映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】

 昭和七年。柴原英賢の道場のもと、空手の修業に励む若き三人の男たちがいた。その名を義龍、大観、長英という。だが、師・英賢の突然の死により、継承の証である「黒帯」が遺される。時折しも、軍部が日々力を増していった時代。彼らの武術の高さに目を付けた憲兵隊本部は、さっそく軍力に利用すべく三人に合流を命ずるが…。

Review

西山繭子

 いつだってそうだ。強くなりたい、もっと強くなりたい。そう思うのだ。弱くなりたいと思ったこともないわけじゃないけれど、大概の人間は強い自分でありたいと願っていると思う。その強さとは、精神的なもの。強靭な肉体を手に入れるのも時間と労力を費やすが、強靭な精神を手に入れるのはさらに困難なことである。というよりも不可能に近いと思う。全世界中を探したって「オーライ、私の心は完璧です」などと言う人間はいないだろう。人々から精神の救いを求められているヨハネ・パウロだって、ダライ・ラマだって、アントニオ猪木だって、自分の心のさらに上を見ているのだと思う。

 「黒帯」、まずタイトルが強そうだ。女の子が自ら進んで見に行こうと思うタイトルではない。そこにまた潔さを感じる。黒帯と聞けば胴着を思い浮かべる。非常にシンプルな形なのに、似合う人間は少ない。例えば、客室乗務員でなくても綺麗な人がその制服を着るとそれなりに見えてしまったりもするのだが、胴着に関しては偽物が着ると何故かバレてしまう。嘘が滲み出て隙だらけなのだ。私が似合うことは一生ないだろう。その前に着る機会がなさそうだけど。この映画は、その胴着を纏い空手に己の道を貫く男達の話である。空手はもともと中国から伝わったものだが、「空手」という名前では日本が誇る武術であることに間違いない。未だに外国で日本人を見ると「カラテ」という人がいる。言うだけでなく、日本人なら老若男女、空手が出来ると思っている人も多い。面倒くさくて適当に空手の型っぽいことをすると感動されたりもする。真の空手道を知る人間からしたら心外だろうが、それほどまでに空手は日本を代表するものなのだ。それなのに、今までに空手をテーマにした映画は少ない。そこで生まれたこの映画。もちろん全て日本人スタッフによる作品だが、これは日本よりも海外の方がうけるだろうなと思った。武術としての強さはもちろんのこと、この映画が訴えたいテーマは空手道に要する内なる心の強さなのである。初めて知ったのだが、「空手に先手なし」というらしい。私はてっきり闘うための武術だと思っていたのだが、そうではないのだ。映画の中で、師範のその教えに反した大観が空手で次々と相手を倒していく。単純なアクション映画であれば、爽快なシーンであろう。しかし、私は怖かった。人間は弱さを補うために武器を持つ。武器を持たずに闘う人間ほど怖いものはないと思った。

 この映画に出演している三人の男達は本当の空手の名手である。胴着から嘘が滲み出ない本物。もし、これを「このために数ヶ月空手の訓練をしました」という俳優がやっていたら、この映画は成立しなかっただろう。三人の男達は、もちろん強いのだが、その強さの中に美しさを帯びていた。その美しさを観ていたら、やはり空手というのは第三者との闘いではないのだなと思った。美しさに憎しみは似合わない。

 陳腐な言葉だが、もし全世界中の人間が空手道を心に刻んでいたら、さぞかし平和な世の中だったのだろうと思う。もちろん、それは不可能なことである。しかし、刻むことは難しくとも、この映画を観て知ることはできるだろう。そして、きっと思うのだ。「ああ、強くなりたい」と。

プロフィール

西山繭子画像
西山繭子(にしやままゆこ)
1978年、東京都生まれ。1995年、フジテレビ系ドラマ『じんべえ』で女優デビュー。以後、映画、ドラマ、CM、舞台等で幅広く活躍中。
著作に『色鉛筆専門店』(アクセスパブリッシング)、『しょーとほーぷ』(マガジンハウス)がある。
公式サイト:
http://www.flamme.co.jp/MayukoNishiyama/flm_profmn.html
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