五十嵐大介の『海獣の子ども』(小学館)がおもしろい。
主人公の女の子が、ジュゴンに育てられたふたりの少年と出会うところから物語が始まる。事件らしい事件はほとんど起こらず、いくつものエピソードがからみあいながら進んでいく。世界中の水族館からある種の魚が消えていく、漁師の網に深海魚がかかるようになる、ジンベイザメが光になって消えていく、異形の人間の死体が打ち上げられる……やがて、ある種の「予感」が大きな世界を予想させ、 2 巻目の衝撃的なエンディングへ(もちろん、物語はまだまだ終わりそうにない)。
このマンガの第 2 巻にこんなインドネシアの神話が紹介されている。
宇宙支配神がその妃と共に、牛の背に乗って大海の上空を飛翔してたんです。体がくっついてたからかな、そのうち宇宙支配神が妃に欲情してしまって、精液が一滴こぼれてしまった。精液は海中に落下して、巨大な羅刹となって天に昇っていったそうです。羅刹ってのは人を惑わしたり食べちゃう魔物ですね。
この天から落ちてきた一滴の精液が流星のイメージに重なって、それがまた物語に重なっていくあたりが、この作品のすごいところ。興味のわいた方はぜひ、読んでみてほしい。
前回、白子のことを書いたので、今回は精液の話を書いてみたいと思う。いきなり「精液」というと、ひいてしまう人も多いと思うけど、調べてみるとなかなかおもしろい。
さて大いなる天 ( クロノス ) が夜を率いてやって来た
そして大地 ( ガイア ) の傍らに身をのばし
その上全体に長々とおおいかぶさった 情愛を求めながら
そこで息子は 待ち伏せの場から左手(ゆんで)をのばし
右手(めて)にはするどい歯のついた大きな長い鎌を執って
すばやくわが父の陰部を刈り取り
背後に投げつければ それは後ろへとんでいった
(中略)
さて彼(クロノス)が父の陰部を鋼鉄(鎌)で刈り取って
陸地から 大浪うねる海原へと投げ棄てるや
それは久しい間 海原の面に漂うていた そのまわりに
白い泡が不死の肉(ししむら)から湧き立ち
そのなかで ひとりの乙女が生い立った
これはホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』と並んで有名な(けど、とても短い)ギリシアの叙事詩、ヘシオドスの『神統記』(廣川洋一訳・岩波文庫)からの引用。
ちょっと説明しておこう。
『神統記』によるギリシア神話の天地創造はこんな感じ。まずカオス(空間)があって、そこに女神ガイア(大地)とかエレボス(闇)とかニュクス(夜)なんかが生まれ、やがてガイアは自分と同じ大きさのウラノス(天)を産み、ガイアとウラノスが交わってオケアノス、コイオス、クリオス、クロノスといった神々が生まれてくるのだが、ウラノスは子どもをすべて大地深く監禁してしまう。これに怒ったガイアは鋼鉄で大鎌を作って、クロノスに渡す。クロノスが隠れて待っていると、父親のウラノスが下りてきて、母親のガイアにおおいかぶさろうとする。クロノスはすかさず飛び出して、ウラノスのペニスを左手でひっつかみ、右手に持った大鎌で断ち切ってしまう。
そして切り取ったペニスを海に放り投げると、その精液の泡からひとりの乙女(女神)が誕生する。これが「泡から生まれた女神、アプロゲネス」、つまり「アフロディテ」、別名ヴィーナス。ウラノスの精液の泡から生まれたのが愛の女神だったのだ。
ボッチチェリの「ヴィーナスの誕生」はそういう絵じゃないと思うけど、ヘシオドスさんの話によれば、そういうこと。まことにおおらかなエピソードだと思う。
ところで「精液」という言葉、なんとなく生物学的な用語で昔は使っていなかったような気がする。たとえば、江戸時代の町民が、いや、武士だって、普通に使っていたとはとても思えない。時代劇でも歌舞伎でも耳にすることはない。しかし『日本語大辞典』によると「動物の雄性生殖器から分泌する液体」という意味で、 10 世紀頃から使われていたらしい。漢方医学の本とかだろう。
「精液」の「精」は「生命の根源。生殖のもととなるもの」(新漢語林)という意味だ。
これに対して英語の精子( sperm )は、まったく発想がちがっていて、『ジーニアス英和大辞典』によると、「ギリシア語 sperm (種)“まき散らかされるもの”が原義」とある。これもまた、なるほど、と思う。
そもそも世界の神話では、よく「母なる大地」と呼ばれるように、大地は女神、天(空)が男の神様ということが多い。これについては、よく指摘されるのだが、春の雨が大地に降りそそいで草木が芽を出すというイメージがからんでいる(冬の雨はどうなんだ、というツッコミはなし)。つまり、天の精液が雨で、それを受け止めて大地が生命をはぐくむ、という発想。そうであれば、「まき散らかされるもの」というイメージもすなおにうなずける(日本神話は例外で、天をつかさどるのは女神、つまり天照大神<あまてらすおおみかみ>。なんでかなあ)。
さて、この“ sperm ”でいつも頭に浮かぶのが、鯨。英語では「精液鯨」という鯨がいるのだ。“ sperm whale ”。発音すると「スパーム・ホエール」。どんなすごい鯨かというと、なんのことはない、捕鯨でおなじみのマッコウクジラ(潜水が得意で 3000 メートルくらい潜ることもあるといわれている)。最初、この英単語にぶつかったときは、なんでこの鯨が「精液」なのか不思議でならなかった。だいたい、「精液鯨」なんて、ネーミングのセンスを疑ってしまう。英語圏では、子どもといっしょに『海の生き物』なんて図鑑をみては、お母さんと子どもが「ほら、これが精液鯨」「セイエキってなに?」とかいってるんだろうか。
なぜそんな名前がついているかというと、マッコウクジラの頭にある白いどろどろの液体が精液に似ているからとのこと。これは「脳油」とか「鯨蝋」と呼ばれるらしい。それにしても、あまりな名づけ方だと思う。
これに対し、日本語のマッコウクジラは漢字で書けば「抹香鯨」。「抹香」というのは「シキミの葉・皮を粉末にして作った香……古くはジンコウとセンダンとの粉末」(大辞泉)。つまりは「香」のこと。なぜこんな名前がついたかというと、マッコウクジラの大腸にごくたまに「竜涎香(リュウゼンコウ)」という松脂みたいな物質が見つかることがあって(海岸に打ち寄せられることもある)、これがとても香りがよいので香料の原料となるからだ。ただし、どのマッコウクジラにも見つかるわけではなくて、いわゆる「病的生成物」(平凡社世界百科事典)。つまり、なにかの病気か異変によってできる珍しい物らしい。
1943 年 12 月 8 日に日本捕鯨業水産組合が発行した捕鯨便覧に、竜涎香に関する研究成果が発表されている。それによると、明治 42 年から昭和 11 年までの 28 年間に、日本捕鯨は約 4 万頭のマッコウクジラを捕獲し、そのうち雌 13 頭、雄 8 頭から竜涎香を採取したという(「海中開発と人間」より)。
まあ、英語の場合は頭の中身、日本語は大腸の中身に注目した次第……と書いたところで、中国人にたずねたら、中国語でも「抹香鯨」とのこと。ということは中国語が先なんだろうな。
ちなみに、「リュウゼンコウ」、音はかっこいいけど、漢字で書くと「竜涎香」。つまり、「竜のよだれの香」で、ちょっとつや消しなのだ。よだれたらした竜って、だめでしょう。
第2回 ヴィーナスを生んだ「泡」
金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。





