カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第12回 タロットをめぐる「大論争」

 愛用のシステム手帳の2008年6月19日のところに、赤い字で「5:00‐7:00」と書きこんである。どう見ても、自分の字だ。ところが、いったいなんのことかさっぱり覚えがない。この頃、なぜかこの現象が多い。それどころか、「×月×日、新宿の××カフェに11時」と書いてあるので(だれと会うのかは書いていないし、覚えてもいないんだけど)、とりあえず、そこに行ってみたら、だれも姿を現わさなかった、とか。
  まあ、いいのだ。記憶なんて、トム・ウェイツもいってるように、必ず何かが抜け落ちる。

  「いま興味があるのは、記憶がどれだけ事実とかけ離れてるかってことなんだ」一九八三年のアルバムリリース前後、ウェイツは『サウンズ』誌のエドウィン・パウンシーに語っている。「記憶ってのはいったん事実をばらして、また組み立て直す機械みたいなものだ。そのあとには、必ず部品がいくつか余ってる」(『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』より……ただし、日本版の翻訳は少し簡略にしてある)

  あと数年で、四捨五入すると60歳になってしまう自分としては、記憶のみならず、現実さえ、すでにその場でいくつもの部品がこぼれおちていくように思える。というのも、一瞬前の出来事はすでに記憶でしかないわけで……って、言い訳か。
  ところで「2008年6月19日のところに赤い字で書きこまれていた〈5:00‐7:00〉」というのは、多摩劇出演の予定だったことをその前日やっと思い出した。多摩劇というのは、多摩演劇サークル(だったと思う)のことで、今回上演された『1975』という作品は、昔々の学生運動はなやかなりし頃の学生を描いた作品だった。それで、脚本を書いている学生から(金原ゼミのゼミ生でもある)、芝居を観たあとで、対談をしてもらえないかという話があって、「あ、いいよ。OK」と軽く受けて、忘れていたのだった……あ、大久保くん、ごめん。
  これが学生でなく(大久保くんでなく)編集者とか秘書(あるいはもっと気の利く学生)であれば、その日の1か月前、2週間前、1週間前、前日くらいに確認の連絡があるんだろうけど、そこが大学生(大久保くん)、なーんの連絡もこないまま、当日になってしまった。まあ、直前に思い出したからいいようなものの、下手をすると、「あれ、これ、なんだろう?  そもそも、どこだよ?」とぼやきながらうちで仕事をしていたかもしれない。だって、場所もなにも書いてないんだから(あ、これは自分がいけなかったのか)。
  それはさておき、この芝居が案外と面白かった。「革命部」とか名乗ってるけど、腰の据わってない大学生たちの話。いまの学生が知るはずのない当時の学生のリアリティがそこそこ出ていて、「ほう」と思った。タイトルからもわかるようにこれは1975年の某私立大学が舞台。じつはこの年、ぼくは法政大学の英文科に入学したのだった。そして、じつはそのときすでに2浪していたのだった。
  そこでまた記憶の話にもどるんだけど、2年間の浪人時代のほうが、4年間の大学時代よりもはるかに鮮明に残っている。まあ、当然か。とくに当時読んだ本や雑誌はよく覚えている。そのなかに、〈奇想天外〉というSF雑誌があった。盛光社という出版社から1974年から10冊ほど出て休刊になり、そのあと奇想天外社から数年出て休刊になり、その後、大陸書房からまた再刊されて数年出た。1期と2期のものはかなりの数、うちの研究室にある。とくに最初のほうではSFの翻訳もかなり載っていて、早川の〈SFマガジン〉とはまた違ったカラーを売りにしていた。また、新井素子が奇想天外の新人賞でデビューしたのは有名な話。あと谷甲州、夢枕獏もこの雑誌でデビュー。
  とてもなつかしい雑誌で、最初の数号の表紙は井上洋介のグロテスクな絵だったのをよく覚えている。ユニークな付録(大迷路とか)も印象的だった。

  さて、ここからが本題。この1期のなかでウラヌス星風という西洋占星学研究家が「神秘への扉 タロウカード入門」というエッセイを連載した。その第1回目の前半が、この表題でわかるように、「タロットではないタロウだ!」という主張だ。
  星風は継書房から出た、カードと解説をセットにした「国産タロットカード第1号」といわれている『タロット』(中井勲著)を徹底的に批判している。まずそのカードが「マガイモノ」であるうえに、解説はわかりやすいものの「占い遊び」でしかなく、「これがタロウ占いだと思われては、長い歴史をもつ本場のタロウが泣く」と書いている。しかし、なにより許せないのが「タロット」という表記だ、という。
  たしかに英語の辞書で“tarot”を引くと、まず、「タロウ」という発音しか載っていない。また、このカードは『リーダーズ英和辞典』によると「14世紀イタリア起源のゲーム」で使われるとされていていて、他国での発音については、星風は澁澤龍彦の『黒魔術の手帳』から次の部分を引用している。

  ……この神秘なカードは、フランスではタロ、ドイツではタロック、イタリアではタロッキと呼ばれる。

  そして星風は、「タロット」という誤った発音を定着させた責任者のひとりとして、種村季弘を弾劾している。

  ――この種村氏が「タロット」なる日本語をその著述において連発することによって、特に年代の若い層にこの
が定着しはじめたことはタロットが売り出されたこと以上に悲しむべきことであった。

  かなり厳しい。
  さて、これがこのままだったら、あまり記憶には残らなかったかもしれないんだけど、なんと、これに種村季弘が反論を載せたところから、話は面白くなっていく。種村の反論の中心は、英語でタローになっているのは、フランス語の発音をそのまま受けついだからであって、ドイツ語ではタロットという発音もある、というもの。ところが、その論調がまた攻撃的なのだ。

  ――急ごしらえのオカルト・ブームとやらにはうんざりだが、ブームにあてこんだ投機家はどこの世界にでもいるし、ブームが去れば自然に消えよう。いまさら相手にしたくもないが、たびたび引き合いに出されるのではそうも言ってはいられまい。

  かなり手厳しい。が、これにまた星風が反論する……。

  ――恐れ入りました。どうも「ブームにあてこんだ投機家」というのは私をいっているらしいが、これはどう考えても、種村さん、あんた自身のことじゃないですか!? あなたの大嫌いな「急ごしらえのオカルト・ブーム」が起きると、『ゴロー』に“神秘研究家”というギョウギョウしい肩書きで“監修”と麗々しくうたったり(中略)、名前とアイデアを貸すだけで金もうけをたくらんだ商売人ではありませんか?

  この星風のエッセイ「タローカード入門」の最後の「番外編」は「種村季弘を葬る」と題されていて、8ページがそれに費やされ、そこには種村のタロー関係以外の著作への批判まで出てくる。そしてその次のページには種村の「善は急げ──ウラヌス星風に」という戯詩。

  大学院の英語学研究室では、
  まず大辞典でポーク・カットリトの正しい
  発音語源をたしかめてから
  出前のトンカツを食う。
  われこそは高級学究、アンチ・オバQ(中略)
  タロットをタローにしてしまうのだけは
  いまからでも遅くはないぞ。

  といった調子。星風も種村も、奇しくも同じ1933年生まれ。ということは当時、40歳ちょっと。まったく大人げない喧嘩であった、というのが、その頃、この論争とも呼べない論争を読んだ感想だったんだけど、今回、タロウカードについて書いてみようと、研究室の隅からこの雑誌を引っぱり出してきて読み直してみると、かなり印象がちがう。とくに星風のエッセイは、感情的な部分はさておき、ほかはとても真摯なタロウカードの紹介であって、今読んでもとてもおもしろい。1970年代に日本で起こった、第2次オカルト・ブームの雰囲気もよくわかるし。
  また、この論争、巷の研究家星風が、ドイツ文学者・神秘思想研究家・大学教授の種村相手にけたたましくわめいている、吠えているというふうに捉えている人が多かったけど、そうとばかりもいえない。ふたりともすでに鬼籍に入っているが、いまもし会えるとしたらどちらに会いたいかといわれたら、迷わずウラヌス星風かな。
  ウラヌス星風、「巷の研究家」と書いたけど、じつは早稲田大学英文科の博士課程まで進んでいて、ワセダミステリクラブの創設期のメンバーだったらしく、その後、間羊太郎(はざま・ようたろう)のペンネームでミステリ評論などを書く一方、なんと、式貴士(しき・たかし)というペンネームでSF小説も書いている。
  ぼくも大学院時代、式貴士の『カンタン刑』『イースター菌』『吸魂鬼』なんかはとても面白く読んだ覚えがある。ただ、式貴士と間羊太郎とウラヌス星風が同一人物だとわかるのはそれから10年くらいしてからだった。
  ところが、今回、このエッセイを書くにあたってネットで検索してみたら、なんと、もうひとつペンネームがあった。蘭光生(らん・こうせい)。フランス書院などからずいぶん多くの作品を出している有名な官能小説作家、というか、SM作家だった。
  やっぱり、会うとしたらこちらだな。

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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