映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】

 80代の老人として生れ、そこから徐々に若返っていく運命のもとに生まれたベンジャミン・バトン。時間の流れを止められず、誰とも違う数奇な人生を歩まなくてはならない彼は、愛する人との出会いと別れを経験し、人生の喜びや死の悲しみを知りながら、時間を刻んでいく。

Review

佐藤弘

 

 まず言っておかなければいけないのは、「ブラッド・ピットってなんてかっこいいんだろう」ということで、これはなにも渋谷にいる十代の女の子に聞いたアンケートの凡庸な答えなどではなく、ブラッド・ピットがかっこいいということは、この映画にとって非常に重要なのだというのを最初に確認しておかなければならない。僕はこの映画を試写会で見たのだが、映画が終わって出口に向かっている時にはやはり、後ろにいた女性二人が「ブラッド・ピットのかっこよさはマジ異常」であると興奮気味に語っているのが聞こえてきたし、彼女らにそう植え付けさせたのは、ブラッド・ピットがただ単純にかっこいいからではなく、某携帯電話会社のCMに出ているブラッド・ピットもやはりかっこいいかもしれないが、その何倍も上回る、「異常」と言われてしまうほどのかっこよさに溢れていたのは、「セブン」「ファイト・クラブ」でブラッド・ピットを撮り続けたデビット・フィンチャー監督だからできたというのももちろんあるだろうが、それよりもこの物語の力によるものが大きかったのではないか。
 生まれた時には80歳の老人で、年を重ねるごとに若返っていく、という設定のこの物語を、僕は最初に原作を読んで知っていたのだが、そのスコット・フィッツジェラルドの原作「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(イースト・プレス刊)は短編なのだけれど、もっとシビアだった。いや、物語の描写の仕方は映画よりも簡潔で、数段コミカルで読みやすいが、そこに凝縮されているものはシビアだった。
 小説に比べて映画は長い。2時間45分もある。この長さはある意味、ハリウッドだからなせる豪奢な力技だと言えるのかもしれない。一人の男の生まれた時から死ぬまでをここまで丹念に丁寧に描いたらそりゃ感動せざるをえないぜ、という具合だった。ベンジャミンが成長していく際、出生の不幸ではない人生における本当の意味での不幸へと堕ちかけるのを、ベンジャミンは様々な人との出会いによって幾度となく回避するが、その人々らの設定も本当に上手いとしか言いようのないものだったし、挿入されるベンジャミン以外の人物たちのエピソードも巧みに練られていて見事だった。
 それなのにこの映画の感想を表わすのに困ってしまうのは、どうしたって凡庸な言葉しか出てこないからで、それは「ブラッド・ピットってかっこいいよなあ」という凡庸さよりももっと退屈な、「人は孤独である」だとか「愛は永遠ではない」などといったしたり顔で語ってしまいそうな危険と常に隣り合わせで、それらの言葉は真実かもしれないが、それをそのまま言ったところで、言った本人が恥ずかしさで顔が真っ赤になるだけで何の意味もない。もっと魅力的なものがこの映画にはある。2時間45分という長さと、その長さを退屈させないプロ集団の(言葉は悪いが)忍耐と根性により、フィッツジェラルドの描いたシビアさを獲得し、さらにエンターテイメント性を勝ち得ている。そして、この映画の成功とはつまり、有無を言わせないその強引さをプロ意識で押し切ったところにあるのではないかと思う。
 ブラッド・ピット演じるベンジャミンが中年の大人になる頃、見た目は年齢よりも若い青年となっていた。幼児期、青年期の幸福を全く味わうことなく老人として生きてきたベンジャミンはずっと孤独だったが、彼が青年として生きるこの時に最愛の人と結ばれる。けれど、それが長くは続かないということを誰もが気付いている。なぜならば、二人は同じように年老いていくことができないからだ。しかし、不粋を承知でここで言いがかりをつけるのであれば、必ずしも二人は離れる必要などないはずだ。普通、人は妥協と我慢で日常を生きている。彼らが完璧ささえ求めなければ、つまりドラマ性を脱ぎ捨てることができれば物語はもっとすんなりと終えられたはずだ。
 しかし、ずっとベンジャミンの生い立ちを追って観てきた観客は、おそらくそうは思っていないだろう。なぜならば、今までずっと老人を演じ続けていたブラッド・ピットがベンジャミンのまさに幸せ絶頂の時に、その老人の扮装を全て脱ぎ終え素顔になっているからだ。その端正な顔つきが現れた時、その磨き抜かれたフィクション性が、プロのハリウッドスターとしての説得力が、若々しさに充ち溢れたベンジャミンは年を取っていく最愛の人と連れ添っていくのが不可能であるという嘘を納得させる。それほどブラッド・ピットという俳優はプロだった。皺だらけの顔がすべすべになった時、予想以上の驚きが理性を麻痺させる。それはフィクションがリアルを凌駕する瞬間であり、そして実はフィクションによって真実が日常に勝る瞬間でもあるということを忘れてはならない。

プロフィール

佐藤弘(さとうひろし)

作家。1980年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。
2004年『真空が流れる』で第36回新潮新人賞を受賞。
著作に『オブラディ・オブラダ』(光文社)、『陽気で哀しい音楽に』(ポプラ社)がある。
 

ポプラビーチを読んだ感想をぜひお寄せください。
皆さまのおたよりお待ちしております。
感想を送る
WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社
ポプラビーチトップへ戻る