【Story】
山と田んぼが広がる木村町。方言丸出しの中学二年生右田そよの通う、小中学生あわせても全校生徒たった6人の分校。そこにある日、東京からかっこいい大沢広海が転校してくる。初めてできた同級生との楽しく過ごす毎日に、期待に胸を膨らませるそよ。一方、面倒見のいいそよとは正反対で、ちょっと意地悪でとっつきづらい大沢。やがて、そよはそんな大沢が気になりだして…。


(C) 2007「天然コケッコー」製作委員会
【スタッフ&キャスト】
原作:くらもちふさこ
監督:山下敦弘
脚本:渡辺あや
出演:夏帆、岡田将生、夏川結衣、
佐藤浩市ほか
7月28日(土)より、
シネスイッチ銀座、渋谷シネ・アミューズ、
新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
山と田んぼが広がる木村町。方言丸出しの中学二年生右田そよの通う、小中学生あわせても全校生徒たった6人の分校。そこにある日、東京からかっこいい大沢広海が転校してくる。初めてできた同級生との楽しく過ごす毎日に、期待に胸を膨らませるそよ。一方、面倒見のいいそよとは正反対で、ちょっと意地悪でとっつきづらい大沢。やがて、そよはそんな大沢が気になりだして…。

この前『松ヶ根乱射事件』を観たばかりかと思いきや、もう山下敦弘監督の新作である。ファンとしては嬉しいばかりの『天然コケッコー』。「あら、素敵なタイトル」なんて言っているのは試写会場の中で私だけだったかもしれない。この映画は、くらもちふさこさんの大人気漫画である「天然コケッコー」が原作なのだ。監督、脚本家、プロデューサーみんなが惚れ込んで撮影含め3年がかりで完成された。最近では漫画原作の映画やドラマが本当に多い。私は漫画をまったく読まないので、純粋に映画を楽しめるのだが、その風潮に少々疑問も感じる。制作会社は誰よりも早く良い原作を見つけ、そして原作権を押さえることに躍起になる。そこには想像力という、とても大事なものが欠けている。そのうち、会社のホワイトボードに「まんが喫茶」なんて平気で書かれてしまうかもしれない。映画を楽しむためにも、やはり人気漫画は読まないようにしよう。
この映画は小・中学校合わせて6人しかいない田舎の分校に東京から大沢広海というイケメン転校生がやって来るという話である。転校生の意見を無視して言うが、私のなりたいものリストの中で転校生はかなり上位に入っている。転校生というのは、ミステリアスでロマンを感じる存在だ。いたって普通の子でも転校生というオプションがつくだけで、未知との遭遇なのである。
そんな広海の同級生・そよ。二人は中学二年生である。興味があるものといえば、そりゃ恋である。付き合うとか付き合わないとかそんな概念が生まれてくる年頃。しかし、二人にはそれがどういうことなのかわからない。正直、未だに「付き合う」の意味が私にはわからない。「付き合うって何だろうね?」と聞いたら、「そりゃタダでセックス出来ることだろ」と言った男友達がとても潔く健康的だと思った。映画の中の二人も、恋が何なのかわからずにキスに挑戦してみたりする。それが何ともおかしくて暖かい。キスをして「こんなんなの?」と首を傾げ、照れるとかそんな気持ちも生まれない。そういや、私が初めて男の子と付き合ったのも中学二年だった。ただそれは「付き合おう」「うん」という言葉が存在しただけで、実際に私は付き合い始めてから2週間で「やっぱりやめる」と彼に電話をした。しかもその2週間のうちに一度も会っていない。それでも私の恋愛記録の中では「付き合った」ことになっているのだから、おかしなもんだ。
映画の舞台である田舎町は、田んぼが広がり、すぐ近くに海がある。町の人々で知らない者同士はいない小さな共同体。ずっと東京に暮らしている私にとって、それは羨ましくもあり鬱陶しくもある。子どもの広海にいたっては鬱陶しさしか感じていなかっただろう。東京の友達に電話をして、「神社でキスした」なんて嘘の自慢話をする。大抵の大人が、子どもに戻りたいと思う時があるが、子どもの時は早く大人になりたいと思う。いや、思うというよりも、大人の方が「偉い」という空気が流れているから、そこに乗っかるのだ。しかし、田舎でのんびり育ったそよにはその気持ちがない。そよを演じた夏帆はとにかく可愛らしくて嫌味がなかった。若さが眩しくて、三十路前の私は目がくらんだ。
この映画の良さを説明するにしても、物語にはっきりとした起承転結はない。曖昧で淡い恋が、ゆるい時間の中で動いているのだ。ふんわりと感じる映画だと私は思った。駆け引きや計算がない恋を、大人になるとしづらくなる。誰かを好きになる気持ちさえわからないリアリティのない恋は、絶対に出来ない。だから映画の中でそれを感じるしかないのだ。
原作を読んだことのない私が、そよに対して「このまま変わって欲しくないな」と思った。この映画はそれだけ人を惹き付ける力がある。原作ファンの人がどういう気持ちで観るのかはわからないが、やはりこれは121分隅から隅まで“映画”でびっちりと埋まっているのだ。「原作の方が良い」なんて、それは当たり前のことである。まったく別物の一つの映画として楽しんでもらいたい映画だと思った。
