映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】

 第1回の2000年からはや8年。今年も、独創的な作品を主にアジア各国から集めた国際映画祭・東京フィルメックスの季節がやってきました! 新進作家を紹介するコンペティション部門から、特別招待作品の上映、映画業界のフロントランナーたちが旬なテーマを語るトークイベント、そして毎年新鮮な驚きを与えてくれる2つの特集上映まで、今年も盛りだくさんの内容です。
 今回の映画見聞録では、第8回の特集上映の1つ「リッティク・ゴトク監督特集」を、同映画祭の事務局スタッフである岡崎匡さんにご紹介いただきます。インド庶民の「代弁者」であり、伝説的巨匠・リッティク・ゴトクが描く、知られざるベンガル世界とは?
 この機会に、日本で一番旬の国際映画祭・東京フィルメックスを満喫してみるのはいかがでしょう。

Review

 この原稿依頼をいただいた時、いったい何をおすすめすればいいのか、頭を抱え込んだ。東京フィルメックスは今年も傑作揃いでハズレなし!との思いで準備を続けてきたからだ。
 ただ、その中でも敢えて注目作を挙げるのであれば、国際交流基金との共催による、インドの伝説的巨匠リッティク・ゴトク (1925-76)の特集上映を推したい。名前を聞いてもピンとこない方がほとんどであろう。さもありなん、彼が生涯に製作した長編劇映画8本のうち、日本では1本(『雲のかげ星宿る』)だけが20年近く前に上映されたきりだったのだから。
 彼の映画を一言で表すならば「激動の歴史に翻弄されたベンガルと、虐げられた者たちへ愛を捧げた作家」であろうか。そこに、『ドラウパディー』などで知られる女性作家モハッシェタ・デビが彼の姪にあたる、と付け加えれば、このサイトを読んでいる読書好きのみなさんにはおぼろげながら輪郭が浮かびあがってくるかもしれない。
 同じベンガル語圏の映画作家サタジット・レイがインテリや中流以上の人々の苦悩を描き、世界中の映画人からその芸術性を評価されたのに対して、ゴトクは一貫して貧しい人々や被差別の立場にある人々に視線を投げかけ、映画を製作してきた。そのため、国際映画祭などでの華々しい評価とは長らく無縁ながらも、ベンガル地方の人々にとっては彼らの「代弁者」であり続けた。
 と、ここまで書いてきて、「なんだ、小難しい映画か」と思われた方、心配はご無用。弱者を描くといっても陰惨な雰囲気ではなく、むしろ淡々とした日常生活を営む家族が、抗いようもない大きな運命に直面し、押し流されていく瞬間を詩的かつダイナミックにスクリーンに映し出してくれるのだ。その奔流はまさに大河ドラマ。文句なしに身をゆだねるのことのできる映画だ。
 今回、東京フィルメックスで紹介する4本の作品(『非機械的』『黄金の河』『ティタシュという名の河』『理屈、論争と物語』)も、ゴトクのエッセンスが凝縮された、濃密なプログラムとなっている。
 中でも私がいちばん驚いたのは彼の遺作となった『理屈、論争と物語』である。アルコール依存症のインテリゲンチャであり、妻と息子に逃げられたみじめな男を監督自らが演じ、仲間たちとつるみながら旅を続ける、一種のロードムービーだ。登場人物はみなそれぞれに弱さを持ちながら、自分たちの置かれた厳しい現実を身の丈にあわせて生きており、そこに言いようもない尊い光を感じる。主人公も決してみじめなだけの人間ではなく、真面目で怒りに燃えているために、この世を生き抜くことすら楽ではない知識人なのである。ようやく旅の最後に家族を取り戻せるかと思えた瞬間、どうしようもないほどの荒々しい現実が、彼の望んだささやかな幸せを引き裂く。ゴトク監督自身も世を憂い、アルコール依存に苦しんでおり、結局は50歳という若さでこの世を去ることになった。
 ゴトクの映画に繰り返し現れるテーマ、それは愛し合う者たちが、大きなうねりに巻き込まれ、途方もなく引き裂かれて離ればなれになってしまう悲劇だ。その根底には、監督自身が体験した1947年の印バ分離独立があることは疑いもない。彼が愛したベンガルの地が、政治的な駆け引きの結果、土地だけでなく人々も文化も2つに分断された。それは映画に度々登場する、土地をデルタ状に分ける大河が象徴しているだろう。
 世界的にもあまり知られなかった存在であったが、没後30周年を機に脚光を浴び始めている。2006年の5月、韓国のチョンジュ映画祭でゴトクの特集上映が行われ、私も映画祭に参加した。集まった観客は決して多くなかったが、上映が終わりロビーで顔を合わせた私たちは、その場に居合わせた者だけが持つ奇妙な連帯感というか共犯者意識のような感覚「いま、おれたちは素晴らしい映画を目にした」という想いを抱いていたように思う。映画祭とは、そういった「発見」の場なのだ。きっと同じ感覚を、東京フィルメックスに集まった観客も味わうに違いないと信じている。
 チョンジュ映画祭では、監督のご子息であるリトボン・ゴトク氏とも会話を交わす機会があった。彼は目を輝かせながら、偉大な父親の作品が日本で紹介されることを誇りに思う、と興奮気味に語ってくれた。リトボン氏は、東京フィルメックスでも来日、シンポジウムに登壇して貴重な証言を語ってくれるはずだ。幼い日のリトボン氏は、『理屈、論争と物語』で主人公の息子役も演じているのだが、父親のリッティクと息子のリトボンが銀幕の中で再会する場面は、非常に美しく、まぶしい。どれだけ大きな力で人々が引き裂かれようとも、いつかきっと結ばれる時が来る、そう監督が語っているように感じるのだ。
 

2007/11/17(SAT)-11/25(SUN)
有楽町朝日ホール
フィルムセンター大ホール
シネカノン有楽町1丁目
東京国際フォーラム・ホールC
公式HP:www.filmex.net
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