カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第8回 ホルモンは変態?

 前回、サンドイッチの語源のついでにキャプテン・クックのことを書いたら、アメリカの角谷くんから(二度目の登場)こんなメールがきた。

  ――キャプテン・クックと言えば、中学の教科書にも載っていた、彼の「誤解」のせいで、カンガルーはカンガルーって名前になったという話は「ガセ」であると知り、がっかりした事を思い出します。アボリジニに「あの動物の名前は何?」とクック船長が聞いたら「カンガルー」と答えられ、「おぉ、あれはカンガルーと言うのか!」でも、アボリジニの言葉で「カンガルー」とは“I don't know”やった、ってオチ。

→なんて教科書だった?(金原)

  ――カンガルーの話は New Horizon って教科書に載ってました。確か中学2年生やったと思うけど、ひょっとしたら3年やったかも。New Horizon の主役のマイク・スミス君はサンフランシスコ在住。独立記念日にはワシントンDCで花火を見て、クラスメイトのバーバラさんは盲腸で入院。マイクのお父さんは車が好き。旅行先のハワイから日本の友達、ケン君にポストカードを送っていたような。

  それにしても角谷くん、よく覚えてるなあ。じつは今から40年前、岡山市立丸の内中学校で使っていたのも、この New Horizon だった。けど、内容はほとんど覚えていない。唯一頭に残っているのは、“Kinokunizaka is a long long slope” というムジナの話の冒頭だけ。なぜ覚えているかというと、この話は全文暗唱させられたから。小・中学生の頃の丸暗記はとても効果的で、覚えられる限り覚えさせればいい。そういえば、ニューホライズンでちょっと話がはずんだときのこと、こんな発言が飛び出した。

  ――わたしもニューホライズン。教科書の本文は全部暗記してた。そうしておけば、中間とか期末のテスト勉強をしなくてすんだから。でも、いまはほとんど忘れちゃったなあ。マイクって、たしか犬飼ってたよね。名前はブラッキーだったような気がする。これ、ポイント高い? 

  まあ、ポイントはさておき、早い話が、百人一首でも詩でもなんでも問答無用で覚えてしまえばいいのだ。英単語の丸暗記を嫌う教師が多いが、英語の実力をつけるという意味では、これがいちばん効率がいい。大学受験のときに6000語覚えていれば、怖いものなしだ。ただみんながみんな英語が好きで英語中心に勉強しようと思っているわけでもないから、そんな勉強法を一般生徒に押しつける必要はない。が、将来、英語を生かした職業につきたいとか考えてるのであれば、今からでも遅くはない(あ、小・中・高校生の場合です)、がむしゃらに英単語を覚えていけばいい。野球少年が毎日、おもしろいはずもないのに、懸命に走ったり筋トレしたりして体を作るのとまったく同じ。
  あ、いかん。話が飛んでしまった。そうそう、今回は「語源」そのものについて、ちょっと考えてみようと思っていたのだ。角谷くんのメールには続きがある。

  ――そして、この話を聞いて思い出すのが「カステラ」。これも、殿様の「誤解」。(確か)ポルトガル人が殿様との謁見時にカステラを献上。殿様は「これは何という物じゃ?」とカステラを指差して聞くと、聞かれたポルトガル人はカステラの上に描かれた絵のつもりで「カステーラ(城)でございます」と答えた、という同じようなオチやけど、これもガセネタなのかなぁ?

  さて、カンガルー、これはアボリジニの言葉で「跳びはねるもの」というふうな意味らしい。それからカステラだけど、『日本国語大辞典』の「語誌」にはこんなふうな説明がある。

  pao de Castella(カスティーリャ王国のパン)と教えられたのを、日本人が「カステイラ」と略したらしい。また、オランダ語の Castiliansh-brood の略という説や、「『かすていら』は本名『かすている、ぶろふど』なり。『かすている』は城の事、『ぶろふど』は右にいふ『ぱん』の事……(蘭説弁窓・上)

  などと紹介されている。なるほど、ポルトガル語の「城」が語源という説もあるらしい。が、正直なところは、よくわからんというのがこの項を担当した人の本音だろう。まあ、その場に立ち会っていたわけじゃないだろうし。なにより、言葉なんてものは、大概がみんなでわいわいやっているうちに意味が固まってくるものだし、そこで「元をただせば」なんてことをいっても、そう明快な答えが出てくるはずもない。だから、前回の「鉄火」にしてもいろんな説があって、それはそれでいいと思う……というか、強弁してしまえば、おもしろければいいのだ! 
  「鉄火巻き」に関して、あちこちからメールをいただいたのだが、「鮪をぶつ切りにして巻くところから、身をもちくずしたヤクザの意の鉄火としゃれたもの」(『スラング』暉峻康隆)という説明がいちばん新鮮で迫力があって楽しかったという感想がほとんどだった。

  そこで、いきなり今回は「ホルモン」である。まずは生物学的ホルモン、つまり男性ホルモン、女性ホルモンとかいう場合のホルモンって、どんなものを指すんだっけと思って、電子辞書で『マイペディア』を開いて、この言葉を入力。すると突然、「アラタ体」(昆虫の内分泌腺)という項目が飛びこんできて、その意味の下の「関連項目」のところに「変態」「ホルモン」とふたつ並んでいるではないか。わが意を得たりとばかり(ちょっと意味違うけど、まあ、この場合は、「あっ、いやらしい意味かな」と、わくわくしてというふうなつもり)、「変態」にジャンプしてみたら、なんとつまらないことに、青虫がサナギになって蝶になってという意味の「変態」だった。がっかりして、元に戻って「ホルモン」の意味を調べてみる。簡単にまとめると、微量で組織や器官に変化を生じさせる物質で、その意味ではビタミンに似ているけど、体内で(内分泌腺で)作られるという点がちがうらしい。

  まあそれはいいとして、問題なのはもうひとつの「ホルモン」。つまり、焼いて食べるほう。こいつの語源である。
  じつは大学3年生のとき、知り合いに日文科の卒論の代筆を頼まれたことがある。「開高健論」。当時から開高健は好きだったのでふたつ返事で引き受けて、初期の作品から読んでいった。そのとき『日本三文オペラ』だったか『ロビンソンの末裔』だったかに、「ホルモン」の説明が書かれていた(ように思う)。それによると、男性ホルモン・女性ホルモンなんかとは関係なく、「ほうる」(捨てる)という大阪弁からきているのだということだった。「ホルモン」の語源は「ほうる(放る)もん」、つまり「捨てる物」という意味だというのだ。いうまでもなく、動物の肉を食べる習慣のなかった日本人は明治になってから恐る恐る牛肉、豚肉などを食べるようにはなったものの、内臓などはほとんど食べることがなく捨てていたが、戦後、この滋養と栄養に富んだ部分を食べるようになり、これをホルモンと呼んだというのだ。おお、なるほど! 考えてみれば、ミノだってセンマイだってダイチャンだって、内分泌腺で作られるわけではない。そうか、そうだったのかと思って、大学の英語の授業でたまにそんな話を混ぜるようになった。学生の反応もなかなかよい。ちなみに、「ハツ(心臓)、タン(舌)、ガツ(胃袋)」などはいうまでもなく、英語からきた言葉。
  ところが、二年ほど前にちょっと気になってネットを調べていたら、この説のほかにも、「活力を与えるもの、ホルモン」という意味から内臓料理を指すようになったという説明もある。『日本国語大辞典』の「ホルモン」の項では、「ホルモン焼き」について『古川ロッパ日記』からの引用がある。「豚のホルモンてのが出たら、それっと皆ハリキった」。1940年10月17日のこと。まあ、「ホルモン」というのは精力がつくという一般認識(たぶん誤解)があったのだろう。じつは大阪の心斎橋と法善寺に北極星という洋食屋さんがあって、そこのHPにこんなふうに書かれている。
  ――今でこそ全国のホルモン料理屋さんは無数にありますが、その語源の「ホルもん」(放るもん)「捨てるもの」の説からしても、ホルモン料理の発祥は大阪であることには間違いないようです。
  その「ホルモン料理」の商標登録を1940年(昭和15年)に、私ども北極星産業株式会社が行なっていました。(http://www.hokkyokusei.jp/horumonyaki/

  さて、ホルモン談義もこのへんで終わりにしたいと思うけど、最後にひとつ。『日本国語大辞典』の項目を読んでいくと、ホルモンというのは元々は「豚の内臓」が中心だったことがよくわかる。

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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