子連れのクロはどこへ行ったのだろうか。我が家での子育て時にも定期的に外出していたから、食事どころは確保していたのだろう。きっとそこに本格的に棲みこんだに違いない。
そして数日後に姿を現した。
夜、ノラコがごはんを食べ、いつものように下の路地をぶらついている。私も下に降り、はやく二度目の食事にかからないかな、とお腹をすかせながらぼーっと姿を追っていた。
車椅子の下からカリカリと音がする。カリカリカリと音が切羽詰っている。あれっ、ノラコは目の前にいるし、あの音は? 急いで階段を上がる、車椅子のカバーをそっとめくると、クロの足がにょきっと見える。栄養補給にやって来たに違いない。まあ、いいか、お母さん、たくさん食べなさい。するとノラコが近寄ってきて、丸い目で私を見上げ、さかんにニーニーとせっつく。今まで散々取られ放題だったのに、今度は許さないの? 遅いよ、アンタ。
「いいじゃないの、少しあげたら」
とさとすのだが、聞かない、ニーニーとせっつく。
このまま見過ごすと、習慣になるかもしれない、それはちょっと。クロは食べ物をどこかで確保しているのだから、ここはひとつ追い出すかな、ごめんねクロや。車椅子をぐらぐら揺らすのだが、出てこない、カリカリ音のスピードが速くなる。
「アンタねえ、食べすぎだよ」
と言いながらさらに揺するのだが、出てこない。仕方がない、その辺にある棒を持ってきて、皿をつつく、私もたかがネコ相手に意地になる。下からのぞくと、クロはえさ皿を両手でがっしりと押さえ、食べ続けている。さらに意地になる私、棒でぐいぐい。やっと出ていく。
ほらノラちゃん、ごはんだよ、お食べ。
ノラコはとうにいない、まったく。
仕方がない、と家に入ろうとしたら、また現れるクロ、アンタにはかなわない、好きなだけお食べ。カリカリカリ。
二、三日後の朝、ゴミを捨てようと階段を下りたら、クロを見かけた。その向こうにもう一匹のネコ。あらっ、白黒のぶちネコじゃない、時々姿を見かけた、あのお腹から上が真っ黒、下が真っ白、顔が八の字にぬり分けられているシロクロちゃん。ノラコと鉢合わせしたこともあるネコ。あの頃はまだノラコよりがたいが小さかった。今は堂々とした威容をみせている、顔が大きい。
クロとシロクロ、二匹の距離が異様に近い、親密。まるで近所のオバサン同士がひそひそ話しているよう。いつもどんなネコにもけんか腰のクロしか見たことのなかった私には新鮮。そうだった、このシロクロは私が以前クロを追って坂上に行ったときにいたあの子ネコ、背中の白く細長い流れ星がその目印、そしてクロはそのときにいた母ネコ。うーん、きっと別れ別れになった親子のご対面なんだわ、と勝手に決める。
私が近づくと二匹はさっと分かれて逃げた。ネコはどうして一緒の方向に逃げないんだろう。必ず二手に分かれる。これも生き残り戦略?
そして、ほぼ半年ほど経った頃、このシロクロは、ア・ウー、ア・ウーとさかんに路地を流していたのだが、それは後日談。
幸いなことに、この後クロがノラコのごはんを狙うことは常習化せず、平穏な四月が過ぎていった。
五月になって間もなく、ある土砂降りの日、台所通用口からニャアニャアとさかんに声がする。しかも二重奏。あの声はノラコではない。なんだ、なんだ、ガラッと窓を開けるとクロが下から見上げている。同じキジトラの子ネコが一匹、そのへんをちょろちょろしている。生まれてひと月、歩くまで大きくなったのね。びしょぬれのクロはさかんに私を見上げて鳴く。
「あのね、土砂降りでしょ、コドモタチが濡れるから、引越ししてるの、アンタんとこ通るけど、すぐに出て行くから・・・・・・。まったくこのコったら、こんなトコで遊んじゃって、上手くつかまえられなくて、ほらっ、恐いニンゲンにつかまったらどうするの!」
クロの目が必死、ニャアニャアニャアと鳴き募る。隣家の方向からニーニーと子ネコの呼ぶ声、おかあさーん。雨はざあざあ降っている。
クロはちょろちょろしている子ネコをエイッとばかりにくわえるとさっとひと跳び、隣家の方向に消えていった。
クロ一家はキジトラばかりの三匹になって、上の路地のG家の庭に棲みついた。食事とねぐらを確保した。クロ・ファミリーはとてもにぎやかで、朝に夕に声が聞こえる。子ネコたちはいつも呼び合いながら駆け回っていた。この一家に比べるとノラコ一家はおとなしかった。ネコでもこんなに違うものなんだ。
G家と我が家はほんの目と鼻の先、子育てが一段落したらクロがノラコをまた襲うだろうか、と危惧していたのだが、あの雨の日以来、クロが我が家に侵入することはなかった。しかし、日増しに大きくなり、運動能力が発達していく子どもたちは、始終庭に姿を見せては、杖をついた老母に追い払われていた。うーむ、ノラコはこの月齢ではこの崖を降りられなかった、などと私は感心して見とれていたりした。
そしてこの運動神経がはるかにノラコより優れている、まだ半年にも満たないチビどもが少しずつノラコの脅威になっていく。しかも季節は秋の繁殖期を見据えた夏の発情期になり、今まで見たこともないネコが上下の路地をうろつくようになっていた。
台所通用口の「ノラコ様御席」で安穏な春の日々を送っていたノラコは、ちょっとずつ居場所を変え始めた。いつもの「御席」にいないことが多くなった。鈴を鳴らすと下の路地からピョコピョコ出てきた日が何日か続いた。
さらに日が経ち、「御席」は完全放棄となった。だが下の路地も不安定だったようだ。きっと以前に占拠していた場所は他のネコにとられていたのだろう。ノラコはまた我が家に舞い戻った。
玄関先の郵便ポストに、次に板塀のてっぺんに飛び乗り、そのまま進むと、隣家のひさしと重なる巾三十センチほどのスペースが二メートルほど続く、そこがノラコの次の寝場所になった。楓の木が塀際に生えていて、夏の日差しをさえぎってくれる。一体何度目の転居だろうか、ノラネコの世界は厳しい。
朝、玄関のドアを開けると、ニーと一声鳴いて郵便ポストにドタッと降り、さらに地面に、えさ皿に向かう。ノラコが塀の上に上がったのを機に、皿を車椅子の下から外に出した。
自分のごはんをチビたちが食べているのを、ノラコが塀の上でジーっと見ている。えさ皿をはさんでノラコとチビどもが対峙している、耳を澄ますとノラコが低くうなっているのだが、チビどもは馬耳東風、ノラコがくるっと後むきになって去っていく。塀の上で鉢合わせをして、ノラコがもと来た道を引き返す。いつも逃げるのはノラコ。
相手はコドモなので、激しいいさかいはないのだがー。チビどもは母親から受け継いだ「縄張り」を主張しているのかもしれない。
ノラちゃん、アンタのほうが一歳も年上なんだから、ネコの最初の一歳はニンゲンの二十歳でしょ、どうしてそんなに気弱なの、と私はノラコに言い聞かせるのだが、もちろんノラコにはわかってもらえない。このガンジー主義がノラコの生き残り戦略なのだから、と私は自らに言い聞かせるのだが、なんだか情けない。
七月の終わりごろ、明け方に激しいネコの怒声ギャウォーと、それに続く悲鳴で目が覚めた。悲鳴はキャーーーと長く長く続いた。あまりにも長かったので、寝床にいた私の寝ぼけた頭には、噛んだ敵を引きずったまま逃げるノラコの姿が張り付いた、その状態でまた眠りに入った。どうか、ノラコではありませんように。
そのままとろとろと眠ったのだが、やはり気になって六時ごろ庭に出た。ノラコは塀から降りてきた。すぐに体中を観察、どこかに怪我をしていないか、特に後ろの方。大丈夫、ざっと見たところ異常なし。ほっと一息。あの悲鳴はノラコじゃなかったんだ。
いつもは食べ終わるとその辺にごろっと横になり、撫でるとゴロゴロとのどを鳴らしたりする。もしくは下の路地に降りてブラブラと歩き回る。食べる、ゴロゴロ、食べる、ブラブラ、を三十分ぐらい繰り返す。だがこの日はさっさと帰ろうとする。郵便ポストにジャンプしようとして、失敗、あれっ、いままで乗りそこなったことがないのに。まあ、こんな日もあるのだろう。傷は見当たらなかったから大丈夫。
だが夜食後、しゃがんでいる私の足の間に頭から突っ込み、お尻を見ろとばかりに座り込む。「アンタ、どうしたの」尻尾からちょっと上あたりの毛がむしられている感じ、むむっ、朝には見逃した傷がざっくりと。この頃私はまだ撫で慣れていなくて、どこかこわごわだったのだ、ゴメン、気がつかなかった。
傷は直径五ミリぐらいの楕円形で、二ミリほど離れて二箇所、牙か爪がまともに食い込んだ感じ、でも血は出ていない。きっとなめて治そうとしたんだ、以前にも脚に傷を負って、二、三日で治ったことがあった。大丈夫、すぐに治る。
だが、傷はなかなか治らなかった。片方が治りかけると、もう片方が出血、そこが治るともう片方が出血、というぐあい。両方が出血していない、かさぶたができかけ、もう大丈夫、と思うと数日後には片方が出血。出血といってもじわっとにじんでいる状態で、膿も出てはいない。その程度なのでノラコは元気、以前と全く変わらない。でも私は気になる。
売場のネコ博士たちは
「膿が出ていない? それなら大丈夫、いつか治りますよ、ネコの回復力はそれはすごいもの」
と慰めてくれる。でもうちに帰って、お尻の毛をかき分けると、やっぱりうっすらと血が出ている。
ノラコはついに我が家の屋根とベランダの間のすきまに居場所を移すようになった。彼女の行程はこうなる、塀際の楓の木の玄関に向っている枝を選び、自分の体重が持ちこたえるぎりぎりまで進む、そこから一メートルほどジャンプして玄関のひさしへ飛び移る、ここから順に上にのぼり、めでたく屋根に到着。夏の日差しはベランダがさえぎってくれる。
ノラコは結構努力派で、移り住んですぐにルート探検をしていた、しかも夜に。ドタドタと家の周りから音がして、ズルッ、ドタッ、バシッ、などというさまざまな音が四方から続いた。探索は数時間続いた、退路は確認できたのだろうか。
傷が完治しない状態でひと月ほど過ぎた。屋根の上の生活にも慣れたようだ。食事とトイレ以外はほとんど外出しないコになった。私が外出する音や帰宅する音を聞きつけると、屋根→玄関のひさし→楓の木→塀→郵便ポスト→地面、という順に几帳面に降りてくる。どんなときでも降りてくるので、ほとんど屋根の上で過ごしているのだ。きっとあの襲撃事件が心底応えたに違いない。
このままではいつ治るか分からない、医者に連れて行こう。避妊したO動物病院に連れて行った。ケージの中では大騒ぎ、ミャーミャーミャーと力いっぱい鳴く。
「どれどれ、あらっ、ほら三ケ所傷があるよ(本当だ三つある、どうして気がつかなかったんだろう)、これは牙じゃないね、爪が食い込んだな。うーん、ひと月治らないねー、こんなケース、初めてだよ、なんで治らないんだろう。化膿するといけないから、やっぱり縫っちゃおう」
とO先生は言う。四、五日入院させて傷の上がりを見る、と言われた。さかんになぜ出血が止まらないのか不思議だ、原因が分からない、と繰り返す。
「すみません、ついでにネコエイズとか白血病の検査もしてください」
とお願いして帰る。もしかすると病気が原因で免疫力が下がっているのかも知れない。
翌日病院から電話、ノラコが一日中泣き叫んでいる、と言う。水を飲まない、もちろんえさも食べない。
「でも傷の状態をもう少し見ないと、えー、エイズも白血病も陰性でした、大丈夫」
翌々日、また電話、まだ泣き止まず、まだ飲まず食わず。翌々翌日、電話、引取りに来てください、預かっているほかのネコたちが不安定になって、と。
傷の周囲の毛を刈られ、包帯を巻かれたノラコが力いっぱい泣いている、あわれだ。先生からくれぐれも言われる。
「傷が治るまで外に出さないように、絶対出しちゃだめですよ」
家に帰る途中もずーっと泣きどおし、もう声が枯れている、それでも叫ぶ。すれ違う人々が不思議そうに見る、恥ずかしい。虐待しているわけじゃありません、と言いたくなる。
家への階段を上がる、ノラコは泣き叫んでいる、ミャオーミャオー。するとクロが子連れで走りこんできた。「ナンダ、ナンダ、ナンデナイテイルンダ」と声が聞こえそう。「オマエラのせいだぞ!」と私まで泣きそうになり、理不尽な八つ当たりをする。
「お母さん、ノラコは二階でしばらく面倒を見るから、大丈夫、絶対に下におろさないから。お医者さんが、怪我が治るまで外に出しちゃダメって言うんだから」
と母にこんこんと言い含める。母はしぶしぶ了解、仕方がない、治ったら外に出すんだよ。
こんなふうにしてノラコは「ソトのノラコ」から「ウチのノラコ」になった。二〇〇八年八月も終わりの頃、ノラコ一歳半であった。今でも私の同居ネコである。ノラコ、ここがキミの終の棲家だよ。





