映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】

 シングルマザーのエスマは12歳の娘サラとつましく暮らしている。サッカーに加わり男子生徒に殴りかかる男まさりのサラの一番の楽しみは、もうすぐ出かける修学旅行。戦死したシャヒード(殉教者)の遺児は旅費が免除されるというのに、エスマはその証明書を出そうとしない。かわりに夜勤のウェイトレスまで始める母に、サラの苛立ちは募るばかりだ。娘の怒り、母の哀しみ――12年前、この町でなにが起こったのか。娘への愛のために、母が心の奥深くひたすら隠してきた真実が次第に明らかになってゆく……

Review

西山繭子

 サッカー日本代表のオシム監督がとある会見の中で「ドーハの悲劇」という言葉を用いた記者にこう言った。「悲劇という言葉を簡単に使わないで下さい」。その時の彼の瞳は、すごく真っ直ぐで強くて、そして悲しさを帯びているように見えた。彼の知る悲劇とは第二次世界大戦後のヨーロッパにおいて最悪の紛争となったボスニア紛争のことである。

 映画「サラエボの花」はそのボスニア紛争を描いた戦争映画である。しかし、スクリーンに飛び交う銃弾や流れる血が映し出されることはない。何故ならサラエボの街に戦火はもう灯っていない。紛争は終わり、一見平和を取り戻したかのように見えるサラエボ。しかしシングルマザーのエスマにとって戦争の傷跡はあまりにも深く、そして同時に自分にとって何よりも大切なものを残した。民族浄化という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。浄化というのは、清めることの意味で用いられる。民族を清める。「お前達民族は穢れている。だから清めてやる」人間は想像を絶するほどに恐ろしいことする生き物だ。民族浄化は世界中のいたる場所で繰り返され、そして今もどこかで行われている。サラエボで行われていた民族浄化を初めて知った時は恐ろしさや憤りを通り越して、もう何の言葉も浮かばなかった。

 エスマは娘サラが何よりも楽しみにしている修学旅行の金策のために奔走する。今となっては女手一つで私を育ててくれた母の苦労も3割ほどわかるようになったが、サラと同じ12歳の時なんて何も考えていなかった。修学旅行は学校の行事であってタダの旅行ぐらいにしか思っていなかった。何よりもサラの気持ちがわかったのはエスマと男の人が親密そうに話をしているのを見ていた時だった。サラは自分の父親を知らない。知らないからこそ、サラの想像で作り上げられた完璧な父親像がある。だから自分が最も愛する母親に男の人が近づくのが怖いのだ。自分の父親は戦死した英雄であると信じているサラ。その気持ちがサラの生きる力になっていることは間違いない。シングルマザーなど今は珍しいことではない。人工授精によってできた、父親を知らない子どもも存在する世の中だ。しかしどんな事情で生まれようが、誰しもが自分の出生やルーツにアイデンティティを見つけようとする時がある。子どもは大人が思っているよりも、ずっとずっと色んなことを考えている。そして、ずっとずっとたくましい顔を見せる時がある。サラが真実にぶつかる時、それは12歳の少女にとっては耐え難い残酷さを持ち合わせているが、同時に永遠に変わることのない絆の結び目を固くする。サラはエスマがお腹を痛めて産んだ美しい生命なのである。「サラエボの花」というのは、サラをはじめとした全ての子ども達を表す言葉だろう。サラエボの未来のために強く生きていく子ども達の存在なのだ。そして、その花を枯れさせないために母親達は絶え間なく愛を注ぐ。

 2年前にクロアチアを訪れた時、スプリットからドゥブロブニクへ陸路で移動する時にボスニア・ヘルツェゴヴィナを通ったことがある。物騒な銃を抱えた国境警備隊の簡単なチェックが終わりゲートが上がると、車はクロアチアからボスニアへと入っていく。ふと横を見ると真っ青なアドリア海が広がっていた。もちろんそこに国境はなく、一面が太陽に照らされ、きらきらと輝いていた。民族など関係ない。それは誰が見ても美しい風景だった。

プロフィール

西山繭子画像
西山繭子(にしやままゆこ)
1978年、東京都生まれ。1995年、フジテレビ系ドラマ『じんべえ』で女優デビュー。以後、映画、ドラマ、CM、舞台等で幅広く活躍中。
著作に『色鉛筆専門店』(アクセスパブリッシング)、『しょーとほーぷ』(マガジンハウス)がある。
公式サイト:
http://www.flamme.co.jp/MayukoNishiyama/flm_profmn.html
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