カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第10回 シンデレラの靴

 親の職業をたずねられると、「印刷屋です」と答えていた。現在、岡山市問屋町にある「創文社」がそれで、今でも母親が会長として週の半分くらいは顔を出している。膝と口は悪いが、かくしゃくとした、なかなか元気な母親である。この創文社、問屋町に引っ越す前は岡山市丸の内にあって、「ふじや高速印刷」という社名だった。丸の内に引っ越す前は岡山県庁のすぐそばにあって、「ふじや印刷」という社名だった。ところが、さらにこの前身があって、その名も「フジヤ」。お菓子屋さんではなく、靴屋さんだった。ちなみに、母親の名前が「藤」なので、店の名前もそこからきているものと思われる。

  というわけで、いなかの靴屋と印刷屋には詳しいほうだ。今回はその靴屋の話から。今からもう40年以上前のことだから、まだ合成皮革なんてものはない。革靴といえば、職人さんが一足一足作っていた。うちの靴屋は、おそらく岡山市で初めて、月賦で靴を売り始めた。お得意はいうまでもなく岡山県庁の人たちだ。子ども心に、当時の店のなかはよく覚えている。1メートルくらいの紙の筒に巻いたいろんな革があった。牛革、豚革、カンガルー、鹿革、キッド(子ヤギの革)……。ほかに鉄の義足をひっくり返して台に固定したようなものもあった。金槌も木槌もあった。革をはりつけるゴム糊の入った大きな缶もあった。
  印象的だったのは、父親がお客さんの足の寸法をとっているところだ。A4くらいの白い紙の上に足を置いてもらい、鉛筆でその輪郭をとる。父親はそれに合わせて靴底を切り、それに必要な革を切り、いっしょに職人さんに渡す。すると数週間して、それが靴になって返ってくる。
  その頃は革の切れ端をもらって、よく遊んでいた。というか、そんなもので遊べるはずはなく、革がとても貴重なんだという気がして、持っているだけでうれしかったんだと思う。当時、靴屋が町で珍しかったのかどうかはわからないけど、幼い頃は「靴屋のぼく」と呼ばれていた。親の職業があだ名についている子どもはほかにはいなかったと思う。
  父親は「金をくれ」ということができず、月末の集金はもっぱら母親の役だったらしい。一度、母親が風邪をひいて寝こんでしまい、しかたなく父親が県庁をまわったことがあったが、どこにいっても、雑談をしてそのままもどってきたらしい。

  それはともかく、靴屋には靴屋なりにおもしろい話がいくつかある。たとえば、こんなことをきいた。
  あるときからうちの靴屋にくるようになった人がいた。県庁の職員ではなく、おそらく大学関係で、当時としては珍しい知識人という風情の人だったらしい。お金持ちの家だったのかもしれない。その人が大の靴好きで、よく靴の注文にきていたのだが、あるとき、フランスにしばらく行くことになった。パリでしばらく過ごして、だいたいの事情がつかめてくると、高級な靴屋にいって、「最高の靴を一足」頼んだらしい。そして、何週間かして、できあがった靴をはいてみて、驚いた。柔らかいこと、軽いこと、いままでの靴が足枷にしか思えなかったという。ところがそれを履いてパリの街を歩いているうちに、一週間もたたないというのに靴底に穴が開いてしまった。その人はかんかんになって、靴屋に怒鳴りこんだ。「日本人だと思ってばかにしているのか。最高級の靴をといって頼んだはずなのに、一週間も履かないのに、このありさまだ!」。
  するとその職人さんが靴をしげしげとながめて、不思議そうな顔で、その人を見あげたらしい。
  「ムシュ、もしかして、これを外でお履きになったんですか?」
  次の瞬間、その人は事情を悟ってまっ赤になった。そう、最高級の靴というのは室内履きなのだ。外の道を歩くものではない。パーティや舞踏会にいくとき、お屋敷のなかでそれを履いて、馬車か車で目的地までいく。
  こないだ飲み会でこの話をしていたら、こんな指摘があった。
  「要はマノロ・ブラニクとかジミー・チュウの靴は“室内履き”なんですよね。日本のギャル(?)は、あれ履いて渋谷とか歩いてるけど。あ、でも、渋谷のギャルは履けないかも。10万円くらいするから」
  浅学にしてマノロ・ブラニクもジミー・チュウも知らないんだけど、それはともかく、われわれ日本人は下駄や草履よりも靴を履くほうがはるかに多いが、じつは、靴文化にかけてはまだ知らないことが多い。というか、金原も靴が好きなくせに、案外と無知である。20年くらい前だろうか、輸入品のちょっと高い靴を履いて岡山に帰ったら、母親に、「あら、いい靴を履いてるわね。イタリアの労働者の靴よ」といわれてしまった。たしかに丈夫だった。
  しかしそれはしょうがないではないか。外国人が下駄文化にうといのと同じだ。「鼻緒が印傳の本柾目(ほんまさめ)の下駄」とかいわれて、“Oh, lovely!”という言葉の返ってくる外国人がいったいどのくらいいるだろう。

  さて、いよいよこれからが今回のテーマ、「靴」なのだ。それもシンデレラの靴。
  シンデレラといえば、ガラスの靴と相場が決まっているけど、それって昔からそうなの、というところから話を始めよう。
  どうやらそうではないらしい。もちろん、ローマン・グラスとかいって、古代ローマの時代からガラスはあったし、いやいや、それどころか古代メソポタミア、古代エジプトでもすばらしいガラス製品が作られている。だから、昔話のお姫様がガラスの靴をはいていても、そう驚くことではない。
  ところが、これに関してはちょっとおもしろい説がある。もともとはガラスの靴じゃなくて、皮の靴だったんじゃないかというのだ。
  フランス語では、「皮の靴」は“pantoufle de (en) vair”で、「ガラスの靴」は“pantoufle de verre”。“vair”も“verre”も、「ヴェール」で、発音は同じなのだ。このへんから、いくつかの推測が生まれる。
 そもそもフランスの批評家・童話作家のシャルル・ペロー(1628~1703)の話「サンドリヨン〈シンデレラ〉」ではガラスの靴だけど、ドイツのグリム兄弟(兄:1785~1863、弟:1786~1859)の話「シンデレラ」だと、銀の靴・金の靴になっている。そして通説によれば、グリムのほうが元の話に近いという。またこの話は古くからヨーロッパのあちこちで語られていたらしい。
  ペローがどこかから仕入れてきた話を童話集としてまとめるときに、意図的に皮の靴をガラスの靴にしてしまったという可能性はある。しかし、どこかのHPに書かれているように、「フランス語で毛皮は《vair》、ガラスは《verre》で、(ペローは)これを間違えてまとめてしまったのです」という指摘はおかしい。そんな誤訳はありようがない。
  もう少しまっとうな説としては、こんなのがある。古くからフランスに伝わっていたこの話が、イタリア語に翻訳されるときに、訳者がフランス語の“vair”を“verre”と間違えて、「ガラスの靴」としてしまって、これが広まった。さらに後世、このイタリア版の話をフランスに再輸入しようとした人がいたのか(ペローかもしれない)、あるいはイタリア語版の「ガラスの靴」をおもしろいと思った人がいたのか、フランスでも「ガラスの靴」のヴァージョンが取り入れられて広まった。これはありそうだ。
  しかし、ものには続きというのがあって、じつはシンデレラの物語の原型は中国にあるというのが定説になっているのだ。というと、そうか、シンデレラの足がとても小さいというのは、中国の纏足(てんそく)からきているのかと思う人も多いだろう。いやいや、纏足の習慣はせいぜい11世紀くらいからだが、それよりずっと前から、中国には多くの似た物語が多く、古くは秦(BC221-BC206)や漢(BC202~AD8/AD25-220)の時代にまでさかのぼるという。

  まあ、このへんは話せば長くなるので、ここではこれまでとしておいて、さて、おもしろいのは「ヘンゼルとグレーテル」を見事に現代風に語り直した『逃れの森の魔女』の作者、ドナ・ジョー・ナポリが「シンデレラ」をもとに書いた“Bound”という作品だ。ナポリは、そういった古い中国の昔話に目を通しながらも、結局、物語の舞台を明にした。そしてもちろん、そこに纏足という習慣をからめて、ひとりの少女の自立を描いた。この作品、来年あたり、あかね書房から出る予定なので、こうご期待!。
  そういえば、ゲイル・カーソンの『さよなら、「いい子」の魔法』も「シンデレラ」のパロディだった。表紙からして、籠に入った靴だし。よみごたえのあるいい作品です。
  あ、そうそう、じつはポプラ社からもナポリの代表作“Zel”が出る。こちらはいうまでもなく、「ラプンツェル」の語り直し。もちろん、こうご期待!
  最後の最後に、もうひとつ。“pantoufle de (en) vair”や“pantoufle de verre”の“pantoufle”というのは普通の靴ではなく、リスなんかの小動物の皮で作った室内履きのこと。というわけで、最初の岡山の靴屋のエピソードと重なったところで、今回はおひらき。
(蛇足ながら、今回のエッセイは、聞きかじったことや、英語の文献で読んだものや、HPで見つけたものなんかを乱暴に集めてみただけなのだが、だれか、このシンデレラの系譜をしっかり整理してまとめてくれないだろうか)

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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