映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】

 フリーライターの俺は、「月刊黒い本」の美人編集長から“死にモドキ”を使い一回死んで、死後の世界をルポするように強引に依頼され、エンドーとともに“死にモドキ”を探す旅に出る。

Review

佐藤弘

 映画に対して使う言葉ではないのかもしれないが、最初の感想は、
 「ああ、疲れた」
  だった。しかも、これは誉め言葉である。
 この疲労感。今までにも味わったことがあるなと思ったら、やはり三木聡監督の映画だった。僕が映画見聞録をやらせていただけるようになってから、今回の「図鑑に載ってない虫」で三木監督映画を取り上げるのは3度目だ。それは、ファンだからという理由でしかないが、前回の「ダメジン」でも書いているように三木監督作品を人に紹介するのは難しい。なぜならば、「ああ、疲れた」という言葉で人は映画を観に行こうとは思わないからだ。
 例えば比較するのに、これも三木さんが作・演出をしていた「時効警察」シリーズをあげるとするならば、僕は熱心な「時効警察」の視聴者ではなかったが、あの小ネタ満載のくだらないドラマがあれほどまでに視聴率が良かったのは、三木ファンとしてとても嬉しいのだが、「時効警察」が深夜といえども地上波で見られる代物であったのは、「時効済みの事件を解決する」という設定がすでにナンセンスで面白いということを踏まえて、あれが推理モノという形をとっていたからだ。「図鑑に載ってない虫」も実はサスペンス要素が含まれているのではあるが、設定は「 “死にモドキ”という虫を使うと一度死んで臨死体験をした後にまた甦ることができるらしいから捕まえにいく」というものだ。このふざけた設定はかろうじてストーリーの軸にはなっている。しかし、映画を観ている者はそんなことはどうでもよくなる。おそらく最初の2、3分で誰もがそのことに気付くはずだ。ストーリーは映画の枠組みを作るだけのために用意されたもので、三木監督が考えているのは、自身から湧き出してくる数々の笑いのネタをどうやって散りばめてやろうかと狙っているというだけだ。「時効警察」のファンの方だけにこの映画を例えるならば、あの時効管理課で繰り広げられる、くだらない世間話のシーンが2時間途切れることなく続くような感じ、といったら分かりやすいだろう。
 「アル中のゲロが車のボンネットで熱せられてお好み焼きになる」だとか、「リストカットの傷跡を使ってわさびをおろす」だとかの本当にくだらないネタが満載だ。観ている者は不思議な気分にさせられる。数分に一回というペースで笑いが散りばめられているため、常に半笑いの状態だ。時に笑いのツボ、それは非常に個人的なレベルでの笑いのツボに入ると、大声をあげて笑ってしまう。しかし、それが他の客と同じである確率はそんなに高くない。自分だけが声を上げて笑っている。僕が個人的にはまったのは「ガサ入れに入った部屋にスーパーボールがある。それをエンドー(松尾スズキ)がなぜか思い切り地面に投げつけ色々な所で跳ね返りながら、最後に大きな音を立ててガラスを割って外に出る。どこに飛んでいくか分からないスーパーボールに怯えながらエンドーは自分が投げたにも関わらず、俺(伊勢谷友介)に『シッ!』と注意する」だった。こう書いてもさっぱり分からないだろうが、僕と連れの者だけが大声を上げて笑っていた。
 映画が半分ぐらい過ぎると、もうどうでもよくなってくる。笑いに過食気味になって頭がふらふらしてくるのだ。それでも三木監督は許さない。その過剰なサービス精神は、こうなってしまうともう強制といってもいいくらいだ。
 そして、映画を観終わった後にこう言うのだった。
 「ああ、疲れた」
 しかし、恐れてはいけない。途中で立ち上がって映画館を後にするなんてもってのほかだ。なぜならば、ここまでサービス旺盛な映画を観るというのは非常に貴重な体験だからだ。岩松了やふせえりといった三木作品常連組、三木作品二回目の松尾スズキもいつも通りに笑わせてくれる。三木作品初主演の伊勢谷友介も菊地凛子もよかった。
 もう食べられないと言っているのにまだおいしい料理が運ばれてくる、という体験はおそらく金額が相当かかるだろうが、三木監督の映画は1800円で観られる。それはなんて贅沢なんだろうか。

プロフィール

佐藤弘(さとう・ひろし)
作家。1980年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。
2004年『真空が流れる』で第36回新潮新人賞を受賞。
著作に『オブラディ・オブラダ』(光文社)、『陽気で哀しい音楽に』(ポプラ社)がある。
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