大学時代、印象に残った先生というと、まず1年生のときの大谷先生。英語の先生で、そのときのテキストはグレアム・グリーンの『権力と栄光』だった。なぜそんなに印象に残っているかというと、じつは1年生のとき、取った単位がたったの3単位で、そのうちの2単位が、大谷先生の英語だったのだ。あとの1単位は、半期のみの保健体育講義かなにかだったと思う。
これでよく4年で卒業できたものだと思うが、当時は大学のしばりもゆるかった……古き良き時代であった。ただし、2年生のときには、1週間にフランス語を4時間(初級2コマ、中級2コマ)取ることになった。
その大谷先生とはそれから10年後、再会することになる。大学院の博士課程を修了して(正確には、単位取得満期退学)、法政大学教養部の英語の非常勤講師として採用されたときの教養部の主任が大谷先生だったのだ。年度初めのパーティかなにかのときに、「えー、あまり無茶な休講はしないようにお願いしたい。前期、後期、それぞれ授業数が12から13回ありまして、まあ、せめて10回くらいは授業をしてください」といわれたのを今でもよく覚えている。まあ、古き良き時代であった。
もうひとり印象的だったのが永田久先生。専門は数学で、教養の「数学」の授業を担当なさっていたのだが、その内容がちょっと変わっていた。「暦学」。つまり、テーマが「暦」。おそらく先生も、文系の学生に数学を教えてもしょうがない、いっそのこと、古今東西の暦についての話を数学をまじえて講義しようと思ったのだろう。これが楽しかった。たしか2年生のときに受講したと思う。30年以上前の話だ。
欧米、中国、日本、イスラム圏、ユダヤ教のカレンダーから、十干十二支の干支、陰陽五行説、一白水星とか二黒土星とかの九星術の話まで幅広く、じつにおもしろかった。この授業は珍しくほぼ出席した。さらに珍しいことに大学卒業後もノートを捨てないで取っておいた。
その永田先生が1982年に『暦と占いの科学』(新潮選書)という本を出版。まさにわれわれの受けた授業の内容がそのまま本になった……というわけで、ノートを捨ててしまい、大学でとったノートはすべてなくなってしまった。
じつは前回紹介した、英語の数詞の話、この本のなかにも出てくる……が、例が異様に多くて英文科の学生でも辟易すると思う。
そしてじつは今回紹介する、英語の月の呼び名の話もこの本に詳しく書かれている……が、詳しすぎて、ちょっとくどい(永田先生、非常に几帳面な性格でいらっしゃるらしい)……ので、それを金原流にかいつまんで解説してみよう。
さて、前回はこんな感じで終わっていた。
ところで、「オクタ」は8と書いたけど、これから生じた“October”は「8の月」だから、8月?
もちろん、そうではない。が、ローマ時代、ある時期までは、“October”は「8月」だった。それがなぜ、10月になってしまったのか。
それをいえば、次の9を表わす“nona”にしても、これから生まれた“November”はもともと「9月」で、10を表わす“deca”から生まれた“December”も、もともと「10月」……なんで?
これについてはローマ時代の暦の変遷がその理由を教えてくれる。
紀元前753年、狼に育てられたというロムルスがローマを建国(世界史の常識)。このロムルスが暦を制定する(「ロムルス暦」)。これは1年を「10か月+その他約60日」という大ざっぱなものだった。『暦と占いの科学』には次のような表がある。
1月 Martius
2月 Aprilis
3月 Maius
4月 Junius
5月 Quintilis
6月 Sextilis
7月 September
8月 October
9月 November
10月 December
11月 ×
12月 ×
1月から4月までは神様の名前で、5月以降はすべて、「5の月、6の月……」というふうになっている。
11月と12月の「×」とはなにかというと、「月としては勘定に入れない」ということ。どういうことかというと、農作業もなにもしない冬の時期は「月」じゃないという考えだったらしい。古き良き時代の発想かもしれない。
ところが、それじゃ、あんまりだろう、というか、それではやはり不具合が生じるからというので、次の「ヌマ暦」ができる。これによって、11月と12月にそれぞれ「Januarius」「Februarius」という名前がつく。ちなみに、このふたつは神様の名前。めでたく12か月がそろった。これがこのままだったら、いまでもオクトーバーは8月だった。
しかし、やがてこの暦がさらに改訂される(「ヌマ暦の改革」)。月の日数とかの調整もあったが、このときついでに、11月の「Januarius」を1月にしようじゃないかということになった。というのは、これはローマ神話のヤヌス神のことで、ヤヌスはふたつの顔を持つ「双面」の神で、過去と未来を見すえているらしい。そうそう、いまちょうど訳している、リック・リオーダンの『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』(ほるぷ出版)というシリーズ第4弾にも登場する、有名な神様。とまあ、それはさておき、このヤヌス神は1年が終わって1年が始まる1月にこそふさわしいのではないか……と、だれかがいって、それが採用されたのだと思う。というわけで、「11月 Januarius」「12月 Februarius」→「1月 Januarius」「2月 Februarius」となった。次の通り。
1月 Januarius(January)
2月 Februarius(February)
3月 Martius(March)
4月 Aprilis(April)
5月 Maius(May)
6月 Junius(June)
7月 Quintilis
8月 Sextilis
9月 September
10月 October
11月 November
12月 December
というわけで、この「ヌマ暦の改革」でほぼ現在の形になる……んだけど、上の表の7月と8月がおかしい。
じつはこのあと、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)がローマの支配者になったとき、さらにこの暦が改良される。各月の日数も変わったりしたが、大きな変革は閏年が導入されたことだろう。このときユリウス(Julius)はついでに、7月に自分の名前をつけてしまう。これが英語の“July”。12しかない月に自分の名前をつけてしまうとは、これもまた古き良き時代であったのかもしれない。
さらにこのあと、ユリウス・カエサルの妹の孫であるアウグストゥス(Augustus)も暦の改良を行ない、そのついでに、8月に自分の名前をつけてしまう。これが英語の“August”。
蛇足ながら、『暦と占いの科学』によれば、アウグストゥス以前の暦では、2月は29日で、8月は30日だった。しかしアウグストゥスは自分の月、つまり8月が30日であるのはけしからんと考えて、これを31日にした。増やした1日を2月から持ってきたため、これ以降、2月は28日しかなくなったのである。しかしなんでまた、日数の一番少ない月から持ってくるかなあ。迷惑じゃん。2月末、いつも締切に追われて苦しい思いをしている人は、アウグストゥスをうらむべきなのである。
とまあ、以上のようなことが、『暦と占いの科学』に延々30頁にわたって細かく詳しく書かれている。我と思わん方はぜひ読んでみてほしい。現在でもこの本、入手可能。永田先生、ご存命なら、今年83歳。うちの母親とほぼ同い年。
最後に、月の名前になった神様について簡単に。
1月は「ヤヌス」。2月は「フェブラリウス」(贖罪の神)。3月は「マルス」(軍神)。4月は「アプロディーテ」(美や愛の神)。5月は「マイア」(豊饒・農業の神)。6月は「ユノー・ジュノー」(最高位の女神)。
※編集部より
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第17回 オクトーバーは8月だった!?
金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。





