【Story】
マリーとニコラは結婚15年になる夫婦。彼らは友人の結婚式に出席するために、リスボンからパリへやって来た。友人達からは、“理想のカップル”として見られている二人だったが、実は彼らは離婚することを決めているのだった。二人は、パリ滞在の数日間にも、たびたび口論を繰り返す。一方、マリーはロダン美術館で、あたかも溶け合おうとする女と男を描いた彫像を見て、引きつけられる……。


【スタッフ&キャスト】
監督/構成:諏訪敦彦
出演:ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ、
ブリュノ・トデスキーニ、ナタリー・ブトゥフ、
ルイ=ドー・デ・ランクサンほか
6月30日(土)より、
新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
マリーとニコラは結婚15年になる夫婦。彼らは友人の結婚式に出席するために、リスボンからパリへやって来た。友人達からは、“理想のカップル”として見られている二人だったが、実は彼らは離婚することを決めているのだった。二人は、パリ滞在の数日間にも、たびたび口論を繰り返す。一方、マリーはロダン美術館で、あたかも溶け合おうとする女と男を描いた彫像を見て、引きつけられる……。

『パリ・ジュテーム』という18人の監督がパリを舞台にしたオムニバス映画がある。その予告編を観た時、諏訪敦彦監督の名前を見つけた。普段、これといった愛国精神なんてないのに、日本人の監督の名前があることが妙に嬉しく誇らしかった。その諏訪敦彦監督の最新作が『不完全な二人』。この映画もパリが舞台で役者もフランス人。もちろん台詞も全てフランス語。フランス映画祭にも出品された、まぎれもないフランス映画である。しかし監督は日本人。観ている間に思わず、日本的なエピソードを探してしまうのだが、無意味な行為だった。唯一出てきたのは会話の中で「日本料理なんてどう?」ぐらいである。
フランス映画というと「淡々としていて何だかよくわからない」という意見が多い。私も昔は苦手だった。唯一、映画館で寝てしまった映画もフランス映画である。しかし、歳を重ねるにつれ、その淡々とした中で垣間見える人間の本物の真情に心を動かされる。しかし、フランス映画について語るのは苦痛である。何しろ映画の中の役者が語ることから遠ざかっているのだから。語らないことの美学。フランス映画の美しさだと思う。
映画はマリーとニコラ、結婚して15年の夫婦の話である。二人は別れることを決めているが、友人の結婚式に参加するためにリスボンからパリへとやってきた。冒頭から二人の間には、ひんやりと冷めた空気が流れている。この映画は最初から最後までほぼ1シーン1カットで撮られている。カットというのは、もちろん効果的に使われることがその役割であるのだが、たまに鬱陶しいほど細かいカット割りがある。会話な中でひたすらカットバック。私は個人的にカットの少ないシーンが好きだ。テレビドラマではなかなかできないことだし、何よりじっくりとそのシーンに入り込めるからだ。しかし作り手側としては緊張する。私もいくら台詞を万全に覚えていても「ここは1カットで」と言われれば、ドキドキなのである。感情を途切れさせることなく芝居ができるという点では、やはり素晴らしい。マリーとニコラの冷え切った関係を表現するには、この長廻し以外は考えられなかったと思う。冒頭の20分でのカットはわずか3カット。中でも、ホテルの部屋の二人のシーンが印象的だった。カメラは定位置に固定され、二人はその中で自由に動く。カメラに映る映らないなど関係ない。二人の会話をカメラが勝手に覗き込んでいる。しかも、シノプシスに沿った即興の芝居なのである。リアルな男女の言葉。
別れることを決めた男女が一緒にいるという状況はかなり辛い。二人の間には未来がないからだ。私達は何をするにも「未来」を感じながら行動しているのかもしれない。仕事も恋愛もなんてことのない日常も。全ては未来に向かって動いている。しかし二人の間には、それがない。別れの理由にはいろんなものがある。しかし二人の間には決定的な別れの理由というのがない。15年間積もりつもったもの。正体のわからないもの。だからこそ二人は葛藤する。愛しているからこそ葛藤する。どうにか修復したいと思いながらも、相手を責めることしかできない。マリーはニコラを罵りながらも、ニコラを愛しているというのが何とも悲しかった。もちろん「私はあなたを愛しているけれど、でも」なんて陳腐な台詞は出てこない。そんな台詞が出てきたら興ざめである。「好きだけど別れる」という言葉は自分を、そして別れを正当化させるための言い訳だ。そしてマリーの言葉に対してニコラは受け止めるように見せかけて逃げる。フランスだろうと日本だろうと変わらぬ、男女の形。女はぶつかりたくて感情をぶちまける。男は女を感情的だと言い、冷静を装い逃げる。堂々めぐりの男と女。結論が生まれることはあるのだろうかと観客は疑いながらも、ラストシーンまで映画に入り込んでしまう。ラストの舞台は駅。とても美しいシーンだった。二人にとって唯一未来が生まれた瞬間だったからだ。
不完全でありながらも未来さえ見えれば人間の心は立ち直ることができる。この映画はしっとりとじっくりとそんなことを思わせてくれた。
