映画見聞録

映画をこよなく愛する人々が各界より集い、巷で話題の作品から通好みの渋い作品まで、独自の視点で書き綴る「偏愛的新作映画紹介」コーナー。日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパにはじめて紹介したマルコ・ポーロのように、新作映画のまばゆい輝きをみなさんにお届けします!

【Story】

 狩りをしていたベトナム帰還兵のモスは、偶然死体の山に囲まれたピックアップトラックを発見する。そのトラックには大量のヘロインと200万ドルという大金が残されていた。モスは自分の人生を大きく変えると知りながらも、その大金を奪ってしまう。この瞬間から、モスは命を狙われることになった…。

Review

西山繭子

 ライト兄弟、宗兄弟、千原兄弟。世の中には有能な兄弟が名を連ねている。その中でも私が最強だと思う兄弟はコーエン兄弟である。
 今回の新作「ノーカントリー」を見てそれは揺るぎないものになった。

 私とコーエン兄弟作品の出会いは、98年の秋。当時、ドラマで共演していた松たか子さんに「何か面白い映画ありますか?」と聞いた時、「ファーゴが面白かったですよ」と教えてくれた。当時、「アルマゲドン」や「タイタニック」に号泣していた私から見て「ファーゴ」と答えた松さんは格好良かった。そして「ファーゴ」を観て私は驚いた。淡々と続いていく物語、その中に驚きや人間の心の奥底が垣間見える。それ以来、コーエン兄弟の作品を私は追い続けた。しかし、どの作品も全て面白いのだが「ファーゴ」を越すものはなかった。「ノーカントリー」は見るまでは。

 私はアメリカの田舎町に憧れを抱いている。いかにも事件が起きそうなうら寂しいモーテル、中年のウェイトレスがいる寂れたダイナー、ひと気のないガソリンスタンド。NYやLAなどの大都会は人と物と情報が溢れかえっている。それらは物凄い速度で移り変わり、流され、そして消えていく。しかし田舎町ではその逆で、ひっそりしているにも関わらず全てにおいて密度が濃いのだ。果てしなく続く荒野でも、その土地の人間は隅々まで無関心ではいられない。この映画にはそれらが凝縮されている。

 映画の舞台は80年代のアメリカ・テキサス州。明らかに黒い金だと知りながら、それを奪った男・モス、そのモスを追う殺し屋・シガー、そしてその二人を追う保安官・エド。三人の男を描いた逃亡劇である。逃亡劇は観客を楽しませるため、時に過剰な演出が多くなる。音楽やカット割りが「どうだ、どうだ」と言わんばかりに心臓の鼓動を早める。しかし、この映画にそんな過剰な演出は一切ない。シンプルに見えながらも緻密に計算された脚本と演出は観客に息をすることさえ忘れさせる。ああ、コーエン兄弟の頭の中を覗いてみたい!

 この映画の核となるものは「暴力」である。暴力にはそれなりの理由をもっているものもあれば、「ただ人を殺してみたかった」という猟奇的なものもある。しかし、どちらにも言えるのは、そこに意味など存在しないということだ。映画の中でも「意味」という言葉が象徴的に使われていた。稚拙な言葉だが、暴力は何も生まない。無意味なものだとわかっているのに、それが絶えることはない。エドはそのことを理解している年老いた保安官である。常に正義に忠実な彼はモスやシガーと比べたら、ごく平凡な男だ。しかし実は彼のような男が理想の世界なのではないかと思う。映画は平和のためと訴えながら戦争をするアメリカをコーエン兄弟は揶揄しているようにも思えた。

 この映画、緻密な構成の上に、何しろ役者が恐ろしい。素晴らしいを通り過ぎて恐ろしいのだ。特にシガーを演じたハビエル・バルデム。以前、この映画見聞録でも紹介した「海を飛ぶ夢」の主人公と同じ役者という事実に誰もが唸ってしまうだろう。彼は、人を殺すことを何とも思わない冷酷非道なシガーを冒頭からラストまで完璧に貫いて演じていた。おかっぱ頭に武器は空気銃、どこかコミカルなのに、殺しに対してぶれ一つ見せないシガーは崇高な神のようでもある。「シガーの人生を描いた映画を観たいです」とコーエン兄弟に手紙を書きたいぐらいだ。

 アメリカでは増館につぐ増館で大ヒットしているこの作品、日本ではコーエン兄弟というと単館のイメージがあるが根強いファンは多い。間違いなく注目される作品だ。実は、小心者の私は鑑賞中に恐ろしくて何度か目をつぶってしまった。公開されたら絶対にもう一度観に行こうと思う。

プロフィール

西山繭子画像
西山繭子(にしやままゆこ)
1978年、東京都生まれ。1995年、フジテレビ系ドラマ『じんべえ』で女優デビュー。以後、映画、ドラマ、CM、舞台等で幅広く活躍中。
著作に『色鉛筆専門店』(アクセスパブリッシング)、『しょーとほーぷ』(マガジンハウス)がある。
公式サイト:
http://www.flamme.co.jp/MayukoNishiyama/flm_profmn.html
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