかったんだよ。ファッションショーや歌舞伎の花道みたいに舞台を延ばして、体育館の真ん中にステージを作る。そこでお茶を点てれば皆が見られる。演劇部はこんな大掛かりなすごいこともできるんだっていうアピールにもなる」
ケンちゃんが、バチン! と手を打った。
「畳を柔道部に協力させようぜ!」
「畳?」
「茶道部がお茶を点てるのに畳は必要じゃん! 茶道部は始まるそのときにはドドドーッって柔道部の連中が畳抱えて裏からものすごい勢いでやってきてあっという間にそのステージの上に敷き詰めるんだ! 柔道部は力持ち! ってアピールにもなっていいじゃん!」
三浦さんもあずきちゃんも手を叩いていいです! それ! って叫んだ。ジャックがいきなりケンちゃんの肩を抱いて叫んだ。
「それいい! ケンちゃん先輩!」
「なんだよケンちゃん先輩って」
準備にあまり時間はなかったけど、コウモリは僕たちの考えたことに大賛成してくれて先生たちを説き伏せてくれた。何より、今までにない形で全部のクラブ活動を紹介できるってことで先生たちも納得してくれたんだ。
そして、演劇部がものすごい勢いで協力してくれて、本当に助かったんだ。
今まで演劇部は発表時間が短くて、それこそコントみたいなものしかできなかったからいろいろ不満があったんだ。〈新入生歓迎会〉全体が演劇部の演出による舞台だって考えてくれて、僕たちと一緒にいろんなことを考えてくれた。
美術部の絵画作品をあらかじめ天井に吊るしておいて、それを発表のときに滑車でざーっと眼の前に下りてくるようにした。
体育館の中央に置くステージは円形にして下にキャスターをつけて回るようにした。華道部の指導であずきちゃんが生け花体験するときには、全方向から見られるようにこれでゆっくり回したんだ。ステージを回すのは柔道部や野球部の部員が協力してくれた。
そして、全部のプログラムには吹奏楽部がそのクラブにあった曲をBGMとして演奏してくれた。吹奏楽部顧問の藤谷先生は僕たち放送部の味方だからね。快く協力してくれたんだ。
放送部新入部員は、まさに大車輪の活躍。
全体の司会進行はもちろん〈ジャックと豆の木〉コンビ。
元気一杯のMCは、最初から皆の気持ちを盛り上げてくれた。
ジャックは主に運動部、あずきちゃんは主に文化部に文字通り身体を張って、実況しながら体験を全部こなした。
別に意図したわけじゃないんだけど、ジャックは言っちゃ悪いけどあんまり運動神経がよくないみたいで、ヘロヘロになりながらも全力で、言葉通りにぶちあたってくれて大喝采を浴びていた。
小さくて、まだ小学生みたいなあずきちゃんが真剣な顔をして華道部や茶道部や美術部と一緒にお茶を点てたり、生け花をしたり、絵を描くのを皆が見守っていた。絵を描くのは実はウケを狙って先生の似顔絵を描くようにしたんだ。先生をステージに上げて描いたあずきちゃんの先生の似顔絵は、もうしわけないけどまるで似てなくて、似てないどころがものすごいシュールな絵になってしまって皆が大爆笑していた。
本当に、皆に大ウケして、体育館中が沸いていたよ。先生方も手を叩いて喜んでいた。
放送部の新入部員〈ジャックと豆の木〉コンビは、たった一日で学校中の人気者に、スターになってしまったんだ。
「大成功だったな」
コウモリはいつもの先生方しか飲めないお茶をヤカンに入れて持ってきてくれて、放送室で皆で飲んでいた。
「先生方も皆喜んでいたぞ。今まででいちばんいい〈新入生歓迎会〉だったって」
「そうっスかぁ。やった甲斐あったじゃんジャック」
ケンちゃんがジャックの背中を叩いたけど、ジャックは疲労困憊したらしくて、テーブルの上に突っ伏したままへへへって小さく笑った。
「本当に疲れたけど、楽しかったです」
お茶が美味しいって飲みながら、あずきちゃんもニコニコしていた。
「スーパースターが二人も現われて、これで放送部も安泰だな」
「いやぁまだまだッスよ。これからバッチリしごきますから」
「明日からにしてよ」
ジャックが言った。
「身体中の筋肉がヘロヘロなんだからね。これで針落としなんかしたらレコード傷つけますよオレ」
「そりゃそうだな。レコードの方が大事だから」
なんだよそれ! ってジャックが言って、皆で笑った。