映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】

 

とある都会の街角で、一台の車が立ち往生していた。運転していた日本人の男が、突然視力を奪われてしまったのだ。医者にも原因不明と言われた男だが、各地で失明者が続出していたのだった……。

Review

佐藤弘

 極限状態に陥った中で人はどのような行動をとるか、という話はおそらく誰でも一度は考えたことがあるほどよく使われる設定ではないか。「ブラインドネス」は驚異的な伝染力によって人々が盲目になっていく姿を描いた物語だが、数々ある他の物語と同様、盲目の人だけの世界は、思いやりや助け合いといった正論が剥き出しの暴力によって破壊され、暴力によって収容所内は独裁政権の様相を呈していく。暴力をする側も受ける側も、思うように動けずおぼつかない足どりと手探り状態の中で生活しているのだから、その様は見ていてとても痛々しいが、他の類似した物語と「ブラインドネス」が一線を画すのは、この映画が「極限状態の中で人間性を剥がされてしまった人間」を描きたいだけでなく、そのような状況の中、一人だけ目の見える人間、つまり通常の理性のある行動のとれる人間がいたとするならば、一体どういった行動をとるのか、ということに焦点が置かれているからだ。だから、この物語は理性を一度だけでなく、二度暴くことになる。
 唯一目の見える女性は最初は良識ある行動を取る。周りの者たちの介護をしてやり、目が見えることを隠しつつ自分の夫の傍にいる。周囲の者たちは誰も自分を見ていない(見られない)から、公然とプライベートな行動をさらけだすが、それすらも彼女は受け止めていく。目が見えない不安とストレスが次第に溜まっていく中、彼女はどこまでも献身的だ。そして重要なのは、彼女は一人だけ恵まれた立場の人間なのに決して指導者にはなろうとしないということだ。つまり彼女は日常生活をしている一個人としての立場を全うしようとする。
 そこに一人の暴君が登場する。その暴君よりも強い立場にいる彼女は、当初は周囲の人間と同じように暴力に屈するが、我慢の限界に達した彼女の理性が破綻を来たすのと同時に、コミュニティは崩壊する。けれど、崩壊した後も彼女は決してリーダーにも暴君にもならない。
 この物語の主人公である女性は物語を引っ張る力を持ち合わせているのにも関わらず、絶対にその権力を行使しようとせずに、ヒーローにもヒールにもなるのを拒否しながら、他の登場人物となんら変わらない行動を取り続ける。映画を観ている者は、当然ながら主人公である彼女に感情移入するだろうが、なにか歯がゆい、得体のしれない気持ち悪さを感じるだろう。なぜならば、彼女は物語内に存在しつつも、観客と同じように外側の人間でありながら、なおかつ唯一行動を起こせる人間だからだ。
 通常の場合、悪人が登場すれば主人公はそいつを倒そうとするだろう。そうだからこそ観客は爽快感が得られ、または失望したりできるわけだが、もし、あなたが本当に当事者だとしたら、すぐに行動には移せないだろう。つまり、簡単には人を殺すことはできないし、他人を見捨てたりもできない。人はそんなに簡単には固定観念を捨て去ることはできないし、自分勝手に振る舞えないからだ。主人公が持つこの歯がゆさと気持ちの悪さは、通常の自分たちとなにも変わらない。だから、この映画は本当は日常の自分たちを丁寧に描いているに過ぎなく、暴こうとしているものは、極限状態に身を置いた人間ではなく、日常の理性を保ったままの人間そのものだ。なにもあなたたちは極限状態に陥らなくとも、オブラートに包みながら隠蔽しつつも常に他人を見捨て、いつも自分勝手な行動を取っているでしょう? この映画はそんな後味の悪さを観客に見せつけてくる。
 極限状態を描くために様々な性格の人間を登場させてカオスを作り出しているが、もしかするとこの映画は、主人公ただ一人を見ていればいいのかもしれない。なぜならば、見苦しいほどに固定されない善悪や、美しいものや汚いものといった様々な人間性のうごめき全てを、その一人の人間がすでに持っているからだ。それは、日常の中で生活している僕らとなにも変わらない。

プロフィール

佐藤弘(さとうひろし)

作家。1980年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。
2004年『真空が流れる』で第36回新潮新人賞を受賞。
著作に『オブラディ・オブラダ』(光文社)、『陽気で哀しい音楽に』(ポプラ社)がある。
 

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