カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第21回 父の刀剣

 うちの父親が一時、書画骨董刀剣に凝っていたことがあった。
 父は戦争中は衛生兵として北支、というか露満国境にいて、終戦直前、本国に呼び戻され、米軍上陸の可能性の高い九十九里あたりに配属されていたらしいが、戦後、故郷の岡山にもどり、しばらくいかがわしい(?)商売をした後、母親と結婚して靴屋を始めることになったものの(金原誕生の頃は、「ふじや」という靴屋をやっていた)、妙な縁から印刷屋に転業することになった。しかし、開店当初から赤字続きだったらしく、一度、税務署の職員が1週間ほど店に通って、店の帳簿を調べた結果、やはり赤字だということがわかり、そのとき、その職員が「しかし1週間も通って、なにも見つからなかったというのでは上司に顔向けができないから、せめて、数万円でいいから、申告漏れということにしてもらえないか」といったところ、父親は激怒して怒鳴ったという。そこまでなら、なかなかのエピソードなのだが、あとで、税理士から、「あとあとのこともあるし、ここでちょっと職員の顔も立ててやってほしい」といわれて、仕方なく、申告漏れということにしたらしい。
 ところが石油ショックのとき、店がいきなり黒字に転じる。
 父親はじつに誠実、というより頑固なところがあって、これと決めたら、何があってもなかなか変えるということをしなかった。まあ、無精と言いかえてもいい。たとえば、車のガソリンを入れるスタンドも20年以上同じだし、紙を仕入れる紙屋も付き合いが長い。だから石油ショックでも、なじみのスタンドにいくと、必要なだけガソリンを入れてくれるし、トイレットペーパーをはじめ紙が高騰したときも、なじみの紙屋は以前の値段で紙を分けてくれる、というわけで、「ふじや高速印刷」はこれっぽっちも困らなかった。仕入れ値は変わらなかったけど、印刷代のほうはインフレでどんどん上がっていったから、店の儲けはぐんと増えた。
 このとき、うちは初めて黒字に転じたらしい。商売というのは面白いもので、いったん景気がよくなると、どんどん上向きになっていく。このへんがサラリーマンや大学教員とちがうところだ。うらやましい。
 それから数年、年間数千万の黒字が出たと思う。
 そのとき父親が飛びこんだのが、女でもなく酒でもなく博打でもなく、書画骨董。もともと、古い煎茶茶碗なんかを買っては、渋いお茶をいれていたので、その素質はあったのだろうが、いきなり小金持ちになったもので、書画、骨董、備前焼、その行く先は「刀剣」!
 まあ、買うならいいものをというので、刀を2振り、脇差しを1振り買って、暇なときには手入れをしたりしていた。
 やがて癌で死んでしまって、それから数年して、母親から電話があった。
「あの刀、ほしい?」
「いや、あんまり興味ないなあ」
「じゃあ、売っちゃおうか?」
「うん、売れば」
 というわけで、数日してまた母親から電話があった。
「いくらに売れたと思う?」
「100万くらい?」
「いいとこいうねえ。3振り合わせて、120万だった」
 父親は1200万で買っていた。しかし、脇差しだけが本物で、あとの2振りは偽物だったとのこと。

 

 骨董の世界では、「8割は勉強代」とよくいわれる。一生かけて買い集めた骨董、買った値段の2割で売れれば上等という意味だ。
 いやな世界だなと思うか、だからこそおもしろいと思うか、それは人によりけりだろう。
 まあ、かくいう自分も、そういうことも重々知ったうえで、もう20年ほど前に、骨董の世界の片隅にちょこっと顔を出してみたのだが、5年ほどして頭がくらくらしてきた。審美的な価値と、時代と、値段がごちゃごちゃになってきて、何が何だかわからなくなって、疑心暗鬼。もうこんな世界はいやだと思って、現代の作家物を買いだした。
 ちょうどその頃、三鷹にあった「鳥海」という新作陶磁器のお店に出入りするようになって、まだ新人の隠崎隆一(備前)や鈴木五郎(瀬戸)といった作家の作品を買うようになった。ここの店主と番頭さんにはずいぶん、お世話になった。
「×日から、だれだれの新作展が始まるんだけど、その前にくれば、見せてあげるよ」とかよく電話をもらったし、それでもいけないときには、「いいものをふたつくらい取っておいてもらえますか」とお願いしたこともあった。
 この陶磁器の作家物を買い集めた時期がやはり5年以上続いたと思う。
 しかし、いい作家のものはすぐに値段が上がっていって、すぐに買えなくなってしまう。隠崎隆一も鈴木五郎も、いまではその頃の3倍から4倍の値段がついている。
 なんなんだこれは! 結局、どれもみんな、投機の対象なのか……という気がしてきて、作家物の陶磁器も、ふっと熱が冷めてしまった。
 それで今はどうかというと、じつはまた骨董熱がぶり返してしまったのだが、それはまた今度。

 

 ところで、骨董、骨董品のことを英語でアンティーク(antique)という。この語源はというと、フランス語やラテン語らしい。『リーダーズ英和辞典』には「F or L antiquus former, ancient; ANTE」とある。つまり、フランス語か、ラテン語の“antiquus”が語源で、これは英語でいうと、“former”とか、“ancient”という意味になる、ということ。“anti, ante, anci”というのは「前の、以前の、昔の」という意味。だから、“ancient”は「大昔の、古代の」というふうな意味になる。そして、“ancien regime”(アンシャンレジーム)はフランス語で、「旧制度、時代遅れの制度」という意味だけど、「フランス革命のあとの政治体制」をさすことが多い。世界史やってた人にはなつかしい言葉かも。
“ante”がつく言葉には、“antenuptial”(結婚前の)、“antenumber”(すぐ前の数)、とかあるけど、忘れてならないのが“ante-meridiem”(午前の)、つまり「AM」。ちなみに「PM」は“post meridiem”。“meridiem”はいうまでもなく“noon”。
 というわけで、「アンティーク」と「AM」がつながったところで、もうひとつ。“antepast”。『リーダーズ英和辞典』によれば、「〈食欲促進のための〉前菜」とある。「アンティパスト」といったほうが、いまでは通りがいいかもしれない。イタリア語では“antipasto”。この「パスト」というのが、ラテン語の“pastus”、つまり「食べもの、食」という意味。蛇足ながらラテン語では、牛や馬の飼料も“pastus”という。
 あれ、じゃあ、もしかして、イタリアンの「パスタ」も、ラテン語の“pastus”からきてるんじゃない? と思った人もいるかもしれない。が、それは早とちり。“pasta”はそのままラテン語で「糊、練り粉」のこと。こちらからきている。
 ついでに書いておくと、これからきている言葉に「パスタ剤」というのがある。軟膏や塗り薬の類で、『大辞泉』には「粉末医薬品を多量に含む軟膏剤。泥膏」とある。
 勘のいい人なら、そろそろぴんときたかもしれない。「ペースト」もここからきている。トマト・ペーストもカット&ペーストも、語源は「パスタ」と同じ、というところで、今回はおしまい。
 

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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