睨み合う五匹の狐と五匹の狸。空は漆黒。新月の夜。十匹の獣を幽(かす)かに照らすは空に煌(きら)めく北斗七星。古来より狐の守護星とされる。狸の守護星はこれといって特にない。
 狐勢の五傑はいずれも名の知れた古豪。対峙する狸勢は若く非力だ。しかし妖力で劣る若狸は、代わりに愛嬌という名の武器を持つ。親しんだ人間達から供与された科学技術を頼みとし、遂に誕生、機動畜獣メカダヌキ。両軍これで五分である。風雲。畜生関ヶ原。
 一陣の風が薄(ススキ)を揺らす。先に仕掛けたのは狸勢。全身に銀板を纏った媚助(こびすけ)狸が飛び上がる。発光した銀板から炎が噴き出し、瞬時に火の玉へと変じる。火球は敵首領の小夜衣(さよぎぬ)狐めがけ轟々(ごうごう)と飛びかかるも、小夜衣の切れ長眼はそれを一顧だにしない。その代わり、脇に控える一目(いちもく)狐が濛々とした不定形の暗黒物質に変化(へんげ)した。彼は宇宙に化けたのである。古来より狸が有形的・即物的なものに化けたがるのに対し、狐は無形的・観念的存在への変化を志向する。酸素なき宇宙に包まれた火球は燃え尽き、そして媚助は力尽きた。
 宇宙はそのまま狸陣営を攻め立て、四匹を大回りに取り囲んだ。しかし狸たちに慌てた様子はない。彼らには金七(きんしち)狸と金八(きんぱち)狸がついている。二匹の手足といわず尾といわず、あらゆる箇所からシャフトが飛び出し、互いに連結し、そしてアポロ11号月着陸船へと変じるその早業。変化というより、もはや合体・変形である。残る二匹は素早くアポロに乗り込み、まんまと宇宙をやりすごした。調子者の豆蔵などはアームストロング船長に変化して、窓越しに狐に向かって手まで振っている。妖力が絶えて正体を現した一目を、着陸船は昆虫のような脚でカサカサと追い回して踏み潰した。これで四対四。振り出しである。
 「いやしかしすげえな。これマジですげえわ」
 新月。丘の上。若い男が望遠鏡で合戦の様子を覗き見ている。温(ぬる)い夜風が望遠鏡を撫ぜれば、やがてそれは黒鹿毛(くろかげ)の尻穴へと変じる。

ヒモロギヒロシ
怪談や民話、落語等に登場する狸が大好きです。彼らの憎めなさ加減はもはや萌えの対象でさえある上に、狸は「他抜」つまり他に抜きん出るということで縁起も良いので、出来ることならマイ瑞獣として家の神棚に勧請したいくらい。

 遺体を焼失してからの長い年月、霊廟の参拝者は自らの指を葦で傷つけ、滴る血を女体の輪郭が浮かぶ布に垂らしていた。邑人(むらびと)なり旅人なり、ひとり霊廟を訪れれば布に赤い染みがひとつ増える。こうして延べ何千人もが少しずつ、遺体のかわりとなる尊い巫女の姿を完成へと近づけていた。
 その年の収穫期、東からきな臭い噂がもたらされると、常時五、六人が霊廟を訪れるようになった。柿が実る頃にその人数は三倍に膨らみ、雪がちらつきはじめると合唱のような祈りの声に霊廟は断えず満たされた。大国の軍勢はすでに山の麓まで迫っていた。
 男たちは農具を手にこれを迎えたが、鎧兜に身を包み、数にものをいわせる兵士たちの敵ではなかった。家々には火が放たれ、広場には追いつめられた邑人の骸(むくろ)が積みあがった。
 やがて年寄りや女子供の隠れる霊廟にも兵士が雪崩(なだ)れこみ、ほの暗い聖域は阿鼻叫喚に揺れた。幼い子供の前に立ち塞がった祭司が首を刎(は)ねられ、切り口から噴きだした鮮血が巫女を描いた布の頭部に刷毛(はけ)でひいたように飛び散った。突如、血を浴びすぎて形の歪んだ腕をグシャグシャ曲げて、布の体が動きだした。引き剥がされた焔のようにリンネルから立ちあがると、霊廟の天井をつきぬけ、燃える鳥の姿で夜空を舞った。すると邑中に散乱する死体から小さな光が飛びだし、目を見張る兵士たちをよそに、上空の光る鳥へ次々と吸いこまれていった。焔の鳥は骸から湧きあがる光を浴びながら邑のうえをしばらく旋回し、夜明けを待たずに東の空へ飛び去った。屈強な兵士たちはこの光景に震えあがり、以後、みな一様に子を成せぬ体となった。
 侵攻の後片づけが済んでも、大国は焔の鳥の噂に悩まされ続けた。これを受けて国王は邑の生き残りの少年を彼の地の領主に据えたが、度重なる不作にも後押しされ、焔の鳥を夜空に捜す人々を増やしはしても、減らせぬまま今に至る。

君島慧是(きみじま・けいし)
故郷のかわりを探して美術展のはしごをしたら「故郷うんぬんよりまず先に、謝ってばかりの生活と本を読む遅さをなんとかすべきだ」とポカポカ頭を殴られた。犯人は、モロー描くユピテルか四谷シモンの人形か澁……。
 

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