映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】

古都・鎌倉、切通し。そこを過ぎたところにある、古いアパートでひとりの男が小説を書いている。名前は真木栗勉。売れない小説家だ。その真木栗に、書けるはずもない官能小説の依頼が舞い込む。書けずに悩む真木栗は、ひょんなことから、部屋の壁に小さな「穴」を見つける。そして穴の発見にあわせるように、隣の部屋に白い日傘をさした女が引っ越して来た。これが夢とも現実ともつかない幻想の始まりとなった。真木栗は、取り憑かれたようにその穴からのぞき見たことを小説に書き始め、知らないうちに女の虜になっていき、妖しい世界にのめり込んでいくのだった……。

Review

西山繭子

 昨年の春、映画のオーディションを受けた。事前に台本を読ませてもらい、その役に魅かれた私はどうしても勝ち取らなければと気合いが入った。大概、気合いが入り過ぎたオーディションというのは空回りするものだ。まんまと落ちてしまった。それが、この映画「真木栗ノ穴」である。
 私はホラー映画を見ない。小さい頃から怖いものは大嫌い。しかし、この映画の原作は角川ホラー文庫から出版されている「穴」という小説だ。ジャンルは思いっきりホラーなのだが、台本を読んだ時にそんなことは微塵も感じなかった。綴られた台詞とト書きが、私の頭の中に文学的で美しい情景を次々と構築して行った。そして映画は私が勝手に描いたそのイメージよりも遥かに文学的で美しい映像の連続だった。
 主人公の真木栗勉は売れない作家である。古びたアパートの窓際で原稿用紙に向かい合い万年筆を滑らせる真木栗。普段、私はパソコンで原稿を書くのだが、映画に影響された今は、久しぶりに筆を握っている。しかし、ここまでですでに数枚の原稿用紙がゴミ箱へと消えた。地球に優しくない作家である。真木栗の部屋にも丸められた原稿用紙が散乱していた。彼の苦悩の塊りがくしゃくしゃになって隅へと追いやられたその部屋は、現代社会から置き去りにされた空間、そして人間を匂わせた。彼は唯一抱えていた連載を終え、焦りを感じていた。〆切という言葉は大嫌いだけど、それがないと書けない作家は多いと思う。連載があってもなくても作家は苦しい職業なのに、何で書く仕事に足を踏み入れてしまったのよ、私? と思いながら真木栗の苦しみに自然と頷いてた。そんな時、彼に官能小説の連載依頼が舞い込む。映画の中で真木栗が描きたい文学世界に言及してはいないが、「俺に官能なんて無理だ」と頭を抱える彼の台詞に売れない作家の悲哀がこもっていて切なくなった。私も以前、知り合いから官能小説を書いて欲しいと依頼された。どんなものであろうと仕事を断るなんて身分ではない。果敢に挑んではみたものの、あまりの出来の悪さに依頼主も肩を落とす結果となった。私の場合、ヒントとなるものを見つけることが出来なかったけれど、真木栗には強力な味方がすぐそばにいた。それは、古びた壁にぽっかりと空く小さな穴だった。
 穴があったら入りたい。日常でも頻繁に使う慣用句である。では、穴があったら覗きたい。何だか口に出してはいけない気がする言葉である。でも多くの人間の心理として、目の前に穴があったら顔を近づけてしまうだろう。穴に惹きつけられた真木栗はその穴の向こうに自分が描く官能世界を見出していく。隣の部屋に越して来た美しい女、佐緒里が止まっていた彼の筆の流れを後押しすることになる。私は小説を書く時に僅かな想像力と、乏しい経験を駆使して作品を創りあげていく。だから、私はなるべく色んなものを見ようとする。電車の中でも交差点でも人を観察してしまう、他人の会話を聞いてしまう。そんな悪い癖ができてしまった。それこそ目の前に穴などあれば絶対に覗いてしまうだろう。彼の担当編集が描写のリアルさに思わず部屋の中で穴を捜してしまう場面があった。作家が実際に体験した情景にはリアリティと説得力がある。しかし、それだけでは小説を書くことはできない。人を殺す場面のために、人を殺してしまう作家はいないだろう。小説はどこまでが想像でどこまでが現実か、それは作家以外には知りえない。それを覗こうとしても穴は見当たらない。ただそれが作家本人にもわからなくなってきたら……。
 佐緒里が真木栗に「格好良い仕事ですね」と言う台詞がある。真木栗は「格好良くないですよ、孤独だし、体力使うし」と首を振った。私は小説を書いていることに集中すると数日家から出なくなる。食事を取ることも億劫になるので、げっそりと痩せてしまう。これが毎日長時間続いたら? 考えるだけで恐ろしい。ホラーよりも遥かに背筋を凍らせる。創作活動というのは身を削る作業でもあると思う。真木栗は筆がのればのるほど、どんどんと病んでいく。彼が病むほどに物語は次々に意外な真実を明るみにしていく。どこまでが現実で、そして幻想だったのか。小説同様にそれは誰にもわからない。そこに穴はないのだから。

 

プロフィール

西山繭子(にしやままゆこ)

1978年、東京都生まれ。1995年、フジテレビ系ドラマ『じんべえ』で女優デビュー。以後、映画、ドラマ、CM、舞台等で幅広く活躍中。
著作に『色鉛筆専門店』(アクセスパブリッシング)、『しょーとほーぷ』(マガジンハウス)がある。
公式サイト:
http://www.flamme.co.jp/MayukoNishiyama/flm_profmn.html

 

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