カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第18回 「骨董」という病

 大学院を出て、長い長いモラトリアム生活(浪人2年、大学4年、修士課程3年、博士課程3年、合計12年)に終止符を打ち、大学の非常勤で教えたり翻訳をするようになって、ようやく経済的にゆとりが……できるわけはなく、子どもの通っていた保育園は給食費をふくめすべて無料だったし(当時の所得は、税務署の区分によると最低レベルで、これを下回ると生活保護が受けられるというところだったらしい)、生活に余裕なんてものはまったくなかった。
 しかしそのうちに非常勤のコマ数も増えて、週に20コマ近くになり、新聞に書評なんかも書くようになって、翻訳の点数も増え、多少生活が上向きになっていった。そしてお茶の水にある文化学院で教えはじめた年、すぐそばにあった英文学関係の有名な出版社である研究社……の入っている建物の地下にあった骨董会館にふらっと立ち寄った……これが大きな過ちだった。
 ある店のウィンドーになんか渋い(つまり汚い)ぐいのみが置いてあった。口径6センチ、高さ4、5センチ、かすかに茶色がかった灰色で、一面にかすかなひびが入っていて、ぽつぽつと焦げ茶の小さな点点が浮き上がっていて……細かく描写すればするほど、美しくなくなるのだが、まあ、客観的に説明すると、こんな感じ。主観的にいってしまえば、「じつにいい味のぐいのみ」だった。
 店の主人にたずねてみたら、「唐津のぐいのみ」だという。値段をきいてみたら、「え?」と思うくらい高くて(もう覚えてないけど、20万はしなかった)、とても買えない。すると店主が、「じゃ、取っておくので、お金ができたときに1万でも2万でも入れてください」といってくれた。1年でも2年でも待つ、というのだ。
「じゃあ」といって、手付けに1万円置いていったのが運のつきで、それ以後、骨董という、まことに訳の分からない、まことにいかがわしい世界に首をつっこむことになる……といっても、小遣いで買える程度のものだから、骨董というより古民具といったほうが近いかもしれない。

 しかしこの「骨董品」という言葉、『日本国語大辞典』によれば「希少価値や美術的な価値などのある古美術品や古道具類」とあるけど、「古いだけで価値がなく役にたたなくなったもの」とも説明されていて、こんな例文があげてある。
「貴女達の眼から見れば、ああいふのは骨董品かしら。さうなると主人公も同様骨董の部だろうが」(志賀直哉の『邦子』より)
 ほかにも「骨董箱」という言葉があって、これは「雑多なものを納めておく箱」。
 そもそも骨董の語源はよくわかっていないけれど、『大言海』には、「コトコト。ゴタゴタ等と同じく擬声語」とある。たしかに「骨董飯(こっとうはん)」というのは五目ご飯のことだ。このあたりは「がらくた」に似てるかもしれない。
 ただ『漢字源』によれば、「董」という漢字は、「しんになるたいせつなもの。『骨董』」とあるし、「骨」という漢字は「ほね。物事を組みたてるしんになるもの。『骨子』」とある。なお中国語では「古董」という。中国語では古と骨の発音は同じだが、「骨董」という言葉はないらしい。

 ともあれ、骨董という言葉には、高価な古美術品という意味とがらくたという正反対の意味が封じこめられているのがおもしろい。
 ところで骨董というのは古くなくてはいけない。本当に古いかどうかはなかなかわからないけど、とにかく古そうに見えるものがいい。だから、茶碗に茶渋がついてきたからキッチンハイターにつけよう、などという人は、骨董好きのなかにはいない。みんな、茶渋をつけて、手垢をつけて、「味」を出そうとする。紅茶やほうじ茶で茶碗を煮て、古色をつけようとする素人も多い。
 知り合いでひとり、黄瀬戸という焼き物のぐいのみを買ってきたものの、見るからに新しい。そこで酒を塗ってはオーブントースターであぶって、また酒を塗ってはあぶって……というのをくり返してみたらしい。その結果、トースターから出すときに取りそこねて、落として割ってしまった。
 「汚い」と「味がある」は紙一重なのだ……というこの発想が日本的で、楽しい。そもそも西洋人にとって「古色」とは汚れにほかならない。マイセンでもジノリでもデルフトでもリモージュでも、あれに茶渋をつけて楽しむという人はいないと思う。茶渋がついたら食塩をつけてこするとすぐにとれる。
 ローマ時代のガラスの工芸品なんか、発掘だと銀化してることが多い。「銀化」とは、耳慣れない人も多いと思うけど、数百年から千年くらい土のなかに埋もれているとガラスの表面が劣化して、白く曇って虹色の輝きを帯びるようになることをいう。古代ローマの美術品や、古代オリエントの美術品を見ると、そういう発掘品によくお目にかかる。ただ、欧米では銀化した古いガラス器は磨き直して、つまり劣化した表面を削って、使う人が多い。
 そういえば、嘘か本当か、京都のある場所から、銀化したコカコーラのボトルが発見されたらしい。そのニュースをきいた骨董屋が大勢そこに押し寄せて土をトラックで持っていったとか。つまり、コーラの瓶なんてそう古いものじゃないのに銀化していたのは、そこの土が特殊な成分でできているんだろうから、その土にガラス器を埋めて銀化させ、古い物と偽って高く売ってやろうという魂胆らしい。骨董界隈ではやった都市伝説か、もしかして真実か、気になるところだが、その後、この噂はさっぱり耳にしない。

 それはともあれ、骨董を買うようになると、どうしても「時代」が気になってくる。つまり、いつの時代のものかということだ。同じ備前の徳利でも、昭和のものと江戸のものがあれば、江戸のもののほうがありがたい気がする。
 骨董病にかかると、町を歩いていてもやたら骨董、古道具といった看板が目につくようになる。これが怖ろしい。以前はちっとも目に入らなかった店が次々に冥界からゆらゆらと浮かびあがってくるのだ。え、ここにこんな骨董屋が? え、あそこにも? という具合。
 さらに病が進むと、「骨」とか「古」という字にまで反応するようになる。これも友人の話だが、彼もまさにこの疾病にとりつかれ、あるとき、無意識にある建物に引き寄せられ、その前までいってふと顔を上げたら、「古谷接骨医」という看板がかかっていたという。これは実話である。
 しかし古ければ古いほど高いのかというと、そうでもないのが、骨董の不思議なところだ。たとえば、縄文土器とか、古墳時代から平安時代くらいまでに作られた須恵器はそう高くない。日本の陶器でいつのものが最も珍重されるかというと、桃山時代ということになっている。とくに桃山の茶陶は最高峰。いうまでもなく、利休が活躍していた時代だ。
 だから骨董屋が茶碗やぐいのみをみせながら、「こいつは桃山いきますよ」とかいっている場面に遭遇することが多い。桃山時代なんてせいぜい20年なんだから、その時期のものがそんなにごろごろしているわけがないのに。 
ちなみに、骨董会館の店で出会った最初の骨董のぐいのみ、1年以上かけてやっと自分のものになった。その頃から、日本酒を深夜飲むようになったと思う。
 日本酒と骨董への道を進む大きなきっかけになった唐津のぐいのみ、骨董屋からは「桃山いきます」といわれたものの、そのへんは常識的な金原、「ないない」と思っていた。そのぐいのみが2年ほど前に7つか8つに割れてしまった。酔っぱらって、つい手から落ちてしまった。桃山いくいかないかはともかく、思い出のあるものなので、自在屋さんという骨董屋さんに持っていって、直しに出してもらった。その直しが素晴らしくて、もどってきたものをみたら、縁のところにほんの5ミリほどの金直しがあるだけ。ほかの傷は目をこらさないとわからない。すごい技術だ。
 その復元されて帰ってきたぐいのみをみて、自在屋さんがひとこと、「本物なら、けっこうな値段するよ、これ」。

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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