カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第3回 コンプレックス

 前回、ヘシオドスの『神統記』のなかから、クロノス(夜)が父親ウラノス(天)を倒すエピソードを紹介したのだが、じつはこのクロノスがまた、生まれてくる子どもを片っ端から食ってしまう……といっても、ギリシア神話の神様は死なないから、子どもも腹の中で生きている。なぜクロノスがそんなことをするかというと、「やがて、息子によって、打ち倒される」という予言をきいたからだ。妻レイアはクロノスの仕打ちに悲しみ、怒り、父ウラノス(クロノスにペニスを切り取られたうらみがある)と母ガイアに相談して、一計を案じる。そして末っ子のゼウスが生まれたとき、大きな岩を産着で包んでクロノスに渡し、赤ん坊だといつわって飲みこませる。一方、ゼウスをクレタ島に運び、ガイアに育ててもらうことにする。やがてたくましく育ったゼウスは父クロノスを打ち倒し、自分の兄姉たちを吐き出させる。最初に出てきたのはもちろん岩で、それからポセイドン(海の神)、ハデス(冥界の神)、ヘラ(のちにゼウスの妻)、デメテル、ヘスティアと続く。

 つまり、『神統記』では2度、息子が父親を打ち倒すエピソードが出てくるわけだ。

 ところで、「息子による父親殺し」といえば、真っ先に思い浮かぶのは、ギリシア悲劇で最もよく知られた作品、ソポクレスの『オイディプス王』だろう。

 テバイの王オイディプスは、疫病が流行っているという市民の訴えをきく。デルフォイ宮殿の神託によれば、「先王を殺した男がテバイにいて、疫病はその報い」とのこと。オイディプスはその犯人をさがすうちに、自分こそがその人物であることを知らされる。それどころか、先王は自分の父親であることも判明する。知らなかったとはいえ、父親を殺し、母親と結婚して子どもまでつくっていたのだ。真相を知ったオイディプスの妻(=母親)は首をつって死ぬ。そしてそれを見たオイディプスは自らの目をえぐる。

 もはやお前たちは、この身にふりかかってきた数々の禍も、おれがみずから犯してきたもろもろの罪業も、見てくれるな! いまよりのち、お前たちは暗闇の中にあれ! 目にしてはならぬ人を見、知りたいとねがっていた人を見わけることのできなかったお前たちは、もう誰の姿も見てはならぬ!

(藤沢令夫訳、岩波文庫 )

 この悲劇をもとにパゾリーニが撮った映画が『アポロンの地獄』。もう 30 年以上前、池袋の文芸座で同じくパゾリーニ監督の『テオレマ』と2本立てで観たときの衝撃は忘れられない。いかにも土俗的で呪術的で、かつリアリスティックで、どろどろした『オイディプス王』を見せつけられて、思わずのけぞった。とくに妃(=母)の死の場面と、オイディプスが目をつぶす場面は圧倒的な迫力と悲しみに満ちていた。

 ぜひ授業で学生に見せたいのだが、現在、DVDは廃盤らしい。とても残念だ。

 それはともかく、古代ギリシアで有名なエピソードのなかに、3度、父親を倒す話、父親殺しの話が出てくるのは気になる。S・フロイトが「エディプス・コンプレックス(オイディプス・コンプレックス)」を思いついたのも、よくわかる。たしかに、欧米の文学作品にはこの手の話は繰り返し出てくる。とくに有名な作品に多いのだ。

 たとえば、『アーサー王物語』。

 「裏切り者め、今日こそおまえの命をもらうぞ!」

 モルドレッド卿はこの言葉をきき、王がむかってくるのをみると、剣を抜いて立ち上がり迎えうとうとしたが、そこをすかさずアーサー王はこん身の力をこめて槍を突きだした。槍の穂先はモルドレッド卿のからだをつらぬき、背中からさらに2メートルも突きでた。モルドレッド卿はこの傷で死を覚悟し、腹にささった槍を左手でつかみ、一気にアーサー王の前まで歩いていくと、父王の頭めがけて剣をふりおろした。剣は兜をとおして頭蓋骨にめりこんだ。
(ジェイムズ・ノウルズ、金原瑞人訳、偕成社)

 モルドレッドは、アーサーと姉モルゴースとの間にできた子どもだ。

 そしていま、古典新訳ブームのなかでもひときわ注目を集めているドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。この作品の後半は、父親フョードル殺しを核に展開していく。

 じつは、先日、近日公開予定の映画『ベオウルフ』の試写会にいってきた。この原作は古英語(まるでドイツ語みたいで、とても金原には読めない)で書かれたイギリス最古の叙事詩で、成立は 8 世紀頃、現存する写本は 10 世紀、 11 世紀のものといわれている。この作品、前半は主人公である英雄ベオウルフの怪物退治、後半は火竜退治という構成なのだが、前半と後半がぽっかり 50 年空いているのだ。そして前半は若き英雄の武勲譚で、後半は一転して老いた王の死を覚悟した悲壮な戦いになっている。まん中が抜けているのではないかと気になってしょうがない。

 さて話をもどそう。『ベオウルフ』はエディプス・コンプレックスとは無縁の作品なのだ……が、映画のほうは、なんと、これにエディプス・コンプレックス的展開を導入して、前半と後半を驚くほどうまくつなげてしまった。脚本は、小説『スターダスト』や『グッド・オーメンズ』で有名なSF、ファンタジー作家ニール・ゲイマンと、『パルプ・フィクション』の脚本を手がけたロジャー・エイヴァリーの合作。どちらの発案かは知らないが、見事!

 映画といえば、いまでもファンの多い『スター・ウォーズ』。この完結編である、『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』(「スター・ウォーズ トリロジー DVD-BOX 」の発売を機に、『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』に変更されたらしい)も、最後は父親殺しの物語としてしめくくられている。

 父親殺しのテーマが、ギリシア、ロシア、イギリス、アメリカなどの有名な作品に共通しているところを見ると、たしかにフロイトの主張するエディプス・コンプレックスって、本当にあるのかもという気がしてしまうのだが、日本の作品にはほとんど見られない。これもまた不思議だ。

 ところで日本語で「コンプレックス」というと、ほとんどの人が「劣等感」という意味にとるが、この言葉はもともと「複雑な、複雑なもの」という意味。

 英語の“ complex ”には「複雑な」という形容詞と「複合体、合成物」という名詞の両方の意味がある。おもしろいのは「コンビナート(生産工程の一貫性・多角生を効率よく実現することを目的として、一地域に計画的に結合された工場の集団)〈『広辞苑』〉」という言葉。これはロシア語で(ロシア、というかソビエト連邦で初めてできたらしい)、英語ではこれも“ complex ”という。シネコンと同じ発想かな。とにかく、コンプレックスというのは似たようなものが(ごちゃごちゃ)集まっている、というイメージでとらえるとわかりやすい。

 だから、精神分析用語のコンプレックスは、『日本国語大辞典』にはこんなふうに難しく説明されている。「要求阻止が原因となって抑圧され、無意識のうちに形成され情緒的に強く色づけされた観念の複合。観念複合体」。金原的にいってしまえば、「(複雑に)からみあった気持ち」でいいと思う。

 たとえば、『日本国語大辞典』にはこんな例が載っている。「わたしの嘘は今、考えてみると、母に対するコンプレックスから出たようである」(『母なるもの』遠藤周作)。どうやら、遠藤周作は 1969 年のこの作品で早くも「マザコン」に触れているらしい。ただし「マザコン( mother complex )」は和製英語。『新和英中辞典』で「マザコン」を引いてみたら、“ man's strong attachment to his mother ”(「男の母親に対する強い執着心・依存心」)とあって、もうひとつ“ the Oedipus complex ”(エディプス・コンプレックス)とある。

 『日本国語大辞典』に載っているもうひとつの意味が「劣等感」。英語では、優越感を“ superiority complex ”といい、劣等感を“ inferiority complex ”というのだが、英語でも単に「 complex がある」といえば、普通は「劣等感」のこと。

 

 

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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