映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】


舞台はスイスの小さな村。街から遠くはなれ、山に囲まれ皆ひっそりと暮している。村に住む80歳のマルタは、夫に先立たれてから生きる希望を亡くし、ただぼんやりと毎日を過ごしていた。そんなある日、買い物に訪れた街で忘れかけていたかつての夢、“自分でデザインして刺繍をした、ランジェリー・ショップをオープンさせること”を思い出した。マルタは友人とともに夢のために動き出す。

Review

木村衣有子

 いんげん、じゃがいも、ベーコンの炒めものが盛りつけられた白い皿。マルタと亡夫、各々の名入りのナプキンリング。それらの「もの」がスクリーンに映しだされて、映画が始まる。これはきっと、目を楽しませてくれる種の映画にちがいないとの確信を持った。そして、まさにそのとおりだった。

 筋は、単純だ。スイスの小さな村に暮らすマルタおばあさんが、若い頃の夢を叶えるお話、である。
 この現実的な夢物語の中で目を凝らすべきは、すみずみまで手抜きのない小道具と、80歳のマルタの情熱だ。
 ランジェリーショップを開く、という夢を50年前に夢見ていたとき、その場所はパリのシャンゼリゼ、窓にはベルベット、試着室にはグリーンのカーテンを引く、など、マルタの頭の中にはお店のインテリアまで詳細に描かれていた。亡夫の遺した衣類をそろそろ整理しなくてはと開けたクローゼットの上の段には、その夢の玉手箱がしまいこまれている。中には、昔マルタが作った、繊細なレースの下着があった。箱を開けてから、マルタの夢は再び目覚める。このお話のひとつの鍵となるこの紙箱は、水色の地に、赤系統のバラの花の絵が描かれているというもの。そのデザインに、すでに、夢がある。個人的には、まるでそっくり、でもないのだけれど、フルーツパーラー『銀座千疋屋』の包装紙を思い出した。ランジェリーショップとフルーツパーラー、商う品は違えど、なにか近しいものに思える。日常の当たり前に堕してしまうこともあるものにきちんとスポットライトを当て、きらきらして見えるように舞台に立たせてあげる、そういう役目を担っているからか?
 マルタが、自ら選んだレースを使って、デザイン画も書いて、ひとつひとつがお手製の下着は、優雅で、かつ、ちゃんとエロティックだ。とても趣味がいい。
 村の人々のほとんどは、それを受け入れられない。年甲斐もなく下着の店を開くなんて、と、あからさまに中傷する人も少なくない。しかしマルタはひるまない。
 偏狭な人たちがこちらを見ている、そこで「ロマン」や「好きなこと」を追っかけるのは、一種の戦いである。「ロマン」をちゃんと捕まえきれないまま一生を終えてしまう人だっているのだから。
 そんな中、マルタの計画が着々と形になっていくのを遠巻きに眺めていた、保守的だった女友達が、手を貸してくれるようになる。いったんはマルタの夢を否定した彼女たちをも、こちらを振り返ってくれればにっこり受け入れるところに、マルタの懐の深さをみる。女友達たちは、マルタと一緒に戦うこととなる。しかし彼女たちが戦うべき相手は、保守的だった自分そのもの、のようでもある。
 タイトルには「やさしい」とあるけれど、やさしい、なんて口当たりのよい言葉は、観終えたあとには浮かんでこない。ロマンティックに生きたいならば、強くなければ無理なのである。それを知らされる映画である。私も、もっと強くなろうと思った。
 この映画を気に入ったならば、マルタと同じく下着デザイナーだった鴨居羊子という人の自伝『女は下着で作られる』を読んでみることをおすすめしたい。そこにも、綺麗なものを作るための生活と戦いが描かれている。

プロフィール

木村衣有子(きむらゆうこ)

1975年生まれ。文筆業。
主な著書に『京都カフェ案内』『東京カフェ案内』
『東京骨董スタイル』『和のノート』『京都のこころAtoZ』
『手紙手帖』『わたしの文房具』『もうひとつ別の東京』など。
 

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