二〇〇八年の冬は寒かった。ジュンク堂池袋店は路面店なので天候の影響をもろに受けやすい。土曜・日曜に雨が降っては天を恨み、カンカン照りが続けば涼しさを求めて小雨を天に乞いたくなる。
とりわけ雪の日は最悪だ。
雪といえば思い出すのは九八年(ジュンク堂池袋店は九七年にオープンしました、あっというまの十年です)の冬、大雪が少なくとも三回は降ったと記憶する、しかも立て続けに。ガラ―ンとした店内でため息をつきながらガラス越しに空を見ていた。開店して半年もたたないうちにこんな災いに見舞われるなんて、きっと凶兆に違いない、などとくよくよしていた。矢寺範子と二人で「来年もこの店はあるだろうか」と暗い顔をしてひそひそと話したのを思い出す。
二度目の雪が溶けないうちの三度目の雪の日に、店を夕方に閉めてしまった。後で聞いたらジュンク堂では初めてのことだという、箱根の関を越えた最初の店だったからだろうか。
雪かきがおっつかなかった、なんたって雪かき道具がなくて、男性社員がちりとりで必死に作業していたのだもの。左隣のメガネ屋さんも右の証券会社もきれいに雪かきをしていて、ジュンク堂の前だけこんもりとした雪。横断歩道の真ん中にある三角州にも手付かずの雪。積もる一方の雪に私たちはお手上げであった。
本を買われたお客さんが滑ったらどうしよう、と私たちははらはらした。そういえば、こんな雪の日にタクシーで訪れたお客さんがいて、もう私は走りよって握手をさせていただきたい、と心底思ったものだ。
「客足」という日本語は「途絶える」という述語に実にしっくりくる、などと妙に感心したりして。
ちなみに次の年からからは、このことに懲りて、雪対策を事前にねった。しかし以後にこんな連続大雪が降ることはなかったと思うが、どうだろう。
そうそう、この年の二月には長野オリンピックがあって、認知度の低い私たちの店にはさらなるダメージだった。とはいえ、とここで余計な話になるのだが、この四年後の、あの二〇〇二年の日韓ワールドカップに比べれば、ダメージは少ない方だった。あのときのお客さんの減りようといったら、北京オリンピックよりもっと影響があった、という話になると長くなるので――。
以前は雪の日に心配するのは店のことぐらいであったが、ノラコがソトネコでいついてからは心配がもうひとつ増えた。しかも店の心配は私がくよくよしてもどうにもならないが、ノラコの心配は工夫すれば少しは防げそうなので、余計に心が疲れる。
ノラコが我が家に帰還してから、寒さ対策をどうしたものか、と首をひねっていた。彼女は相変わらず下の路地のP家付近から出てくる。ネコがどの程度寒さに強いのか素人の私には分からない。こんな場合は「正しい書店員」として本を参考にするのだが、たいていのネコモノは「飼い猫ばなし」なのであまり参考にならない。
「大丈夫なんじゃない、近所の野良たちは結構元気に飛び回っているよ」というのが私の打診に答えた知人たちの平均的な答えであった。「ネコは砂漠が原産地だから、暑さには強いけど、寒さにはねえ。でも立派な毛皮を着ているから、大丈夫じゃないの」と答えた「ネコ博士」もいた。「ネェーコはコタツで丸くなる」という歌が頭の中でグルグルまわり、なんとかしなくちゃと私は思案にふける。
台所の通用口前に簡易防寒小屋を作ってみよう、と思い立った。我が家にノラコ一家が棲みついた原初の場所である。老母がトイレ前の窓を開けて「ノラコやノラコ」と呼ばわっている小さなスペースの突き当たりだ。
百円ショップで四〇×五〇センチ角の金網を買ってきた、白くコーティングしてあり、ざっくりした格子になっているやつ、台所で鍋やおたまを掛ける道具。
四枚をひもでつないで立方体にした。周りを不要になった浴室カーテンをたたんでくるむ。外壁にもたせ掛ける。だがそれだけでは安定しない、ゆらゆらする。一リットルのペットボトルに水をいれて満たし、壁側に二本乗せてみたらなんとか独り立ちをした。寒さがじかに伝わらないように、その辺にほうってあったビールケースの上に乗せた。前方から襲われたときに逃げられるように後方に空きをつくる。風よけにB全の使用済みパネルを会社から持ってきて脇に立てかける、風で飛ばされないように角を埋める。両脇を石で固定する。中に小さな座布団やらフリースやらを持ってきて敷く。
でもどうみても寒そう、横風はパネルで防げても前方からの風は吹きさらし。上には一メートル四方のひさしが突き出しているのだが、どう考えても雨は降りこむ、雪にいたってはなおさらだろう。おいおい考えていかなければ。
ない知恵を絞った私を裏切り、ノラコは近づこうともしない。この場所で何度もクロに襲われ、身体に恐怖がしみついているのだろうか。それともP家あたりのねぐらが私が思っているより暖かいのだろうか、それならそれで。
ノラコが近づかないので、しばらく小屋はそのまま放置していた。ある夜トイレ前の窓を開けると、小屋の中になにかの気配、台所の電灯に照らされてネコらしき形がうっすらと浮かび上がっている、ドアがガラスなのだ。ノラコ? と思ったのだが、どうも違う、気になるので、ごめんね、と言いながら懐中電灯で照らした。お腹から黒と白に分かれているネコが震えながら寝ている。顔も鼻の上がクロ、下がシロ、ぶちネコちゃんである。
うーん、どこかであったネコだ。そうだこの前、駅に向う大きな道路を悠然と横切っていたあのネコだ。体は小ぶりだが顔が大きく、その顔はすっくと前を向き、堂々と美しく歩いている。あのネコに比べるとノラコは一枚も二枚も格が落ちる。あー、ああいうネコが欲しい、と思ったあのネコだ。こんな路地の奥までお出ましですか。
いや、もっと前から記憶があるぞ、道で見かけたときも初見とは思えない既視感があった。急いでいたから邪念はすぐに振り払った覚えがある。
あれはー、そうだ、クロがどこからやってくるのだろうか、と坂上までたどり、コロニーを発見したQ家の子ネコ、あの時もその毛並みの美しさにノラコと取り替えたいと一瞬欲望に負けそうになった、あの二匹の兄弟子ネコのうちの一匹。何度目かにいったときはもういなかった、あのネコ。絶対そうだ。生きていたのねキミは、ずいぶん大きくなって。どこがねぐらなの?この時間帯に外にいるなんて、キミは野良なのね。もう一匹の兄弟はどこ?
翌朝、小屋は空っぽであった。だが、ぶちネコはこのあとも二、三度顔をみせた。ノラコよりひと月かふた月ほど(たぶん)年下の白黒ちゃんは、どうも温和な性格らしく、ノラコと鉢合わせしても、ノラコが逃げる前に背中を向ける。ノラコは、なんだよ他のヤツと勝手が違うじゃないか、なんていう感じで、それでもおっかなびっくり歩を進めている。以前も書いたが、ノラコはずっと年下の子ネコにあっても後ずさりをするほどの臆病ネコなのだ。なのにそのノラコに道を譲るネコがいるなんて、世の中は広いのね。
この白黒ちゃんがお出ましになったのは一月の終わりごろか二月のはじめごろ、ネコにさかりがつく頃だった、あっちからもこっちからも発情期の声が聴こえた季節だ。「梅の咲くころにネコは発情するの」と友人の佐藤こずえは言っておった。きっと彼(オスだと思う)もそんな季節の放浪だったのだろう。ただまだ若いから成果が上がったとは思えないけれど。
そして、(今の時点で)最後に白黒ちゃんと会ったのはこの年の夏であった。一緒にもう一匹ネコがいたのだが、それはまた後で。
白黒ちゃんだけでなく、いろんなネコが小屋に目をつけるようになった。茶トラだったり、シロっぽかったり、もちろん例のクロも。そしてノラコだけが近づかない。
雪の夜、はらはらしながらうちに帰る、ノラコはびしょぬれになっていないか、風邪を引いていないか。もう夜の十一時、水っぽい雪がボタボタと降っている。ネコは水が嫌い、雨が嫌い、雪はもっと嫌いだろう。一週間ほど前にも雪は降った。やはり帰りは同じ頃だったが、私の心配をよそにいつもの鈴の音を聞きつけて走ってきた。
でもよく考えると、一週間ほど前の夜はもう雪はやんでいたかもしれない。積もった雪を蹴立ててノラコは走ってきた。よく来た、よく来た、という私の声を聞きながら、あっという間にごはんを食べ、あっという間に帰っていった。
いつもは食べ終わった後、その辺をぐるぐるしながら(長いときで三十分ぐらいかける)、腹ごなしをして、もう一度食べる。二度目を食べ終わるとさっさと帰る。なかなか帰らないときはお腹をすかせた私が業を煮やして、爪先立ちでそうっと歩き、玄関の戸を少しずつ開けて家の中にすべりこむ。ノラコは知らん顔して背中を見せている。あるとき時間をおかずに、ドアを半開きにして様子をうかがってみた。そこにはノラコの姿はもうない。用は済んだとばかりに帰っていったのだ。
この日の雪はいつまでも降り続き、やむ気配がない。心配したとおり鈴を鳴らしてもノラコは来ない。一日ぐらい食べなくっても飢え死にはしない、それに水はしこたまあるし。と玄関のドアを開けようとしたら、ニャオーニャオーという切羽つまったような声。しーんとした夜の雪の中に響く。あの声の質は、まさしくノラコ、いつもはもっとか細い声なのに、今夜はどうしてそんなに大きいの。
どうしたのノラちゃん、ノラちゃん。声のほうに駆け寄る。声はO家の車の下から聞こえる。のぞくとノラコの下半身が見える。ニャオーニャオー、と響く声。でも出てこない。分かった、雪だからそこで食べたいのね。待っていなさい、ごはんを持ってくるから。
お待たせ、ほら、ごはんだよ。と車の下をのぞいたら、ノラコが向こう側に走っていくのが見える。どうしたの、ごはんでしょう。私は車の周りを回る。あっという間にノラコはO家とP家の間の隙間に消えた。
なんだったんでしょう、いったい。単に「今日は雪だからごはんはいらない」って言いたかっただけなの? それであんな切羽詰った声を出すの? と皿をかかえて我が家に向って歩こうとしたら、私の足跡が、積もった雪道に、我が家から車まで点々と、車の回りにも点々と、そして帰っていく私の足跡も点々と。私の足跡しかそこにはない! どうしよう、怪しい隣人、とO家の住人に思われたら。
雪は嫌いだ。
いつまでたってもノラコは小屋に入らないので、小屋は撤去。ただビールケースはそのままに、浴室マットやらひざ掛け毛布やらを分厚く敷いたままにして。ちょっと様子を見ていたら、ノラコがふんふんと鼻を嗅ぐ気配、いいぞ、いいぞ、としばらく横目で見ていたら、ある日ちゃっかり座り込んでいた。
この二月始めごろは、先ほど書いたように、この付近のネコの発情期だったらしく、ネコのうめき声が聞こえない日はなかった、ちょっと大げさかもしれないけれど。ネコの妊娠から出産までは二か月ということなので、この賑わいの結果、生まれてくる子たちは四月ごろということになる。
ある休みの日、例のうめき声がごく近いところから聞こえる。あの発情の声を文字にするとどうなるのだろう、私には「ア・ウ・ウー」と聞こえる、アの声は少々つぶれ気味、最後のウーが高く大きい。
どんなネコが発情しているんだろう、とサンダルを突っかけて外にでる。お向かいのM家の角から、今出てくるぞ、出てくるぞ、うめき声が近づいてくる。高らかにおおっぴらに「ア・ウ・ウー」と繰り返している。
あら、あんたクロじゃないの、ここんとこウチのノラコにちょっかいを出していない、と思っていたら、こんなことで忙しかったのね、そうなんだ
一体メスが鳴いて、匂いを発散させて、誘うのか、オスが誘うのか。「ネコ博士」の話ではメスだそうだ。動物は、人間も含めて、メスがオスを誘う、メスが発情してオスにおいでおいで、をする。オスはどんなメスでも誘われると突進する。メスは誘ったのに、そのオスが気に入らないと、見向きもしない。
メスはマッチョなオスが好き、と田畑あや子は言う。「ねえ、あのうめき声は全部メスなの」と田畑に聞くと、「そうとばかりはいえないみたいで、やっぱりオスもうめくよ。鳴き声より匂いのほうが誘う力は大きいみたい」とよく分からない答え。とにかくあの声は発情している声。
クロの性別もいまだに不明、きっとメスなんだろうな、状況証拠にかんがみても。あのQ家のコロニーの母親なんだろう、ちょっと離れて見張っていたし。でもメスがあんなにしつこく同性を追い回すものなのだろうか、避妊している茶々やノラコを。おっかさんとも喧嘩していた。単に戦闘系のメスなの? いいや、私はオスだと思いたい。
ある暖かい日、久しぶりに台所の窓を開けて風を入れていたら、O家の駐車場にネコが一匹、全体がうす茶でお腹が白い、顔はタヌキのお面を貼り付けたよう、愛嬌があるともいえるが。尻尾が茶トラになっている。ノラコはこのネコの気配を感じただけでさっと逃げ出す、あれっと思って目を凝らすと、こやつが悠然と歩いてくる、という場面を何度も見た。
どてっと寝転んでお腹を出し、身体をくねくねと左右に反転させながら高らかにうめきだす。「ア・ウ・ウー」、何度も叫ぶ。これはメスですな。盗み見をしているようで、私が恥ずかしい。
そう、この頃は喧嘩の声もあっちこっちで上がりました。ウーといううなり声とギャオー、ギャオーという、文字ではなかなか表現できないぐらいのすさまじさ。山なりになってにらみ合い、一歩も引かない二匹のオス(これはオスに限るそうで)を見かけたこともありました。あんまり長いことにらみ合っていたので、どっちが勝ったか見定めませんでした。
こんな時期だったので、避妊手術をしているノラコはどのネコにもかまわれなく、なんとなく余裕が感じられる。どこからかうめき声が聞こえても知らん顔。ただ喧嘩の声が聞こえるとおびえて、いつものようにさっと姿を消す。
だから、だったと思う、ノラコは台所通用口前の「ネコ様御席」に居座りました。定席になったからには、雨風を防ぐ工夫を、と私も奮闘したわけです。上のひさしにビニールやらネットやらをめぐらし、少しでも快適にとがんばりました。
当然のように母や、週に一度通ってくる兄嫁や妹から「あんなみっともないボロ小屋、なんとかならないの」という声が上がった。聞かないふりをして(私だってみっともない、と思っている)何とかしのいだ。ただでさえ庭は草ぼうぼう、家も築四十年近くの陋屋、そこに追い討ちをかけるようにボロ小屋、胸が張れるわけがない。
あれもこれもノラコさまのため。思い返せば一年前の夏、庭に現れた二匹の子ネコを追い払おうとして追い払えなかったことが、すべての発端であった。おかげさまで、こんな文章まで書いている。




