【Story】
第二次世界大戦下のドイツ。戦地で左目を負傷した将校・シュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)は、祖国の平和のためにヒトラー暗殺計画を思いつく。過去に40回以上の暗殺計画をくぐり抜けてきたヒトラー(デヴィッド・バンバー)とその護衛たちを前に、大佐たちの計画は成功できるのか……。


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【キャスト&スタッフ】
監督:ブライアン・シンガー
出演:トム・クルーズ、ケネス・ブラナー、ビル・ナイほか
絶賛公開中!
第二次世界大戦下のドイツ。戦地で左目を負傷した将校・シュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)は、祖国の平和のためにヒトラー暗殺計画を思いつく。過去に40回以上の暗殺計画をくぐり抜けてきたヒトラー(デヴィッド・バンバー)とその護衛たちを前に、大佐たちの計画は成功できるのか……。

やはり、現在のアメリカは「チェンジ」を望む風潮なのだろうか、「ワルキューレ」はヒトラー暗殺を企てた実話に基づいた映画だが、その少し前には「チェ・ゲバラ」シリーズの革命映画があったし、これからも史実に沿った映画が他に続くのだろうかとつい想像してしまう。そんなものはただの偶然に過ぎないのかもしれないが、しかしそんな風にも思いたくなるのは、「チェ・ゲバラ」もそうだったが今回の「ワルキューレ」も淡々と物語が進んでいく印象だったからで、派手なアクションシーンも特になく、変わった趣向も作り込んだ人間ドラマらしきものもほとんどない戦争映画を、僕は一体どのようにして見ればいいのだろうと、スクリーンを見つめながらただ呆然とするしかなかったのだが、現在のアメリカの状況と照らし合わせると、少し違った見方ができるようになったのだった。つまり、今のアメリカ人にとってはこのぐらいがちょうどいいんじゃないか、大統領が声高に「チェンジ」と叫ぶ中、なにか変わるかもしれない、良い方向に向かうんじゃないかという期待と不安で高揚している国では、腰を落ち着かせて革命の映画を観る時は、盛り上げる演出はかえって邪魔になるのかもしれない。なぜならば、現実の世の中ですでに大いに盛り上がっているのだから。問題は、その盛り上がりが現実の世界では成功しなければならない。成功するために、冷静な視線を彼らは欲しているのではないか。
「ワルキューレ」は革命が失敗に終わった物語だ。ワルキューレ作戦は失敗し、ヒトラー政権は覆らなかった。観客にとって大事なのは、ワルキューレ作戦が失敗した史実であると知りながら事の経過を追っていくことにある。ヒトラーの暗殺と、文書と電話の情報操作だけで政権を転覆させようとする作戦は、じわりじわりとした緊張感があるが、観ているとなかなかに地味だ。しかし、この映画の模範となるべき観客はこれを望んでいなければいけない。じっくりと、どう失敗するのかを見届けるためにこの映画が存在するからだ。僕は革命について全くの無知だが、ワルキューレ作戦をやはりチェ・ゲバラ達の革命と比べるのならば、民衆の支持があるかないかが大きな違いだろう。ワルキューレ作戦は、トム・クルーズ演じるシュタウフェンベルク大佐という軍人が起こした、いわば軍事クーデターだ。それは、いくら相手が独裁者ヒトラーであるとしても変わらない。しかし今、現在からヒトラー政権を振りかえる時、その企てがいかにも民意であるかのように描かれる。確かに、ドイツ国内の軍や政治家の中にあれだけの反ナチがいたという事実には驚かされたが、決してドイツ国民が自主的に立ち上がったわけではないはずだ。つまり、機は熟していなかった。そのために情報操作のみを駆使して革命を起こさざるを得なかった。
もちろん、アメリカは民主的な投票によって新しい大統領を決定したに違いないが、英語もよく分からない日本人が買うほどに見栄えの良い演説と、分かりやすく具体性のない言葉で選挙に勝ち上がったのであれば、ここになにか類似するものが見えてくる。ヒトラーがあの大声を荒げてやる演説によってドイツ国民が奮い立ったというのは有名な話だし、どうして「ワルキューレ」がこの時期に映画化されたのかを考えると、国民の後ろ盾がないまま革命を行い、失敗したシュタウフェンベルク大佐からなにか教訓めいたものを発見するのならば、ひとつは、大統領は自分達が選んだ代表者なのだから、失敗はさせないという期待の入り交じった決意の表れだ。そしてもう一つは、軍事クーデター的な革命家であったシュタウフェンベルク大佐を、映画とトム・クルーズによってあたかも民意の期待を一身に背負って失敗した悲劇のヒーローに祀り立てることだ。シュタウフェンベルク大佐が「私は総統のためでなく、祖国の為に戦う」「ドイツ人はヒトラーだけじゃないというところを見せてやる」といった言葉を発することによって、ナショナリズムは正当化される。その時、獲得していたはずの冷静さはどこかへ行ってしまい、繰り返される戦争の物語にまた戻っていくだろう。

作家。1980年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。
2004年『真空が流れる』で第36回新潮新人賞を受賞。
著作に『オブラディ・オブラダ』(光文社)、『陽気で哀しい音楽に』(ポプラ社)がある。