カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第5回 インゲンマメかソラマメか

 このあいだふと、自分にとっての中華料理はいったいなんだろうと考えた。そしてさんざん悩んだすえの結論は、「餃子、炒飯、スープ、もう一品足すとしたら酢豚」だった。フカヒレもツバメの巣も、熊の掌も猿の脳みそもどうでもいい。その4品につきる。ところがしばらくして、「焼きソバはどうしよう」と悩んでしまった。両面を軽く焦げるくらいに焼いたソバ(両面黄)にあんかけの具をのせた中華の焼きソバは無視できない。
  新宿の「雪園」のランチの焼きソバがおいしい(なぜか夜行くと、メニューにこれがない)。それからもうなくなってしまったが、半蔵門は東條会館の最上階にあった中華レストランの焼きソバもよかった。こちらはボリュームもたっぷりで、具の種類も多彩だった。そうそう、これを食べていたとき、隣の女の子に「豚マメは平気?」とたずねたことがあった。
「え、豆が入ってるんですか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「へえ、豚マメって初めて聞きました。豚が食べる豆なんですか、それとも豚の形をした……あれ、もしかして豚の顔の形をした……?」
  豚の形をした豆があるはずはない(と思う)し、豚の顔にいたっては論外だろう。これは豚の腎臓のことで、中華料理の素材によく使われる。
  大学時代からそばに置いている料理本のうちの一冊が檀一雄の『檀流クッキング』。今から30年以上前に出た本だが、古典的名著といっていい。そのなかにこんな一節がある。

 どうも、日本人は、獣類のキモやマメの食べ方に不熱心で、この頃こそ、ようやく、肝臓を食べる人も出てきたが、腎臓ときたら、そんな悪食は……などと、手をあげてしまう人の方が多い。(豚マメと豚キモのスペイン風料理)

 この本の素晴らしいところは、この豚マメのさばきかたまでしっかり書き添えてあることだろう。「豚のマメを平たく、まん中から半分に縦割りするのである。豚のマメをマナ板の上に置き、名の通り豆が二つに分かれるように、豚のマメを切るのである」。
  たしかに、豚の腎臓は豆に似ている。だからこそ、「豚マメ」などというわけなのだが、豚にかぎらず、人間もふくめ動物の腎臓は豆に似ている。たとえば、英語でも“kidney bean”というのがあって、これは「インゲンマメ」のこと。“kidney”というのは「腎臓」だから、そのまま訳すと「腎臓豆」。ただ、欧米で料理によく出てくるのは豚ではなく、牛や羊の腎臓で、よくキドニーパイに使われる。
  もちろん、そのままソテーして食べることもあって、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』にもこんなところがある。舞台はアイルランドのダブリン。

 レオポルド・ブルームは鳥や獣の内臓が好きだった。こってりした内臓スープ、木の実に似た香りの砂肝、詰め物をしたハツのロースト、パン粉をまぶして揚げた薄切りのレバー、鱈の白子の揚げ物。なにより好きだったのは、マトンの腎臓だった。舌に、かすかな尿の香がたまらない。

 また、英語では“kidney”がらみの言葉も多い。

kidney bean:インゲンマメ
kidney buster:きつい仕事。でこぼこ道
kidney dish:インゲンマメ形の皿(手術などに使われる浅い金属製の皿のこと)
kidney table:インゲンマメ形のテーブル
『リーダーズ英和辞典』より

“kidney”が腎臓で、“kidney bean”がインゲンマメ(腎臓豆)なら、“kidney dish”“kidney table”は、それぞれ「腎臓形の皿」「腎臓形のテーブル」と訳すべきだろうという気がする。ただし、響きはよくない。
  ついでながら、英語の“bean”は「豆」だが、古英語では「ソラマメ」を指していたらしい。現在では大豆も“bean”で、“bean curd”というと豆腐。ただ、最近ではそのまま“tofu”と呼ぶことのほうが多いと思う。これに対して丸い豆、つまりエンドウマメなんかは“pea”という。ちなみにゴルフのボールをたまに“pea”と呼んだりする。
  さて、欧米では食用の腎臓は牛や羊が多いのだが、一方、中国では断然、豚。たまに羊。まあ、豚、ときにより羊、という感じかな。ちなみに豚の腎臓は「猪腰」。また、鶏肉のカシューナッツ炒めは「腰果鶏丁」。「腰果」というのはカシューナッツのこと。これもまた形が似ているかららしい。カシューナッツは腎臓というにはちょっと曲がりすぎだと思うが、まあ、しょうがない。また中華料理に「炒腰花」というのがあって、これは豚マメとタケノコやキクラゲをいっしょに炒めたもの。「腰花」というのは腎臓のスライスの表面に包丁で切れ目を入れたものをいう。また英語でも“kidney”が複数になると、「腰、腰部」という意味になる。
  一方、日本ではどうかというと、『日本国語大辞典』で「まめ」を引くと、「⑦肉料理で牛・豚などの腎臓をいう」とある。そして「腎臓」を引くと、「形はソラマメの実状を呈する」とある。
  おもしろいのは、日本でも中国でも欧米でも、腎臓の形は豆(インゲンマメかソラマメかはさておき)に似ているという認識があったということだろう。そしてもうひとつおもしろいのは、豆や腎臓の形を一種特殊なもの、ユニークなものと見ていたということだ。たしかに片側が微妙にへこんだ形は不思議といえば不思議だ。
  また中国、日本では腎臓は活力や精力の源であり、生殖機能をつかさどると考えられている。楊萬里の『秘密の中国料理 誰もいわなかった“味”の方法』(経済界)にはこんなふうに紹介されている(奥付を見ると、昭和54年9月10日初版、同年10月31日11刷!)

(豚の腎臓は)おいしいだけではなく、腎臓の働きを整え、疲れをいやすには最適です。クルミや杜仲(漢方薬)と一緒に煮込んだスープを飲めば、腰の曲がりを直し、夜中にトイレに立たなくてもすむという老人泣かせの秘薬でもあります。

 医薬同源の中国らしい発想だ。
  また、腎臓に生殖機能があるというところから「腎虚」という言葉が生まれる。『日本国語大辞典』には「漢方の病名で、腎水(精液)が枯渇し、身体が衰弱すること」とあり、次の引用がある。「いのちしらずとよしいはばいへ 君ゆへに腎虚せむこそ望みなれ」(『犬筑波集』1532年)。「いづれも歓び、譬ば、腎虚して、そこの土となるべき事、たまたま一代男と生まれての、それこそ願ひの道なれ」(『好色一代男』1682年)。まあ、男冥利につきるということかもしれない。ついでに書いておくと、好色な人のことを江戸時代、「腎張り」といったらしい。
  しかし西洋にこの発想はない。昔、腎臓は人の性格をつかさどるものと考えられていて、そこから“kidney”に「性格、人格、気質」といった意味が加わった。
  洋の東西、似ているところ違うところ、まったくさまざまだなあと、おせち料理の黒豆をつつきながら、“kidney”や「腎臓」や「豆」のことを考えた正月であった。

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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