【Story】
川崎で起きた連続児童誘拐殺害事件。“バッドマン”を名乗る犯人はテレビを使って世間を挑発し、3件目の犯行を最後に表舞台から姿を消した。半年後、捜査が行き詰まる中、警察は大胆な決断を下す。「捜査官をニュース番組に出演させ、闇に隠れた“バッドマン”をもう一度表舞台に引きずり出すのだ」やがて田舎の所轄暑から一人の刑事が呼び戻される。6年前の男児誘拐事件で人質を殺され、犯人を取り逃がした巻島史彦だった……。


【スタッフ&キャスト】
原作:雫井脩介
監督:瀧本智行
出演:豊川悦司、石橋凌、小澤征悦ほか
10月、新宿シネマスクエアとうきゅう
他全国順次ロードショー
川崎で起きた連続児童誘拐殺害事件。“バッドマン”を名乗る犯人はテレビを使って世間を挑発し、3件目の犯行を最後に表舞台から姿を消した。半年後、捜査が行き詰まる中、警察は大胆な決断を下す。「捜査官をニュース番組に出演させ、闇に隠れた“バッドマン”をもう一度表舞台に引きずり出すのだ」やがて田舎の所轄暑から一人の刑事が呼び戻される。6年前の男児誘拐事件で人質を殺され、犯人を取り逃がした巻島史彦だった……。

この映画を現役の警察の人間が観たら、どう思うだろうか。私の願望を言うならば「こんなことはありえない!」と憤慨して欲しい。最近、警察による不祥事をニュースで見かけることが多い。しかし、私は青いと言われようと警察=正義のイメージを持ち続けているのである。こうした私の意見に呆れる人も多いと思うが、思い出して欲しい。子どもの頃、警察は絶対的な正義の存在であったと思う。市民の安全と平和を守る、ヒーロー戦隊と肩を並べる存在。それが何故、大人になるとそのイメージが変わってくるのか。たぶん、警察も自分達と変わらない「人間」であることに気がつくからではないだろうか。
「犯人に告ぐ」は誘拐事件を追う警察の物語である。原作はベストセラーにもなっているミステリー小説。しかし、私はこの映画をミステリーという言葉でくくってしまいたくない。確かに事件の展開にどきどきと胸を高鳴らせるのだが、それよりも登場人物それぞれの心情の交錯がこの映画の面白さを際立たせている。出世や立場といった私利私欲に事件を利用する警視庁の人間、視聴者のためではなく視聴率のために番組を作るマスコミ、心の隙間を埋めようと犯罪に手をそめる犯人、誰もがその役割以前に人間であるということを常に感じさせる。豊川悦司さん演じる刑事の巻島が犯人を追い続けるのも決して正義感からだけではない。それは任務であると同時に、過去の忘れられない心の傷が犯人を逮捕することで癒えるのではないかという希望も含んでいる。自分勝手である。自分勝手という言葉は、大概悪い意味なのだが、私は人間らしさを表す言葉だとも思う。自分のことを一番に考えるのは恥ずかしいことだという認識があるから、胸を張って高らかに宣言する人はいない。しかし、誰しもが無意識のうちにその勝手さを言葉や表情によって瞬間的に露呈させてしまう。すごく人間らしい瞬間なのだ。この映画は、その瞬間の繋がりであるとも言える。
善悪がはっきりしている映画であれば、善を応援して悪を憎めば良い。しかし、この映画では始終「イヤな奴」のエリート警視・植草にさえもどこか感情移入してしまうところがあるから不思議である。描かれていない彼の苦悩の物語があるはずだと。なければ、そんな物語を作ってみたいとも思った。植草だけでなく、犯人もマスコミの人間も全ての登場人物の物語を知りたいと欲張ってしまうほどに、それぞれのキャラクターが際立っていた。もちろん脚本、構成の素晴らしさもあるのだが、それを演じた役者の力はかなり大きいと思う。驚くことに豊川さんは、これが初の刑事役らしい。どう考えても巻島役は彼しかいなかったと思う。たまに目まいがするほどのキャスティング・ミスに出くわすことがあるが、この映画に関してそれは一切ない。出番は少ししかないのだが、個人的には根岸季衣さんの芝居に圧倒された。数分の出番で描かれていない数年の苦悩を全て吐き出すような叫び声がずっしりと体全体に響き渡った。
瀧本監督とは、たまに一緒にお酒を飲むので、「映画に出して下さいよ」なんて言ってみたりするのだが、観終わった後にこの映画に自分が出ていたらと想像したら少しだけ怖くなった。それと同時に、物凄く演じることに飢えた。役者がそう思う時は、決って良い作品に巡り会えた時である。良い作品に出会えても「多くの人に観てもらいたいな」よりも「ああ、芝居がしたい」と思う私も、登場人物同様やはり自分勝手なのである。
「犯人に告ぐ、犯人に告ぐ」タイトルを連呼したわけではない。ただふと気がついたことがある。「犯人に告ぐ」は、まるで一つの言葉みたいだと。犯人に何かを訴える時に「犯人に言う」とは言わない。「犯人」に対しては「告ぐ」なのは、どうしてだろう?
