【Story】
1944年のスペイン。内戦終結後もゲリラたちはフランコ将軍の圧政に反発。この山奥でも血なまぐさい闘いが繰り広げられていた。独裁主義者の怖ろしい大尉と再婚してしまった母と暮らすオフェリアは、義父から逃れたいと願い、自分の中に新しい世界を創り出す。


(C) 2006 ESTUDIOS PICASSO, TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ.
【スタッフ&キャスト】
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:イバナ・バケロ、ダグ・ジョーンズほか
10月6日(土)より、恵比寿ガーデンシネマほか
全国ロードショー
1944年のスペイン。内戦終結後もゲリラたちはフランコ将軍の圧政に反発。この山奥でも血なまぐさい闘いが繰り広げられていた。独裁主義者の怖ろしい大尉と再婚してしまった母と暮らすオフェリアは、義父から逃れたいと願い、自分の中に新しい世界を創り出す。

この映画の試写状を見た時の印象は「あら可愛らしい。パンズ・ラビリンス? きっと素敵なおとぎ話ね。私にぴったり」だったのだが、可愛らしいのは主人公のオフェリアのみだった。素敵なおとぎ話というのは正解だったのだが、その素敵さの種類がだいぶ違うのだ。おとぎ話というと、子どものためのものというイメージがあるが、これを幼い子に見せたら泣き叫ぶこと間違いなし。大人の私だって、何度か目をつぶってしまったシーンがある。しかし心はどっぷりと映画に引き込まれていた。オズの魔法使いや不思議の国のアリスなどの有名なおとぎ話は、論文などで用いられて勝手に大人な解釈をされることが多い。私はそういった解釈が好きではない。ハンプティ・ダンプティは食べられない卵ってだけで充分じゃないか。そんなにおとぎ話を大人のものにしたいのか? だったら、パンズ・ラビリンスを見よ! なのである。
主人公のオフェリアは母親に連れられて、再婚相手であるビダル大尉のもとへとやって来る。このビダル大尉というのが物凄いのだ。もう極悪レベルではおさまらない。私は悪魔と会ったことはないけれど、たぶん悪魔も逃げ出してしまうほどに恐ろしい人間。ここが、大人のおとぎ話であるという最たる点だろう。例えばハリー・ポッターやロード・オブ・ザ・リングで倒すべき悪の化身というのは人間ではない。はらはらしながらも、観客は実はどこかで安心しているところがある。しかし相手が人間となると話は違う。ひょっとしたら悪が勝利してしまうかもしれないと思ってしまうのだ。そのビダル大尉のもとで暮らすという現実から逃げるためにオフェリアは迷宮へと足を踏み入れる。
その昔、新百合ヶ丘にあった「アメイズ」という巨大迷路アトラクションから6時間出ることの出来なかった私だが、これからも一生逃れられない迷宮というのは、やはり人生だろう。もう迷いに迷って目が回っている。しかし、足を止めることは出来ないし、引き返すことも出来ない。これは全ての人間に言えることだろう。私達が目指しているのはどこなのかもわからないけれど、それぞれが迷宮を歩き続けている。一番恐ろしい世界が人生であるという現実をこの映画で痛感させられた。
オフェリアの案内人となるのがパンという牧神なのだが、その風貌がまた不気味なのだ。そもそも、このパンというのは古代ギリシャの神なのだが性格が醜悪らしい。そして伝説的な性欲を持つらしい。むしろ悪魔じゃないかと思うのだが、カテゴリーが神なのだからしょうがない。そんなパンが案内人というのもセンスが良いなと思った。そう、この映画のスタッフは全てにおいてセンスが感じられるのだ。特に映像が素晴らしい。時に抽象的で、時にこれでもかというほどわかりやすいカットやその繋ぎは観る者を飽きさせることがない。その映像の美しさは、アカデミー撮影賞を受賞したほどだ。その他にも美術賞、メイクアップ賞を受賞した。面白くてセンスの良い映画というのは、なかなか出会えるものではない。しかも、こうして運良く出会えても、それを伝えるのはとても難しい。決してこの映画は、見終わった後にハッピーになれる映画ではない。人生を悲観してため息が漏れてしまうかもしれない。事実、私はそうだった。でも試写会場を出て、街へ一歩踏み出した瞬間、不思議な感覚を覚えた。何度も見ている昼間の喧騒なのに、目の前に広がっているのは迷宮だった。そして、私はこの現実という迷宮で生きていくのだという覚悟を改めて感じたのだ。進むしかない、オフェリアが勇気を持って進んだように。
