映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

Review

西山繭子

 今、私はパソコンの画面を見つめている。無機質な画面。そっと目をつぶってみる。よく耳を澄ませる。無機質じゃないさまざまな音が響いてくる。裏の遊歩道の虫の鳴き声、車の通り過ぎる音、扇風機がゆっくりと首をふっている音。静まり返っているはずの深夜でも必ずどこかに音というものはある。私は無音の世界を知らない。

 『ミルコのひかり』は実話に基づいた物語である。10歳の少年のミルコが不慮の事故で視力を失ってしまう。この映画を見て初めて知ったことだが、イタリアでは1976年まで盲目の子ども達は通常の教育が受けられなかったために全寮制の盲学校に行かなければならなかった。映画の中で校長がミルコの両親に言った台詞が、その当時の厳しさを全て表していた。「何をしたいかではなく、何ができるかです」少年という夢や希望が溢れる輝かしい時代に、その先の人生を決められてしまう。ひかりを失った子ども達には、人生のひかりさえも閉ざされてしまっていたのである。ミルコはそんな大人達が勝手に作った決まりに反発し、人生のひかりを取り戻していく。

 全盲の役を演じるというのは、非常に難しい。大概において似通った芝居になってしまう。役者は役作りのためにさまざまな努力をする。そして性格や癖などを作り上げていくが、どんなことをしようが目には全てのものが映っているのだ。この映画では実際に全盲の子ども達が半分ほどの割合でキャスティングされている。やはり映画を見ていても、その差は明らかだった。明らかなだけに胸に響いた。少年達があまりにも無邪気だったので、忘れてしまうのだが、ふと我に返るととても不思議な感覚になる。私が今、スクリーンに映し出されている物が彼らには見えていないのだと。しかし映画に参加することで、彼らは目に見えるもの以上に大きなものを得たのだろうと思った。

 目が見えなくなったミルコの閉ざされた世界を変えたもの、それはテープレコーダーだった。人間は耳を澄ます時、音に浸りたい時、目をつぶる。すると、たちまち聴覚が研ぎ澄まされる。音が広がりを見せるのだ。ミルコは、生活の中に潜んでいる様々な音をテープレコーダーに納めていく。机をこつこつと叩く音も目で見ていればそのままでしかないが、目をつぶれば、それは廊下を歩く足音にも聞こえる。聴覚だけで感じることで、音に無限の可能性が広がる。その可能性が彼ら盲目の子ども達の人生の可能性と重なった。

 ミルコに触発された他の子ども達も次々と音作りに夢中になっていく。私が1番好きなシーンは子ども達が寮を抜け出して映画館へと行くシーンだった。映画は「観る」という動詞が当たり前についてくる。しかし、彼らは映画を「聴く」ことで愛らしい笑顔を見せる。それを見て思い出したことがある。盲目の人のための映画ボランティアというものだ。それは、場面の転換といったト書きの部分を説明してあげるものなのだが、盲目の人のコメントでこんなものを読んだ。「雨が降り始めたのは、説明されなくても音でわかるのに、慣れない人は全てを説明しようとするので楽しさが半減してしまう」目が見えていようといまいと、人間には素晴らしい能力、想像力というものがある。想像力を働かせることは、人生の色彩を増やすことだと私は思う。もしかしたらミルコ達は、目の見えている人間よりも心が色で溢れているのかもしれない。目にはうつらないひかりを、心に差し込むひかりで補っているのだろう。

 冒頭でもこの物語が実話だと書いたが、ミルコは現在、イタリア映画界の第一線で活躍するサウンド・デザイナーになっている。彼は自分だけでなく世界中にひかりを与えているのだ。映画のエンドロールでそっと目を閉じると、小鳥のさえずりが聞こえた。目を閉じているのに鮮やかな小鳥が青い空を羽ばたくのが見えた。この映画は、私に音の無限に広がる可能性、そして大きな勇気とひかりを与えてくれた。

プロフィール

西山繭子画像
西山繭子(にしやままゆこ)
1978年、東京都生まれ。1995年、フジテレビ系ドラマ『じんべえ』で女優デビュー。以後、映画、ドラマ、CM、舞台等で幅広く活躍中。
著作に『色鉛筆専門店』(アクセスパブリッシング)、『しょーとほーぷ』(マガジンハウス)がある。
公式サイト:
http://www.flamme.co.jp/MayukoNishiyama/flm_profmn.html
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