カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第14回 深夜の愉しみ

 前回、前々回とトランプやタロットのことを書いてきたけど、なぜそんなことに詳しいかというと、小学校の頃から手品が好きだったからだと思う。当時、なぜか、わが家に手品の入門書が一冊あった。父親が座興かなにかでちょっとやってみようと買ってきたけれど、ちっともものにならないまま、本棚に置いておいたのだろう。それを小学生の息子がふと開いて、簡単な手品をおぼえてしまった。しかしその息子というのも、そう器用なわけではなく、できるものは数点。それも簡単なものばかりだった。割り箸を、割り箸の入っていた紙袋で折ってしまうとか。
  しかしその本には、まず普通の人にはできそうもない手品がいろいろ紹介してあって、これが面白かった。たとえば、日本刀で腕を切ってみせる……けど切れていないという大道芸や、燃えている割り箸を食べる方法とか、催眠術のかけかたとか……いま思うと、ずいぶんあぶないものが紹介されていた。あと、この本で知ったのは、インドの紐の魔術だ。
  術者が一本のロープをつかんでその片方の端を上に放り投げると、ロープがぴんと立って、細い棒のようになる。それを助手の子どもが上っていって、やがてみえなくなる(なぜみえなくなるんだろう)。術者は「おおい、もうもどってこい」と声をかけるけれど、返事はない。怒った術者は短剣を口にくわえて、そのロープを上っていき……悲鳴が! そして子どもの体がばらばらになって落ちてくる。そのうち術者が血にぬれた短剣をくわえてロープをおりてきて、子どもの手や腕や脚を箱に入れて、呪文をとなえ、箱を開けると、その子が飛びだしてくる。
  これを読んだとき、インドって、すごいなと思った。小学校の頃のインドのイメージは100パーセント、このマジックだった。

  とまあ、こんな本のおかげで、手品の世界に目がむいてしまい、18歳のときに東京にきてからたまにマジックショップに寄ったりするようになる。
  大きなデパートのおもちゃ売り場には手品用品を売っているコーナーがあって、セミプロのおじさんや、大学の手品同好会のお兄さんが(なぜかお姉さんはいなかった)、ちょっとしたものなら実演してくれた。ほかにプロのマジシャンが経営する店もあった。よくいったのは水道橋の駅のそばにあった店と、池袋西口の芳林堂書店の上のほうにあった店。池袋の店をやっていたのは堤芳郎さん。興味のある方はネットでさがしてみてほしい。手品の本を何冊も書いている。うちには堤さんのサイン本もある。
  そんなわけで、たまーに、ふと思い出したかのように手品用品を買っては練習したりすることがあるのだ。ちょうどいまがその時期にあたっていて、通販でマジックグッズを買ったりしている。たとえば、いま、パソコンデスクの上の棚には、500ccの空のペットボトルが20数本並んでいる。なにを隠そう、ペットボトルのなかに携帯電話を入れてしまうという手品を練習するために、捨てずに取ってあるのだ……が、学生部長なんてものをおおせつかったせいで、ろくに練習する時間が取れず(三味線の練習だってろくにできない)、ペットボトルだけが虚しく増えていく日々なのだ。やり方はDVDを見てわかっているから、あとは練習だけなのに……あ、そうそう、昔、手品の手順は本の図を見ながら解説を読んで覚えるしかなかったのに、この頃はビデオやDVDが使われるようになってきた。すばらしくわかりやすい。図と解説の文章だけだとわかりづらくて、隔靴掻痒ということがよくある。じっさいにみれば、すぐにわかるのだ。とくに最近はアメリカ直輸入のDVDが多く、もちろん説明も英語なのだが、英語なんか聴き取れなくても、くり返し見ればわかる。ただ、すぐにできるようになるかというと、それはまた別。

  さて、それくらい手品好きで、通販でグッズや解説DVDまで買っているということは、かなりの腕前だと思われそうだが、そうではない。下手である。というか、ネタがわかって、ひと通り練習してしまうと、あとは興味がなくなってしまうから、人前で披露できるところまでいかない。たまに深夜、日本酒を飲みながら仕事をしているとき、休憩代わりにひとりでやっては、にやにやしているという、不気味な場面があったりする。まあ、その程度。一度、部屋にビデオカメラをすえつけて、どんな顔でやっているのか撮ってみたいと思っている。
  しかしこんな、どうしようもない趣味もたまに翻訳の役に立つことがある。昨年日本で出た『ユゴーの不思議な発明』のなかに、老人がひとりで何気なくトランプ手品をやっているのを少年がみて、教えてほしいという場面がある。ここで紹介されているいくつかの手順は文章で読むだけではちょっとわかりづらい……というわけで、大学の翻訳の授業でここの部分を使ってみた。さぞかし学生は悩むであろうと思ってのことだった……のだが、なんと敵もさるもので、ネットを活用して対抗してきた。そう、最近はYouTubeなどで、手品の実演の映像がみられるのだ。ネット、恐るべし。
  もうひとつ、手品の出てくる作品がある。ちょうどいま翻訳中の、ニール・ゲイマンの『アメリカン・ゴッズ』! おそらくゲイマンの最高傑作。この作品の主人公が刑務所のなかで覚えるのがコインマジック。これがストーリーに微妙にからんできては、象徴的な役割を演じることになる。さすがゲイマン、うまい!

  日本でも手品のからんでくるミステリは多い。なかでも有名なのは泡坂妻夫だろう。本名は厚川昌男、本業は紋章上絵師(もんしょううわえし)、つまり「和服の礼服に紋を描きいれる職人」さん。この人の家業については、今年出た『卍の魔力、巴の呪力 家紋おもしろ語り』(新潮選書)を読んでみてほしい。とても面白い世界が広がっている。しかしミステリ作家・泡坂妻夫も『乱れからくり』『11枚のとらんぷ』『魔術館の一夜』〈亜愛一郎シリーズ〉〈ヨギガンジー・シリーズ〉などなど、これまた面白い世界をみせてくれる。受賞歴は次の通り。
  1978年『乱れからくり』で第31回日本推理作家協会賞を受賞。
  1982年『喜劇悲奇劇』で第9回角川小説賞を受賞。
  1988年『折鶴』で第16回泉鏡花文学賞を受賞。
  1990年『蔭桔梗』で第103回直木賞を受賞。
  また、奇術愛好家でもあって、1969年には創作奇術で第2回石田天海賞受賞。
  さて、この多彩な作家、泡坂妻夫のマジシャン的才能がミステリに発揮されているのはいうまでもないが、なんと、「本」そのものが手品になっているという名作もある。なかでも素晴らしいのは〈ヨギガンジー・シリーズ〉のなかの一冊、『生者と死者 酩探偵ヨギガンジーの透視術』(新潮文庫)だろう。
  表紙にはこう書かれている。
(この本の読み方)
  ①はじめの袋とじのまま、短編小説をお読み下さい。
  ②各ページを切り開くと、長編ミステリーが姿を現します。
  つまり、買ったままの段階では袋とじになっていて、何ページかがくっついているので、そのままだと、16-17、32-33、48-49、64-65という見開きのページしか読めない。ところが、それがひとつの短編になっている。そして次に、ペーパーナイフかカッターで切りながら、1ページ目から読んでいくと、長編のミステリになっている。さらに、登場人物も……と、このへんは読んでのお楽しみに。
  ちなみに、一度端を切ってしまうと、普通の長編になってしまうので、袋とじのままの本と、ページを開いた本の2冊をいっしょに貸し出している図書館もある。
  この凝りに凝った本がなんと、いま絶版なのだ。そして金原の本棚にある文庫本は、もちろんページを開いたもの。そこで、袋とじのままの本がほしいなと思って、Amazonで検索してみたら、なんと3,800円! もちろん、買いました。

  ところで「手品」という言葉、考えてみると、不思議な気がする。英語では普通、“magic”という。これは魔法とか不思議なこと(もの)という意味。これに対して、日本語は「手品」、つまり「手さばき」という意味の言葉を当てた。ちなみに、中国でも「手品」とはいわず、「戯法」とか「魔術」というらしい。
  「手品」を『日本国語大辞典』で引くと、「①手並み ②手の様子。手のぐあい。手つき。手さばき。手ぶり」と出てきて、「③巧妙な手さばきで人の目をくらまし、種々の不思議なことをやって見せる芸」とある。「手品」が③の意味で使われるようになるのは、17世紀後半らしい。また同じような言葉に、いまはもう使われなくなったが「手妻(てづま)」がある。これは「手品」という言葉よりも歴史は浅いが、江戸時代などは、「手妻師」などという言葉もよく使われた。
  それにしても、新潮社、『生者と死者』を早く復刊してほしい!

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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