書店員のネコ日和:田口久美子

第15回 ソトのノラコ13

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 春、ノラコは一歳(推定)である。我が家の台所通用口の「ノラコ様御席」にほぼ定住していた。朝、窓を開けると飛んできてニーニーと鳴く、後ろ足で立ち上がり壁に両手をつき、目を丸くして見つめ、さらにニーニーと鳴く。玄関前の車椅子の下にごはんを差し入れると走りこんでくる。皿から引っ込める私の手の甲をちょんちょんと「ネコの手」でつつき、食べはじめる。何度かに一度は爪が出ているので要注意。食べ終わるとその辺にごろんと横になり、なでるとゴロゴロとのどを鳴らす。
ほとんど一日中「御席」で寝ている、時々散歩。ネコは漢字で「寝子」と書くんだよ、と友人が言ったがまさにその通り。出勤時、帰宅時には必ずノラコによるお見送りとお出迎えがある。なんのことはない、ごはんの催促なのだ。
宿敵のクロがえさをねらうこともほとんどなくなった。あの攻勢がうそのようである。どこかに宿主を見つけたのだろう。結構のんびりした日々が続いた。
 
あの日は四月の初めだ。翌々日にサッカーを観に行ったから木曜日だった。裏の木戸の前でクロを見かけた。
「あら、久しぶりじゃない、しばらく顔を見なかったけれど、どこにいたの」
クロは、アンタになんか用はないよ、とばかりにさっさと走っていく。ウン?なんだかお腹がブラブラと揺れている、後ろから見てもはっきり揺れが分かる、しかも袋の中には何も入っていない揺れ方、これは?
翌朝、テレビの後ろの窓を開けた、H家側の窓である、ガラクタが窓の高さ(地面から一メートルほど)までごそっと積んであって、その上にダンボールがフタをあけたまま二個放置してある。あらっ?
なんと片方のダンボールの中には生まれたばかりの子ネコが五匹、体長が七、八センチぐらい、三毛が一匹、すすけた黒が一匹、残りの三匹がキジトラ。まだ目が見えないようだ、重なり合いながらごそごそと動いている、まるで巨大な虫のよう。あらまあ。
呆然と見とれていると、クロが走りよってきた。やっぱりアンタのコなのね。寒いさなかにさかりがついて流し歩いていた結果がこれね。クロはするっとダンボールに入る、コドモたちはすぐにむしゃぶりつく。クロは、ギョロッと目を見開き、大きく口を開け、歯をむき出して私を激しく威嚇する、ウーー、ウーー、ウーー。まるで般若ではないか。窓を閉めるまでやめない。五匹とは!
 「お母さん、クロがここで子ネコを産んだよ」
母はヨッコイショと立ち上がり杖をつきヨタヨタと居間を横切り、窓を開ける。とたんにクロの威嚇するうなり声。母も負けじと声を荒げる。
「こらっ、クロめ」ウーー、ウーー、ウーー。
脅されることになれていない母はひるんだようだ、なんたってクロは授乳中で、一歩も引かない激しい決意がこちら側からもうかがえる。ウーーウーー、ウーー。母はがたがたと窓を閉め、ヨタヨタと戻る。どたっといすに座り込む、かなりショックを受けたようだ。
ここでくどくどと始末話をすると厄介なので、急いで出かける支度をして家を出る、木戸のところで、そうだ、言っておかなきゃ、と思いついて家に戻る。
 「お母さん、子ネコを捨てちゃダメよ。なんとか考えるから、そのままにしておいてね」
 母はうなずく。言いたいことはいっぱいある、でもいくらなんでも生まれてすぐの仔は捨てないよ、と言いたげである。ちょっといいすぎたかな、歩くのがやっとの母に五匹の子ネコをどうこうする力はないだろう、ましてあの「般若のクロ」が見張っていては。
 出勤途中、頭は「どうしよう」でいっぱいである。会社についても、仕事をしていても「どうしよう」。売場のだれかれにもつい愚痴ってしまう。みんな「大変ですね」と言いながらも、「これはしばらく様子見だな」というスタンスである。
 クロ一家とノラコの距離が近すぎる。家の裏表、直線距離で数メートル。産後わずかのクロは気が立っている、栄養も必要だ、いくら近所のどこかでごはんをもらっているとしても、やがてノラコのごはんをねらうのは必定。やっと手に入れた静かな生活もこれにて終了だろうか。私の頭の中はノラコがクロに襲われる図でいっぱい。
 翌日は土曜日、サッカー、ジェフの試合。ジェフ千葉はシーズンの始めから泥沼にどっぷり突っ込んでいた。ずーーーーーーーーっと勝てない。昨シーズン終了後に移籍した五人の主力選手の衝撃から立ち直れないのだ。そしてこの泥沼はこの年十二月の最終戦まで(正確には最終戦の終了15分前まで)続いたのだが、それはまた別の話。
試合前のわずかな時間に、連れの佐藤こずえにことの次第を訴える。ノラコとクロの因縁話は時々していたので話はすんなり通る。
 「そういえば家でも、かなり前だけれど、ミャアがまだ小さい頃・・・」
 とこずえは早口で話す、試合がもうすぐ始まりそうなのだ。
佐藤家のネコはミャアといい、生まれてすぐ捨てられていたのを小学生だった息子が拾ってきて家族になり、もう十三歳になる。
 「物置の下の隙間からニャアニャア声がするからのぞいたら、子ネコが二匹いたのよ。手を突っ込んでも奥に逃げて捕まえられない。母親がいて威嚇するから、結局そのまま」
 鳴き声が聞こえるぐらいに大きくなっていたのだから、産まれてひと月以上は経っていたのだろう。
 「で、その母さんネコはどこからえさを貰っていたの」
 「近くの公園に近所からネコオバサンっていわれているひとがいて、そこでえさをもらっていたみたい。様子を見ているうちに子ネコたちは外を歩き回るぐらいになったの。こっちも気にしていたんだけれど、どうも車にはねられたみたいで」
佐藤家の近くに広い国道が通っている。それにしてもネコはどうして車の直前を横断しようとするんだろう、もうちょっと待てばいいのに。ネコの交通事故は後を絶たない。
 「二匹とも?」
 「そう、母親はその公園に戻ったみたいで、そのネコオバサンから聞いたんだけれどね」
 「ボランティアも大変ね」
 「そうなの、そのひとはエサをあげているだけじゃなくて、捕まえては避妊しているんだけれど、結構な出費よね、でも近所の人たちには評判が悪くてね」
気の毒に、報われない。ネコ嫌いは多いからね。
などと話しているうちに試合が始まった。この日の相手は昨シーズンの覇者・鹿島アントラーズで、奇跡は起きる気配もなく、四対一のボロ負けであった。こんな惨めな試合がこの後何ヶ月も続いた。けれども、にわかサポーターで、しかもきっかけの「オシム監督」はとうにいないのに、私は欠かさず千葉に通った。こずえと四方山話をするのが楽しかったせいもあるにはあったのだが、今考えても不思議。ダメなチームを応援するサポーターというのも実に不思議な種族だ、とまるでひとごとのような感慨を持つ。
 
翌日曜日、田畑あや子に電話をした。共通の友人が田畑の家のそばに住んでいて、いつも二人は休日の夕食を一緒にしている。その友人は大変なネコ好きなのだが、当時は飼っていなかった。クロ一家を預かってもらえないか聞いてもらおうと思ったのだ。ちょっとの間でいい、必死になって里親を探すから、その間だけ。彼女のうちは一軒家だから庭に仮住まいさせてもらって、多分大丈夫だろう、と考えた。
 「うーん、むずかしいと思う。あのひとここ最近続けてネコを亡くしているからね、二匹とも二歳になる前だったから、ナーバスなのよ、ネコには。どうも私には荷が重いわ、自分で電話したら」
と難色を示す。そうだろうか、でもいっときだからきっと「いい」って言ってくれる、長年の知り合いだし、と軽く考えた私が甘かった。きっぱり「ダメ」といわれた、理由はよく分からない。
 それでは、どうする。
ひょっとすると、と思い、窓を開けると、クロがすさまじい剣幕でうなり散らす。般若クン、やっぱりまだいたのね。
 しかたがない、千葉在住の兄に電話しよう。悪いけど、しばらく預かってね、庭に箱ごと置いといてね、えさをつけておくから。兄の家は千葉市内(なんだかんだと千葉には縁があるのだ)から車で三十分以上の畑の中、遠いなあ、タクシー代かかるだろうな。
 「えっ、ネコ? それも全部で六匹!」
電話に出た兄はなんだかんだと言う、嫌なのがはっきり伝わる。兄は母と同じネコぎらいなのだ。でも、いやもおうもありません、置いてもらいます! と無理やり言って電話を切る。こんなとき、母の面倒を見ている立場は強い。「おかあさんが壊れたらどうするの!」
 
これでとりあえず里親探しに集中。パソコンをあけ、何人かにメール、お願い一匹でいいから引き取って。そうそう、店の休憩室にポスターを張ったらどうだろうか。
夜、そっと庭に出る。息をつめ、ネコたちの様子をうかがう。クロはどうもいないようだ。ダンボールからごそごそと子ネコたちが動く音がする。そこにうす茶のネコ(覚えておいでですか? 発情期に、お向かいの駐車場でもだえていた、ノラコがいつも怯えている、あのネコです)が通りかかる。体格のいいつやつやとしたネコ、これはどうなる、襲うか? と思うまもなく、うす茶はチラッと視線をダンボールに落とし、尻尾をピンと立てそのまま通り過ぎていく。
翌月曜日の朝、母が緊張した顔で台所のテーブル前に座っている。
 「あのネコたち、下の駐車場に箱のままおいてきたらどうだろう。このままじゃあノラコだってかわいそう」
 ノラコ? おかあさん、いつからノラコを気にかけるようになったの? しかしこの場合、ノラコはともかく脇において。坂下の駐車場は何度か書いたように、ソトネコのたまり場になっている。けれども、いくらなんでも捨てネコなんて、非常識、ご迷惑。
 「お母さん、大丈夫、きのうお兄ちゃんに電話して、とりあえず預かってもらうことにしたから」
 「お兄ちゃん? あのコ(もう六十歳を過ぎています)はネコ嫌いだから、預かるわけないよ。アンタがやならアタシが持っていくから」
 と立ち上がる。杖を取り、ヨタヨタと居間を横切り、窓をガラガラ。お母さん、アナタが大きなネコ入り箱を持てるようなら介護認定はされません。
老母、「コラッ、ネコめ!出てけ!」と杖を振り上げる。おーおー、ここにも般若が。それはともかく、お母さん、血圧が、血圧が。クロは半身を起こし、子ネコをぶら下げたまま、臨戦態勢、ギャオー、ウーー、ウーー。近所中に響きわたる。飛びかかろうとするが、仔らがしがみついて飛べない。これは剣呑な事態。
ヒトとネコの般若対決は、より必死なネコの勝ち。母は興奮したままよたよたと戻る。椅子にドタ、なんたって身長一四二センチで、五七キロですから。
 「ネコはノラコだけでたくさん、これ以上いらない」
 老母は叫ぶ。
 「お母さん、大丈夫、お兄ちゃんがいいって言ってたから、いやでも、置いてきちゃえばいいんだから、令子さん(兄嫁)がネコ好きだから面倒を見てくれるよ」
とにかく、窓を開けるな、窓を開けると、クロが飛びかかるよ、と母に言い聞かせ、あわただしく出勤。
月曜日は兄嫁が母の面倒を見に千葉から来てくれる日である。きっと母は兄嫁にくどくどとネコ話をするだろうな。母のしつこさに負けないで、と祈るばかりだ。
 
木戸をギイーィっと開け、狭い小路を歩き、暗い気持ちでダンボールへと視線を・・・、あらっ、ない、ない、ダンボールがない、しかも二つともない、どうしたんだろう。兄嫁が根負けして、ダンボールを持っていったんだろうか。置いていかれた方はいい災難だろうな。
遅いから母は寝ている。すぐに千葉に電話。
 「ああ、ネコたちね」と電話の向こうの兄嫁が言う。「ネコが勝手に引っ越しちゃったのよ。もうひとつのダンボールを片付けようと思って窓をあけたら、クロが子ネコをくわえて連れて行くところだった」
 と兄嫁はあっけらかんと言う。
 「ええっ、それって追い出しちゃったの?」
 「違いますよ、ネコは産んだ仔を隠す習性があるから、さんざん覗けば、引越ししますよ、人目のある、手の届くところに四日もいたなんて、ずいぶん長い方です」
 と整然と答える。続けて、小さい頃、飼っていたネコが産んだばかりの仔たちを箪笥の引き出しに隠した話をする。似たような話は後に田畑からも聞いた。田畑家のネコは仏壇の裏に隠したという。
 ネコの習性がどうあれ、クロが出て行くとは思いもよらなかった。ここは絶対動かない、という不退転の決意を感じていたから。
 翌朝、母はのっけに、私が追い出したんじゃないよ、と言う。
 「令子さんがダンボールを片付けようとしたら、出て行っちゃったの、アタシじゃないよ。お母さんは、アンタに窓を開けるな、って言われたから、ずーっとこの椅子に座っていたんだから」
と晴れ晴れとした顔で言う。もういい、クロは出て行ったんだから。千葉までタクシーでいかなくてすんだ、なんだか腑に落ちないけれど、これでこの件は落着。
振り返ってみて不思議なのは、ノラコが全く動揺していなかったこと。同じ敷地に、しかも数メートルのところに、クロが一家をなしているなんて、カケラも思わないような泰然自若ぶり。クロもノラコになぞかまってはいられなかったのだろう、出産前からの宿主のところにせっせと通い(いまだにどこだかよく分からない)、栄養補給に余念がなかった。
ニンゲンばかりがドタドタとあわてていた四日間であった。
ネコ

プロフィール

田口久美子
1973年キディランド八重洲店で書店員としてのキャリアをスタート。76年、西武百貨店書籍販売部門(のちリブロ)入社、船橋、渋 谷各店を経て池袋店店長。現在はジュンク堂池袋本店副店長。書店の現場で起こるさまざまな出来事を、皆さんにそっとお教えします。

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