カネハラ言ノ葉研究所

日夜、英語と日本語のあいだで格闘するスーパー翻訳家・カネハラ教授の「言ノ葉研究レポート」。言葉のもつ力、不思議、面白さが見えてきます!

第13回 タロット、ふたたび

 さて、前回ご紹介した、「タロット論争」、ウラヌス星風の奮闘にもかかわらず、結局、日本では「タロット」という訳語が定着してしまった。しかし、負け犬の遠吠えで終わったのかというと、必ずしもそうとはいえない。ずいぶんまえのことなのに、ポプラビーチで金原が取りあげたりするし、少なくとも、わずかかもしれないけど、この発音に関して気をつかう人も増えたのだから。
  たとえば、『タロットカード・マジック事典』(松田道弘著・東京堂出版)という本がある。これは読んで字のごとく、タロットを使ったマジックの解説書で、「日本ではじめての試みであることはまちがいありません」。この本のまえがきに、こんなふうに書かれている。

  タロットカードは、本当はタローと発音するのですが、日本ではタロットと言い慣わされているので、この本ではまちがいを承知でタロットと表記することにしました。

  翻訳をしていて何が困るかというと、やっぱり、固有名詞の発音なのだ。これは一筋縄ではいかない。たとえば、そもそも「本当はタローと発音する」と書いていいのか、「本当」とはなにか、ということだ。
 前回書いたように、澁澤龍彦は『黒魔術の手帳』で「……この神秘なカードは、フランスではタロ、ドイツではタロック、イタリアではタロッキと呼ばれる」と書いている。そこで『ジーニアス英和大辞典』で“tarot”を引いてみると、「tærou【フランス】(名)タロットカード」とある。ところが『リーダーズ英和辞典』によると語源は「F or It」とあって、これは、フランス語かイタリア語かわからんということ。そして“tarot”の複数形として“TAROK”という単語があげてあって、これを引くと、「タロッコ。22枚のtarotsと54枚【56枚など】の点札で遊ぶ、14世紀イタリア起源のゲーム」とある。そしてさらに『タロットカード・マジック事典』にも「タロットは15世紀のはじめに北イタリアで生まれたカード・ゲームです」とある(元来、占いなんぞに使われたものでなかったことに注意)。
 その他いろいろ調べてみても、どうやらイタリア起源説が強い。なら、日本語に訳すとしたら「現地読みにならう」という原則にのっとって、「タロッキ」とイタリアンで読めば円満解決のはずだ……が、ところが、ところが、ここからが難しい。というのも、イタリア起源のゲームで使われていたこのカードは、やがてヨーロッパ中に広がっていって、16世紀から18世紀にかけて、いわゆる「マルセイユ版」と呼ばれる何種類もの大量印刷によるカードが普及して、さらに、 19世紀から20世紀にかけての神秘主義(オカルティズム)の流行と相まって、その存在感を増していく。つまり、ごく普通のゲームに使われていたタロットカードが魔術、カバラ、占いといったジャンルで脚光を浴びるようになったのだ。日本でそのあたりに興味を持って研究を進め、多くの読者を得たのが、フランス文学の澁澤龍彦とドイツ文学の種村季弘。
 ところが20世紀に入って、初めてタロットカードの世界的スタンダード・ヴァージョンが登場する。それもイギリス・アメリカから。タロットマニアには常識……だけど、普通の人は知らない……から、簡単に紹介しておくと、これは「ライダー・ウェイト・タロット」と呼ばれていて、デザインしたのはアーサー・エドワード・ウェイト。アメリカ生まれのイギリス育ちで、近代魔術に興味を持ち「黄金の夜明け団」という秘密結社に入っていて、その結社の解釈に基づいて非常に魅力的なタロットカードのデザインを考案し、これをパメラ・コールマン・スミスに描かせた(ウェイトとスミスが出会うきっかけを作ったのが、やはり「黄金の夜明け団」に入っていた、当時イギリスで売れっ子の詩人ウィリアム・バトラー・イェイツだったらしい……なになに、イェイツを知らない? アイルランド文芸復興運動の指導者のひとりで、ノーベル賞作家……英文科の学生なら常識!)。
 ウェイトが当時の秘密結社の解釈に基づいてデザインを考え、スミスがそれを図案化して、1909年、アメリカのライダー社から発売されたのが、いわゆる「ライダー・ウェイト・タロット」。おそらく一般の人が一般にタロットといって思い浮かべるのが、この「ライダー・ウェイト・タロット」だ。それくらい世界的に普及していて、いまでもその人気は衰えない。

 というわけで、じつは、日本で1970年代、第2次オカルト・ブームが起こったとき、よく使われたのはこの「ライダー・ウェイト・タロット」だったし、タロット占いとかタロットに関する文献も英語のものが多かった。例のウラヌス星風も、もちろん英語の資料を中心に研究をしていたわけで、そうなれば、英語風に「タロー・タロウ」と表記しろという主張も十分うなずける。やっぱり、固有名詞の発音はむつかしい!
 ついでに書いておくと、ジェームズ・ボンドの『007 死ぬのは奴らだ』(1973年)にもこの「ライダー・ウェイト・タロット」は登場する。が、じつは、この映画のオリジナル・タロットカードも登場している(現在も市販されている)。そしてもちろん、日本の70年代、第2次オカルト・ブームにこの映画がひと役買っているのはまちがいない……何を隠そう、かくいう金原本人がそうだったのだ。当時、タロットってかっこいい! という風潮が大学生その他の間で蔓延していたのだ。

  以上、タロットにまつわる物語を紹介してきたんだけど、タロットって、だいたい、何よ、という質問が飛んできそうだから、かいつまんで説明しておこう。
  トランプと同じように、4種類のカードが、トランプとちがって、14枚ずつある。つまり、Aから10までの続きが、Jack、Cavalier、Queen、Kingの4枚ある。合計、56枚。これがいわゆる小アルカーナ。
  それに加えて、大アルカーナがある。これは22枚の絵札で、図案は次の通り。
  奇術師(魔術師)、女教皇、女帝、皇帝、法王、恋人(たち)、戦車、剛毅(力)、隠者、運命の車輪(輪)、裁判の女神(正義)、吊るされた男、死神、節制、悪魔、落雷の塔(塔)、星、月、太陽、審判、世界、愚者。
  最後の愚者については、『タロットカード・マジック事典』に次のような注がある。

  このカードがカード・ゲーム(トランプ)のジョーカーの元の形だという説はもっともらしい大嘘の典型。ジョーカーの発明は19世紀で、ユーカーというゲームのためにカード会社が考案したもの。

 さてさて、タロットの話を2回にわたって書いてきたんだけど、脳裏にちらついているのは、1970年代、タロットで占いをしてみたり、算木を並べては岩波文庫の『易経』をめくっていた自分の姿だ。なつかしい……と同時に、恥ずかしい。たしかにあの頃、日本はみんな占いやオカルトが気になってしょうがなかった。五島勉の『ノストラダムスの大予言』というベストセラーが出たのも1973年だった。
 ところで、東京の紀伊國屋書店本店の1Fにタロットカードをたくさん並べて売っている柳花堂という店がある。HPには「当店は宝塚とともにまもなく60年を迎える専門店です。タロットカードは100種類以上取り揃えてます」と書かれている。もとは宝塚関連の雑誌やビデオやブロマイドなんかを売っていたところに、タロットも置くようになったらしい。紀伊國屋書店のビルができたときからの店だというから、もう60年?
  いろんなタロットに興味のある方は、ぜひ寄ってみてほしい。ここで先月買ったのが、クリムトのいろんな絵をうまく使ったタロットカードだ。ときどき、全部並べては楽しんでいる。
  ただ、はすむかいの三越に入っているジュンク堂にもタロットカードの棚がふたつくらいあって、こちらも充実している。カードだけでなく、解説書も多い。そして柳花堂で6000円で買ったクリムトのカード、こちらでは4500円で売っていた。もちろん、これも買った!

プロフィール

金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山県生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。ヤングアダルトの分野を中心に精力的に翻訳活動を行ない、訳書は300点近い。エッセイや評論などでも活躍。おもな訳書に『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック)、『満たされぬ道』(ベン・オクリ)、『青空のむこう』(アレックス・シアラー)、『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール)、『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール)、『武器よさらば』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『国のない男』(カート・ヴォネガット)など。著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『大人になれないまま成熟するために』などがある。

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